かっこいい妖怪

かっこいい妖怪

68体の妖怪
注目

日本の妖怪といえば「怖い」「不気味」といったイメージが強いですが、その中には思わず見惚れてしまうような「かっこいい妖怪」たちも数多く存在します。鋭い眼光を放つ戦いの鬼、華麗に舞うように現れる妖艶な怪異、そして伝説に名を刻む英雄的な存在──彼らの姿は単なる恐怖の象徴を超え、力強さや美しさ、さらにはカリスマ性を備えています。 このコレクションでは、歴史的な絵巻や伝承に描かれた妖怪の中から「かっこいい」と評される逸品を集め、その魅力を紹介します。あなたの心を惹きつける、最強でクールな妖怪との出会いをぜひ楽しんでください。

更新: 2026/1/12
妖怪かっこいい妖怪イケメン妖怪強い妖怪クールな妖怪日本の伝説妖怪図鑑怪異和の怪物

収録妖怪

68体の妖怪が収録されています

この妖怪たちのアートカードも見つかります

全 107 枚のカード — 浮世絵、現代日本…

一反木綿

一反木綿

名妖

いったんもめん

薩摩夜空の絞め布・一反木綿(民間伝承版)

住居・器物鹿児島県

一反木綿は、鹿児島県肝属郡高山町(現・肝付町高山地区)に伝わる白布の怪である。およそ一反(鯨尺で長さ約 10.6 m、幅約 30 cm)の白木綿が、夕暮れから夜分にかけて空をひらひらと舞い飛び、行きあう者の顔を覆い、首に巻きついて息を詰まらせ、ときには体ごと巻き取って攫うとされる。声も足音もなく闇のなかから降りてくる点に、この怪の怖さの核がある。江戸期の絵巻・絵本類には作例がなく、鳥山石燕『画図百鬼夜行』系にも採られていない、近代採集の地方妖怪である。文献上の初出は、柳田國男が雑誌 『民間伝承』に連載した「妖怪名彙」(1938 年 9 月) の短い記載で、その後 『大隅肝属郡方言集』(野村伝四・柳田編、1942) に「イッタンモンメン」の項として収められ、『綜合日本民俗語彙』(1955) および 『妖怪談義』(1956) に再録されて、はじめて広く参照される存在となる。長らく大隅一郡の局地的な怪に過ぎなかったが、1968 年放映の 水木しげる『ゲゲゲの鬼太郎』アニメ第 1 期 で鬼太郎ファミリーの一員として登場すると、顔と二本の腕を備えた親しみのある姿が普及し、現在では鳥取県境港市の妖怪人気投票でも上位を占めるなど、近代採集の素朴な怪が国民的キャラクターへと転じた稀有な例として知られる。

一寸法師

一寸法師

伝説

いっすんぼうし

針刀と策略の一寸法師

人妖・半人半妖大阪府京都府

一寸法師(いっすんぼうし)は、現代においては「お椀の舟に乗り、針の刀で鬼を退治した勇敢な小さな男の子」という、子供向けの清く正しい昔話のヒーローとして広く認知されている。しかし、その原型である室町時代の文学『御伽草子(おとぎぞうし)』に記された本来の姿は、立身出世のためならば卑劣な策略すらも平然と使いこなす、野心と狡猾さに満ちたダークヒーロー(あるいは半人半妖のトリックスター)であった。 民俗学的な分類において、彼は日本神話に連なる「小さ子(ちいさこ)」というアーキタイプ(元型)に属する。老夫婦の異常な祈願によって生まれ、何年経っても一寸(約3センチ)から成長しないという身体的特徴は、彼が純粋な人間ではなく、異界や神仏の領域に属する「境界的存在」であることを示している。水辺(難波の浦)からお椀に乗って現れるというモチーフも、海の彼方の常世の国からガガイモの舟に乗ってやってきた小さな神・少名毘古那神(すくなびこなのかみ)の神話的系譜を色濃く受け継いでいる。 彼はその圧倒的な身体的ハンデを、異常なまでの知能、口の達者さ、そして倫理観の欠如によって補う。都へ上り、権力者である宰相の屋敷に潜り込んだ彼は、武力ではなく「策略」によって美しい姫君を自らのものにし、最終的には鬼の宝物(打出の小槌)を奪い取ることで、文字通り「大きな力を持つ人間の男」へと成り上がる。これは単なる冒険譚ではなく、社会の最底辺に位置する異形の存在が、知略と嘘を駆使して社会の頂点へと登り詰める、極めて現実的でマキャヴェリズムに満ちた下剋上の物語なのである。

からかさ小僧

からかさ小僧

珍しい

からかさこぞう

夜道で跳ねる古傘・からかさ小僧

住居・器物日本各地 ── 古傘の付喪神、特定の発祥地を持たない

からかさ小僧(からかさこぞう)は、日本の妖怪を代表するポップアイコンであり、付喪神(器物の妖怪)の代名詞とも言える存在である。一つ目を大きく見開き、長い舌を垂らし、一本足に下駄を履いて跳ね回る姿が最も著名だが、このアイコン的な図像は民間伝承から自然発生したものではなく、近世江戸期の出版文化や玩具のなかで人為的に造形された。室町時代の『百鬼夜行絵巻』にも傘の妖怪は描かれているが、それは人型の鬼が閉じた傘を頭に被った姿であり、現在我々が知る一本足の造形とは異なる。江戸後期に至って草双紙、おもちゃ絵、お化けかるた、そして歌舞伎の舞台道具などを通じて「単眼・一本足」という特徴が固定化され、愛嬌のある滑稽な化け物として広く大衆に愛されるようになった。

アマビエ

アマビエ

伝説

あまびえ

肥後沖の予言光霊・アマビエ

人妖・半人半妖熊本県

弘化3年(1846)4月中旬、肥後国の海中に現れたと伝わる予言の妖怪。その存在は京都大学附属図書館が所蔵する瓦版1点のみを原典とし、ほかに同時代の伝承や記録は確認されていない。瓦版によれば、毎夜光るものが海中に出て役人が赴くと怪が現れ、「私は海中に住む者、アマビヱ」と名乗り、当年より六年の間は諸国が豊作だが疫病も流行するゆえ「早々私を写し人々に見せ候え」と告げて海へ消えたという。本文は姿を「図の如く」とのみ記し、添えられた挿絵に長い髪・嘴・うろこ・三本の足(ひれ)をもつ姿を描く。

以津真天

以津真天

名妖

いつまで

いつまでと鳴く死告・以津真天

動物変化京都府滋賀県

以津真天(いつまで)は、人の顔、曲がった嘴(くちばし)に並ぶ鋸(のこぎり)のような歯、蛇のごとき長い胴体、そして剣のように鋭い両足の蹴爪を持つ巨大な怪鳥である。翼を広げれば一丈六尺(約4.8メートル)にも及んだとされ、夜空から「いつまで、いつまで」と不気味な鳴き声を響かせて人々を慄かせる。 この妖怪の原拠は、軍記物語の最高峰『太平記』(14世紀成立)巻第十二「広有射怪鳥事」に記された名もなき「怪鳥」の挿話である。建武元年(1334年)の秋、疫病が蔓延し死者が相次ぐ平安京で、毎夜紫宸殿(京都御所)の上に飛来して不気味に鳴き声を上げたため、弓の名手であった隠岐次郎左衛門広有(おきのじろうざえもんひろあり)が見事射落としたと伝わる。 重要なのは、古典籍においてこの鳥は一貫して「怪鳥」としか呼ばれず、固有の名称を持たなかった点である。江戸時代になり、絵師の鳥山石燕が『今昔画図続百鬼』(1779年)の中で、その鳴き声に「以津真天」という漢字を当てて収録したことで、初めて一個の妖怪名として結晶した。現代の妖怪図鑑などでは、しばしば「戦乱や飢饉で放置された死体の傍らに現れ、『いつまで(野ざらしにしておくのか)』と訴えて鳴く」と解説されるが、この「死体」との直接的な結びつきは中世・近世の文献にはなく、疫病蔓延という『太平記』の時代背景を論理的に解釈し直した近代以降の後付けの解釈である。

鳴釜

鳴釜

珍しい

なりがま

夜鳴る古釜の付喪・鳴釜

住居・器物岡山県

長年用いられた鉄の釜に精が宿り、人の身に似た形をとると伝える付喪神。炊事の折に釜が発する鳴動や唸りを吉凶のしるしとみる信仰と結びつき、音色を占として解した古習に由来する名とされる。絵画資料では頭が釜の姿で描かれ、夜更けに現れては鳴音を立て、人心を試すと語られる。

大百足

大百足

名妖

おおむかで

三上山七巻きの大百足

鬼・巨怪滋賀県栃木県

大百足は巨大な百足の妖怪で、近江国三上山を幾重にも巻くほど長大な体をもつと語られる。甲は硬く、並の刀矢をはね返すという。脚は火のように赤く輝き、毒牙は甲冑をも噛み砕くと畏れられた。湖沼の水神たる龍蛇と対立し、これを脅かす存在として伝承に現れる。一方で百足は前へ進むのみで退かぬ虫として勇猛不退の象徴とされ、武家や鉱山にゆかりの信仰の対象ともなった。各地に異同が多く、その実体は一様でない。

偽汽車

偽汽車

珍しい

にせきしゃ

鉄路に現れ消える幻・偽汽車

総称・汎称東京都愛媛県

偽汽車は、蒸気機関車の普及期に各地で語られた怪異で、線路上に実在しない汽車が現れて走行し、直前で掻き消えるとされる。多くは狐や狸、ことに狢が汽車に化けて人を惑わすと解され、消失後に線路脇で獣の轢死体が見つかる筋立てが伴う。夜の山野に響く新奇な汽笛や走行音を、獣の仕業と受け止めた民俗的解釈が背景にあるとされる。

朧車

朧車

稀少

おぼろぐるま

朧夜に軋む車争い・朧車

住居・器物京都府

朧車は、江戸時代の画家・鳥山石燕が『今昔百鬼拾遺』に描いた牛車の怪。おぼろ夜に軋む車音とともに現れ、牛車の簾の位置に巨大な顔が嵌るように覗く姿で示される。由来は平安の「車争い」に伴う怨みの顕現と解され、宮中行事や加茂の祭礼にまつわる因縁と結び付けられる。百鬼夜行譚との関連も指摘され、器物怪の一類として位置づけられる。

片輪車

片輪車

珍しい

かたわぐるま

京東洞院の覗き戒め・片輪車

住居・器物京都府滋賀県

炎に包まれた牛車の片輪のみが夜道を轟と転がる怪で、車輪の中心に人の顔が現れると伝える。江戸前期の『諸国百物語』や『諸国里人談』に記録があり、見た者・覗いた者に災いが及ぶ、あるいは噂するだけでも祟ると畏れられた。中心の顔は男相・女相の両説があり、京都・近江などでの出現談が知られる。鳥山石燕が同じ説話から描いた輪入道とは本来同一系統の異形とされ、版本ごとの描写差により片輪車と輪入道へ分かれていったと考えられている。

天狗

天狗

伝説

てんぐ

高野山覚海坊・烏天狗

山野の怪京都府滋賀県

天狗は、日本の山岳に棲むとされる妖怪にして神格的存在であり、修験道の山伏と分かちがたく結びついてきた山の主である。その姿には大きく二つの系統がある。ひとつは赤ら顔に高い鼻、山伏の装束をまとい羽団扇と一本歯の高下駄を具えた鼻高天狗、いまひとつは鴉のくちばしと翼をもつ烏天狗で、さらにその下に木の葉天狗・木っ端天狗といった下位の眷属が連なる。古くは鳶(とび)のごとき鳥の姿で観念されたものが、中世を通じて長鼻の山伏像へと固まっていった。 天狗は仏法を妨げる魔でありながら、調伏されれば仏法を護る護法神に転じる――この両義性が天狗の本質である。慢心した高僧が堕ちて天狗になるという観念は、仏教の説く「天狗道」と結びつき、鎌倉末の絵巻にも風刺として描かれた。一方、山岳信仰のなかでは山の守護者・武芸と法力の達人として畏敬され、修行者を試し、あるいは導く存在とされた。京都の鞍馬山や愛宕山をはじめ、諸国の霊山にはそれぞれの大天狗が座すと伝えられ、近世の『天狗経』はその総数を四十八に数え上げている。

海坊主

海坊主

伝説

うみぼうず

九州四国の舳乞い・海坊主

海坊主(うみぼうず)は、日本各地の沿岸部に伝わる海上の怪異で、とりわけ漁師の間で恐れられてきた。穏やかだった海面が突如盛り上がり、巨大な黒い影、あるいは禿げ頭の坊主の姿となって船の行く手に立ちはだかるとされる。全身が見えることは少なく、海上に頭や肩だけを突き出した姿で語られることが多い。夜の海や時化の最中に現れ、船を転覆させ、海底へ引きずり込むと信じられた。『和漢三才図会』(1712年)や『物類称呼』(1775年)など江戸期の文献にも、海上に立つ巨大な怪異の名がみえる。

牛鬼

牛鬼

伝説

うしおに

牛頭蜘蛛体の海鬼・牛鬼

動物変化愛媛県高知県

牛鬼(うしおに)は、主に西日本の海岸や淵、山間部に現れるとされる、日本妖怪の中でも屈指の獰猛さと霊格を持つ存在である。姿は「牛の頭に鬼の胴」あるいは「蜘蛛の胴体に牛の首」など多様な異形として描かれる。古くは平安時代の『枕草子』において「おそろしきもの」として名指しされており、古来より人々に深く畏怖されてきた。その本質は、無差別に人を喰らい毒気を撒き散らす「残忍な悪鬼・疫病神」としての顔と、祭礼において神輿を先導し悪魔祓いを行う「強力な守護神」としての顔という、極端な両義性(善悪の二面性)を併せ持つ点にある。文献上の怪異から、地域の民俗信仰・芸能の対象へと変遷を遂げた、民俗学的に極めて重要な妖怪である。

異獣

異獣

珍しい

いじゅう

越後魚沼の長髪獣・異獣

動物変化新潟県

江戸後期、越後国魚沼郡の山間に出没したと記録される怪しき獣。『北越雪譜』第2編巻4に「猿に似て猿に非ず」と記され、頭髪は長く背に垂れ、背丈は人より大きい。人を害すよりは食を乞い、時に荷を運ぶなど人の働きを助けたと伝わる。正体は明かでなく、山の精か稀なる獣の類と見なされ、織物産地の口碑にしばしば語られる。

赤頭

赤頭

珍しい

あかがしら

土佐勝賀瀬の輝赤髪・赤頭

山野の怪高知県

高知県吾川郡いの町の勝賀瀬に伝わる山野の怪。赤い髪は陽光のように輝き、直視できぬほど眩しいという。二本足で歩むが草むらに紛れて足もとは見えにくい。人を襲う性質はなく、出遭った者はその強烈な赤光に目を奪われ、見失うことが多いとされる。江戸末から明治初期頃の妖怪絵巻や地元資料に名が見える。

赤舌

赤舌

名妖

あかした

水門上の黒雲大舌・赤舌

総称・汎称石燕『画図百鬼夜行』、六曜赤口の語呂、絵巻発祥

江戸期の絵巻や双六に見られる妖怪名。黒雲から毛深い顔と大きな舌、爪ある手がのぞく図が通例で、全身像や性質は記述不詳。鳥山石燕『画図百鬼夜行』では水門上に描かれるが解説は付かない。同時代の絵双六『十界双六』や『百鬼夜行絵巻』にも名が見え、近似の図様「赤口」も諸絵巻に描かれる。名称は陰陽道の赤舌神・赤舌日との関係が指摘されるが確証はない。

金烏

金烏

稀少

きんう

太陽に棲む三足烏・金烏

動物変化太陽に棲む三足烏として中国古典に由来し、陰陽道・仏教絵画を通じて日本に受容された

金烏は、太陽の内に棲むと考えられた想像上の烏で、しばしば三本足の姿で表される。中国古典に「日中の烏」と見え、日本にも陰陽道や仏教絵画を通じて受容された。太陽そのものの異名として用いられることもあり、月に対する玉兎・蟾蜍と対概念をなす。描像では烏は黒く、背後の日輪が金朱で彩られることが多い。

青鷺火

青鷺火

名妖

あおさぎび

夜光るゴイサギ・青鷺火

動物変化奈良県新潟県

夜間、サギの体が青白く光って見える怪異。別名は五位の火・五位の光。江戸期の画集や随筆に記録があり、月夜や雨夜にも目撃される。正体はゴイサギとされることが多く、飛翔時に青い火のように見え、人々を驚かせた。発光は水辺の付着物や羽毛の反射などと説明されることもあるが、地域では怪火として語り継がれる。

がしゃどくろ

がしゃどくろ

伝説

がしゃどくろ

怨霊集合の大髑髏・がしゃどくろ(完全供養版)

霊・亡霊創作由来(昭和中期の創作妖怪・巨大髑髏像)

がしゃどくろは、夜の荒野に現れる巨大な骸骨妖怪として知られる。戦死者・餓死者・野垂れ死にした者の骨や怨念が寄り集まった姿と説明され、生者をつかみ、噛み砕き、血をすする怪物として語られることが多い。名は、骨がこすれ合う「がしゃがしゃ」という音、あるいは歯が鳴る「ガチガチ」という音の連想から理解され、「餓者髑髏」という漢字表記も後に当てられるようになった。 ただし、がしゃどくろは江戸以前から各地に伝わる古典妖怪ではない。現在知られる名称と基本設定は、昭和中期の児童向け怪奇メディアの中で形を得た現代妖怪である。研究書では、斎藤守弘が『別冊少女フレンド』1966年11月号「あなたのそばにいる日本の妖怪特集」で紹介した記事を初期例として整理し、その発想源に西洋の幽霊譚「グラミス城の黒い騎士」があったことを指摘している。その後、水木しげるや佐藤有文らの妖怪図像・児童書を通じて、がしゃどくろは一気に「日本の巨大骸骨妖怪」として定着した。 この妖怪の視覚イメージを決定づけたのが、歌川国芳の三枚続『相馬の古内裏』である。画面の巨大骸骨は非常に有名だが、国芳が描いたものは本来「がしゃどくろ」ではない。題材は山東京伝の読本『善知安方忠義伝』に連なる滝夜叉姫伝説で、滝夜叉姫が妖術で呼び出した骸骨が大宅太郎光国を脅かす場面である。つまり、がしゃどくろは「古い浮世絵に描かれた妖怪」ではなく、昭和の創作名と設定が、幕末の巨大骸骨図像と結びついて成立した妖怪である。その一方で、埋葬されない死者、無縁仏、餓鬼、髑髏が語る説話といった古い死者観とよく響き合うため、現代創作でありながら古典妖怪のような説得力を持った。

九尾の狐

九尾の狐

伝説

きゅうびのきつね

白面金毛の九尾狐

動物変化京都府栃木県

九尾の狐は、狐が長い年月を経て霊力を高め、尾を九つに分けたとされる妖狐である。ただし、その名は単に「尾の多い化け狐」を指すだけではない。日本の妖怪図像の中では、九尾の狐は狐信仰、稲荷信仰、狐憑き、王権を惑わす美女譚、そして玉藻前から殺生石へ至る物語を結びつける、もっとも大きな狐の像である。 源流をたどると、中国古典『山海経』南山経の青丘山に、狐に似て九つの尾を持ち、声は嬰児のようで人を食う獣が見える。ここでの九尾狐は怪物であると同時に、古代中国では太平の世に現れる瑞獣としても語られた。後代の中国・日本の文献は、この吉祥の狐と人を惑わす凶狐を重ね、九尾の狐を「めでたい神獣」と「国を傾ける妖狐」の両方に育てていった。 日本に入った狐の観念は、二つの方向へ広がる。一方には、稲荷大神の使いとして祀られ、田畑・商売・家内安全を守る白狐がある。伏見稲荷大社が語るように、稲荷信仰は奈良時代の和銅4年(711)に稲荷山へ神が鎮まったとする由緒を持ち、今も全国に約3万社といわれるほど広い信仰圏を持つ。もう一方には、人を化かし、人に憑き、家筋や土地に取りつく野狐・管狐・オサキ・飯綱の系統がある。九尾の狐は、この善狐と凶狐のあいだをまたぐ。神に近い白狐の高貴さを持ちながら、同時に人間社会の奥へ入り込み、権力そのものを揺るがす危うさを持つ。 とくに日本で九尾の狐を決定づけたのが、玉藻前と殺生石の物語である。玉藻前は、鳥羽院の寵愛を受けた絶世の美女として語られ、やがてその正体を狐と見破られて那須野へ逃れ、討たれた後に毒を放つ石になったとされる。ここで大切なのは、九尾の狐、玉藻前、殺生石が同じものではなく、物語上の段階を異にする点である。九尾の狐は本相、玉藻前は宮廷に現れた化身、殺生石は討たれた後の成れの果てである。この三段階が結びつくことで、狐はただ人を化かす動物ではなく、美、知、政治、死、鎮魂までを背負う大妖狐になった。

玉藻前

玉藻前

伝説

たまものまえ

鳥羽院寵愛の九尾狐・玉藻前

動物変化京都府栃木県

玉藻前は、平安時代の末、鳥羽上皇に仕えたという絶世の美女である。その正体は九尾の狐とされるが、人としての玉藻前は何より、たぐいまれな美しさと深い学識をそなえた宮廷の女君として語られてきた。和歌や管弦はもちろん、仏教の経典から天竺・震旦(インド・中国)の故事まで、どんな問いにもよどみなく答え、宮廷の人々を驚かせたという。 「玉藻前」という名にも物語がある。ある夜、清涼殿での詩歌管弦の宴のさなか、一陣の風が灯火を吹き消すと、暗闇の中で彼女の身からまばゆい光が放たれ、あたりを昼のように照らした。玉のように光る藻、という意味で「玉藻前」と呼ばれるようになったと伝わる。それまでは藻女(みくずめ)と呼ばれていたともいう。やがて上皇の寵愛を一身に集めるが、上皇が原因の知れぬ病に倒れたことから、その正体が疑われていく。

小玉鼠

小玉鼠

珍しい

こだまねずみ

秋田マタギの破裂兆・小玉鼠

動物変化秋田県

小玉鼠は、秋田県北秋田郡のマタギに伝わる山中の怪。外見はハツカネズミやヤマネに似た小獣で、体は球状に近い。人に出会うと立ち止まり、みるみる膨張し、鉄砲のような轟音とともに破裂して肉片を散らすとされた(破裂せず大音響のみを発する説もある)。この出会いは山の神の怒りの兆しとされ、遭遇した猟師は直ちに猟をやめて山を退いた。

毛羽毛現

毛羽毛現

名妖

けうけげん

希有希見の毛獣・毛羽毛現

総称・汎称石燕『今昔百鬼拾遺』、希有希見の語呂、絵巻発祥

鳥山石燕『今昔百鬼拾遺』(安永10年・1781年)に描かれた、全身を長い毛に覆われた犬のような姿の怪。床下や軒先などの暗がりに蹲る図で表される。石燕の解説は名を「希有希見(けうけげん)」とも記し、めったに見られぬ稀有の存在であることを名義として示す。その姿の典拠として、石燕は中国の仙女「毛女(もうじょ)」を引く。毛女は『列仙伝』に見える秦の宮女で、秦の滅亡後に山へ逃れ松葉を食して百七十余年を生き、全身に毛を生やした仙人になったと伝わる。この毛女の故事になぞらえ、全身毛だらけの怪を「毛羽毛現」と名づけたものと解される。村上健司は、けうけげんは在地の民間伝承に基づくものではなく、石燕自身の創作と位置づけている。語呂合わせと漢籍の教養が結びついた、文人趣味の濃い妖怪である。

木霊

木霊

名妖

こだま

青ヶ島のキダマサマ・木霊

山野の怪東京都沖縄県

木霊(こだま)は、樹木に宿るとされる精霊で、その精が宿った樹そのものを指すこともある。古信仰では百年以上の年輪を重ねた老樹に神霊がこもると考えられ、山や谷で声を投げると遅れて同じ声が返る「山彦(やまびこ)」の現象も、木霊が応えるものと捉えられた。源を辿れば木の神格の余映であり、『古事記』では木の神とされる久々能智神(ククノチ)を木霊と解する見方があり、平安期の辞書『和名類聚抄』には樹神の和名として「古多万(こだま)」の語が記される。一方『源氏物語』には「鬼か神か狐か木魂か」「木魂の鬼や」とあって、当時すでに木霊を妖怪に近いものと見る感覚があったことがうかがえる。外見はごく普通の樹木と変わらないが、不思議な力を帯び、不用意に伐ろうとすれば祟るとされた。鳥山石燕は『画図百鬼夜行』に「木魅」と題し、百年を経た木に神が宿って姿を現すとして、老木の傍らに立つ老いた男女の姿を描いている。「木霊」「木魂」「谺」などと表記され、音の反響を指す「こだま」と樹の精を指す「こだま」は同じ語に重なり合い、自然の声と樹木の魂が一体に捉えられてきた。

琴古主

琴古主

稀少

ことふるぬし

忘れられし筑紫箏・琴古主

付喪神・骸怪石燕『百器徒然袋』、筑紫箏の付喪神、絵巻発祥

琴古主(ことふるぬし)は、江戸時代の妖怪絵師・鳥山石燕の画集『百器徒然袋(ひゃっきつれづれぶくろ)』に描かれた、古い箏(こと)の付喪神(器物が変化した妖怪)である。そのヴィジュアルは非常に印象的であり、長年打ち捨てられ破損した箏の表面に悲しげな目と口が浮かび上がり、プツンと断裂した無数の絃(糸)が、まるで狂乱した女鬼の乱れ髪のように垂れ下がっている。これは単なる器物の擬人化ではなく、楽器という「音を奏でるためだけに存在する道具」が、沈黙を強いられ朽ちていくことへの強烈な怨念を視覚化したものである。 この妖怪の最も深い魅力は、石燕が画図に添えた解説文に隠された「日本音楽史(邦楽史)の残酷なパラダイムシフト」にある。石燕は「八橋といえる盲人の調べ(流派)を改めしより、筑紫箏(つくしごと)は名のみにして、その音色を聴き知れる人さえまれなれば…」と記している。これは、江戸時代前期の天才盲人音楽家である八橋検校(やつはしけんぎょう)を指している。八橋検校は、それまで九州北部を中心に貴族や僧侶の間で雅に弾かれていた古い「筑紫箏」の奏法を学び、それを劇的に現代風(俗箏)に大改革して絶大な人気を博した。 しかし、八橋の新様式が世間を席巻した代償として、古き良き「筑紫箏」は完全に時代遅れとなり、誰にも弾かれることなく歴史から忘れ去られてしまった。つまり琴古主とは、単なる古い楽器の化け物ではなく、天才(八橋検校)の登場によって淘汰され、誰にもその音色を聴いてもらえなくなった「敗者の芸術(旧流派の音楽)」の哀しい怨みそのものが受肉した、極めて文化的・音楽史的な妖怪なのである。

金霊(および金玉)

金霊(および金玉)

名妖

かなだま(および かねだま)

善行の家に来る・金霊

霊・亡霊石燕『今昔画図続百鬼』、金気精霊、文献発祥

金霊は金の気の具現、あるいは福徳を象徴する精の名で、善行に励む家に兆しとして現れると解された。江戸の絵巻では土蔵に金銀が満ちる図で示され、実体の怪異というより吉報の寓意とされる。一方の金玉は玉状または怪火として飛来し、家に迎えると家運が開けると語られるが、損なえば衰運を招くと戒められる。両者は混称される例があるが、性格づけはやや異なる。

鎌鼬

鎌鼬

伝説

かまいたち

辻風に裂く鎌鼬

動物変化新潟県長野県

鎌鼬は、つむじ風(辻風)に乗って現れ、人の肌を刃物で払ったように切り裂くとされた怪で、雪深い信越・東北・北陸を中心に伝わる。切られた直後は痛みも出血も乏しい、あるいは後から痛みと血が出るなどと語られた。江戸期以降は鎌の爪を持つ鼬の姿で描かれ、鳥山石燕『画図百鬼夜行』では中国の怪獣「窮奇」の名に「かまいたち」の訓を当てている。冬の季語としても用いられる。

サンドワーム

サンドワーム

珍しい

さんどわーむ

砂中を進む大虫・サンドワーム

総称・汎称創作・外来の砂中を進む大虫(サンドワーム)

サンドワームは、日本の古典的な妖怪絵巻や民話には一切登場しない、いわば「現代の外来妖怪」とも呼ぶべき存在である。砂漠や砂丘の地中を猛スピードで掘り進み、巨大な円筒状の口で獲物を砂ごと丸呑みする巨大な蠕虫(ワーム)の怪物として知られる。その直接的な起源は、1965年に発表されたフランク・ハーバートのSF小説の金字塔『デューン 砂の惑星』に登場する砂蟲(シャイ=フルード)であると確定している。しかし、1980年代以降、日本国内において『ファイナルファンタジー』をはじめとするファンタジーRPGを通じて爆発的に認知度が広がり、「砂漠という過酷な環境には必ず潜んでいる最恐の怪物」として、日本の若者たちの間で共通の恐怖体験(=一種の現代民俗)として完全に定着した、極めて特異な受容史を持つ怪異である。

朱雀

朱雀

神格

すざく

南方を護る四神・朱雀

動物変化奈良県京都府

朱雀(すざく)は、南方を守護する四神の一にして、天の南方七宿を鳥の形に象った霊鳥である。五行では「火」、五色では「朱(赤)」、季節では夏に配される。古典ではしばしば「朱鳥(すちょう)」とも記され、『礼記』曲礼は「前朱鳥にして後玄武」と四神を方位の標とした。中国に成立した方位・五行の思想とともに古代日本へ受容され、平安京の朱雀大路・朱雀門にその名を残す。

瀬戸大将

瀬戸大将

稀少

せとたいしょう

瀬戸物寄せの武者・瀬戸大将

付喪神・骸怪石燕『百器徒然袋』、瀬戸物の付喪神、三国志の言葉遊び創作

瀬戸大将(せとたいしょう)は、鳥山石燕の妖怪画集『画図百器徒然袋』(天明4年・1784年刊)に描かれた付喪神で、皿・徳利・茶碗・燗鍋(かんなべ)といった瀬戸物(陶磁器)が寄り集まって、甲冑をまとった武者の姿をなしたものとされる。石燕は図に「曹孟徳にからつやきのからきめ見せし燗鍋の寿亭侯にや、蜀江のにしき手を着たり」と詞書を添える。これは『三国志演義』に名高い曹操(曹孟徳)と関羽(漢寿亭侯)を引きつつ、「唐津やき」に「からき目(つらい目)を見せる」を掛け、瀬戸物の燗鍋を、蜀江の錦をまとった関羽になぞらえた言葉遊びである。すなわち石燕は、東国の瀬戸焼と九州の唐津焼という二大やきものの覇を競うさまを、三国の英雄の対立に見立てて器物の妖を仕立てた。固有の出没譚や祟りの伝承を持つ妖怪ではなく、漢籍の知識と語呂による石燕の趣向が骨格をなす造形妖怪である。

白溶裔

白溶裔

名妖

しろうねり

古布なびく怪・白溶裔

付喪神・骸怪石燕『百器徒然袋』、古布巾の付喪神、絵巻発祥

白溶裔(しろうねり)は、鳥山石燕の妖怪画集『画図百器徒然袋』(天明4年・1784年刊)の中巻に収められた付喪神で、長く使い込まれた古い布巾(ふきん)・雑巾が化したものとされる。石燕は図に「ふるき布巾の化したるものなりとぞ」と注し、ぼろ布が風になびくさまを、空を行く白い竜のようにうねらせて描く。名の「容裔(ようえい)」は本来「旗や布が風にひるがえり、ゆらめき漂うさま」を指す古い漢語で、石燕はこの語に「白(しろ)」を冠して古布の妖をあらわした。一方その音は、吉田兼好『徒然草』第六十段に登場する人物の渾名「しろうるり」(意味の通らぬ語をもてあそんだ呼び名)を踏まえた語呂合わせともされ、石燕一流の機知が利いている。固有の出没譚や害をなす伝承は石燕の詞書には記されず、もっぱら絵と語呂によって成り立つ造形妖怪である。器物が齢を経て霊を得るという付喪神の観念を、もっとも身近で粗末な布きれに当てはめた点に、この妖怪の眼目がある。

栄螺鬼

栄螺鬼

名妖

さざえおに

貝より変ずる海の鬼・栄螺鬼

動物変化石燕『百器徒然袋』、造化変化の創作、在地伝承なし

鳥山石燕『百器徒然袋』(天明4年・1784年)に描かれた、サザエ(栄螺)が歳を経て鬼と化した姿の付喪神。殻から人のような両腕を伸ばし、蓋の部分に眼を生やした奇怪な貝として表される。石燕の解説は「雀海中に入てはまぐりとなり、田鼠化して鶉となる」という『礼記』月令の変化譚を引く。雀が蛤に、野鼠が鶉に化すると古典が説くならば、サザエが鬼に化したとて不思議はない——という造化の妙への着想から生まれた、観念的・画題的な妖怪である。すなわち特定の土地に根ざした怪異というより、自然物が異形へ転ずる「変成」の理を可視化するための趣向であった。『百鬼夜行絵巻』の一部には、栄螺に似た妖が蛤の子の妖怪の手を引く図様も見え、海辺の貝類を擬人化した群像の系譜のなかに位置づけられる。

酒呑童子

酒呑童子

伝説

しゅてんどうじ

大江山の鬼総領・酒呑童子

人妖・半人半妖京都府滋賀県

平安期、都の周縁の山に拠って人を攫ったと伝わる鬼の頭領。豪飲を好み、名の「酒呑」もこれに由来するとされ、「童子」は稚児髷を結う若者・僧形の姿を指す呼称である。配下の鬼を率いて往来や宮中の女房を襲い、源頼光と四天王に討たれたと語られる。住処は丹波の大江山が著名だが、近江の伊吹山、山城の老の坂など諸伝がある。現存最古の説話を伝える『大江山絵詞』(香取本)では、その所在は陰陽師の占によって突き止められたとされ、鳥山石燕も『今昔画図続百鬼』に図像を残す。

鍾馗

鍾馗

神格

しょうき

鬼を踏み伏す魔除け・鍾馗

神霊・神格京都府

鍾馗(しょうき)は、中国唐代の説話に由来する辟邪(へきじゃ)の神格で、鬼を捕らえ食らう威をもって疫鬼を退ける守護神として崇められる。図像は、濃い髭をたくわえ、官人の袍と幞頭(ぼくとう)をまとい、大ぶりの剣を帯びて鬼を睨み据える、いかにも勇猛な姿に描かれる──玄宗の夢に現れて疫鬼を退治した大鬼として、北宋の沈括『夢渓筆談』が早くにその容貌を記している。日本では平安末期の辟邪絵にすでに鍾馗の図像が認められ、後世には疱瘡(ほうそう)除け・疫病除けの神として、また科挙の進士であった伝承にちなみ学業成就の守護としても信仰された。江戸期になると、端午の節句に鍾馗を描いた幟(のぼり)を立て、室内に掛幅や五月人形として飾る習俗が関東に広まり、一方で近畿、とりわけ京都では屋根の上に小さな鍾馗瓦(かわら)を据えて魔除けとする独特の習俗が定着した。剣を手に鬼を踏まえる怒りの形相は本来きわめて恐ろしいが、その恐ろしさを「こちら側」の守りに転じ、より強い力で災厄を跳ね返させるところに、鍾馗信仰の発想がある。なお容姿や持物の細部は時代・地域・絵師により差異がある。

鈴彦姫

鈴彦姫

稀少

すずひこひめ

神楽鈴を戴く女・鈴彦姫

住居・器物在地の伝承をもたず、石燕『百器徒然袋』と百鬼夜行絵巻の図像に発する観念的妖怪

鈴彦姫は、鳥山石燕『百器徒然袋』に描かれた妖怪。女性の姿で、頭上に神楽鈴を載せ、鈴のような顔立ちを示す。石燕は天岩戸神話の天鈿女命を引き、神楽との連関を示唆するが、由来や正体は明示しない。中世の百鬼夜行絵巻に見られる神楽鈴を持つ怪の図像や、鈴が「神を招き出す」観念との連想が下敷きとされる。具体の出没談は伝わらず、図像先行の観念的妖怪である。

平将門

平将門

神格

たいらのまさかど

関東の御霊神・平将門

神霊・神格東京都千葉県

平将門(たいらのまさかど)は、平安中期の坂東(ばんどう)に勢力を張った桓武平氏の武者であり、朝廷に反旗を翻して「新皇(しんのう)」を称し討たれた人物である。死後、その斬られた首にまつわる怪異から日本でもっとも畏れられた怨霊の一とされ、やがて関東の守護神・御霊神(ごりょうしん)として神田明神などに祀られた。 承平・天慶のころ、将門は一族内の私闘から身を起こし、天慶二年(九三九)には常陸(ひたち)をはじめ関東諸国の国府を攻め落として東国を制圧、八幡大菩薩の託宣を称して自ら新皇と名のった。だが翌天慶三年(九四〇)、平貞盛と藤原秀郷(俵藤太)の追討軍に額を射られて戦死する。その生涯は同時代の軍記『将門記』に詳しい。 将門を妖怪・怨霊たらしめたのは、史実の乱そのものよりも、後世に語られた首の伝説である。京で晒された首が腐らず夜ごと叫んで東へ飛び去ったという物語は、東京・大手町の将門塚(首塚)の畏怖と結びつき、移し動かせば祟るという信仰を今に伝える。一方で神田明神では、江戸の総鎮守、武運と商売繁盛の神として篤く敬われ、祟りと守護という御霊神の二面を体現している。

松明丸

松明丸

稀少

たいまつまる

妖火を帯ぶる怪鳥・松明丸

山野の怪石燕『百器徒然袋』由来の絵姿先行の怪鳥。具体的出没地は不詳

松明丸は、鳥山石燕『百器徒然袋』に描かれる火を携えた鳥の妖怪。猛禽の姿で口や爪に炎をまとい、深山の闇に怪光を放つという。石燕は注に「天狗礫の光」と関連づけ、行人の修行を妨げる性と解す。実用の灯りではなく惑乱の火で、夜行する者を迷わせる存在として表象される。史料上の具体的出没地は定かでない。

滝霊王

滝霊王

名妖

たきれいおう

滝壺顕現の不動・滝霊王

神霊・神格滋賀県

江戸期の絵師・鳥山石燕『今昔百鬼拾遺』に見える名で、滝の中に現れる不動明王の相を描いたもの。石燕は「諸国の滝つぼよりあらはるる」と注し、青竜疏に拠り「一切の鬼魅諸障を伏す」と記す。実際には妖怪というより、滝に顕現する明王信仰の表象とみなされ、名称は石燕独自の題とされる。詳細な伝承は乏しく、地域的な異名・具体事例は不詳。

猪口暮露

猪口暮露

稀少

ちょくぼろん

猪口被る虚無僧鬼・猪口暮露

動物変化石燕『百器徒然袋』、猪口+虚無僧の言葉遊び、絵巻発祥

鳥山石燕『百器徒然袋』に描かれた妖怪。猪口を頭にのせた虚無僧風の小鬼が箱から現れる図で知られ、解説では唐の玄宗の前に現れた墨の精の逸話を引き、同類の怪と示唆される。名の「暮露」は禅宗系の托鉢僧の呼称と虚無僧風姿、酒器の猪口を掛け合わせた語遊び的造形と解され、半僧半俗像の連想が強い。

角盥漱

角盥漱

稀少

つのはんぞう

角立つ盥の付喪・角盥漱

付喪神・骸怪石燕『百器徒然袋』、角盥の付喪神、小町草紙洗伝説の創作

角盥漱は、鳥山石燕『百器徒然袋』に描かれた漆塗りの盥(角盥)が怪異化した姿とされる付喪神。平安の宮中で用いられた化粧・手水の器が長年の使用や人の念を受けて霊性を帯び、夜更けに水をたたえては文字を浮かべ流すといった怪を示すと伝えられる。作例は小野小町の草紙洗伝説を典拠とする意匠が多い。

釣瓶火

釣瓶火

珍しい

つるべび

樹上に下る怪火・釣瓶火

自然現象・自然霊京都府

釣瓶火は、夜道の樹上から井戸の釣瓶のように上下する怪火である。鳥山石燕『画図百鬼夜行』に図像が見え、京都西岡周辺で語られた「釣瓶おろし」の怪火を典拠とする解釈がある。四国・九州では木の精が青白い火球となって枝にぶら下がるとされ、炎は物を焼かず、時に人獣の顔が浮かぶという。山道に静かに現れる怪火の一種とみなされ、目撃譚が各地に伝わる。

月の兎

月の兎

名妖

つきのうさぎ

満月に餅搗く・月の兎

動物変化月 (仏教説話・中国由来の月天霊獣)

満月の面に現れる陰影を兎の姿と見なす伝承上の霊獣。古くは仏教絵画や説話により広まり、月天の象徴として描かれた。中国では不老不死の薬を搗く兎として、日本では餅を搗く兎として解されることが多い。絵画史料では中世から確認でき、江戸中期には餅搗き像が一般化したとされる。

人面樹

人面樹

稀少

にんめんじゅ

人面花の異木・人面樹

自然現象・自然霊『和漢三才図会』が中国『三才図会』から引いた大食国の木、渡来

人面樹は、人の首のような花をつけるとされる樹木の怪。鳥山石燕『今昔百鬼拾遺』に描かれ、『和漢三才図会』が『三才図会』から引く異国記事を典拠とする。花は言葉を解さず、問いかけると笑みを返すという。笑い続けると花は萎み落つとされ、日本各地の在地伝承というより書誌的な博物学的怪説として知られる。

ぬりかべ

ぬりかべ

名妖

ぬりかべ

九州夜道の見えぬ壁・ぬりかべ

総称・汎称福岡県大分県

夜道で行く手をふさぐ見えない壁として語られる妖怪。歩行者は突然進めなくなり、手探りしても平らな面に阻まれるように感じるという。多くは暫く立ち止まる、脇へそれる、棒で足元を払うなどすると解けるとされる。姿は本来定まらず、見えないもの、あるいはのっぺりした壁状と語られることが多い。人を食らうなどの害は乏しく、道迷いを起こす厄介者として恐れられた。水木しげるの作品で広まった長方形の壁の姿は、後世に定着した造形である。

不落不落

不落不落

稀少

ぶらぶら

竹提灯の不落不落

付喪神・骸怪石燕『百器徒然袋』、提灯の付喪神、典拠不明

鳥山石燕『百器徒然袋』に描かれた提灯の妖怪。竹に結わえられ、裂け目を口のように開いた提灯が道へ覆いかぶさる姿で示される。画中詞には田の提灯火に見ゆれど狐火かもしれぬとの含意が添えられるが、石燕の巻では器物の妖怪群に配されるため、提灯が化した付喪神として理解される。名称は画中に「不々落々」とも記され、一般には「不落不落」と表記される。

古空穂

古空穂

稀少

ふるうつぼ

那須野武功の古靫・古空穂

付喪神・骸怪石燕『百器徒然袋』、靫の付喪神、絵巻発祥

古空穂は、鳥山石燕『百器徒然袋』に描かれる靫(うつぼ)の付喪神。矢を収め背負う武具の靫が、時を経て自らはい回るように擬人化した姿で表される。石燕は詞書で「奈須野の原の野干」を射た三浦介・上総介に触れ、彼らの古い靫が変じたものかと示唆する。室町の『百鬼夜行絵巻』に見える弓矢を帯びた器物妖怪の系譜に連なる図像と解される。

封豨

封豨

珍しい

ほうき

桑林の異国獣・封豨

動物変化中国『山海経』由来の異国獣。江戸の異国奇談で名のみ引用、日本の地理伝承と結びつかない

封豨(ほうき)は、本来は日本の妖怪ではなく、古代中国の神話や地理書『山海経』などに記された、巨大で凶暴な猪の怪獣(または神獣)である。中国音では「フェンシー(Fēngxī)」と呼ばれるが、日本に伝来した際に音読みで「ほうき」として定着した。伝説によれば、全身が鎧のように硬い毛皮に覆われた途方もなく巨大な猪であり、その圧倒的な力で田畑を荒らし、人々を食い殺す災害そのものとして恐れられた。日本では江戸時代の百科事典『和漢三才図会』などの「異国奇談」を通じて知識層に紹介されたが、地域に根付く民間信仰(民俗妖怪)には発展せず、長らく書物の中だけの「舶来の怪物」に留まっていた。しかし現代において、漫画やアニメなどのポップカルチャーを通じてその名が突如として脚光を浴びることとなる。

払子守

払子守

稀少

ほっすもり

禅坐する払子の精・払子守

付喪神・骸怪石燕『百器徒然袋』、払子の付喪神、禅公案からの連想

払子守は、禅僧が用いる払子に精が宿ったとされる付喪神。鳥山石燕『百器徒然袋』に、天蓋の下で結跏趺坐し坐禅する姿として描かれる。石燕は禅の公案「狗子仏性」を引き、払子にも仏性が顕れるとの連想を示した。長年用いられた法具が霊威を帯び、静坐して成仏を志す姿として表象されるのが特徴である。

馬骨

馬骨

珍しい

ばこつ

土佐の歩く馬骨

付喪神・骸怪高知県

馬骨(ばこつ)は、火災で焼け死んだ馬の遺骸が妖気を帯びて妖怪化したとされる骸怪(むくろの妖怪)であり、江戸時代中期から後期にかけて土佐国(現在の高知県)で制作された妖怪絵巻『土佐お化け草紙』にその姿が描かれている。完全に白骨化した馬の巨大な骨格が、ボロボロに擦り切れた古衣を腰にまとい、人間のように二本足で直立するという特異かつ不気味な造形を持つ。日本各地に伝わる妖怪の中でも「馬の骨格」が自立して活動する例は極めて珍しい。人を積極的に襲ったり呪い殺したりするような凶悪な怨霊としての記録はなく、不慮の死を遂げた家畜の無念さや、使役され尽くした末に不要となれば見捨てられる「畜生」の悲哀を具現化した存在である。夜の旧道などに現れて人を驚かせる怪異でありながら、同時に動物の魂を慰める「畜生供養」や、命あるものを最後まで敬うべきであるという民衆の倫理観を説く教訓的な妖怪として位置づけられており、当時の四国地方の土着信仰や死生観を色濃く反映している。

骨女

骨女

稀少

ほねおんな

牡丹燈籠の白骨女・骨女

人妖・半人半妖明『剪燈新話』牡丹燈記が淵源、浅井了意『伽婢子』翻案、渡来

骨女は、鳥山石燕『今昔画図続百鬼』に描かれた骸骨の女。石燕は解説で、御伽草子系の怪談に見える、牡丹模様の提灯を携え逢瀬に通う女の骸骨を典拠とし、浅井了意『伽婢子』所収「牡丹燈籠」の女亡霊像に拠ると示す。美女に見まがう姿で男に近づき、実は白骨であるという怪異譚の図像化で、色恋と死の境が交錯する恐怖の象徴として知られる。

滅法貝

滅法貝

珍しい

めつほうかい

目尾ある跳ねる貝・滅法貝

水の怪石燕系と推定されるが典拠未確認、付喪神的存在で地名なし

江戸後期の絵巻「化け物尽くし絵巻」に描かれる水妖の一。貝殻に眼と尾のような突起が付き、跳ねる姿で表される。詞書が付かず作者も不詳で、同絵巻に特有の11種の一つとされる。名称は読み仮名が記され、一般には広く知られぬ存在であったことが示唆される。具体の害や功徳は明示されず、水辺に現れる得体の知れぬ怪として描写される。

木魚達磨

木魚達磨

稀少

もくぎょだるま

達磨顔の不眠木魚・木魚達磨

付喪神・骸怪石燕『百器徒然袋』、木魚の付喪神、絵巻発祥

鳥山石燕『百器徒然袋』に描かれる仏具の妖怪。達磨のような髭面の顔を木魚に生じたものとして表され、円座に座して目を見開く。石燕は同じく仏具の妖怪「払子守」と同類と示唆する。木魚は魚が眠らず目を閉じないと信じられ、修行僧の不眠精進を戒める象徴であることから、達磨大師の「眠らず九年」の伝承と結び付き、無睡の観念が具象化した作例と解される。

目目連

目目連

名妖

もくもくれん

障子一面の眼群・目目連

住居・器物出自不詳 (石燕等・障子一面の眼群・在地古伝なし)

鳥山石燕『今昔百鬼拾遺』に描かれる妖怪。荒れた家の障子一面に無数の目が現れ、じっと見返すとされる。石燕の画図では碁打ちの念が碁盤から家全体に及んだ旨が添えられ、障子という住居要素に宿る怪として示される。後世の妖怪事典でも創作色が指摘されるが、障子の文様や薄明かりが与える不気味さを象徴する存在として広く知られる。

麦殿大明神

麦殿大明神

神格

むぎどのだいみょうじん

江戸麻疹退散の神・麦殿大明神

神霊・神格江戸期はしか絵の麻疹除け呪い神、起源不明

麦殿大明神は、江戸時代に流行した麻疹を退散させる守護神として崇められ、麻疹絵に多く描かれた神格。麻疹を象徴する鬼を踏み伏せる姿が定型で、護符として家内に掲げられた。病除けの祈願とともに、養生法や食禁を添えた版画が流布し、恐れの対象である麻疹に対し心の拠り所を与えた。特定の社寺や系譜は不詳で、版元ごとに表現が異なる。

山本五郎左衛門

山本五郎左衛門

珍しい

やまもとごろうざえもん

稲生物怪録の魔王・山ン本

山野の怪広島県

江戸中期の怪異譚『稲生物怪録』に登場する、妖怪どもを率いる頭領格。寛延2年(1749)、備後国三次の少年稲生平太郎(のちの稲生武太夫)のもとに三十日にわたり怪を仕掛け、最後に四十歳ほどの武士の姿で現れて名乗る。自らを天狗や狐狸の類ではないと述べ、魔王の座を賭けた試みの一環として平太郎の胆力を試したという。諸本で「山ン本五郎左衛門」など名表記に揺れがあり、その正体は定まらない。

ろくろ首

ろくろ首

伝説

ろくろくび

飛頭蛮・抜け首(小泉八雲解釈版)

人妖・半人半妖日本全国 ── 特定地を持たない人里の怪

ろくろ首(ろくろくび)は、夜間、就寝中に首が異常に長く伸びる、あるいは胴体から完全に離れて空を飛び回るという、日本を代表する有名な妖怪である。現代では「ろくろ首=首が伸びる妖怪」というイメージが定着しているが、民俗学的には、首が胴体から離れて飛ぶ「抜け首」こそが本来の姿であるとされる。この原型は、古代中国の奇書『捜神記』などに記された「飛頭蛮(ひとうばん)」という異国の妖怪が日本に伝来したものである。 妖怪研究における最大の面白さは、なぜ「飛ぶ」から「伸びる」へ変化したかという点にある。江戸時代の絵巻物で、抜け首と胴体を繋ぐ「霊的な細い糸」が描かれた際、大衆がそれを「細長く伸びた首そのもの」だと視覚的に誤認したことが、「伸びるろくろ首」誕生の決定的な契機となったという説が有力である。伝承の多くにおいて、ろくろ首は生来の化け物ではなく、人間の女性が「離魂病(魂が肉体を抜け出す病)」や業(ごう)の深さゆえに無自覚のまま引き起こしてしまう悲劇的な怪異として語られている。

龍女

龍女

珍しい

りゅうじょ

水際の鱗ある女・龍女

水の怪日本各地 (水域に縁ある龍が女と化す)

龍女は水域に縁ある龍が女性の姿をとった存在とされ、川や湖、海辺、湧水などに現れるという。しばしば美貌の女として人前に現れ、人に恩を施す場合と畏れを抱かせる場合がある。天候や水量と関わり、祈雨・止雨の願いの対象となる説も見られる。姿は人と龍を行き来するとされ、正体は鱗や爪、香気などで察せられると語られる。

紙舞

紙舞

珍しい

かみまい

紙片自ら宙を舞う・紙舞

住居・器物藤沢衛彦が複数の話を統合した創作、特定発祥地なし

紙舞は、紙片が自ずと舞い上がり一枚ずつ宙を漂う現象として語られる妖怪名。昭和初期の藤沢衛彦『妖怪画談全集 日本篇 上』で神無月に現れると記され、挿絵には『稲生物怪録』における鼻紙の怪異が用いられた。後年の解説書で固有名の妖怪と紹介されるが、村上健司は固有の実体より怪談中の一事象として位置づけている。

精霊風

精霊風

珍しい

しょうろうかぜ

盆十六日の死霊風・精霊風

天候・災異佐賀県

精霊風は、盆の十六日の朝に吹くとされる不吉の風。実体はなく、当たると急な発熱や悪寒、ふらつきなどの災厄を招くと畏れられた。ここでいう「精霊」は仏教でいう死者の霊(しょうろう)の意で、盆に帰る霊を運ぶ風と解される。五島ではこの日、墓や墓道へ近づかない習俗があり、霊障を避ける忌みとして守られてきた。

水虎様

水虎様

名妖

すいこさま

津軽の水虎大明神

神霊・神格青森県

水虎様(すいこさま)は、青森県の津軽地方で水難除けの神としてまつられる水神で、正式には「水虎大明神」という。龍宮(りゅうぐう)の眷属とされ、当地で河童を指す「メドチ」を従える上位の存在とも、河童そのものとも語られる。小さな祠(ほこら)や堂に神像が安置され、その像は河童の形のこともあれば、弁才天の形を借りることもある。旧暦の初夏には、初なりの胡瓜(きゅうり)などを供えて川へ流し、子どもが水で命を落とさぬよう祈った。中国の本草書の「水虎」とは字が同じだけで、津軽で独自に育った水神信仰である。

白虎

白虎

神格

びゃっこ

西方を護る四神・白虎

動物変化奈良県

白虎(びゃっこ)は、西方を守護する四神の一にして、天の西方七宿を虎の形に象った神獣である。五行では「金」、五色では「白」、季節では秋に配され、白毛の猛虎として表される。中国の星宿・五行思想に発し、『淮南子』天文訓では西方の獣を白虎とした。古代日本に受容されたのちは、青竜と対をなして方位鎮護・結界の標として図像化された。

絵馬の精

絵馬の精

珍しい

えまのせい

社寺絵馬堂の宿り霊・絵馬の精

住居・器物京都府

神社仏閣に奉納される絵馬に宿るとされる精。長年の祈願や人々の念を受けて霊性を帯び、老人や美しい女の姿で現れるという。絵画の題材に応じて姿や気配を変えると語られ、夢やまどろみの折に現れて吉凶を告げたり、絵馬の扱いについて戒めを与える存在として伝わる。器物の霊だが、霊妙さは社寺の神威に連なると捉えられる。

かなつぶて

かなつぶて

珍しい

かなつぶて

奈良坂の金礫法師・かなつぶて

鬼・巨怪奈良県京都府

かなつぶては『宝物集』に見える奈良坂の化生で、金の小石(礫)を打ち放って往来を襲った賊性的な妖怪。御伽草子の田村語りでは巨大な法師姿として現れ、太郎・次郎・三郎の金礫を操って人馬や荷駄を打ち砕く。稲瀬五郎坂上俊宗に追討され、ついに降伏して処刑されたと伝える。金礫の妙技と奈良坂での横行が特徴。

ももんがあ

ももんがあ

稀少

ももんがあ

二階窓辺の脅かし・ももんがあ

総称・汎称野衾の異称、ムササビの怪異化、地域呼称差はあるが全国汎存在

「ももんがあ」は江戸期の絵本・版本に見られる怪異名で、夜分に家屋の二階や窓辺から現れて人を脅かすとされる。大きな眼と裂けた口を持つ姿、または白い肉塊に短い手足が生えた異形として描かれることがある。特定の由来や祀り方は伝わらず、名は驚かしの掛け声に通じ、姿形は本草・随筆・絵巻の図像により幅がある。

大煙管

大煙管

珍しい

おおぎせる

阿波青石瀬の煙管狸・大煙管

動物変化徳島県

徳島県三好郡三庄村毛田に伝わる化け狸の怪。吉野川の青石瀬で夜更けに舟を停めると現れ、巨大な煙管を差し出して煙草を所望する。煙管一杯に詰め切れば害はないが、量は常識外れに多く、用意が足りぬと舟を転覆させたり怪異を起こすという。水辺で人を脅かす狸の一類型で、旅人・船頭への戒めとして語られた。

青行燈

青行燈

名妖

あおあんどん

百物語の鬼女・青行燈

住居・器物東京都

青行燈(あおあんどん)は、江戸時代に大流行した怪談会「百物語(ひゃくものがたり)」の終局に現れるとされる、極めて特殊な「儀礼的・心理的妖怪」である。青い紙を貼った行燈に百本の灯心(あるいは百本の蝋燭)を灯し、怪談を一つ語り終えるごとに一本ずつ火を消していく。そして、最後の百本目の火が消え、完全な暗闇が訪れた瞬間に現れる怪異の総称、あるいはその怪異そのものを指す。鳥山石燕の妖怪画集『今昔百鬼拾遺』において、黒髪に角を生やし、お歯黒を塗った凄惨な鬼女の姿として描かれたことで、その視覚的イメージが決定づけられた。特定の山や川に棲む自然発生的な妖怪とは異なり、人間の言葉(怪談)と恐怖心が集積し、言霊(ことだま)となって受肉した「都市伝説的なメタ妖怪」の先駆とも言える存在である。

倩兮女

倩兮女

稀少

けらけらおんな

塀越しの艶笑女霊・倩兮女

霊・亡霊出自不詳 (石燕等・塀越しの艶笑女霊・在地古伝なし)

江戸の絵師・鳥山石燕『今昔百鬼拾遺』に描かれる女の妖怪。塀越しに口を大きく開け、けらけらと笑って人を惑わす姿で示される。石燕は中国の宋玉の故事を引き、艶笑で人心を乱した女の霊に擬している。具体の出没地や来歴は記されず、笑い声が不気味に響く女怪として後代に語り継がれた。

馬鹿

馬鹿

珍しい

うましか

馬面に鹿蹄の絵巻怪・馬鹿

動物変化江戸後期絵巻発祥、馬+鹿の漢字見立ての語呂合わせ、在地伝承なし

江戸期の妖怪絵巻に描かれる精怪。衣をまとい、前脚を左右に広げ、眼球が上に突き出た馬の顔に鹿の割れ蹄を備える姿で表される。『百物語化絵絵巻』(18世紀後半)や尾田郷澄『百鬼夜行絵巻』、『化物尽絵巻』などに同姿の図が確認されるが、行状や由来の説明は付されない。語の「馬鹿」からの連想図像とみられるが、機能や害益は資料上不明である。