塵塚怪王
ちりづかかいおう
唐櫃割りの塵王・塵塚怪王
鳥山石燕の画集『百器徒然袋』に描かれた妖怪。唐櫃をこじ開ける怪鬼として表され、『百鬼夜行絵巻』に見られる赤鬼が唐櫃を割る図様や、『徒然草』第七十二段の「塵塚」の語句を典拠に、石燕が意匠化した作とされる。山姥との関連を示す注記はあるが、直接の伝承や物語は確認されず、性格や由来は明確でない。後世には塵や廃物の長と解釈されることがある。
『百器徒然袋』(ひゃっきつれづれぶくろ)は、天明4年(1784年)に刊行された鳥山石燕の妖怪画集で、『画図百鬼夜行』『今昔画図続百鬼』『今昔百鬼拾遺』に続く、石燕最後期の作品である(全三巻)。 本作は、室町〜江戸に描かれた「百鬼夜行絵巻」を踏まえつつ、器物の妖怪を中心に再構成した点が大きな特色で、五徳・盥・銚子など生活具を素材とする付喪神が数多く描かれる。 石燕自身の序文には、「百鬼夜行絵巻を見たあと、夢に現れた妖怪を描いた」とあり、先行作に比べて題材の統一性と創作性が強い。巻頭と巻末には七福神や宝船が配され、『今昔百鬼拾遺』の「隠れ里」や『今昔画図続百鬼』の「日の出」と同様、作品全体の趣向を示す構造となっている。 題材には『徒然草』や謡曲からの引用が含まれ、器物に結びつく故事・歌をもとに発想を膨らませて妖怪の名前と姿を作り上げるなど、絵巻的伝統 × 文献的学知 × 石燕自身の夢想が融合している。 また、塵塚怪王・文車妖妃などは『百鬼夜行絵巻』に登場する妖怪を踏まえつつ、『徒然袋』にある成句「塵塚の塵、文車の文」を妖怪名として取り入れた例で、石燕の語彙感覚と創意の高さを示す。 参照した絵巻の系統が複数混在している可能性も指摘され、絵巻史研究においても興味深い位置付けをもつ。 全体として『百器徒然袋』は、器物の霊性と百鬼夜行の幻想性を最も強く押し出した石燕の晩年作であり、夢と実在の境界に立ち上がる“付喪神の世界”を象徴する妖怪画集と評価されている。
48体の妖怪が収録されています
ちりづかかいおう
唐櫃割りの塵王・塵塚怪王
鳥山石燕の画集『百器徒然袋』に描かれた妖怪。唐櫃をこじ開ける怪鬼として表され、『百鬼夜行絵巻』に見られる赤鬼が唐櫃を割る図様や、『徒然草』第七十二段の「塵塚」の語句を典拠に、石燕が意匠化した作とされる。山姥との関連を示す注記はあるが、直接の伝承や物語は確認されず、性格や由来は明確でない。後世には塵や廃物の長と解釈されることがある。
ふぐるまようひ
積年恋文の女霊・文車妖妃
鳥山石燕の『百器徒然袋』に描かれる妖怪。文を運ぶ車「文車」にちなみ、古い恋文に積もった執着・情念がかたちを得たものと解される。巻紙を手にした女性像として示され、徒然草第七十二段の「文車の文」を典拠に意匠化された創作的妖怪で、恋文と器物の霊性が結びついた付喪神的解釈が広く流布している。
おさこうぶり
保身固執の冠・長冠
鳥山石燕『百器徒然袋』に描かれる冠の妖怪。束帯をまとい笏を手にし、頭部が巻纓冠となる姿で示される。石燕は、「東都の城門に冠を掛け去った賢人」の故事を引きつつ、保身に固執して冠を手放さぬ邪な人物の影が宿るものとして示唆する。冠という権威の象徴が、道義を失った心に付くと妖となるという教訓的意匠が核にある。
くつつら
浅沓を載す瓜畑の怪・沓頬
鳥山石燕『百器徒然袋』に描かれる妖怪。動物と人の中ほどの姿に浅沓を載せたように表され、名称は「沓(くつ)+頬(つら)」の当て字と解される。石燕は中国故事「瓜田李下」に触れ、瓜畑に現れて瓜を食う怪を霊符で退けた説話を引用しつつ、この怪をその類と示唆する。具体の性質や出没地は作中以外に確かな伝承が乏しく、図像と出典言及が主な情報である。
ばけのかわごろも
北斗祈念の化生狐・ばけの皮衣
ばけの皮衣(ばけのかわごろも)は、鳥山石燕の絵本『百器徒然袋』上巻に描かれた妖狐である。三千年を経た古狐が、頭に藻草(もくさ)をかぶって北斗七星を拝み、その修法によって美女へと化けるとされる。石燕は詞書に「三千年を経たる狐、藻草をかぶりて北斗を拝し、美女と化するよし、唐(もろこし)のふみに見へし」と記し、これを中国の古書に見える話だと夢のなかで思いめぐらす体裁をとる。 『百器徒然袋』はもともと、古道具に魂が宿る付喪神(つくもがみ)を集めた絵本である。狐がそこに紛れこめたのは、ひとえにその名による。「皮衣(かわごろも)」は毛皮の衣を指す言葉で、まるで一着の衣裳=「物」であるかのように読める。同時に「化けの皮」という慣用句を響かせ、化けた正体がいまにも剥がれそうな狐を言いあてている。石燕はこの言葉遊びによって、本来は獣である化け狐を、道具の妖怪たちの列にそっと忍ばせた。 名は化生の華やかさを思わせるが、特定の土地や人物に結びついた在地の伝説をもたない。あくまで石燕の画と詞書を典拠とする図像系の妖怪であり、中国以来の「狐は年を経て美女に化ける」という観念を一枚の絵に凝縮した、象徴的な存在である。
ころうか
石灯籠に座す火霊・古籠火
古籠火は、鳥山石燕の『百器徒然袋』に描かれた灯籠にまつわる妖怪。石灯籠の上に座し、口から火を吐く姿で表され、灯籠の火霊が妖怪視された例と考えられる。石燕は古戦場の鬼火譚を引きつつも、灯籠の火が怪となる古典的典拠は知らないと記し、創出性の高い図像である。後世には灯籠が自ら灯る怪異として語られることもあるが、伝承の確実性には留保が付く。
てんじょうなめ
古家天井を嘗む・天井嘗
天井嘗は、鳥山石燕の『百器徒然袋』に描かれた、長い舌で天井をなめる妖怪。冬の寒さや灯の暗さをもたらすものとして示唆的に描かれ、『徒然草』第五十五段の文言が石燕の解説に引用される。室町期の百鬼夜行絵巻に見られる仰向けで舌を伸ばす怪を下敷きとし、後世には天井や柱のしみ・汚れをなめ跡と説明されることが多い。
しろうねり
古布なびく怪・白溶裔
白溶裔(しろうねり)は、鳥山石燕の妖怪画集『画図百器徒然袋』(天明4年・1784年刊)の中巻に収められた付喪神で、長く使い込まれた古い布巾(ふきん)・雑巾が化したものとされる。石燕は図に「ふるき布巾の化したるものなりとぞ」と注し、ぼろ布が風になびくさまを、空を行く白い竜のようにうねらせて描く。名の「容裔(ようえい)」は本来「旗や布が風にひるがえり、ゆらめき漂うさま」を指す古い漢語で、石燕はこの語に「白(しろ)」を冠して古布の妖をあらわした。一方その音は、吉田兼好『徒然草』第六十段に登場する人物の渾名「しろうるり」(意味の通らぬ語をもてあそんだ呼び名)を踏まえた語呂合わせともされ、石燕一流の機知が利いている。固有の出没譚や害をなす伝承は石燕の詞書には記されず、もっぱら絵と語呂によって成り立つ造形妖怪である。器物が齢を経て霊を得るという付喪神の観念を、もっとも身近で粗末な布きれに当てはめた点に、この妖怪の眼目がある。
しょうごろう
鉦鼓に手足生ず・鉦五郎
鉦五郎は、鳥山石燕『百器徒然袋』に描かれた鉦鼓の付喪神とされる妖怪。石燕は淀屋辰五郎の「金(こがね)の鶏」の逸話に掛け、辰五郎の「金」と「鉦(かね)」、「五郎」の名を言葉遊びで結びつけて解説している。図像は室町期の『百鬼夜行絵巻』に見られる、鰐口に手足が生えた器物妖怪の系譜に連なるものと考えられる。具体的な怪異譚は乏しく、主に絵画資料で知られる。
ほっすもり
禅坐する払子の精・払子守
払子守は、禅僧が用いる払子に精が宿ったとされる付喪神。鳥山石燕『百器徒然袋』に、天蓋の下で結跏趺坐し坐禅する姿として描かれる。石燕は禅の公案「狗子仏性」を引き、払子にも仏性が顕れるとの連想を示した。長年用いられた法具が霊威を帯び、静坐して成仏を志す姿として表象されるのが特徴である。
さざえおに
貝より変ずる海の鬼・栄螺鬼
鳥山石燕『百器徒然袋』(天明4年・1784年)に描かれた、サザエ(栄螺)が歳を経て鬼と化した姿の付喪神。殻から人のような両腕を伸ばし、蓋の部分に眼を生やした奇怪な貝として表される。石燕の解説は「雀海中に入てはまぐりとなり、田鼠化して鶉となる」という『礼記』月令の変化譚を引く。雀が蛤に、野鼠が鶉に化すると古典が説くならば、サザエが鬼に化したとて不思議はない——という造化の妙への着想から生まれた、観念的・画題的な妖怪である。すなわち特定の土地に根ざした怪異というより、自然物が異形へ転ずる「変成」の理を可視化するための趣向であった。『百鬼夜行絵巻』の一部には、栄螺に似た妖が蛤の子の妖怪の手を引く図様も見え、海辺の貝類を擬人化した群像の系譜のなかに位置づけられる。
くらやろう
武家の付喪鞍・鞍野郎
江戸期の絵師・鳥山石燕『百器徒然袋』に描かれた、馬具の鞍が変化した付喪神。牙と眼を備え、紐状の手に鞭を持つ姿で表される。解説には保元の乱に関わる詞書が添えられ、武士の乗馬具に宿る怨念や来歴を暗示する。石燕は同見開きに鐙口も配し、馬具の注意を説く古典的教訓を踏まえた主題化が見られる。
あぶみくち
戦場跡の鐙・鐙口
鐙口は、馬具の鐙に目と口が生えた姿で描かれる付喪神。鳥山石燕『百器徒然袋』に図像と詞書があり、武具・馬具が打ち捨てられ時を経て物の気を得たものと解される。詞書は能『朝長』の一節を引き、戦場に関わる情景を想起させるが、具体的な怪異譚は示されない。主題は粗略にされた道具の怨念や執着の顕在化とされる。
たいまつまる
妖火を帯ぶる怪鳥・松明丸
松明丸は、鳥山石燕『百器徒然袋』に描かれる火を携えた鳥の妖怪。猛禽の姿で口や爪に炎をまとい、深山の闇に怪光を放つという。石燕は注に「天狗礫の光」と関連づけ、行人の修行を妨げる性と解す。実用の灯りではなく惑乱の火で、夜行する者を迷わせる存在として表象される。史料上の具体的出没地は定かでない。
ぶらぶら
竹提灯の不落不落
鳥山石燕『百器徒然袋』に描かれた提灯の妖怪。竹に結わえられ、裂け目を口のように開いた提灯が道へ覆いかぶさる姿で示される。画中詞には田の提灯火に見ゆれど狐火かもしれぬとの含意が添えられるが、石燕の巻では器物の妖怪群に配されるため、提灯が化した付喪神として理解される。名称は画中に「不々落々」とも記され、一般には「不落不落」と表記される。
かいちご
貝桶から這う這子・貝児
貝児は、江戸期の絵師・鳥山石燕が『百器徒然袋』に描いた器物怪で、貝合わせに用いる貝を収めた貝桶から、幼子のような姿が這い出る様を示す。石燕は解説で「這子の兄弟か」と記し、幼児人形の這子に準えた存在とした。具体的な出現談は伝わらず、貝合わせや嫁入り道具として伝世した貝桶に歳月が宿り、怪異となったものと解されることが多い。
かみおに
逆立つ怨念の髪・髪鬼
髪鬼(かみおに)は、鳥山石燕の『画図百器徒然袋』に描かれた、髪そのものが鬼気を帯びる妖怪である。人の髪を外から切り落とす髪切り、網や蚊帳を断つ網切とは違い、髪鬼では髪束そのものが主役になる。石燕の『百器徒然袋』は器物や身の回りのものが妖怪化する発想に満ちた画集であり、髪鬼もその文脈の中で読むと、道具ではない身体の一部が物のように自立する不気味さを帯びる。後世には、女性の怨みや嫉妬が髪に籠もった姿、あるいは遺髪・抜け毛・髪束を粗略に扱うことへの不安を映す妖怪として説明されることが多い。ただし、特定の村や事件に結びつく古い伝承は確認しにくく、髪鬼は石燕図像を中心に成立した「髪が鬼になる」妖怪として扱うのが堅い。
つのはんぞう
角立つ盥の付喪・角盥漱
角盥漱は、鳥山石燕『百器徒然袋』に描かれた漆塗りの盥(角盥)が怪異化した姿とされる付喪神。平安の宮中で用いられた化粧・手水の器が長年の使用や人の念を受けて霊性を帯び、夜更けに水をたたえては文字を浮かべ流すといった怪を示すと伝えられる。作例は小野小町の草紙洗伝説を典拠とする意匠が多い。
ふくろむじな
宿直袋を担ぐ・袋狢
江戸時代の絵師・鳥山石燕『百器徒然袋』に描かれた妖怪。宿直袋を担ぐ女姿のムジナとして表されるが、器物妖怪中心の同書の性格から、袋そのものが本体とも解される。諺「穴のむじなの直をする」(得ていない物の価値判断は難しい)への風刺が込められ、百鬼夜行絵巻に見える袋を負う女官風の像を典拠として意匠化されたと考えられる。
ことふるぬし
忘れられし筑紫箏・琴古主
琴古主(ことふるぬし)は、江戸時代の妖怪絵師・鳥山石燕の画集『百器徒然袋(ひゃっきつれづれぶくろ)』に描かれた、古い箏(こと)の付喪神(器物が変化した妖怪)である。そのヴィジュアルは非常に印象的であり、長年打ち捨てられ破損した箏の表面に悲しげな目と口が浮かび上がり、プツンと断裂した無数の絃(糸)が、まるで狂乱した女鬼の乱れ髪のように垂れ下がっている。これは単なる器物の擬人化ではなく、楽器という「音を奏でるためだけに存在する道具」が、沈黙を強いられ朽ちていくことへの強烈な怨念を視覚化したものである。 この妖怪の最も深い魅力は、石燕が画図に添えた解説文に隠された「日本音楽史(邦楽史)の残酷なパラダイムシフト」にある。石燕は「八橋といえる盲人の調べ(流派)を改めしより、筑紫箏(つくしごと)は名のみにして、その音色を聴き知れる人さえまれなれば…」と記している。これは、江戸時代前期の天才盲人音楽家である八橋検校(やつはしけんぎょう)を指している。八橋検校は、それまで九州北部を中心に貴族や僧侶の間で雅に弾かれていた古い「筑紫箏」の奏法を学び、それを劇的に現代風(俗箏)に大改革して絶大な人気を博した。 しかし、八橋の新様式が世間を席巻した代償として、古き良き「筑紫箏」は完全に時代遅れとなり、誰にも弾かれることなく歴史から忘れ去られてしまった。つまり琴古主とは、単なる古い楽器の化け物ではなく、天才(八橋検校)の登場によって淘汰され、誰にもその音色を聴いてもらえなくなった「敗者の芸術(旧流派の音楽)」の哀しい怨みそのものが受肉した、極めて文化的・音楽史的な妖怪なのである。
びわぼくぼく
琵琶頭の盲僧姿・琵琶牧々
琵琶牧々(びわぼくぼく)は、鳥山石燕の妖怪画集『画図百器徒然袋』(天明4年・1784年刊)に描かれた付喪神で、古い琵琶が霊を得て、座頭(盲僧)の姿に化したものとされる。図では、頭部を琵琶とし、僧体に剃り上げた身で杖をつき、目を閉じて歩む姿に描かれる。これは『平家物語』などを語り歩いた琵琶法師・盲僧琵琶の像を下敷きにした造形である。石燕は詞書に「玄上(げんじょう)・牧馬(ぼくば)といへる琵琶は、いにしへの名器にしてふしぎたびたびありければ、その牧馬の転にて、ぼくぼくといふにや」と記す。すなわち名は、宮中に伝わった名琵琶「玄上(玄象)」と並び称された名器「牧馬」に由来し、その「牧馬」を重ねた語呂から「牧々(ぼくぼく)」と名づけたという、石燕一流の言葉遊びによる。古器が長い年月と人の手を経て霊を得るという付喪神の観念を、語り物と縁深い琵琶に当てはめた一例である。
しゃみちょうろう
古三味線の長老姿・三味長老
鳥山石燕『百器徒然袋』に描かれる器物の妖怪。長年名人に使われた三味線が打ち捨てられ、齢を経て精霊を宿した姿と解される。解説には「沙弥から長老にはなられず」の諺が引かれ、沙弥(しゃみ)と三味線(しゃみせん)の掛詞や『徒然草』の「不堪の芸」への言及が見られる。楽器の霊性と芸の熟成を諷刺的に表した付喪神の一例。
えりたてごろも
鞍馬僧正坊の僧衣・襟立衣
襟立衣は、僧が着用する襟の高い衣が年を経て妖となったものとされ、鳥山石燕『百器徒然袋』に図像が見られる。前に柄香炉を置き数珠を手に、立てるはずの襟が面部に垂れくちばし状となる姿で描かれる。石燕は「鞍馬山の僧正坊の襟立衣なるべし」と記し、天狗ゆかりの僧衣が精を得たものとの示唆を残すが、具体の事跡や語りは多く伝わらない。
きょうりんりん
捨てられし経の怨・経凛々
鳥山石燕『百器徒然袋』に描かれる経文の妖怪。古びた経巻に霊が宿り、人語を解し動くものとされる。由来は『太平記』に語られる西寺の守敏と東寺の空海の法力比べの逸話に関連づけられ、用済みとなり捨て置かれた経の怨念が姿を得たのではないかと石燕は示唆する。室町期の『百鬼夜行絵巻』に見られる経を巻いた鳥状像との図像的連関が指摘される。
もくぎょだるま
達磨顔の不眠木魚・木魚達磨
鳥山石燕『百器徒然袋』に描かれる仏具の妖怪。達磨のような髭面の顔を木魚に生じたものとして表され、円座に座して目を見開く。石燕は同じく仏具の妖怪「払子守」と同類と示唆する。木魚は魚が眠らず目を閉じないと信じられ、修行僧の不眠精進を戒める象徴であることから、達磨大師の「眠らず九年」の伝承と結び付き、無睡の観念が具象化した作例と解される。
にょいじざい
如意で背掻く付喪・如意自在
江戸期の絵師・鳥山石燕の『百器徒然袋』に描かれる器物怪。僧侶の法具である如意が年月を経て霊性を帯び、持ち主の思うままに痒いところへ届く性から名が付いたと解される。室町期の百鬼夜行絵巻に見える如意の妖怪表現を踏まえ、羽根を生やし飛ぶ姿や、長い腕と爪を伸ばし人の背を掻く姿など、図像に複数の型が伝わる。
みのわらじ
雪の竹林に出る農具・蓑草鞋
蓑草鞋は、江戸期の絵師・鳥山石燕の『百器徒然袋』に描かれた器物怪で、蓑を胴、草鞋を脚として鍬を担ぎ、雪の積もる竹林に現れる姿で示される。古びた農具・雨具が年を経て精霊を帯びる付喪神観に拠り、先行する『百鬼夜行絵巻』や『付喪神絵巻』に見られる蓑・草鞋の妖怪表現を継承した図像的合成と考えられる。文献上の行状は多く語られず、象徴的造形として伝わる。
めんれいき
夜に並び舞う古面・面霊気
面霊気は、鳥山石燕『百器徒然袋』に描かれた面の妖怪。石燕は、聖徳太子の時代に秦河勝が多くの仮面を作ったという伝説を引き、まるで生きたかのような面の気配を妖怪化した。のちに古い能面・猿楽面が齢を経て魂を宿す付喪神として説明され、夜に動きだす、持ち主に扱いを改めるよう訴えるといった解釈が流布した。実在の人物伝承を下敷きにした画題的妖怪である。
へいろく
御幣を振る荒鬼・幣六
幣六は、鳥山石燕の『百器徒然袋』に描かれる妖怪。右手に御幣を掲げ、上半身裸で荒々しい姿に表される。解説文は「花のみやこに社さだめず…」とあり、祭祀の乱れや騒擾を暗示するが詳細は不明。室町期の『百鬼夜行絵巻』に見える御幣を持つ赤鬼風の像が下敷きとされ、後世には御幣に宿る精、あるいは祭礼の混乱を擬人化した存在として解釈されることがある。
うんがいきょう
鏡に浮かぶ怪の貌・雲外鏡
鳥山石燕『百器徒然袋』(天明4年・1784年)に描かれた鏡の付喪神。古木めいた台に据えられた丸鏡に、舌を出した悪戯っぽい妖しき顔が浮かび出る姿で示される。石燕は中国由来の照魔鏡(しょうまきょう)の説話を踏まえ、もろもろの怪しき物の形を映すという照魔鏡に、映った妖魔の影がそのまま住み着き、やがて鏡そのものが意のままに動き出したのではないか、と夢想の体で記す。すなわち単なる器物ではなく、年を経た鏡が霊性を帯びて化けた付喪神であり、化け物を映し出す鏡であると同時に、自らも化けて動く鏡として理解される。正体を映し出して見破る「照妖鏡」の観念と習合して語られ、後世には百年を経た鏡が変化する付喪神譚の代表例の一つとして紹介された。石燕本の挿画が広く流布の基となり、名は『山海経』の語呂を踏まえた石燕の造語とする説もある、絵姿先行の妖怪である。
すずひこひめ
神楽鈴を戴く女・鈴彦姫
鈴彦姫は、鳥山石燕『百器徒然袋』に描かれた妖怪。女性の姿で、頭上に神楽鈴を載せ、鈴のような顔立ちを示す。石燕は天岩戸神話の天鈿女命を引き、神楽との連関を示唆するが、由来や正体は明示しない。中世の百鬼夜行絵巻に見られる神楽鈴を持つ怪の図像や、鈴が「神を招き出す」観念との連想が下敷きとされる。具体の出没談は伝わらず、図像先行の観念的妖怪である。
ふるうつぼ
那須野武功の古靫・古空穂
古空穂は、鳥山石燕『百器徒然袋』に描かれる靫(うつぼ)の付喪神。矢を収め背負う武具の靫が、時を経て自らはい回るように擬人化した姿で表される。石燕は詞書で「奈須野の原の野干」を射た三浦介・上総介に触れ、彼らの古い靫が変じたものかと示唆する。室町の『百鬼夜行絵巻』に見える弓矢を帯びた器物妖怪の系譜に連なる図像と解される。
むくむかばき
曽我河津の行騰付喪・無垢行騰
鳥山石燕『百器徒然袋』に描かれた行騰(むかばき)が化した付喪神。腰以下を覆う狩装束の毛皮が霊威を帯びて立ち上がる姿として示され、石燕は『曽我物語』の河津三郎の行騰に擬したが、復讐譚など具体の逸話は伝わらず由来は不詳。絵巻群にみえる行騰姿の妖怪像とも響き合う、器物怪異の一例。
ちょくぼろん
猪口被る虚無僧鬼・猪口暮露
鳥山石燕『百器徒然袋』に描かれた妖怪。猪口を頭にのせた虚無僧風の小鬼が箱から現れる図で知られ、解説では唐の玄宗の前に現れた墨の精の逸話を引き、同類の怪と示唆される。名の「暮露」は禅宗系の托鉢僧の呼称と虚無僧風姿、酒器の猪口を掛け合わせた語遊び的造形と解され、半僧半俗像の連想が強い。
せとたいしょう
瀬戸物寄せの武者・瀬戸大将
瀬戸大将(せとたいしょう)は、鳥山石燕の妖怪画集『画図百器徒然袋』(天明4年・1784年刊)に描かれた付喪神で、皿・徳利・茶碗・燗鍋(かんなべ)といった瀬戸物(陶磁器)が寄り集まって、甲冑をまとった武者の姿をなしたものとされる。石燕は図に「曹孟徳にからつやきのからきめ見せし燗鍋の寿亭侯にや、蜀江のにしき手を着たり」と詞書を添える。これは『三国志演義』に名高い曹操(曹孟徳)と関羽(漢寿亭侯)を引きつつ、「唐津やき」に「からき目(つらい目)を見せる」を掛け、瀬戸物の燗鍋を、蜀江の錦をまとった関羽になぞらえた言葉遊びである。すなわち石燕は、東国の瀬戸焼と九州の唐津焼という二大やきものの覇を競うさまを、三国の英雄の対立に見立てて器物の妖を仕立てた。固有の出没譚や祟りの伝承を持つ妖怪ではなく、漢籍の知識と語呂による石燕の趣向が骨格をなす造形妖怪である。
ごとくねこ
囲炉裏の二尾化け猫・五徳猫
鳥山石燕『画図百器徒然袋』に描かれる化け猫。二股の尾を持つ猫が、囲炉裏で釜を支える道具「五徳」を冠のように頭に載せ、火吹き竹を手に火をあおぐ姿で表される。石燕は『徒然草』に見える「五徳の冠者」の語を踏まえ、器物の五徳と渾名の語呂を掛けた注を添えた。室町期の百鬼夜行絵巻に見える、頭に五徳を載せた異形との図像的連続も指摘される。
なりがま
夜鳴る古釜の付喪・鳴釜
長年用いられた鉄の釜に精が宿り、人の身に似た形をとると伝える付喪神。炊事の折に釜が発する鳴動や唸りを吉凶のしるしとみる信仰と結びつき、音色を占として解した古習に由来する名とされる。絵画資料では頭が釜の姿で描かれ、夜更けに現れては鳴音を立て、人心を試すと語られる。
やまおろし
頭がおろし金・山颪
鳥山石燕『百器徒然袋』に描かれる人型の妖怪。頭部はおろし器のように無数の突起で覆われ、傍らに大根やすり鉢、貝杓子など台所道具が配される。石燕は豪猪(ヤマアラシ)に触れ、「山おやじ」と音が似ることから名と姿を連関させた注記を添える。近世絵画資料に基づく図像的創作色が強く、器物変化や語呂からの当意付会として理解されることが多い。
かめおさ
尽きぬ水の瑞兆・瓶長
鳥山石燕『百器徒然袋』に描かれた器物妖怪。水瓶が目鼻口を得た姿で示され、汲んでも尽きぬ水を宿す「めでたき瓶」として述べられる。作中では祝言めいた詞書が添えられ、本編の掉尾を飾る趣向とも解される。固有の在地伝承は知られず、石燕の画想による創作と見なされるが、後年には付喪神として解釈されることが多い。
たからぶね
七福神乗る吉祥船・宝船
宝船は、新年に福を運ぶ象徴として描かれる帆船の図像・縁起物で、七福神などが乗り、珊瑚・金銀・宝珠などの宝を満載するとされる。室町期以降、正月の初夢と結びつき、帆に「宝」「福」「寿」などの文字を記す作例が多い。元来は悪夢を川へ流して祓う「夢違え」の舟絵に由来し、後世に福徳招来の意が強まったと考えられる。
ほうきがみ
家を清める箒の神・箒神
箒神は箒に宿る神霊とされ、掃き清める所作に霊的な「祓い」「集め」の力があると見なされた民間信仰の対象。出産や門口の清浄と結びつき、箒を依代として敬う地域がある。箒を跨ぐ・踏むことを忌むなどの禁忌が伝わり、逆さ箒で来客を帰す術や、枕元に箒を置く安産祈願などの風習が各地に見られる。鳥山石燕は付喪神としても描いた。
ぼろぼろとん
跳ね布団の暮露暮露団
暮露暮露団(ぼろぼろとん)は、鳥山石燕の妖怪画集 『画図百器徒然袋』(天明 4 年・1784) 中巻に収められた、古びた布団の付喪神である。同書は鳥山石燕の妖怪四部作 (画図百鬼夜行 1776 / 今昔画図続百鬼 1779 / 今昔百鬼拾遺 1781 / 画図百器徒然袋 1784) の最終巻で、付喪神を専門に扱う絵本。暮露暮露団は中巻のうち「如意自在 → 暮露暮露団 → 箒神」という配列に置かれ、楽器付喪神 (琴古主・琵琶牧々・三味長老) と仏具付喪神 (経凛々・乳鉢坊・木魚達磨) が並ぶ流れの末尾、布団・箒・蓑草鞋という日用品付喪神群の冒頭にあたる。石燕の詞書は普化禅宗 → 虚無僧 → 薦僧(こもそう) → 『七十一番職人歌合』 (= 職人づくし歌合) の「暮露暮露」 という連想を踏まえ、結びに「かの世捨人のきふるせるぼろぶとんにやと、夢の中におもひぬ」と詠じて、中世遊行僧「暮露」が着古した襤褸布団であるかと夢のなかで思った、という発想で命名する。つまり暮露暮露団は、在地の口承から拾い上げた怪ではなく、中世遊行僧の文学的記憶 + 「ぼろぼろ」 + 「布団」の二重の語呂遊戯 + 図像という、完全に文人の机上で組み上げられた創作妖怪である。 多田克己『百鬼解読』(2002) が指摘するように、石燕付喪神シリーズは中世文献を踏まえつつ語呂で結ぶ江戸後期擬古的言語遊戯の到達点であり、暮露暮露団はその核手法を最もコンパクトに体現する作例である。
ひょうたんこぞう
瓢箪頭の小僧・瓢箪小僧
鳥山石燕『百器徒然袋』に描かれる瓢箪を題材とした妖怪。頭部が瓢箪の小僧として表され、しばしば乳鉢坊と並ぶ。石燕の挿図以外に性質の詳細は乏しいが、加工された瓢箪(ふくべ・ひさご)が長年の使用で霊性を帯びた付喪神と解されることが多い。『百鬼夜行絵巻』の瓢箪の怪を下敷きとした命名・造形と見られる。
にゅうばちぼう
銅盤を戴く鳴り物・乳鉢坊
鳥山石燕『百器徒然袋』に描かれる器物の妖怪。銅盤(鐃鈸・銅鈸子など)を頭に載せた人のような姿で、瓢箪小僧と並んで描かれる。室町期の『百鬼夜行絵巻』に類似の図像が見られ、石燕がそれを踏まえて名づけたと考えられる。具体的な性質は作中で明示されないが、後世には鳴り物の妖怪として解されることが多い。
ぜんふしょう
茶釜の付喪神和尚・禅釜尚
禅釜尚は、江戸時代の鳥山石燕『百器徒然袋・中』に描かれる茶釜の妖怪。茶道と禅宗の結びつきから名は「禅和尚」をもじったとされる説がある。図像は室町期の『百鬼夜行絵巻』に見られる三つ目の妖怪の構図を踏まえたと考えられ、虎隠良・槍毛長と併せて描かれるが、三者の関係は不詳。器物が霊性を帯びた付喪神として理解される。
こいんりょう
千里駆ける革巾着・虎隠良
江戸時代の鳥山石燕『百器徒然袋』に描かれる妖怪。石燕は「革にて製したるきんちゃく」と注し、きんちゃく袋が変じた付喪神と解される。熊手様の道具を携え、脚はきわめて速く「千里を走る」と記される。名の由来は不詳で、虎皮の印籠に関係するとの説もあるが定説ではない。器物に霊が宿る観念を体現した一例。