百鬼が「百器」になる
国立国会図書館の公式解説[1]によれば、石燕の妖怪図鑑は『画図百鬼夜行』から『今昔画図続百鬼』『今昔百鬼拾遺』を経て、1784年の『百器徒然袋』へ至ります。題名は百鬼と百器を掛け、主役を古い道具へ移しました。
長く使われた物が霊を得るという考えだけで、48体を一括りにはできません。絵巻から受け継いだ姿、古典の言葉を絵にしたもの、石燕の語呂合わせ、芸能の題材が重なっています。本作の魅力は「昔からこの姿で信じられていた」と単純化せず、道具から妖怪が作られる瞬間を見られることです。
夢の中で、道具たちが歩き出す
鳥山石燕『画図百器徒然袋』[2]の序では、百鬼夜行の絵を見たのち、夢に現れた異形を描いたという趣向が示されます。これは伝承の採集記録というより、古い絵と書物を材料にした創作宣言として読めます。
巻頭の塵塚怪王と文車妖妃は、塵の山と書物を載せる車を王と妃に仕立てます。長冠、沓頬、化けの皮衣、古籠火、天井嘗、白溶裔へ続き、衣服や建物の一部までが、捨てられた時間をまとって動き始めます。
音を忘れない楽器たち
鐘五郎、払子守、栄螺鬼、鞍野郎、鐙口、松明丸、ぶらぶら、貝児、髪鬼、角盥漱、袋狢。音や手触りをもつ道具は、使う人が消えたあとも動作を記憶しているように描かれます。
琴古主、琵琶牧々、三味長老、襟立衣、経凛々、木魚達磨では、楽器や宗教具の形がそのまま身体になります。弦、撥、経巻、木魚という用途の違いが、声や性格を想像させます。
鉦五郎しょうごろう
払子守ほっすもり
栄螺鬼さざえおに
鞍野郎くらやろう
鐙口あぶみくち
松明丸たいまつまる
不落不落ぶらぶら
貝児かいちご
髪鬼かみおに
角盥漱つのはんぞう
袋狢ふくろむじな
琴古主ことふるぬし
琵琶牧々びわぼくぼく
三味長老しゃみちょうろう
襟立衣えりたてごろも
経凛々きょうりんりん
木魚達磨もくぎょだるま
名前を読むと、石燕の仕掛けが見える
如意自在、蓑草鞋、面霊気、幣六、雲外鏡、鈴彦姫、古空穂、無垢行騰、猪口暮露。物の名、慣用句、人名めいた響きが重なり、絵を見る前から妖怪の輪郭が立ち上がります。
面霊気は多数の面、雲外鏡は鏡、古空穂は矢を入れる靫というように、元の用途を知るほど変形の妙が分かります。付喪神は単に「古い物が人型になる」のではなく、道具の形と名前をどこまで残すかを競う造形でもあります。
台所と座敷が合戦場になる
瀬戸大将は割れた陶磁器を武者へ、五徳猫は炉の五徳と猫を一体へ変えます。鳴釜、山颪、瓶長、箒神、暮露暮露団、瓢箪小僧、乳鉢坊、禅釜尚、古陰燎、槍毛長、絹狸まで、台所、寝具、掃除道具、武具が次々に立ち上がります。
瀬戸大将せとたいしょう
五徳猫ごとくねこ
鳴釜なりがま
山颪やまおろし
瓶長かめおさ
箒神ほうきがみ
暮露暮露団ぼろぼろとん
瓢箪小僧ひょうたんこぞう
乳鉢坊にゅうばちぼう
禅釜尚ぜんふしょう
虎隠良こいんりょう
槍毛長やりけちょう
絹狸きぬたぬき
NDLが公開する百鬼夜行絵巻との比較[1]からは、石燕が先行する器物妖怪の形を参照しつつ、名と詞書を与えて出版物の登場人物へ再編集したことが見えてきます。巻末の宝船は、道具の怨みだけで夜を閉じません。捨てられた物の行列を、福を運ぶ夢の船へ反転させる結びです。


















