江戸の妖怪

江戸の妖怪

21体の妖怪
注目

江戸の町は、にぎやかな庶民文化とともに、数えきれないほどの怪異譚が生まれた場所でもあります。灯りの下で人を惑わす青行燈、数百の目を持つ百々目鬼、夜ごと天井から舌を伸ばす天井嘗――どれもぞっとするような存在でありながら、どこか滑稽さも漂います。骨女や火消婆のように市井に紛れ込む怪もいれば、蓑草鞋や袋狢のように身近な道具や動物から生まれる怪もいます。そして忘れ物小僧のように、江戸っ子の生活感覚から生まれた愛嬌たっぷりの妖怪も。江戸の怪は恐怖だけでなく、庶民のユーモアや風刺を映し出す鏡でもあったのです。

更新: 2026/1/12
江戸庶民文化

収録妖怪

21体の妖怪が収録されています

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全 23 枚のカード — 浮世絵、現代日本…

百々目鬼

百々目鬼

名妖

どどめき

銭目の百々目鬼

人妖・半人半妖東京都栃木県

『今昔画図続百鬼』(安永8年・1779)に鳥山石燕が描いた、両腕に無数の目を生じた女の妖怪。石燕は詞書に「函関外史曰、百々目鬼は生れて手長く、つねに人の銭をぬすみしかば、その鳥目の精、腕に百々の目を生ず」の趣旨を記し、盗み癖のある女の腕に、盗んだ銭の精が目となって現れたものと説く。ここでいう「鳥目(ちょうもく)」は中央に方孔をうがつ銅銭の異称で、その四角い穴が鳥の目を思わせることに由来する語であり、石燕はこの語呂をそのまま妖怪の図像へ転じている。画面の女は乱れ髪を垂らし、袖からのぞく腕いちめんに大小の目がびっしりと開く異形に描かれ、表情には盗みの果ての業(ごう)がにじむ。詞書に掲げる典拠「函関外史」は同時代の他書にいっさい確認されず、実在の漢籍とは認めがたいため、石燕自身による戯れの仮託とみる説が有力とされる。名の「百々(どど)」もまた、各地に散在する「百目鬼」「百目木」「百目貫」といった地名表記(どどめき・どうめき)への連想から導かれた創作とみるのが通説で、銭の異名「鳥目」と地名の字面とを掛け合わせた、石燕一流の言葉遊びが造形の核にある。

骨女

骨女

稀少

ほねおんな

牡丹燈籠の白骨女・骨女

人妖・半人半妖明『剪燈新話』牡丹燈記が淵源、浅井了意『伽婢子』翻案、渡来

骨女は、鳥山石燕『今昔画図続百鬼』に描かれた骸骨の女。石燕は解説で、御伽草子系の怪談に見える、牡丹模様の提灯を携え逢瀬に通う女の骸骨を典拠とし、浅井了意『伽婢子』所収「牡丹燈籠」の女亡霊像に拠ると示す。美女に見まがう姿で男に近づき、実は白骨であるという怪異譚の図像化で、色恋と死の境が交錯する恐怖の象徴として知られる。

天井嘗

天井嘗

名妖

てんじょうなめ

古家天井を嘗む・天井嘗

住居・器物石燕『百器徒然袋』、天井の器物妖怪、絵巻発祥

天井嘗は、鳥山石燕の『百器徒然袋』に描かれた、長い舌で天井をなめる妖怪。冬の寒さや灯の暗さをもたらすものとして示唆的に描かれ、『徒然草』第五十五段の文言が石燕の解説に引用される。室町期の百鬼夜行絵巻に見られる仰向けで舌を伸ばす怪を下敷きとし、後世には天井や柱のしみ・汚れをなめ跡と説明されることが多い。

青行燈

青行燈

名妖

あおあんどん

百物語の鬼女・青行燈

住居・器物東京都

青行燈(あおあんどん)は、江戸時代に大流行した怪談会「百物語(ひゃくものがたり)」の終局に現れるとされる、極めて特殊な「儀礼的・心理的妖怪」である。青い紙を貼った行燈に百本の灯心(あるいは百本の蝋燭)を灯し、怪談を一つ語り終えるごとに一本ずつ火を消していく。そして、最後の百本目の火が消え、完全な暗闇が訪れた瞬間に現れる怪異の総称、あるいはその怪異そのものを指す。鳥山石燕の妖怪画集『今昔百鬼拾遺』において、黒髪に角を生やし、お歯黒を塗った凄惨な鬼女の姿として描かれたことで、その視覚的イメージが決定づけられた。特定の山や川に棲む自然発生的な妖怪とは異なり、人間の言葉(怪談)と恐怖心が集積し、言霊(ことだま)となって受肉した「都市伝説的なメタ妖怪」の先駆とも言える存在である。

火消婆

火消婆

稀少

ひけしばば

灯を吹き消す老女・火消婆

人妖・半人半妖石燕『今昔画図続百鬼』、灯火を消す老婆、創作

鳥山石燕『今昔画図続百鬼』に描かれた、灯火を吹き消す老女の妖怪。提灯や行灯、蝋燭の火を遠くからふっと吹き消すとされ、陽気である火を忌む陰の存在として解釈される。実地の口承は乏しく、石燕の創作性が高いと論じられてきた。後世の書や絵本で名の揺れ(ふっ消し婆・吹消婆)が見られ、宴席や夜道の灯が不意に消える怪異と結び付けて語られる。

蓑草鞋

蓑草鞋

稀少

みのわらじ

雪の竹林に出る農具・蓑草鞋

付喪神・骸怪石燕『百器徒然袋』、蓑·草鞋の付喪神、絵巻発祥

蓑草鞋は、江戸期の絵師・鳥山石燕の『百器徒然袋』に描かれた器物怪で、蓑を胴、草鞋を脚として鍬を担ぎ、雪の積もる竹林に現れる姿で示される。古びた農具・雨具が年を経て精霊を帯びる付喪神観に拠り、先行する『百鬼夜行絵巻』や『付喪神絵巻』に見られる蓑・草鞋の妖怪表現を継承した図像的合成と考えられる。文献上の行状は多く語られず、象徴的造形として伝わる。

袋狢

袋狢

稀少

ふくろむじな

宿直袋を担ぐ・袋狢

付喪神・骸怪石燕『百器徒然袋』、宿直袋を担ぐ狢、絵巻発祥

江戸時代の絵師・鳥山石燕『百器徒然袋』に描かれた妖怪。宿直袋を担ぐ女姿のムジナとして表されるが、器物妖怪中心の同書の性格から、袋そのものが本体とも解される。諺「穴のむじなの直をする」(得ていない物の価値判断は難しい)への風刺が込められ、百鬼夜行絵巻に見える袋を負う女官風の像を典拠として意匠化されたと考えられる。

燈無蕎麦

燈無蕎麦

珍しい

あかりなしそば

本所七不思議の燈無蕎麦

総称・汎称東京都

江戸時代の本所南割下水付近に夜な夜な現れたとされる二八蕎麦の屋台にまつわる怪異。店主は決して姿を見せず、店先の行灯は常に消えているのに、誰かが火を点けると帰宅後に不幸が起こると畏れられた。逆に油が尽きず燃え続ける「消えずの行灯」とする伝えもある。狸の仕業とも噂され、本所七不思議の一つとして口碑に残る。

黒坊主

黒坊主

珍しい

くろぼうず

寝息吸う夜の坊主・黒坊主

総称・汎称神田·熊野·能美等に独立した別個の黒坊主伝承、単一発祥地なし

黒坊主は、黒い法師のような姿で現れるとされる名で、各地で伝承内容が異なる総称的な妖怪。明治の東京では寝所に現れて女性の寝息を吸う怪、熊野山中では背丈が伸びあがる巨怪、加賀では川辺に出没して逃げ去る影のようなものなどが記録される。大入道・海坊主などの別名としても用例があり、一定の実体像は定まらない。

麦殿大明神

麦殿大明神

神格

むぎどのだいみょうじん

江戸麻疹退散の神・麦殿大明神

神霊・神格江戸期はしか絵の麻疹除け呪い神、起源不明

麦殿大明神は、江戸時代に流行した麻疹を退散させる守護神として崇められ、麻疹絵に多く描かれた神格。麻疹を象徴する鬼を踏み伏せる姿が定型で、護符として家内に掲げられた。病除けの祈願とともに、養生法や食禁を添えた版画が流布し、恐れの対象である麻疹に対し心の拠り所を与えた。特定の社寺や系譜は不詳で、版元ごとに表現が異なる。

馬鹿

馬鹿

珍しい

うましか

馬面に鹿蹄の絵巻怪・馬鹿

動物変化江戸後期絵巻発祥、馬+鹿の漢字見立ての語呂合わせ、在地伝承なし

江戸期の妖怪絵巻に描かれる精怪。衣をまとい、前脚を左右に広げ、眼球が上に突き出た馬の顔に鹿の割れ蹄を備える姿で表される。『百物語化絵絵巻』(18世紀後半)や尾田郷澄『百鬼夜行絵巻』、『化物尽絵巻』などに同姿の図が確認されるが、行状や由来の説明は付されない。語の「馬鹿」からの連想図像とみられるが、機能や害益は資料上不明である。

天井下り

天井下り

稀少

てんじょうくだり

天井より逆さの老女・天井下り

住居・器物石燕『今昔画図続百鬼』、天井から下がる老女、言葉遊び創作

鳥山石燕の『今昔画図続百鬼』に描かれる家怪で、乱れ髪の醜い老女が天井から逆さにぶら下がる姿で示される。夜更けに天井より現れて人を驚かすが、直接の害は加えぬと解されることが多い。天井という境界から出入りする異界の存在と見る説、また当時の言い回し「天井を見せる」を踏まえた石燕の言葉遊びによる創作とする見解がある。

加牟波理入道

加牟波理入道

珍しい

がんばりにゅうどう

厠の入道・加牟波理入道

水の怪石燕『今昔画図続百鬼』、厠の妖怪、山都と便所神習合、全国の厠怪

厠に関わる俗信に見える入道姿の妖怪。鳥山石燕『今昔画図続百鬼』に口から鳥を吐く姿で描かれ、大晦日に「がんばり入道ほととぎす」と唱えると現れないと解説される。厠でホトトギスの声を聞くのは不吉とする信仰や、郭公の字と中国の厠神・郭登の連想が背景にあるとされ、各地で名称や所作が異なる伝承が残る。

置行堀

置行堀

珍しい

おいてけぼり

本所堀の魚奪い・置行堀

水の怪東京都

江戸・本所周辺の堀や水路で、釣果を持ち帰ろうとすると水中から「置いていけ」と声が響き、魚籠の魚が消えたり奪われたりする怪異をいう。本所七不思議の一つとして知られ、落語や絵双紙にも取り上げられた。正体は河童・狸・ムジナ・カワウソ・スッポンなど諸説あり、場所は錦糸堀・仙台堀・源森橋付近などと伝えられる。語義としての「置いてけぼり」の由来ともされる。

送り提灯

送り提灯

珍しい

おくりちょうちん

本所夜道の先導灯・送り提灯

山野の怪東京都

夜道で提灯を持たぬ者の前に、ゆらめく灯が現れて先導するように進む怪異。近づけばふっと消え、離れるとまた現れ、決して追いつけない。江戸の本所七不思議の一つに数えられ、同趣の「送り拍子木」や、小田原提灯が人を惑わす「提灯小僧」と同類視される。害をなすより、人を翻弄し道行きを乱す性質が語られる。

送り拍子木

送り拍子木

珍しい

おくりひょうしぎ

夜回りに従う拍子木・送り拍子木

住居・器物東京都

江戸・本所界隈で語られる「本所七不思議」の一つ。夜回りの者が拍子木を打ち「火の用心」と唱えながら巡回すると、打ち終えた後にも同じ調子の拍子木が背後から響き、あたかも見えぬ何者かが送り伴うという怪談。静かな町並みでの反響とみる説もあるが、雨夜に打たずとも音がした例が伝えられ、不可思議として語り継がれた。

足洗邸

足洗邸

珍しい

あしあらいやしき

本所七不思議の足洗邸

住居・器物東京都

江戸の本所で語られた本所七不思議の一つ。旗本屋敷の天井を突き破って剛毛の巨大な足が現れ、「足を洗え」と声が響く。従えば足は静かに引き、怠れば天井を踏み抜いて荒れ狂うという。足の正体は不詳で、屋敷の主が替わると怪異が止む話型や、女性が洗わねば収まらぬ異聞も伝わる。人を害すだけでなく、盗賊を踏みとどめる守護的側面も語られる。

片葉の葦

片葉の葦

珍しい

かたはのあし

本所七不思議の片葉葦

天候・災異東京都

江戸本所に伝わる「本所七不思議」の一つ。ある事件以後、堀端に群生する葦がなぜか片方の葉しか付けなくなったと語られる怪異で、植物の異変を通じて原因不明の祟りや怨念を示すものと解される。具体的な犯行や人物名が語られる型もあるが、伝承は時代や資料により差異があり、現象の由来は明言されないことが多い。

落葉なき椎

落葉なき椎

珍しい

おちばなきしい

本所七不思議の落葉なき椎

自然現象・自然霊東京都

江戸時代、本所にあった平戸新田藩松浦家上屋敷の庭に、四季を通じて一枚の葉も落とさないと噂された椎の古木があり、「本所七不思議」の一つとして語られた。常緑樹であっても落葉はあるはずなのに全く散らないことが怪とされ、屋敷の者は不吉を感じて遠ざかったという。現地との比定や実木の伝承は諸説あるが、詳細は不詳。

狸囃子

狸囃子

珍しい

たぬきばやし

本所馬鹿囃子・狸囃子

山野の怪東京都

夜更けに、どこからともなく笛や太鼓の囃子が聞こえ、音を追えば逃げるように遠のいて所在の掴めない、音の怪異。江戸・本所では馬鹿囃子とも呼ばれ、本所七不思議の一つに数えられた。実体は確かめられず、風に乗った祭囃子の反響や重なりとする説もあるが、俗には狸の仕業と噂された。千葉県木更津市の證誠寺には、和尚と狸が囃子と腹鼓を競い合ったという狸囃子の伝説が伝わり、これを題材にした野口雨情の童謡で全国に知られるようになった。化けと腹鼓で人を化かす狸の代表として、俗に言う日本三大狸の一つにも挙げられる。

津軽の太鼓

津軽の太鼓

珍しい

つがるのたいこ

本所七不思議の津軽太鼓

住居・器物東京都

江戸本所にあった弘前藩津軽越中守屋敷の火の見櫓で、板木ではなく太鼓が用いられたという怪談。本来火事を知らせるのは板木だが、この屋敷のみ太鼓が吊され、理由は不詳とされる。また板木を打つと太鼓の音が響くという異説も伝わる。本所七不思議に数えられることがあるが、怪異性が薄く除外される場合もある。