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百々目鬼

どどめき

百々目鬼

百々目鬼

この子の魂が、あなたの言葉に応える

基本説明

『今昔画図続百鬼』(安永8年・1779)に鳥山石燕が描いた、両腕に無数の目を生じた女の妖怪。石燕は詞書に「函関外史曰、百々目鬼は生れて手長く、つねに人の銭をぬすみしかば、その鳥目の精、腕に百々の目を生ず」の趣旨を記し、盗み癖のある女の腕に、盗んだ銭の精が目となって現れたものと説く。ここでいう「鳥目(ちょうもく)」は中央に方孔をうがつ銅銭の異称で、その四角い穴が鳥の目を思わせることに由来する語であり、石燕はこの語呂をそのまま妖怪の図像へ転じている。画面の女は乱れ髪を垂らし、袖からのぞく腕いちめんに大小の目がびっしりと開く異形に描かれ、表情には盗みの果ての業(ごう)がにじむ。詞書に掲げる典拠「函関外史」は同時代の他書にいっさい確認されず、実在の漢籍とは認めがたいため、石燕自身による戯れの仮託とみる説が有力とされる[2]。名の「百々(どど)」もまた、各地に散在する「百目鬼」「百目木」「百目貫」といった地名表記(どどめき・どうめき)への連想から導かれた創作とみるのが通説で、銭の異名「鳥目」と地名の字面とを掛け合わせた、石燕一流の言葉遊びが造形の核にある[3]

民話・伝承

百々目鬼の図像は石燕本がほぼ唯一の確実な典拠で、同時代の草双紙や絵巻に同題の作例はとぼしい。妖怪かるたの類に「どど目鬼」と題し、体に多くの目をもつ女を描いた札が見え、また読み・字を異にする「百々眼鬼」の肉筆画も伝わるが、いずれも伝承の細部は石燕の説と必ずしも一致しない。石燕の趣向については、銭を「御足(おあし)」とも呼ぶ慣用にちなみ、盗んだ足(銭)が手にまといついて罪が露見する、という縁起担ぎの寓意を読み込む解釈も示される[2]。後世、昭和期の妖怪図鑑類が普及するなかで「とどめき」と読み、盗んだ銭そのものが腕に貼りついて目に変じた、とする新たな解説が広まったが、これは石燕の原意(鳥目の精が生ずる)からの派生・改変とみられる[3]。なお石燕の女妖とは別系統に、栃木県宇都宮市に伝わる鬼「百目鬼(どうめき)」がある。これは武将藤原秀郷が兎田の馬捨場で、十丈もあろうという百の目をもつ鬼を、最も光る目を狙って弓で射落としたという退治譚で、四百年ののち塙田の本願寺へ美しい娘に化けて現れ、上人の教化によって成仏したとも語られ、「百目鬼」という地名の起源として今に伝承される。両者は名の音通から後世しばしば混同されるが、石燕が描いた銭目の女妖と、宇都宮の弓矢退治譚とは本来別の系譜であり、共通の原話を想定する確証はとぼしい。

妖怪カード1

百々目鬼 を様々な画風のカードで

カード一覧

マヤ暦守護KIN

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徹底解説

鳥山石燕の注に拠り、盗癖を戒める教訓的意匠を核とする解釈。腕に現れる多数の目は、銅銭の穴を鳥の目に見立てた語と連関し、盗みに手を伸ばす習性が外形化したものとされる。石燕が挙げた「函関外史」は実在未詳で、箱根以東以西を示す語遊びや、奇書とする自註からも、出典提示自体が作中の趣向と理解される。百々目鬼の姿は女体に集中するが、具体の氏名・家筋・土地の伝承は伝わらず、地域的固有譚よりも、図像と語義が結びついた都市的な寓話性が強い。昭和以降の解説では読みや解釈に揺れが見られるが、原像は石燕本に求められる。

妖怪設定

この区画は物語を楽しむための当サイト独自の設定です。史実・考証ではありません。

妖怪タイプ
伝統妖怪
レアリティ
名妖
性格
人目と金銭に執着しやすいが、静謐を好むとされる
相性
正直・倹約を重んじる者とは衝突しにくい
能力・特技
闇でも盗まれた物を見抜くとされる観視の目物陰から人の手元を注視する執拗な視線人の懐具合を感じ取り近づく勘
弱点
悔悟と返納により力を失うとされる, 明るみに出た不正を嫌う
生息地
市中の往還, 市井の長屋周辺, 市場や銭の集まる場所

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出典・参考文献

3
  1. 今昔画図続百鬼「逢魔時」鳥山石燕(江戸東京博物館所蔵・国文学研究資料館国書データベース, 安永8年(1779)) [古典文献]黄昏を「百魅の生ずる時」とし、小児を外へ出すことを禁じる世俗と王莽時の見立てを記した原典図像。
  2. 百鬼解読多田克己(講談社(のち講談社文庫), 1999) [古典文献]
  3. 妖怪事典村上健司(毎日新聞社, 2000) [研究書]

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