妖怪図鑑
日本の妖怪大百科
名妖 
うわん
うわん
廃屋でうわんと叫ぶ・うわん
住居・器物 不詳 (江戸期妖怪絵巻・廃屋のうわん) 江戸期の妖怪絵巻に拠る再構成。鉄漿を施した人物風の顔貌、三本指の手を掲げ、廃屋や塀越しに現れて「うわん」と叫ぶ図像的特徴を踏まえる。人に直接の加害が明示された古伝は見当たらず、主な挙動は出没と威嚇。地方語の呼称類似や屋敷背景の多用から、住居に宿る怪異として理解される場合があるが、確証はなく描写は簡素。創作色の強い後世説話(応答で退散、命を奪う等)は本体記述からは分離して扱う。
名妖 
おとろし
おとろし
前髪に顔覆う・おとろし
総称・汎称 不詳 (江戸期妖怪絵巻・前髪で顔覆う) 江戸時代の絵巻・絵双六に描かれる造形を基準とした整理。長髪が全身を覆い、前髪が垂れて顔貌は判然としない。『百怪図巻』や『画図百鬼夜行』では同頁に「わいら」と並置され、恐れを体現する語感の連関が指摘される。名称は「おとろし」「おどろおどろ」「毛一杯」などが併記され、踊り字の読解差から表記が変化した可能性がある。具体的な出現場所・所業・吉凶は絵からは読み取れず、鳥居上に描かれる例もあるが、そこから神罰的機能を断定する史料は残らない。民俗的には「おどろがみ(棘髪)」の観念と恐怖の語感が造形に反映した像とみなされるにとどまる。
伝説 👹お岩
おいわ
四谷怪談のお岩
霊・亡霊 江戸・四谷左門町(現在の東京都新宿区) 歌舞伎『東海道四谷怪談』のお岩は、文政8年(1825年)7月、江戸中村座で『仮名手本忠臣蔵』と二日がかりの綯い交ぜ上演として初演された。塩冶家の浪人民谷伊右衛門は、お岩を妻としながら、出世のために隣家の縁談へ乗り換えようとし、お岩に毒薬を飲ませる。二幕目、毒で半面が腫れ崩れたお岩が、抜け落ちる髪を梳きながら鏡に己の変容を見て悶え死ぬ「髪梳き」の場は、菊五郎家に磨かれた最大の見せ場となった。三幕目、砂村隠亡堀では、戸板の表裏に釘付けされたお岩と小仏小平の死骸が漂着し、伊右衛門の目前で表裏が返る「戸板返し」――一人の役者が早替りで両者を演じ分ける――が仕掛けの白眉である。終幕の蛇山庵室では、燃える提灯から亡霊が抜け出る「提灯抜け」、仏壇に人を引き込む「仏壇返し」など、無数の外連(けれん)が連打される。これらの怪奇は、史実の貞女田宮岩とは何の関係もない純然たる劇的虚構だが、その迫真ゆえに、お岩は実在の怨霊であるかのように畏れられていった。物語の骨格は、出世のために妻を捨てる男の身勝手さと、踏みにじられた女の誠実さの行き場のなさを軸に据える。お岩は理由なく祟る悪霊ではなく、毒を盛られてなお夫を慕う情愛が反転した存在として造形されており、観客の同情と恐怖を同時に呼び起こすところに、南北劇の真骨頂がある。上演に際しては、お岩役を務める役者を中心に関係者一同が四谷の於岩稲荷へ参詣し、成功と安全を祈願する慣習が生まれ、現代の歌舞伎・映画・舞台にまで受け継がれている(裏切り役の伊右衛門を演じる役者は参らぬのが古例とされ、参るとかえって霊を怒らせるという)。舞台で起きる事故や怪我がしばしば「お岩の祟り」として語り継がれてきたこと自体が、創作された怨霊が現実の信仰を引き寄せた稀有な事例といえる。皮肉なことに、その信仰の源にある於岩稲荷は、本来は家を再興した貞女お岩を祀る縁起の良い社であった。
伝説 👹お菊
おきく
皿屋敷のお菊
霊・亡霊 播磨・姫路 / 江戸・番町 「皿屋敷のお菊」は、欠けた皿を永遠に数え続ける反復の怪として造形された怨霊である。その恐ろしさは、姿よりもまず声と数にある ── 闇のなかで「一枚…二枚…」と低く数え上げ、九枚まで来て足りぬ一枚に至ったとき、世にも凄まじい絶叫を放つ。この欠落と反復の構造こそが皿屋敷物の核心であり、観客は必ず来る「九枚」の戦慄を予期しながら身を縮める。お菊の怨念は、無実の罪・身分差・主家の理不尽という、近世社会の弱者が背負わされた不条理から噴き出している。 ここで二つの系統と、近代の翻案とを厳しく峻別せねばならない。第一に播州系── 姫路を舞台とし、青山鉄山の御家乗っ取りの陰謀に腰元お菊が巻き込まれ、町坪弾四郎の奸計で家宝の皿一枚を失った嫌疑を着せられ、責め殺されて井戸へ沈む。第二に番町系── 江戸牛込・旗本青山主膳の屋敷で、皿を割った(あるいは主人の横恋慕を拒んだ)女中お菊が斬られ、または身を投げて井戸の怪となる。いずれも近世の怪談・講談・浄瑠璃が育てた「亡霊お菊」である。 これらと截然と区別すべきが、第三の層 ── 岡本綺堂『番町皿屋敷』(大正5年=1916)である。綺堂はこれを怪談ではなく近代戯曲(新歌舞伎)として書き、御家騒動の筋を捨て、旗本青山播磨と腰元お菊の身分違いの相思相愛へと改作した。お菊は播磨の愛を試そうとわざと家宝の皿を割り、それを知った播磨は己の真心を疑われた怒りからお菊を斬る ── ここに亡霊は出ず、悲恋と人間心理の劇へと昇華される。すなわち「井戸から数える亡霊お菊」は近世怪談の像であり、綺堂のお菊は近代知識人が再解釈した別個の文学的造形である。両者を混同してはならない。
伝説 👹お露
おつゆ
牡丹灯籠のお露
霊・亡霊 江戸 (怪談『牡丹灯籠』) 牡丹灯籠のお露は、恐怖そのものよりも「死してなお続く恋」を体現する幽霊である。旗本の娘として育ち、医者山本志丈に連れられて訪れた浪人萩原新三郎に一目で心を奪われたが、家の事情で再会は叶わず、相手を想いながら恋の病で命を落としたと語られる。しかし彼女の執着は死をもってしても消えず、初盆の夜から侍女お米とともに、牡丹の絵が描かれた灯籠を提げ、下駄を「カランコロン」と鳴らしながら、夜ごと新三郎のもとへ通い始める。生きていると信じて逢瀬を重ねる新三郎であったが、隣家の伴蔵に二人の正体——既に葬られた死霊であること——を見抜かれ、恐怖した新三郎は海音如来の札を戸口という戸口に貼り、金無垢の海音如来像を肌身に着けて結界を張る。札に阻まれたお露は家に入れず、毎夜門前で恨めしげに、また悲しげに新三郎の名を呼び続ける。物語の悲劇は、ここで人の欲が介入することで決定づけられる。幽霊側はお露の想いを遂げさせるべく、伴蔵・お峰の夫婦を百両で買収する。伴蔵は海音如来像を粘土の偽像とすり替え、護符を剥ぎ取った。結界を失った新三郎はついにお露に迎え入れられ、翌朝、髑髏に首筋を抱かれ、恐怖に歪んだ顔のまま白骨となって発見される。お露の本質は祟りや怨念ではなく、報われぬまま死してなお相手を求め続ける一途さにあり、その純度の高さこそが、彼女を近世怪談屈指の幽霊へと押し上げている。原典の中国「牡丹灯記」、了意『伽婢子』の翻案、円朝の落語という三層を通して、お露の像は徐々に日本の観客の涙を誘う悲恋の幽霊へと結晶していった。
珍しい 
かなつぶて
かなつぶて
奈良坂の金礫法師・かなつぶて
鬼・巨怪 奈良県奈良市 (奈良坂・金礫法師) 『宝物集』の記述を核に、御伽草子群の田村語りで造形が具体化した型。奈良坂の要衝で旅人や貢ぎ物を襲う化生として描かれ、法師姿・巨体・金礫という要素が定着する。金礫は太郎・次郎・三郎の三種で威力が段階化され、山や鎧も砕く夸示が付される。討手は稲瀬五郎坂上俊宗で、兵を率い罠や機転で礫をいなし、秘伝の鏑矢で執拗に追う筋立てが通例。最終的に降伏と処刑で終幕し、要路の治安回復譚として語られる。地域の坂・峠の危険や賊害を象徴化した怪異として理解され、金属光沢と飛礫の恐怖が強調される。
珍しい 
からかさ小僧
からかさこぞう
夜道で跳ねる古傘・からかさ小僧
住居・器物 日本各地 (古傘の付喪神) 江戸期以降の絵画や舞台に典型化した一つ目・一本足の唐傘の化け物像に基づく整理。図像は百鬼夜行絵巻の傘妖怪系譜と通じるが、室町の像は人型に傘を戴く形であり、現在一般的な一本足・長舌の姿は近世後期の版本や玩具絵、見世物、舞踊などの反復により固定化された。性質は人を驚かして笑いを誘う滑稽味が強く、夜道や軒下に現れて舌を垂らし跳躍するなどの視覚的挙動が語られる。付喪神とみなす解釈も流布するが、古典文献上の確証は限定的であるため、本バージョンでは「古傘の怪」として汎称的に扱う。地域固有の害や利益の具体像は乏しく、出没地や振る舞いは資料に応じて曖昧に伝えられる。
伝説 
がしゃどくろ
がしゃどくろ
怨霊集合の大髑髏・がしゃどくろ
霊・亡霊 不詳 (近代創作起源・巨大髑髏像) 戦乱や飢饉で埋葬されなかった者の骨が冥冥のうちに集合し、夜な夜な彷徨う巨大な髑髏として描かれる近代以降の像。歯の鳴動が前触れとされ、人気の途絶えた野や墓所で通行人を襲うとされる。起源は出版・娯楽媒体にあり、江戸の巨大骸骨図像の影響を受けつつ、昭和期に名と性質が固定化した。
名妖 
しやうけら
しょうけら
庚申待の天窓覗き・しょうけら
霊・亡霊 不詳 (庚申待と結ぶ三尸像・石燕) 鳥山石燕の図像に拠り、天窓から庚申待の様子を窺う監視的存在として整理する解釈。三尸と同一視、もしくはその働きを代弁する霊的作用体とみなし、人の怠惰や約定破りを検め、破れば鋭い爪で災いを及ぼすと伝承される。名称は歴史的仮名遣いで「しやうけら」「せうけら」とも書かれ、具体像は地域差や典拠により揺れがあるが、庚申信仰の規範意識を可視化した妖怪として位置づけられる。近世資料に説明文は乏しく、後代の民俗的読解が補っている。
名妖 
ぬっぺふほふ
ぬっぺふほふ
一頭身の皺肉塊・ぬっぺふほふ
総称・汎称 不詳 (一頭身の皺肉塊・古寺廃跡) 江戸期の妖怪絵巻に基づく典型像。皺の多い白っぽい肉塊が一頭身で立ち、四肢は短く、顔面の器官が判然としない。名と図像のみが伝わるため、行動や目的は定まらない。文献上は、のっぺらぼうの古形とみなす解釈や、古いヒキガエル・狐狸の変化とする注記が見られる。洒落本では「死人の脂を吸う」「医者に化けた」といった記述もあるが、地域的伝承としての広がりは確認しにくい。寺院出現説や腐臭の言説は後代の解釈に由来する可能性が指摘され、実見談は限定的である。像容は、白粉を塗りたくったような白い皮膚感と、皺の連なりが特徴。
伝説 
ぬらりひょん
ぬらりひょん
妖怪総大将のぬらりひょん
人妖・半人半妖 日本各地 (岡山備讃灘等・妖怪総大将とも) 妖怪の総大将とも言われる謎多き存在。人の家に入り込んでも誰にも気づかれない不思議な力を持つ。その飄々とした態度の裏には深い知恵と洞察力が隠されており、妖怪界のバランスを保つ重要な役割を担っている。掴みどころがないようでいて、実は最も人間を理解している存在かもしれない。
名妖 
ぬりかべ
ぬりかべ
九州夜道の見えぬ壁・ぬりかべ
総称・汎称 九州 (夜道の見えぬ壁) 目視できぬが、手触りだけが確かな壁として感じられる型。九州北部の道迷い怪談に即し、強い害は与えず進行を止めることに特化する。足元から肩口ほどの高さで広がる感覚があり、正面突破はかなわない。脇へそれる、少し休む、地面や路端を杖で探るなど、従来の対処で薄れる。人を試す路の霊的障害として理解される。
稀少 
ばけの皮衣
ばけのかわごろも
北斗祈念の化生狐・ばけの皮衣
動物変化 不詳 (石燕『百器徒然袋』所載・妖狐の化生像) この版では、ばけの皮衣を「北斗を拝んで化ける狐」という一点から徹底して読み解く。化生の作法と、その絵に仕込まれた洒落の層を追う。 もう一つの種本となった『酉陽雑俎』諾皋記の一節は、たんに髑髏と北斗を語るだけではない。そこでは野狐を「紫狐」と呼び、「夜に尾を撃てば火を出す」と記す。狐の尾が火を放つというこの描写は、日本で広く知られる狐火(きつねび)の観念と地続きであり、ばけの皮衣もまた、闇のなかで尾に火をともしながら骸骨を戴く、本来は無気味な野狐の姿を背後に負っている。石燕がその髑髏を藻草に替えたとき、骸骨の凄みは薄れ、かわりに水底の藻をかぶる滑稽と哀れが前に出た。化生の絵が怪奇よりも諧謔に傾くのは、この置換の効果である。 「皮衣(かわごろも)」という語そのものにも、石燕好みの文学的な含みがある。皮衣といえば、古典では『竹取物語』の「火鼠(ひねずみ)の皮衣」が名高い。燃やせば焼け、贋物であれば化けの皮が剥がれる宝として語られたあの皮衣と、化けがいまにも剥がれかかる狐とは、「皮衣」「化けの皮」の語で二重に響きあう。石燕がこの連想を意図したと明記する典拠はないが、彼の絵本がいたるところで古典の語呂を踏まえることを思えば、偶然とは考えにくい。 図像の配置にも作者の意図が見える。本図は上巻で「沓頬(くつつら)」と「絹狸(きぬたぬき)」の間に置かれる。前後を獣の変化物で固めたこの並びは、付喪神の絵本のなかに設けられた、けものの化生を集めた小さな一画である。古道具の妖怪に紛れて狐が登場できたのは、繰り返せば「皮衣」が衣裳=物として読めたからであり、石燕は「夢のうちにおもひぬ」と結ぶことで、この強引な取り合わせを夢の論理として正当化してみせた。 能力と弱点も、すべてこの一枚の絵に根を持つ。化生の術は北斗への祈念と頭上の依代(髑髏あるいは藻草)を要し、依代が落ちれば化けは成らない。装いは美女でも、尾と手足、従者の獣性までは隠しきれず、その「剥がれかけ」こそがこの狐の宿命的な弱点である。位の低い野狐が三千年をかけて美女へ至ろうとする、その途上のもどかしさを、ばけの皮衣は一身に体現している。
稀少 
ふらり火
ふらりび
無縁仏の炎鳥・ふらり火
自然現象・自然霊 不詳 (石燕『画図百鬼夜行』・怪火の一種) 江戸の絵巻に拠る図像を基準に、炎に包まれた鳥形の怪火として整理する。実体よりも現象としての性格が強く、目撃は薄暮から夜半にかけて報告される。特定の害を加える確証的記録は少なく、近寄ると消え、遠ざかると現れるといった怪火譚の共通性をもつ。富山の「ぶらり火」など、人の怨念や無縁仏の霊火と解される語りが随伴するが、地域により解釈は揺れがある。図像上の鳥面は吉凶二義的で、霊魂の変相を示す記号的表現とみられる。
珍しい 
へうすへ
ひょうすべ
九州川辺の毛河童・へうすへ
水の怪 九州 (九州川辺の毛深い河童・各地) この版では、へうすへが「家の中の禁忌」と深く結びついた九州型の河童である点を見る。河童の話の多くが川や淵を舞台にするのに対し、へうすへの話は風呂場や湯屋、そして馬小屋へと入りこんでくる。毛深いへうすへが使ったあとの湯は、体毛が浮いて穢(けが)れたものとされ、その湯に触れた馬が倒れる、湯を勝手に抜いた者が祟られて馬を殺される、という話が各地に伝わる。風呂の湯をいつ抜くか、誰が使うか――そうした暮らしの作法への戒めが、へうすへの祟りという形で語られたのである。 畑では茄子を好んで荒らすとされ、初物の茄子を供えて機嫌をとった。「ヒョーヒョー」という鳥のような鳴き声は、その名の由来とも言われる。江戸期の『百怪図巻』や『画図百鬼夜行』に描かれた、毛むくじゃらで禿げ頭の滑稽な姿は、恐ろしさよりもむしろ、人の暮らしのすぐそばにいる親しい怪としてのへうすへをよく伝えている。
稀少 
ももんがあ
ももんがあ
二階窓辺の脅かし・ももんがあ
総称・汎称 日本各地 (二階窓辺の脅かし) 版本に見える図像を基準とした像。二階口や障子際から大きな丸目と裂けた口を突き出し、鋭い歯を見せて威を借すか、白い肉塊に短い手足を備えて四つんばいでうごめく。名は呼び声めいた響きを持ち、夜分の訪客を退ける怪として描かれる。固有の名乗りや系譜は持たず、見世物的な怪相の提示に重きが置かれる。
伝説 
ろくろ首
ろくろくび
寝入りに首伸ぶ・ろくろ首
人妖・半人半妖 日本全国 (寝入りに首が伸びる怪) 昼間は美しい女性だが、夜になると首が自在に伸びる妖怪。自分の正体に戸惑いながらも、人々との関わりを求めている。その二面性は人間の複雑さを象徴し、誰もが持つ表と裏の顔を表している。夜の姿も決して邪悪ではなく、むしろ自由への憧れを表現している。
珍しい 
わいら
わいら
牛似の鉤爪獣・わいら
山野の怪 不詳 (江戸期妖怪絵巻・牛似の鉤爪獣) 18〜19世紀の妖怪絵巻に基づく、解説文を伴わない像を再構成した準拠版。巨大な獣体の上半身のみが画かれ、左右の前肢に一本爪の大鉤を有する。体色は作例により暗緑から土色まで幅があるが一定せず、両生類的に見える作例もある。名称は恐れを意味する語義との連想が指摘され、『百怪図巻』『画図百鬼夜行』では「おとろし」と並置される。行動、生態、善悪は記されず、山間の不気味な存在として提示されるに留まる。民間伝承の具体像は未詳で、後代の補説は史料的裏付けに乏しいため採らない。
珍しい 
アイヌカイセイ
あいぬかいせい
蝦夷の空家霊・アイヌカイセイ
霊・亡霊 北海道 (蝦夷地・アイヌ伝承) アイヌの口承に基づく像を整理した記述版。衣服は繊維がほどけたアットシで、人家のうちでも空家・古家に寄りつく。出現は夜半が多く、寝所で胸や頸を圧す現象として体感される。正体は亡者あるいは死と関わる穢れの気配と解され、家の清掃や火の管理、祈りを欠くと寄るという一般的な観念と結びつけられることがある。姿は明確に見えず、影や気配として語られ、灯を強めたり声を立てると退くとされる。東北の座敷童子との関係は類似の「座敷に現れる霊」としての比較言及に留まり、福徳譚は伴わない。
伝説 
アマビエ
あまびえ
肥後沖の予言光霊・アマビエ
人妖・半人半妖 熊本県宇土市沖 (旧肥後国海上・ 1846 年出現譚) 弘化三年に出版されたと考えられる瓦版記事を基礎に、海上に現れて光を放ち、役人に予言を与えた像として再構成する。容姿は史料本文が「図の如く」として図版に依存するため、鱗状の身に長髪、くちばし様の口、三本状の脚部など、後世のアマビコ資料で指摘される要素との混同は避け、図像参照に留める。重点は予言と図像の頒布であり、疫病を直接鎮める旨の明言は見られない。諸国豊作六年と疫病流行の並行を知らせ、絵姿を示すことが民間の除災行為として受容された。地域的には肥後国起源として伝えられるが、同類譚は各地で確認され、名称や細部は異同がある。
名妖 
アヤカシ
あやかし
西海の海上怪火・アヤカシ
総称・汎称 西日本沿岸 (対馬・長崎・山口・佐賀・房総等) 各地で海難に結び付けられた海上怪異の呼称としてのアヤカシ像を整理。姿は怪火・幻影・見女・海蛇など多様で、船を惑わせ進路を遮る、乗組員の注意を乱す、水を求める者を誘うなどの振る舞いが共通する。対馬では怪火が山に化すとされ、思い切って突き進むと霧散するという知恵が語られる。長崎では海上に漂う怪火、山口・佐賀では船幽霊として恐れられ、房総では井戸の女の怪として記録が残る。実在のコバンザメが船脚を鈍らせるとの俗信も名義を共有し、自然現象や航海不安の民俗的説明装置として機能した。鳥山石燕の図像では巨大な海蛇が示され、古来の海上怪の観念と結びつけられている。
珍しい 
イペタム
いぺたむ
アイヌの血食う妖刀・イペタム
住居・器物 北海道 (アイヌ伝承・血を食う妖刀) 本バージョンは各地のアイヌ伝承に見えるイペタム像を整理したもの。刀は自律的に鳴動し、石や革を「食う」と表現される行為で飢えを示す。抜けば血を見るまで収まらない、あるいは自ら飛来して人を斬るといった超常性が語られる。祟りは家々やコタンを脅かし、持ち主の意思を超えて災いを招くため、祭祀や禁忌による管理、あるいは水域への沈置によって封じられる。旭川・上川では底なし沼に投じたのち刀形の岩が顕れる説話が結びとなり、鎮魂と地名・景観の由来譚が結び付く。沙流では音を真似て賊を退ける機知譚が併存し、恐名そのものが抑止力として働いた様相がうかがえる。釧路桂恋の異名譚は、禁忌侵犯と加害の記憶を刀名に刻み、災厄物としての記憶化を示す。関連類型として人食い槍イペオプや護身刀ソウサムシペの語りがあり、凶刀観と武器観が体系的に存在したことを示唆する。創作的脚色を排し、各地の記録に即した妖刀像として再構成する。
名妖 
カワウソ
かわうそ
夜道で火消す化け獺・カワウソ
動物変化 四国 (高知・徳島を中心に化け獺譚) 各地の記録や口承に見られる「化ける獺」を基にした像。人語を真似るが抑揚や語尾に違和があり、問い質されると意味の通らぬ返答をするという特徴が報告される。変化は美女・子ども・僧など多様で、近づく者の注意を逸らし、提灯の火を消す、相撲に誘う、石や木の根を人と見せかけるなどの術で人を惑わす。地域によっては河童譚と混淆し、水中での力は強く、相手が上を見上げる姿勢になるよう誘導して優位を取る。憑きもの観の文脈では、人の精気を損なわせ、無気力をもたらす存在として畏れられる。暴虐な事例も伝わるが、多くは脅かしや悪戯に留まる。
神格 
キンマモン
きんまもん
琉球神道記の来訪神・キンマモン
神霊・神格 沖縄県 (琉球神道記・来訪創造神) 17世紀初頭成立とされる袋中『琉球神道記』に基づく理解。キンマモンは陰陽二相を持ち、天から降る位相は彼方の常世を想起させ、海から上がる位相は海上来訪神の性格を帯びる。来訪は一定の周期と儀礼に結びつき、最高神女である聞得大君への憑依を通じて王府や共同体へ託宣を示す。民俗的にはニライカナイに象徴される他界観、海の彼方からの恵みと秩序付与、神女祭祀の正当性を支える権威づけが核にある。文学作品では守護神性や海底宮のイメージが補強されるが、記述は時代により差異があり、実際の祭祀細目は不詳点が多い。近現代には一部で主神として再解釈される例が見られる一方、一般的な民間信仰としての広汎な分布は確認しがたい。創作的脚色を除けば、来訪・憑依・託宣・海彼方の他界という四要素が安定した特徴である。
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