YOKAI.JP

🔤 かな別妖怪図鑑

ひらがな順で妖怪を探す

146 妖怪|12 カテゴリ|1/7 ページ

ひらがな行で絞り込み

並び替え: 五十音昇順
アイヌカイセイ

アイヌカイセイ

珍しい

あいぬかいせい

蝦夷の空家霊・アイヌカイセイ

霊・亡霊北海道

アイヌ伝承に見られる怪異で、名の「カイセイ」はアイヌ語で死骸を指すとされる。ぼろぼろのアットシ(樹皮繊維の衣)をまとい、空家や古い家に現れるという。人が眠っていると胸や首にのしかかり、息苦しさを与える。性質は人家に出る座敷の霊的存在に近く、亡者の気配を伴うものとして語られるが、正体や由来は詳らかでない。

青行燈

青行燈

珍しい

あおあんどん

鳥山石燕『百鬼夜行拾遺』の青行燈

住居・器物出自不詳

青行燈(あおあんどん)は、百物語に使われた青紙の行燈と、鳥山石燕が描いた異形とが結びついて生まれた近世の版本妖怪である。名称付きの姿を確実にたどれる早い例は、安永10年(1781)序の『百鬼夜行拾遺』中之巻「霧」にある。題簽には『今昔百鬼拾遺』、序題には『百鬼拾遺』とも記され、同じ作品が複数の名で伝わっている。 現存する1781年の画面では、見開き右頁が「青行燈」、左頁が「雨女」である。青行燈の頁には、前面の枠が外れた角行燈と、その背後から正面を見つめる長髪の人物が描かれる。頭には二本の角のような突起があり、歯は暗く表される。床には箱、紙、櫛や簪を思わせる細い品々が散るが、詞書はそれらの持主や用途を説明しない。雨女は隣に置かれた別の妖怪であり、二者が同時に現れたという物語はない。 石燕の詞書が描くのは、百話目を語り終えたあとの完全な闇ではない。灯が消えそうになったかと思えば再び明るくなり、影が揺らめくように暗く見える時、青行燈というものが現れることがある、と伝える。続いて、昔から百物語をする者は青い紙で行燈を張ると述べ、暗い夜に鬼を語れば怪が至るという戒めで結ぶ。百話目、最後の灯心、必ず現れるという条件は書かれていない。 青紙の行燈を使う仕掛けは、石燕が初めて考えたものではなかった。浅井了意『伽婢子』巻13「怪を語れば怪至る」は寛文6年(1666)に刊行され、一基の行燈を青紙で張り、その中に百筋の灯心をともし、一話ごとに一本を取り去る方法を記している。会が進むほど座中は暗くなり、青紙を透かす光も変わっていく。しかし、この物語は百話へ届く前に異変が起こり、角ある人物も「青行燈」という妖怪名も登場しない。『伽婢子』は百物語の道具立てを知る前史であって、青行燈そのものを描いた資料ではない。 百物語には一つの決まった結末もなかった。九十九話付近で怪異が起きる話、百話を終えてから異変が起きる話、怪物と思ったものが人の脚や犬だと分かって笑いに変わる話、最後まで語って思いがけない利益を得る話までが、近世の作品には並んでいる。したがって、昔の人が必ず九十九話で止めたとも、百話目には必ず青行燈が出たともいえない。怪談の座は恐怖だけでなく、勇気比べ、機知、笑い、書物を最後まで読ませる仕掛けでもあった。 石燕の頁は、性格、目的、被害、攻撃、弱点、退治法を語らない。後世の辞典や創作は、その空白から、百物語の終局を見守る鬼女、恐怖を集める存在、怪談を裁く者という像を育てた。近世の妖怪画が現代の小説や物語へ繰り返し取り込まれてきたことは、青行燈が一枚の版画を越えて強い人格を獲得した過程を考える手掛かりになる。 それでも、石燕の青行燈を不気味にしているのは、激しい攻撃や派手な呪力ではない。消えそうで消えない油火、青紙を透かす光、動いて見える影、乱れた日用品、行燈の後ろで静かにこちらを見る顔である。何が起きるのかを説明し切らない一頁だからこそ、見る者は灯の揺らぎの向こうへ、自分自身の怪談を続けてしまう。

青鷺火

青鷺火

名妖

あおさぎび

夜光るゴイサギ・青鷺火

動物変化奈良県新潟県

夜間、サギの体が青白く光って見える怪異。別名は五位の火・五位の光。江戸期の画集や随筆に記録があり、月夜や雨夜にも目撃される。正体はゴイサギとされることが多く、飛翔時に青い火のように見え、人々を驚かせた。発光は水辺の付着物や羽毛の反射などと説明されることもあるが、地域では怪火として語り継がれる。

青女房

青女房

稀少

あおにょうぼう

古御所の女官姿・青女房

人妖・半人半妖石燕『今昔画図続百鬼』、荒御所の女官妖怪、絵巻発祥

江戸期の妖怪画に見られる女官風の妖怪。鳥山石燕『今昔画図続百鬼』ではお歯黒をほどこした公家風の若い女房として、荒れた古御所に出ると解される。名は本来、宮中や貴族家に仕える若年で位の低い女官を指す通称で、固有の怪名ではない。諸本の百鬼夜行絵巻に同様の装束の女官像が描かれ、石燕がその図像に基づき「青女房」と銘したと考えられる。実体や由来は不詳。

青坊主

青坊主

稀少

あおぼうず

山野の一つ目法師・青坊主

総称・汎称長野県

青坊主は各地で名が記録される妖怪の総称で、姿や性質は一定しない。大きな坊主姿、青い体色の法師、あるいは一つ目の法師として語られることが多い。鳥山石燕『画図百鬼夜行』は草庵のかたわらに立つ一つ目の法師として描くが解説文はなく、詳細は不明で、佐脇嵩之『百怪図巻』などの「目一つ坊」を原案とするとの指摘がある。「青」が未熟を意味することから、修行の足りぬ坊主を妖怪化したものとする説もある。動物の化身とされる例、山の神と結びつく例、子どもの戒めに用いられる例など、多様な伝承像を含む。

赤足

赤足

珍しい

あかあし

路傍に絡む赤い足・赤足

総称・汎称香川塩飽諸島·福岡·青森に類話散在、山道の辻の怪、単一発祥地なし

赤足は、人の足もとにまとわりついて歩行を妨げるとされる怪異。姿を現す場合は赤い足のみが突き出すともいわれ、しばしば山道の辻や人けの少ない道で遭遇する。地方によっては実体を見せず、綿のようなものが足に絡み疲労や転倒を誘うとも伝わる。赤手児と対をなす、または同類とみなす説もある。

赤えい

赤えい

名妖

あかえい

安房沖の島偽り・赤えい

水の怪千葉県

江戸後期の奇談集『絵本百物語』(天保12年)に「赤ゑいの魚」として記される巨大魚。背に砂が積もると海上へ浮かび、島と見まがう規模に達するという。船人が島と思い上陸・接近すると、身を沈めて荒波を起こし、船を破壊し人を呑む災いをもたらすとされた。海上での蜃気楼や漂流譚と結びつき、大海に稀ならずある怪異として語られる。

赤頭

赤頭

珍しい

あかがしら

土佐勝賀瀬の輝赤髪・赤頭

山野の怪高知県

高知県吾川郡いの町の勝賀瀬に伝わる山野の怪。赤い髪は陽光のように輝き、直視できぬほど眩しいという。二本足で歩むが草むらに紛れて足もとは見えにくい。人を襲う性質はなく、出遭った者はその強烈な赤光に目を奪われ、見失うことが多いとされる。江戸末から明治初期頃の妖怪絵巻や地元資料に名が見える。

赤城大明神

赤城大明神

神格

あかぎだいみょうじん

赤城山を統べる神・赤城大明神

神霊・神格群馬県栃木県

赤城大明神は、上野国 (現·群馬県) の赤城山そのものを神格化した山の神である。山頂のカルデラ湖である大沼 (おの) と小沼 (この) を御神体とし、山の神・水の神・農業の神として古来あつく信仰されてきた。記紀の地方経営者である豊城入彦命や、大己貴命 (大国主) と同一視されることも多く、また赤城姫を祀って女神・女性の守り神とする伝承も併存する。関東地方を中心に約三百社を数える赤城神社の総本宮は、山腹の三夜沢赤城神社と山頂の大洞赤城神社とされ、赤城信仰の広がりを今に伝える。妖怪譚としては、隣国下野 (現·栃木県) の日光二荒山の神と中禅寺湖をめぐって争った「神戦」で大百足 (おおむかで) に化身して戦ったことで広く知られる。

明石様

明石様

珍しい

あかしさま

保土ケ谷の殿様霊・明石様

霊・亡霊神奈川県

明石様は、神奈川県横浜市保土ケ谷区に伝わる亡霊譚で、江戸後期頃に乱心した殿様の霊とされる。明石御前とも称され、子どもに外出を戒める口承として語り継がれた。外に出歩くと明石様が現れると怖れられ、夜分の外遊びを抑止する教訓的怪異として機能した。固有の姿形の詳細は伝承によって明らかでなく、名のみが恐れの対象となる典型的な地域怪異である。

赤舌

赤舌

名妖

あかした

水門上の黒雲大舌・赤舌

総称・汎称石燕『画図百鬼夜行』、六曜赤口の語呂、絵巻発祥

江戸期の絵巻や双六に見られる妖怪名。黒雲から毛深い顔と大きな舌、爪ある手がのぞく図が通例で、全身像や性質は記述不詳。鳥山石燕『画図百鬼夜行』では水門上に描かれるが解説は付かない。同時代の絵双六『十界双六』や『百鬼夜行絵巻』にも名が見え、近似の図様「赤口」も諸絵巻に描かれる。名称は陰陽道の赤舌神・赤舌日との関係が指摘されるが確証はない。

垢嘗

垢嘗

名妖

あかなめ

夜の風呂場に潜む垢嘗

住居・器物文献・絵巻発祥(『古今百物語評判』『画図百鬼夜行』)。在地伝承・出現地不詳

古い風呂屋や荒れた屋敷の湯殿に現れるとされる妖怪。ざんぎり頭の童子の姿に描かれ、長い舌を垂らし、足には鉤爪を備える。人の寝静まった夜更けに音もなく忍び入り、桶や板壁、簀の子、流しにこびり付いた垢や水垢、黴を、その長い舌で丹念に舐め取るという。人を襲い害をなすという筋立ては本来の伝承には乏しく、むしろ出現そのものが、手入れを怠った湯殿の不浄の兆しと受け取られた。垢を舐めるという即物的で生々しい所業ゆえに、おどろおどろしい恐怖よりも、どこか滑稽味を帯びた身近な怪として語られてきた。別名に垢舐・垢ねぶりがあり、文献によっては嬰児に似た姿とも記される。鳥山石燕『画図百鬼夜行』に描かれた長舌の怪童の図像が広く流布の基となったが、石燕本には詞書(解説文)が一切付かず、性質や由来は語られないまま、姿だけが先行して知られていった妖怪である。後世にはこの姿絵をもとに、湯殿を清潔に保つべしという生活上の戒めと結び付けて理解されるようになった。

アカマタ・クロマタ

アカマタ・クロマタ

伝説

あかまたくろまた

地底の他界から来る秘祭の神・アカマタクロマタ

神霊・神格沖縄県

アカマタ・クロマタは、八重山諸島の豊年祭(旧暦五〜六月)に現れる仮面の来訪神である。全身を蔓草で覆ったずんぐりとした団子状の姿で、赤い面のアカマタを男神、黒い面のクロマタを女神とするが、面や構成は地域によって異なる。石垣島宮良では「ニーロー神」とも呼ばれ、底が分からぬほど深い穴=地底の他界(ニライカナイ)から来訪すると伝わる。美男に化けて娘のもとへ夜ごと通う蛇の妖怪、赤又(あかまたー)とは系統がまったく異なる、草装束をまとう祭礼の来訪神である。資格を持つ地区住民のみが関わり、撮影や口外が固く禁じられた全貌非公開の秘祭として知られる。

赤又

赤又

稀少

あかまたー

夜這う化け蛇・赤又

動物変化沖縄県

赤又(あかまたー)は、沖縄に広く伝わる蛇の化け物で、夜ごと美しい若者の姿に化けて娘のもとへ通うと語られる。実在のアカマター(ハブを捕食する全長二メートルほどの蛇)を正体とし、本土の三輪山伝説や蛇婿入り譚と同型の話が、沖縄では最も知られた怪異の一つとして根づいた。正体を見抜くため、娘が若者の着物の裾に糸を通した針を刺しておき、翌朝その糸をたどると蛇の棲む穴へ至る ── という筋立てが各島に伝わる。蛇の超自然性と、夜訪う異類の婿という主題が、南島の湿潤な風土のなかで繰り返し語られてきた。

赤マント

赤マント

名妖

あかまんと

便所で色を問う赤マント・青マント

霊・亡霊長野県東京都

赤マントという名の怪談には、少なくとも二つの異なる姿がある。ひとつは、1939年春、東京一帯で「赤マントの男が徘徊する」という噂が約1か月にわたって広がった都市流言である。大宅壮一は同年4月、『中央公論』に「『赤マント』社会学―活字ジャーナリズムへの抗議」を発表し、噂が人々を引きつける仕組みを論じた。もうひとつは、学校の便所で色を選ばせる怪談である。松谷みよ子が1987年に公刊した回想採録には、昭和11年頃の長野県・豊科小学校で、便所の入口に立つマント姿の男が「赤いマントか青いマントか」と問い、赤を選べば刺され、青を選べば血を吸われる話が収められている。ただし、これは出来事とされる時期から約半世紀後に記録された回想であり、1936年当時の文書ではない。 戦後に公刊された採録をたどると、問いの言葉と選択肢は土地や時期によって変化している。1972年の兵庫県尼崎市では、便所のお化けが「赤い紙やろか、白い紙やろか」と問い、怖がった低学年の児童が数珠つなぎで便所へ行った。1986年に公刊された東京都内の中学生からの採録には、赤なら血だらけ、青なら首を絞められて顔が青くなり、白なら無事という型と、「赤いちゃんちゃんこ着せましょうか」と尋ねる型が並ぶ。さらに赤・青・黄の三色から選び、黄色なら助かる話や、児童が黄色いハンカチを握って便所へ入った例も記録されている。 この怪談では、問いかけるものの姿さえ一定しない。便所の入口に立つマント姿の男であることも、お化けであることも、個室のどこからか聞こえる声だけであることもある。選ばせる品もマント、紙、半纏、ちゃんちゃんこへと移り変わる。赤は血、青は失血や窒息後の顔色と結びつきやすいが、白や黄色が救いになる異文もあるため、どの答えを選んでも必ず殺されるとは限らない。白い仮面を着けた追跡者という印象は、2019年のゲーム『Aka Manto|赤マント』などが強めた現代的な視覚表現であり、古い採録すべてに共通する外見ではない。 赤マントの核心は、決まった顔や生い立ちよりも、逃げ場の少ない場所で短い問いを受け、選んだ色が身体の運命へ変わるという仕組みにある。児童は怖い個室や危険な色を教え合うだけでなく、安全な答えや護符代わりの品も共有し、学校ごとに怪談の地図と対処法を作り上げた。1939年の都市流言と便所の色選択型は、名称と赤色を共有するものの、両者を直接結ぶ伝播資料は確認されていない。赤マントという名は、一人の怪人の伝記というより、問いと色を変えながら語り継がれた昭和期の複数の噂を結ぶ標識として理解するのがよい。

燈無蕎麦

燈無蕎麦

珍しい

あかりなしそば

本所七不思議の燈無蕎麦

総称・汎称東京都

江戸時代の本所南割下水付近に夜な夜な現れたとされる二八蕎麦の屋台にまつわる怪異。店主は決して姿を見せず、店先の行灯は常に消えているのに、誰かが火を点けると帰宅後に不幸が起こると畏れられた。逆に油が尽きず燃え続ける「消えずの行灯」とする伝えもある。狸の仕業とも噂され、本所七不思議の一つとして口碑に残る。

悪路神の火

悪路神の火

珍しい

あくろじんのひ

伊勢の雨夜怪火・悪路神の火

自然現象・自然霊三重県

悪路神の火は、雨夜に提灯のように往来すると伝えられる怪火。伊勢国での見聞として江戸後期の随筆『閑窓瑣談』や『諸州採薬記抄録』に記載がある。遭遇した者がうっかり近づくと流行病のような病を得て煩うとされ、出会った際は身を伏せ火が通り過ぎるのを待ち、機を見て逃れるのがよいという。高さは地上一尺余りから三尺ほどを漂うと伝わる。

麻桶の毛

麻桶の毛

珍しい

あさおけのけ

阿波加茂社の神桶毛・麻桶の毛

住居・器物徳島県

阿波国三好郡加茂村の社に伝わる怪異。社殿の神体として納められた麻桶に入る毛が本体とされ、神の心が穏やかならぬ折に毛が伸長し、桶の蓋を突き上げて外へ現れるという。人に絡み付き締め上げる力を持ち、村人は社の祭祀を正しく行い、神慮を鎮めることで怪異を退けたと伝えられる。古書『阿州奇事雑話』に見える記録が主要典拠である。

足洗邸

足洗邸

珍しい

あしあらいやしき

本所七不思議の足洗邸

住居・器物東京都

江戸の本所で語られた本所七不思議の一つ。旗本屋敷の天井を突き破って剛毛の巨大な足が現れ、「足を洗え」と声が響く。従えば足は静かに引き、怠れば天井を踏み抜いて荒れ狂うという。足の正体は不詳で、屋敷の主が替わると怪異が止む話型や、女性が洗わねば収まらぬ異聞も伝わる。人を害すだけでなく、盗賊を踏みとどめる守護的側面も語られる。

足長手長

足長手長

稀少

あしながてなが

浅海協働の異人・足長手長

人妖・半人半妖中国の古代異人譚(長股・長臂)を起原とし『和漢三才図会』に記載、日本では画題・説話に取り込まれた渡来の怪

足の極端に長い「足長人」と、腕の極端に長い「手長人」を総称する異人譚。古代の地理志に見える長股・長臂の説を起原とし、『三才図会』および『和漢三才図会』に長脚・長臂として記載がある。海上では足長人が手長人を背負い、浅海で獲物を得るとされ、絵画題材としてもしばしば描かれた。日本では説話・戯画に取り入れられた。

小豆洗い

小豆洗い

名妖

あずきあらい

谷川夜更けの小豆洗い

霊・亡霊東京都茨城県

小豆洗い(あずきあらい)は、夜更けの川辺や沢で「ショキショキ」「ザクザク」「シャリシャリ」と小豆をとぐような音を響かせる、音を本体とする妖怪である。関東(茨城・東京檜原村・埼玉)、甲信越(山梨・長野・新潟)、中国地方(広島・山口・岡山・鳥取)を中心に全国へ分布し、土地ごとに小豆とぎ・小豆さらさら・小豆ごしゃごしゃ・砂洗いなど多彩な異名で呼ばれる。多くの伝承で姿は現れず、近づくと音だけがぴたりとやみ、音に気を取られた者が足を滑らせて川や谷へ落ちるとされる。まれに目撃される姿は、背の低い目の大きな法師、小坊主、老婆、童などと一定せず、地域差が著しい。大分県では「小豆洗おか、人取って喰おか」と唄いながら小豆をとぐという、無邪気な所作と人取りの恐怖を一句に同居させた文句が伝わり、この唄こそ小豆洗いの性格をよく示す。実体の見えにくい音の怪である点に最大の特徴があり、視覚より聴覚に訴える怪異として、水辺の危険を子どもに戒める民俗的機能を強く帯びている。

安宅丸

安宅丸

珍しい

あたけまる

御座船の付喪神・安宅丸

住居・器物東京都

安宅丸は江戸時代初期に幕府の御座船として造られた巨大軍船で、のちにその名と威容が人々の畏れを呼び、船に宿る霊性を帯びた器物怪の名としても語られた。和洋折衷の構造や豪奢な装飾は江戸の名物とされ、解体後も「船の魂」が恨みを残すと噂された。具体の怪異は地域ごとに差があり、詳細は不詳とされる。

愛宕山太郎坊

愛宕山太郎坊

伝説

あたごやまたろうぼう

天狗の総帥・愛宕山太郎坊

山野の怪京都府

愛宕山太郎坊は、山城国の愛宕山に座す大天狗であり、諸国の天狗を統べる総帥・四十八天狗の筆頭として「日本一の大天狗」と称される。別名を栄術太郎(えいじゅつたろう)とも伝える。烏天狗の眷属を従え、比良山次郎坊ら諸坊を率いる天狗界の長と位置づけられてきた。 その名が早く現れるのは鎌倉期の軍記『源平盛衰記』巻八で、同書は太郎坊の正体を、弘法大師の秘法を相伝した高弟・柿本紀僧正こと真済(しんぜい)が、驕慢のゆえに天狗と化したものと説く。愛宕山はまた火伏せ・盗難除けの霊山であり、本地を勝軍地蔵とする愛宕権現の信仰と習合して、太郎坊は火難を除き武運を授ける験者としても語られた。

悪鬼

悪鬼

珍しい

あっき

四天王に伏す邪鬼・悪鬼

総称・汎称漢訳仏典·漢籍由来の災いをなす鬼の総称、渡来概念

悪鬼は、仏教・陰陽道由来の観念を背景に、日本で災厄や病をもたらすとされた鬼的存在の総称。疫病や飢饉、戦乱など外在の禍を擬人化した名として用いられ、邪鬼・悪魔と並称されることも多い。寺社の儀礼や民俗行事でしばしば調伏対象とされ、四天王像に踏まれる邪鬼像など仏教美術にも表象がみられる。具体像は時代・地域で異なり一定しない。

1 - 24 / 146 件の妖怪を表示中