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🔤 かな別妖怪図鑑

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146 妖怪|9 カテゴリ|6/7 ページ

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大入道

大入道

名妖

おおにゅうどう

見上げて伸びる巨僧・大入道

鬼・巨怪三重県

大入道は各地に伝わる巨大な入道姿、あるいは影法師のような巨体の怪異。名称は大きな僧を指すが、実際は僧形に限らず巨人状や不定形の影として現れる例もある。見上げるほどの大きさで迫り、睨まれた者が卒倒・病を得ると恐れられる。正体は不詳とされることが多いが、狐・狸・鼬・獺などの動物や石塔が化けたとする説も各地に見える。見上げると伸び上がる見越入道とは性質が近く、地方ではしばしば両者が混同して語られる。三重県では諏訪神社の祭礼四日市祭で曳かれる「大入道」のからくり山車が知られ、首が伸縮する全高約9mの巨像として今に伝わる。

大峰前鬼坊

大峰前鬼坊

伝説

おおみねぜんきぼう

鬼より転じた護法の天狗・大峰前鬼坊

山野の怪奈良県

大峰前鬼坊は、大和国の大峰山に座す大天狗であり、八大天狗の一に数えられる。室町期の謡曲『鞍馬天狗』に「大峰の前鬼が一党」と唱えられる。 その名は、修験道の祖役行者(役小角)に従った鬼・前鬼(ぜんき)に由来する。役行者は、現存最古の説話集『日本霊異記』に、鬼神を使役して空を飛んだ呪験者として描かれる。前鬼はもと人の子をさらう鬼であったが、役行者に捕らえられて改心し、後鬼とともにその従者となった。鬼が苦行を経て大天狗へと転じた例として、前鬼坊は修験道の中心地大峰に座し、四十八天狗の一として語り継がれる。

大百足

大百足

名妖

おおむかで

三上山七巻きの大百足

鬼・巨怪滋賀県栃木県

大百足は巨大な百足の妖怪で、近江国三上山を幾重にも巻くほど長大な体をもつと語られる。甲は硬く、並の刀矢をはね返すという。脚は火のように赤く輝き、毒牙は甲冑をも噛み砕くと畏れられた。湖沼の水神たる龍蛇と対立し、これを脅かす存在として伝承に現れる。一方で百足は前へ進むのみで退かぬ虫として勇猛不退の象徴とされ、武家や鉱山にゆかりの信仰の対象ともなった。各地に異同が多く、その実体は一様でない。

大山祇神

大山祇神

神格

おおやまつみのかみ

山·海·武の総元神·大山祇神

神霊・神格愛媛県

大山祇神(おおやまつみのかみ)は、日本神話において伊邪那岐命(いざなぎのみこと)と伊邪那美命(いざなみのみこと)の神生みによって誕生した、日本の山々を統べる偉大な山の神です。神名の「大」は美称、「山」はそのまま山、「祇(つみ)」は神霊を意味し、広範な山岳全般を支配する最高位の神格を持ちます。神話においては、天孫・瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)に嫁いだ木花之佐久夜毘売(このはなさくやひめ)と、その姉である磐長姫(いわながひめ)の父神としても知られ、彼が提示した二人の娘の選択が、人間の命が有限(短命)になった理由を説明する起源神話として重要視されています。一方で、民俗信仰や歴史的伝承においては単なる山の神にとどまらず、海神、農業神、さらには武神としての極めて多面的な性格を持ち、日本古来の自然観を体現する存在として全国的に信仰されています。

大山伯耆坊

大山伯耆坊

伝説

おおやまほうきぼう

移座の大天狗・大山伯耆坊

山野の怪神奈川県

大山伯耆坊は、相模国の大山(おおやま、別名雨降山)に座す大天狗であり、八大天狗の一に数えられる。室町期の謡曲『鞍馬天狗』にも「大山の伯耆坊」として名が見える。 その座す大山は、古代の正史にさかのぼる霊山である。『延喜式』神名帳(九二七)は、山上の阿夫利神社を相模国の式内社として載せ、大山の神格が古代に国家的な公認を受けていたことを示す。伯耆坊の名には、天狗界の座をめぐる移座の伝えがまとう。もと相模大山には相模坊という大天狗がいたが、讃岐に配流された崇徳上皇の霊を慰めるため白峰へ移った。空席となった相模大山の座に、伯耆国(鳥取)の大山(だいせん)から伯耆坊が後任として入った――この対構造を、天狗研究の知切光歳が整理して示した。ゆえに大山伯耆坊と白峰相模坊は、つねに対で語られる。

お菊

お菊

伝説

おきく

皿屋敷のお菊

霊・亡霊兵庫県東京都

お菊は、家宝の皿一枚をめぐる嫌疑から井戸に沈められ、夜ごと井戸の底で「一枚…二枚…」と皿を数える女の亡霊である。播磨・姫路を舞台とする『播州皿屋敷』系と、江戸・番町を舞台とする番町皿屋敷系という二大系統をもち、累(かさね)・お岩と並んで近世怪談の代表的な女性怨霊に数えられる。播州系では、室町期の小寺(細川)家を簒奪せんとする青山鉄山の陰謀のなか、家来の町坪弾四郎が家宝の唐絵の皿十枚のうち一枚を隠し、腰元お菊に罪を着せて責め殺し井戸へ投じる。番町系では、旗本青山主膳の屋敷で女中お菊が皿を割り、あるいは主人の言い寄りを拒んで斬られ、井戸に沈められる。いずれも欠けた皿を数える反復の怪が核心にあり、足りぬ一枚に至って絶叫する話型が共有される。姫路城本丸下にはお菊井戸が現存し、地名・社祠・虫の名にまで伝説が根を張る。

送り雀

送り雀

珍しい

おくりすずめ

山道の凶兆鳴き・送り雀

山野の怪和歌山県

夜の山道で「チチチチ…」と鳴き、人の後を追うとされる怪鳥。提灯の灯りに寄るともいい、鳴き声の後に狼や送り狼が現れる前兆と恐れられた。姿は雀と伝えられるが、はっきり見た者はいない。鳴き声がアオジに似るとして「蒿雀」とも呼ばれるが、夜間に飛ぶ点から同一視を疑問視する説もある。地域によっては兎とする伝えもある。

送り提灯

送り提灯

珍しい

おくりちょうちん

本所夜道の先導灯・送り提灯

山野の怪東京都

夜道で提灯を持たぬ者の前に、ゆらめく灯が現れて先導するように進む怪異。近づけばふっと消え、離れるとまた現れ、決して追いつけない。江戸の本所七不思議の一つに数えられ、同趣の「送り拍子木」や、小田原提灯が人を惑わす「提灯小僧」と同類視される。害をなすより、人を翻弄し道行きを乱す性質が語られる。

送り拍子木

送り拍子木

珍しい

おくりひょうしぎ

夜回りに従う拍子木・送り拍子木

住居・器物東京都

江戸・本所界隈で語られる「本所七不思議」の一つ。夜回りの者が拍子木を打ち「火の用心」と唱えながら巡回すると、打ち終えた後にも同じ調子の拍子木が背後から響き、あたかも見えぬ何者かが送り伴うという怪談。静かな町並みでの反響とみる説もあるが、雨夜に打たずとも音がした例が伝えられ、不可思議として語り継がれた。

長壁姫

長壁姫

名妖

おさかべひめ

姫路天守の城神姫・長壁姫

人妖・半人半妖兵庫県

長壁姫(おさかべひめ)は、播磨国姫路城(兵庫県姫路市)の天守最上層に宿るとされる女の妖怪・城郭神で、小刑部姫(こおさかべひめ)・刑部姫・小坂部姫とも記される。城のある姫山(ひめやま)の地主神刑部大神(おさかべのおおかみ)の信仰を母胎とし、城の守護神でありながら人を退ける祟り神でもあるという両義的な性格を帯びる。江戸初期の怪談ではいまだ「姫」の像に定まらず、『諸国百物語』(延宝五年=一六七七年刊)では男女の別なく姿を変える城の化け物「城ばけ物」として描かれた。やがて『老媼茶話』や『甲子夜話』を経て、十二単をまとう高貴な女、あるいは老女の姿が定着していく。年に一度だけ城主と対面し、それ以外の者が天守へ上ることを嫌うと伝えられ、城主の行いに応じて吉凶をもたらすと畏れられた。その正体については、老いた狐の化身、姫山の地主神、築城のとき人柱となった女の変化、罪を得て世を去った高貴な姫君の霊など諸説が並び立ち、一つに定まらないところにこの妖怪の捉えどころのなさがある。

オサキ狐

オサキ狐

稀少

おさきぎつね

家筋にまとわる小狐・オサキ狐

動物変化埼玉県東京都

オサキ狐は、関東から甲信越にかけて語られた小狐の憑き物で、特定の家に代々つく「オサキ持ち」「オサキ筋」の観念と強く結びつく。姿は鼬や鼠ほどの小獣、尾の特徴を持つ狐、あるいは目に見えない狐霊として語られ、一定しない。しかし本質は姿ではなく、家にまとわりつく見えない所有物として想像された点にある。 オサキ狐は、家の繁栄と共同体の疑念を同時に生む狐霊である。持つ家は富むとされる一方、その富は不自然なものとして恐れられ、婚姻や交際で避けられることがあった。管狐や犬神と同じ憑き物信仰の一種だが、オサキは特に関東山地から甲信越の村落社会に根を張り、家筋への評判として働いた。狐が人を化かす一回の事件ではなく、「あの家には代々何かがいる」という長い記憶が、オサキ狐の棲み家なのである。 この狐を理解する鍵は、個体としての妖怪よりも「筋」としての持続にある。オサキは一夜の目撃で終わらず、家に代々つくものとして語られた。だから恐怖は遭遇の瞬間ではなく、血縁、婚姻、財産、評判の長い時間の中で増幅される。

長冠

長冠

稀少

おさこうぶり

保身固執の冠・長冠

住居・器物石燕『百器徒然袋』、冠の付喪神、漢籍故事からの創作

鳥山石燕『百器徒然袋』に描かれる冠の妖怪。束帯をまとい笏を手にし、頭部が巻纓冠となる姿で示される。石燕は、「東都の城門に冠を掛け去った賢人」の故事を引きつつ、保身に固執して冠を手放さぬ邪な人物の影が宿るものとして示唆する。冠という権威の象徴が、道義を失った心に付くと妖となるという教訓的意匠が核にある。

白粉婆

白粉婆

名妖

おしろいばばあ

雪夜の乞酒老女・白粉婆

人妖・半人半妖奈良県

顔に白粉を厚く塗り、破れ笠をかぶった老女の妖怪。雪道にも徳利を提げ杖を頼みに現れ、道行く者に酒を所望するという。人家の戸口に立ち、甘酒や清酒の匂いに惹かれて寄るとも言われる。応じれば祟らず、断れば夜更けまで戸を叩くなどの怪をなすとされ、寒村での冬季の戒めや来客応対の民俗観を映す存在として語られる。

落葉なき椎

落葉なき椎

珍しい

おちばなきしい

本所七不思議の落葉なき椎

自然現象・自然霊東京都

江戸時代、本所にあった平戸新田藩松浦家上屋敷の庭に、四季を通じて一枚の葉も落とさないと噂された椎の古木があり、「本所七不思議」の一つとして語られた。常緑樹であっても落葉はあるはずなのに全く散らないことが怪とされ、屋敷の者は不吉を感じて遠ざかったという。現地との比定や実木の伝承は諸説あるが、詳細は不詳。

お露

お露

伝説

おつゆ

牡丹灯籠のお露

霊・亡霊中国『剪燈新話』牡丹燈記が原典、浅井了意·円朝が翻案

お露(おつゆ)は、怪談『牡丹灯籠』のヒロインとして語り継がれる女の幽霊である。旗本飯島平左衛門の娘で、医者山本志丈の手引きで知り合った浪人萩原新三郎に一目で恋い焦がれるが、再会も叶わぬまま恋の病で世を去ったとされる。死してなお想いを断ち切れず、毎夜牡丹の灯籠を提げた侍女お米(およね)を伴い、下駄の「カランコロン」という音を響かせて新三郎のもとへ通うという。その正体が死霊と知れたのち、新三郎は海音如来の札と金無垢の仏像で家を結界するが、隣家に住む伴蔵・お峰の夫婦が幽霊側に買収されて札を剥がし、新三郎はついに取り殺され、髑髏に抱きつかれた姿で白骨と化して発見されると語られる。生者の側ではなく死者の側に強く感情移入させる構成ゆえに、お露は「祟る幽霊」よりも「恋に殉じ、なお恋い続ける幽霊」として記憶され、四谷怪談のお岩、皿屋敷のお菊と並んで近世怪談を代表する女幽霊の一人に数えられる。

おとろし

おとろし

名妖

おとろし

前髪に顔覆う・おとろし

総称・汎称江戸期妖怪絵巻発祥の語呂先行の怪。鳥居上の図像から近代に意味が後付けされ、一次伝承の裏づけを欠く

江戸期の妖怪絵巻に見える、長い乱れ髪に全身を覆われ、前髪で顔を隠した毛むくじゃらの怪。佐脇嵩之『百怪図巻』や鳥山石燕『画図百鬼夜行』に描かれるが、図像のほかに説明文はなく、性質も由来も本来は不詳である。名称は資料ごとに揺れ、『百怪図巻』『化物絵巻』では「おとろし」、『化物づくし』では「おどろおどろ」、『百鬼夜行絵巻』では「毛一杯(けいっぱい)」と記される。多田克己は、『化物づくし』で「おとろ〱」と踊り字を用いた表記が「おとろし」と誤読されたものと指摘し、「おどろおどろし(気味が悪い)」と関西方言「おとろし(恐ろしい)」とは意味上の差が小さいとする。村上健司は、棘のように乱れた「棘髪(おどろがみ)」の語感も名に重なるとみる。怖さと乱れ髪の語感が幾重にも畳み込まれた、語呂先行の妖怪といえる。

踊り首

踊り首

珍しい

おどりくび

宙を舞う怨念首・踊り首

霊・亡霊兵庫県

踊り首は、人の首だけが宙を漂い現れる亡霊の一種。落ち武者や女性など、強い怨念や愛情の執着を残して死んだ者の首が胴から離れ、時に巨大化して古寺や寂れた場所に出没し、生者を威嚇する。古書や奇談に断片的記録が見られ、首が夜空を飛び交う、口を開いて笑う、うめくなどの描写があるが、具体的な起源や一個の定型譚は少ない。

鬼

伝説

おに

角と虎皮褌の鬼

鬼・巨怪京都府

鬼は、頭に角を生やし、口に牙を持ち、虎の皮の褌をまとう異形として描かれる、日本の怪異の代表的な総称である。語源は目に見えぬものを意味する「隠(おぬ・おん)」に由来するとされ、本来は形を持たぬ邪気や死霊を指したと考えられている。仏教が伝わると地獄で亡者を責める牛頭・馬頭や夜叉・羅刹のイメージが重なり、さらに陰陽道で北東を鬼の出入りする鬼門(丑寅)とする観念が結びついて、牛の角と虎の皮という現在の像が成立したと説かれる。地獄の獄卒、節分で追われる邪鬼、山に棲む酒呑童子型の大鬼まで、性格も役割も多層的で、恐怖と畏怖の両面を担う存在である。

鬼熊

鬼熊

珍しい

おにくま

木曽谷の直立老熊・鬼熊

動物変化長野県北海道

鬼熊は、木曽谷に伝わる老いた熊が妖怪化した存在。人前に姿を現すことは稀だが、夜更けに山から里へ降り、直立して歩き牛馬をさらって山中で食らうとされる。力は常人離れして強大で、大石を谷へ落とすなどの怪力譚が語られる。江戸期の奇談集『絵本百物語』に記述があり、近世以降の妖怪図会でも言及される。地域により猛熊の異称としても用いられた。

鬼一口

鬼一口

珍しい

おにひとくち

蔵で人を一口・鬼一口

鬼・巨怪大阪府

鬼一口(おにひとくち)は、鬼が人を一口で食い殺す事象を指す語であり、特定の妖怪個体というより、説話に繰り返し現れる「鬼の喰人(しょくじん)」の話型・現象名として語られてきた。平安期の歌物語や説話集に多く見え、なかでも『伊勢物語』芥川段の、雷雨の夜に蔵へ隠れた女が鬼に一口で喰われる挿話が最も名高い。 この語が喚起するのは、人が一瞬で跡形もなく消える、その不条理な暴力性である。鬼は姿を見せず、悲鳴は雷鳴に掻き消され、夜が明ければただ人がいないという結末が、鬼一口の説話に共通する。喰うという行為が具体的に描かれることはむしろ少なく、「気づけば喰われていた」という不在の確認によって怪異が成立する点に、この話型の特徴がある。 戦乱・災害・飢饉の時代に頻発した失踪や変死は、しばしば異界からの介入として説明され、鬼一口はその説明枠組みの一つであった。後世には鳥山石燕が妖怪画にこれを描いたと伝えられ、「鬼一口」の名は近世以降に妖怪の一項として定着していった。

お歯黒べったり

お歯黒べったり

稀少

おはぐろべったり

黒歯の花嫁面・お歯黒べったり

人妖・半人半妖東京都

お歯黒べったりは、花嫁や若い女の姿で現れ、顔を隠して近づいた者に、目も鼻もない白い顔と、黒く染まった歯だけが目立つ大きな口を見せる妖怪である。名の「お歯黒」は鉄漿で歯を黒く染める習俗を指し、「べったり」はその黒さが口もとに貼りつくように強調された語感を持つ。『絵本百物語』に見えるこの怪は、婚礼装束の美しさと、顔の欠落が一瞬で反転する視覚妖怪として読むとよい。 お歯黒そのものは、単なる怪異の印ではなく、婚姻・成人・身分・女性の装いと結びついた歴史的な化粧文化であった。原三正『お歯黒の研究』は、鉄漿を民俗・身体装飾の対象として扱う研究書であり、この妖怪を読むうえで、黒い歯がただ不気味なのではなく、かつては美と社会的成熟の記号でもあったことを思い出させる。お歯黒べったりの怖さは、その記号が過剰になり、顔のほかの部品を消してしまうところにある。 のっぺらぼうが「顔がない」恐怖を前面に出すなら、お歯黒べったりは「口だけがある」恐怖を押し出す。顔を隠した女に声をかける、あるいは美しい花嫁だと思って近づく。その期待がほどけた瞬間、目で見返す相手はいないのに、黒い口だけがこちらを飲み込むように笑う。美、婚姻、礼装、恥じらいといった社会的な記号が、無貌と黒歯の怪へ転じる。その落差こそが、この妖怪の核心である。 また、この妖怪は「未婚の女の恨み」といった説明だけへ閉じ込めるより、江戸後期の読者が共有していた化粧・婚礼・顔を見る礼法を、怪談絵本がどう反転させたかを見るほうが深く読める。黒い歯は本来、白い顔を引き立てる装いの一部でもあった。そこから目鼻を消し、黒歯の口だけを残すことで、お歯黒べったりは美の記号をそのまま恐怖の記号へ反転させている。

朧車

朧車

稀少

おぼろぐるま

朧夜に軋む車争い・朧車

住居・器物京都府

朧車は、江戸時代の画家・鳥山石燕が『今昔百鬼拾遺』に描いた牛車の怪。おぼろ夜に軋む車音とともに現れ、牛車の簾の位置に巨大な顔が嵌るように覗く姿で示される。由来は平安の「車争い」に伴う怨みの顕現と解され、宮中行事や加茂の祭礼にまつわる因縁と結び付けられる。百鬼夜行譚との関連も指摘され、器物怪の一類として位置づけられる。

思金神

思金神

神格

おもいかねのかみ

岩戸の策を立てる知恵神・思金神

神霊・神格長野県埼玉県

思金神(おもいかねのかみ)は、天岩戸の危機で八百万の神々の合議を作戦へ変えた知恵の神である。『古事記』天の石屋②では、天照大御神が天石屋戸に隠れ、万の災いが起こった時、八百万の神々が天安河原に集まり、高御産巣日神の子、思金神に思案させたと記す。思金神は単に「賢い神」ではない。常世の長鳴鳥を鳴かせ、天の堅石と天の金山の鉄を用意し、鏡作り、玉作り、鹿骨による卜占、真賢木への鏡・玉・布の奉献、祝詞、天手力男神の潜伏、天宇受売命の舞までを一つの祭祀劇として組み上げる。國學院大學の注釈は、この神名が『日本書紀』一書にいう「思慮の智有り」に由来することを示し、思金神が祭具を調備させる決定を下した神であると整理している。さらに天孫降臨②では、思金神は常世思金神として手力男神・天石門別神とともに三種の神宝へ副えられ、天照大御神の鏡を祀る「前の事」を取り持って政を行う神となる。戸隠神社中社では天八意思兼命として祀られ、岩戸神楽を創案して岩戸を開くきっかけを作った神とされる。秩父神社でも八意思兼命を祭神とし、政治・学問・工業・開運の祖神とする。怪異化した闇を解くために、知恵、技術、祭祀、人員配置を統合する「作戦の神」である。

女天狗

女天狗

珍しい

おんなてんぐ

緋袴に翼の・女天狗

山野の怪東京都山梨県

女天狗は、天狗のうち女性とされる存在。長髪に眉墨・紅・白粉を施し、鉄漿で歯を染め、緋の袴や薄衣をまとう姿に描かれる一方、背に翼を持つとされる。古典には尼僧が堕して尼天狗となる話が見え、天狗世界に女性がいるかは史料で見解が分かれる。川天狗に女性的な像が語られる地域もあるが、詳細は不詳。

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