画図百鬼夜行

画図百鬼夜行

50体の妖怪
テーマ別

安永5年(1776年)に鳥山石燕が刊行した妖怪画集。全3巻(前篇陰・前篇陽・前篇風)からなり、「百鬼夜行」の名を冠する最初の作品とされる。 本書は各丁に妖怪を一体ずつ描き名を添える形式で、いわば妖怪図鑑のような構成が特徴。従来の『百鬼夜行絵巻』のように群像を描くのではなく、妖怪を個別に示している点が新しい。 河童・天狗・猫又・狸・狐といった著名な妖怪のほか、鉄鼠や黒塚の鬼婆、『古今百物語評判』(1686年)に登場する垢嘗・釣瓶火・鎌鼬なども収録。また幽霊・生霊・死霊を別々の構図で描くなど独自性が見られる。石燕は『化物づくし』や『百怪図巻』などの先行絵巻も参考にしたと考えられる。 石燕の妖怪画集4作(『画図百鬼夜行』『今昔画図続百鬼』『今昔百鬼拾遺』『百器徒然袋』)のうち最初に刊行されたもので、現在では総称して「画図百鬼夜行シリーズ」と呼ばれる。なお奥付には「後編」の予告があるが刊行されず、代わりに『今昔画図続百鬼』が後編に相当するとされる。

更新: 2026/1/12
画図百鬼夜行百鬼夜行鳥山石燕

収録妖怪

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全 57 枚のカード — 浮世絵、現代日本…

木霊

木霊

名妖

こだま

山原のキーヌシー・木霊

山野の怪東京都沖縄県

木霊(こだま)は、樹木に宿るとされる精霊で、その精が宿った樹そのものを指すこともある。古信仰では百年以上の年輪を重ねた老樹に神霊がこもると考えられ、山や谷で声を投げると遅れて同じ声が返る「山彦(やまびこ)」の現象も、木霊が応えるものと捉えられた。源を辿れば木の神格の余映であり、『古事記』では木の神とされる久々能智神(ククノチ)を木霊と解する見方があり、平安期の辞書『和名類聚抄』には樹神の和名として「古多万(こだま)」の語が記される。一方『源氏物語』には「鬼か神か狐か木魂か」「木魂の鬼や」とあって、当時すでに木霊を妖怪に近いものと見る感覚があったことがうかがえる。外見はごく普通の樹木と変わらないが、不思議な力を帯び、不用意に伐ろうとすれば祟るとされた。鳥山石燕は『画図百鬼夜行』に「木魅」と題し、百年を経た木に神が宿って姿を現すとして、老木の傍らに立つ老いた男女の姿を描いている。「木霊」「木魂」「谺」などと表記され、音の反響を指す「こだま」と樹の精を指す「こだま」は同じ語に重なり合い、自然の声と樹木の魂が一体に捉えられてきた。

天狗

天狗

伝説

てんぐ

天狗とは何か――類型と図像の総論

山野の怪京都府滋賀県

天狗は、日本の山岳に棲むとされる妖怪にして神格的存在であり、修験道の山伏と分かちがたく結びついてきた山の主である。その姿には大きく二つの系統がある。ひとつは赤ら顔に高い鼻、山伏の装束をまとい羽団扇と一本歯の高下駄を具えた鼻高天狗、いまひとつは鴉のくちばしと翼をもつ烏天狗で、さらにその下に木の葉天狗・木っ端天狗といった下位の眷属が連なる。古くは鳶(とび)のごとき鳥の姿で観念されたものが、中世を通じて長鼻の山伏像へと固まっていった。 天狗は仏法を妨げる魔でありながら、調伏されれば仏法を護る護法神に転じる――この両義性が天狗の本質である。慢心した高僧が堕ちて天狗になるという観念は、仏教の説く「天狗道」と結びつき、鎌倉末の絵巻にも風刺として描かれた。一方、山岳信仰のなかでは山の守護者・武芸と法力の達人として畏敬され、修行者を試し、あるいは導く存在とされた。京都の鞍馬山や愛宕山をはじめ、諸国の霊山にはそれぞれの大天狗が座すと伝えられ、近世の『天狗経』はその総数を四十八に数え上げている。

山姥

山姥

伝説

やまんば

深山の老婆・山姥

山野の怪神奈川県

山姥(やまうば・やまんば)は、深山に棲むと伝えられる老女の姿をした怪。長い白髪を乱し、口が耳まで裂けた鬼婆として描かれる一方、山の幸を授け富をもたらす「山母」としても語られ、人を喰う恐ろしさと福徳を与える慈悲との二面を併せ持つ。鳥山石燕『画図百鬼夜行』や佐脇嵩之『百怪図巻』は、子を抱き、あるいは髪を振り乱した山中の老女としてその像を伝える。坂田金時(金太郎)の母とする近世の伝承でも知られ、単なる人喰いの鬼にとどまらない複雑な性格を帯びる。

犬神

犬神

伝説

いぬがみ

憑物筋の犬神

動物変化徳島県高知県

犬神は西日本を中心に分布する犬霊の憑き物で、狐憑き・管狐などと並ぶ強力な憑霊とされた。四国、とくに徳島・高知・愛媛などで本場視され、島根・山口から九州、薩南諸島や沖縄にも分布する。家筋に憑き続ける「犬神筋」の観念が強く、婚姻に際して家筋が調べられるなど、通婚忌避や差別と結びついた負の社会史を伴った。姿はハツカネズミほどの斑のある小獣とする説が主で、鼬状・蝙蝠状など地域差が大きい。

猫又

猫又

伝説

ねこまた

古猫変化の二股尾・猫又

動物変化栃木県

猫又(ねこまた)は、日本の妖怪のなかでも最も広く知られ、かつ最も複雑な変遷を辿った怪異の一つである。その姿は、歳月を経て巨大化した獣、あるいは尾が二股に裂けた怪猫として描写される。この妖怪の概念には二つの明確な系譜が存在し、一つは鎌倉期の文献に見える「山中に棲む恐ろしい猛獣としての猫又」、もう一つは江戸期以降に定着した「人家で長年飼われた老猫が化けた家妖としての猫又」である。日本の民俗信仰において、ネコは魔性や霊力を秘めた存在と見なされることが多く、その境界を越えた者への畏怖が、この二股の尾を持つ妖怪の姿に結実した。

河童

河童

伝説

かっぱ

川辺の皿頭・河童

河童は、川や池、沼などの水辺に棲むとされる、日本でもっとも名高い妖怪の一つである。背丈は四、五歳の子どもほどで、頭の上に水をたたえた皿(さら)をいただき、背に甲羅、口は嘴(くちばし)、手足には水かきをもつ。体は緑や赤がかった色で、生臭いともいう。この頭の皿こそが力の源で、皿の水がこぼれたり乾いたりすると、たちまち力を失うと信じられてきた。それゆえ、河童に深くお辞儀を返させて皿の水をこぼさせ、捕らえるという知恵も語り継がれた。 河童には、人や馬を水へ引きずり込んで命を奪う恐ろしい一面と、約束を固く守り、相撲を好み、ときに接骨の妙薬を伝える律儀な一面とがある。全国に広く分布し、土地ごとにガラッパ、メドチ、エンコウ、ヒョウスベなど、八十をこえる呼び名をもつ。日本の妖怪のなかでも、これほど深く地域に根を張った存在は珍しい。

カワウソ

カワウソ

名妖

かわうそ

夜道で火消す化け獺・カワウソ

動物変化高知県徳島県

カワウソ(獺)は川や沼に棲む獺が年を経て妖力を得たものと見なされ、人語を解し変化の術に長けるとされる動物変化である。漢字「獺」には捕えた魚を岸に並べる習性を祭祀になぞらえた「獺祭魚」の故事があり、古来この獣が人智に近い知恵をもつと感じられてきた背景をうかがわせる。室町期の国語辞書『下学集』(文安元年)には「獺老いて河童となる」との一文が見え、北陸・紀州・四国などではカワウソそのものを河童の一種として妖怪視する伝承が広く分布する。江戸期の本草書を引く『和漢三才図会』も獺の項に水辺の知略ある獣として性状を載せる。妖怪としてのカワウソは夜道で提灯の火を消し、美女や子ども、僧に化けて人を惑わすが、その変化はどこか抜けたところがあり、問答のずれや言葉の訛りから正体が露見する話型が各地に共通して残る。狐狸と並ぶ「化け獣」として恐れられる一方、間の抜けた応答ゆえに愛嬌ある妖怪として語られもした。

垢嘗

垢嘗

名妖

あかなめ

夜の風呂場に潜む垢嘗

住居・器物文献・絵巻発祥(『古今百物語評判』『画図百鬼夜行』)。在地伝承・出現地不詳

古い風呂屋や荒れた屋敷の湯殿に現れるとされる妖怪。ざんぎり頭の童子の姿に描かれ、長い舌を垂らし、足には鉤爪を備える。人の寝静まった夜更けに音もなく忍び入り、桶や板壁、簀の子、流しにこびり付いた垢や水垢、黴を、その長い舌で丹念に舐め取るという。人を襲い害をなすという筋立ては本来の伝承には乏しく、むしろ出現そのものが、手入れを怠った湯殿の不浄の兆しと受け取られた。垢を舐めるという即物的で生々しい所業ゆえに、おどろおどろしい恐怖よりも、どこか滑稽味を帯びた身近な怪として語られてきた。別名に垢舐・垢ねぶりがあり、文献によっては嬰児に似た姿とも記される。鳥山石燕『画図百鬼夜行』に描かれた長舌の怪童の図像が広く流布の基となったが、石燕本には詞書(解説文)が一切付かず、性質や由来は語られないまま、姿だけが先行して知られていった妖怪である。後世にはこの姿絵をもとに、湯殿を清潔に保つべしという生活上の戒めと結び付けて理解されるようになった。

鎌鼬

鎌鼬

伝説

かまいたち

辻風に裂く鎌鼬

動物変化新潟県長野県

鎌鼬は、つむじ風(辻風)に乗って現れ、人の肌を刃物で払ったように切り裂くとされた怪で、雪深い信越・東北・北陸を中心に伝わる。切られた直後は痛みも出血も乏しい、あるいは後から痛みと血が出るなどと語られた。江戸期以降は鎌の爪を持つ鼬の姿で描かれ、鳥山石燕『画図百鬼夜行』では中国の怪獣「窮奇」の名に「かまいたち」の訓を当てている。冬の季語としても用いられる。

網切

網切

稀少

あみきり

蚊帳を切る鋏手・網切

総称・汎称特定伝承地なし

網切(あみきり)は、鳥山石燕の『画図百鬼夜行』に「網剪」として描かれた妖怪である。鋏のような前肢を持ち、蟹や蠍を思わせる輪郭で水辺の生き物めいて見えるが、石燕の画中には詳しい詞書が添えられていない。そのため、網切は「古くから各地で語られた妖怪」というより、絵から性質を読み解かれてきた妖怪と見るほうが正確である。名は「網を切るもの」を直に思わせ、後世には蚊帳・漁網・干し網を夜のうちに裂く怪として説明されることが多い。一方で、佐脇嵩之『百怪図巻』やBYU所蔵『Bakemono no e』に見える髪切りは、鋏状の手で人の髪を切る妖怪として描かれる。網切はその髪切りと形や語感を響き合わせながら、「髪」ではなく「網」を断つものとして読まれてきた図像妖怪といえる。

釣瓶火

釣瓶火

珍しい

つるべび

樹上に下る怪火・釣瓶火

自然現象・自然霊京都府

釣瓶火は、夜道の樹上から井戸の釣瓶のように上下する怪火である。鳥山石燕『画図百鬼夜行』に図像が見え、京都西岡周辺で語られた「釣瓶おろし」の怪火を典拠とする解釈がある。四国・九州では木の精が青白い火球となって枝にぶら下がるとされ、炎は物を焼かず、時に人獣の顔が浮かぶという。山道に静かに現れる怪火の一種とみなされ、目撃譚が各地に伝わる。

ふらり火

ふらり火

稀少

ふらりび

無縁仏の炎鳥・ふらり火

自然現象・自然霊出自不詳 ── 鳥山石燕『画図百鬼夜行』の怪火

ふらり火は、江戸期の妖怪画に描かれた怪火で、炎に包まれた鳥の姿として示される。鳥山石燕『画図百鬼夜行』の画は顔がインド神話の迦楼羅を思わせ、佐脇嵩之『百怪図巻』や作者不詳『化物づくし』にも作例が見られる。いずれも解説文は乏しく性状は明確でない。一般には供養を受けぬ霊が彷徨い、火として顕れる現象と解され、異形の鳥面はその象徴的表現とされる。

姥ヶ火

姥ヶ火

名妖

うばがび

枚岡の油盗み怪火・姥ヶ火

自然現象・自然霊大阪府京都府

姥ヶ火は、雨夜などに現れる怪火で、主に河内国の枚岡や丹波国の保津川流域に伝承が残る。大きさ一尺ほどの火の玉として飛び、時に老女の顔や鳥の姿を見せると語られる。枚岡神社の灯油を盗んだ老女の祟りが怪火となったとされ、鳥山石燕『画図百鬼夜行』をはじめ古書や絵巻にも記録が見える。人の肩をかすめると不吉をもたらすという。

火車

火車

名妖

かしゃ

葬列を襲う化け猫・火車

霊・亡霊岩手県群馬県

葬式・葬列や墓場に現れ、棺や亡骸を奪うとされる妖怪。近世初期には地獄の獄卒や雷神の所為として語られ、黒雲や雷とともに死体をさらうとされた。語の本義は悪人を地獄へ運ぶ仏教の「火の車」に由来するが、のちに猫又伝承と習合し、老いた猫が火車となって遺骸を狙うとする説が広まった。善悪の応報に必ずしも限定されず、葬送の怪として全国で事例が報告される。対策として刃物・数珠・盛土や夜伽の見張りなどが伝わる。

海座頭

海座頭

稀少

うみざとう

波上に立つ琵琶座頭・海座頭

水の怪石燕『画図百鬼夜行』、海上の盲僧、解説文なしの絵巻発祥

海座頭(うみざとう)は、江戸期の妖怪画にみえる海上の座頭(盲僧)の姿をとる妖怪である。鳥山石燕『画図百鬼夜行』や、熊本県八代の松井文庫が所蔵する『百鬼夜行絵巻』に描例があるが、いずれも解説文を欠き、性質や由来は明らかでない。琵琶と杖を携え、波の上に立つ姿が特徴で、海上に現れる怪異として海坊主に通じる像と解されることもあるが、詳細は不詳とされる。

高女

高女

名妖

たかおんな

二階窓を覗く伸び女・高女

住居・器物石燕『画図百鬼夜行』、吉原遊女図像、画集発祥

鳥山石燕『画図百鬼夜行』に描かれる女妖。建物の二階ほどまで下半身を伸ばし、窓を覗きこむ姿で知られるが、原図に解説はなく正体や性質は不詳。後世には遊女屋の二階を脅かすなどの解釈が付されたが、史料上は絵画的提示が中心で、具体的な逸話や名称の由来は定まっていない。高所を窺う異形として象徴的に語られる。

手の目

手の目

珍しい

てのめ

両掌に眼ある座頭・手の目

山野の怪京都府

『画図百鬼夜行』(安永5年・1776)に鳥山石燕が描いた妖怪で、剃髪に琵琶を負う座頭(盲人)の姿をとりながら、両の眼が顔ではなく左右の手のひらに開いている。石燕は本図に詞書を付さず来歴を語らないため、その造形が何に拠るかは図そのものから直接たどることができない。画面は枯薄(かれすすき)の生い茂る荒野に月をあしらい、男はわずかに腰をかがめ、目を開いた両掌を前へ差し出して闇のなかを探るように描かれる。類似の図像は天保期の『百鬼夜行絵巻』(松井家本)に「手目坊主(てめぼうず)」として見え、佐脇嵩之系の『化物づくし』にも近い作例があり、石燕の手の目から派生したものとみられる。研究者の多田克己は、手のひらに目をもつ図像を、賭場のいかさまや欺きを見破る「手の内を見る」といった言葉遊び・縁起の視覚化として読み解いている。いずれにせよ手の目は、確かな口承の裏づけよりも、近世絵画の趣向と説話断片とが結びついて成った妖怪と位置づけられる。

ろくろ首

ろくろ首

伝説

ろくろくび

飛頭蛮・抜け首(小泉八雲解釈版)

人妖・半人半妖日本全国 ── 特定地を持たない人里の怪

ろくろ首(ろくろくび)は、夜間、就寝中に首が異常に長く伸びる、あるいは胴体から完全に離れて空を飛び回るという、日本を代表する有名な妖怪である。現代では「ろくろ首=首が伸びる妖怪」というイメージが定着しているが、民俗学的には、首が胴体から離れて飛ぶ「抜け首」こそが本来の姿であるとされる。この原型は、古代中国の奇書『捜神記』などに記された「飛頭蛮(ひとうばん)」という異国の妖怪が日本に伝来したものである。 妖怪研究における最大の面白さは、なぜ「飛ぶ」から「伸びる」へ変化したかという点にある。江戸時代の絵巻物で、抜け首と胴体を繋ぐ「霊的な細い糸」が描かれた際、大衆がそれを「細長く伸びた首そのもの」だと視覚的に誤認したことが、「伸びるろくろ首」誕生の決定的な契機となったという説が有力である。伝承の多くにおいて、ろくろ首は生来の化け物ではなく、人間の女性が「離魂病(魂が肉体を抜け出す病)」や業(ごう)の深さゆえに無自覚のまま引き起こしてしまう悲劇的な怪異として語られている。

雪女

雪女

伝説

ゆきおんな

雪国の夜の白霊・雪女

自然現象・自然霊岩手県

雪深い夜、吹雪とともに現れる白衣の女の妖怪。色白で背が高く、白い裳裾を雪に引いて立ち、人に息を吹きかけて凍てつかせ、あるいは精を奪うとされる。雪そのものが化した精、または雪山で行き倒れた者の霊とも語られ、豪雪地帯を中心に本州各地へ広く伝わる。地域により雪女郎・雪女房・つらら女・しがま女房などと呼び名を変え、富山ではユキオン、愛媛吉田ではユキンバとも称される。雪国の畏れと美しさが結んだ、最も名高い雪の怪である。

生霊

生霊

伝説

いきりょう

嫉妬離魂の生霊

霊・亡霊生きた人の魂が抜け祟る汎日本的観念、『源氏物語』六条御息所

生霊は、生きている人間の魂が肉体を離れてさまよい出る在り様、またその遊離した霊が他者に取り憑く現象をいう。死者の霊である死霊に対する語で、強い恨み・嫉妬・恋慕、あるいは臨終間際の念といった激しい情動が引き金となり、本人の意識を超えて魂が抜け出し、対象に病や災いをもたらすと信じられた。憑かれた側が床に臥して衰える一方、抜けた当人もまた茫然と気を失うとされ、加害と自失が同時に起こる点に、死霊とは異なる生霊独特の不気味さがある。 魂が身を離れるという離魂の観念は、自我の影身・影法師として現れる影の病の伝承とも重なる。意図せず情念に駆られて遊離する受動的な形のほか、丑の刻参りのように呪詛の作法を通じて魂を意識的に相手へ差し向ける能動的な形も語られた。平安貴族の物語から近世庶民の俗信、各地の方言伝承に至るまで記録の幅は広く、生者の心の闇がそのまま身を離れて他者を害するという、人の念の恐ろしさを映す観念として受け継がれてきた。

見越入道

見越入道

名妖

みこしにゅうどう

見上げて伸びる入道・見越入道

鬼・巨怪東京都埼玉県

夜道や坂の突き当たり、四つ辻、石橋、木の上などに現れる入道姿の怪異。見上げれば見上げるほど巨大化し、恐れに囚われた者を脅かす。対処は「見越した」「見抜いた」と唱える、あるいは落ち着いて頭から足へと見下ろすなどが知られる。正体は一定せず、『宿直草』ではタヌキの変化、福島県南会津郡檜枝岐村ではイタチ、信濃ではムジナとするなど、地域によって動物の化生説が伝わる。『宿直草』『煙霞綺談』『古今百物語評判』など江戸期の怪談・随筆にも見える著名な類型で、緋衣をまとい一丈に及ぶ姿を語る『煙霞綺談』のように大入道と重なる記述も多く、地方では両者を混同して伝える。

塗仏

塗仏

名妖

ぬりぼとけ

仏壇より出る垂目僧・塗仏

住居・器物出自不詳 (無詞書・絵姿先行型)

江戸期の妖怪絵巻に見える黒い僧形の怪。全身が墨を塗ったように黒く、両の眼球が飛び出して下方へ垂れ下がるという異形の貌で描かれる。背に長い髪のようなもの、あるいは魚の尾びれめいたものが添えられる作例もある。佐脇嵩之『百怪図巻』(元文2年・1737年)に先行作例があり、鳥山石燕『画図百鬼夜行』にも採られた。ただしいずれの資料にも詞書(解説文)が一切付かず、どのような妖怪を意図して描いたものかは本来不明である。石燕本では仏壇の内から這い出る構図で描かれ、これが「塗仏」の名を仏に重ねて理解させる手掛かりとなったが、仏壇を描き添えたのは石燕本のみで、その配置が石燕自身の連想によるものか、当時一般に共有された観念なのかは判然としない。後年は仏壇や仏具に宿る霊の怪、あるいは手入れを怠った仏壇への戒めと解されることもあるが、いずれも史料上の確証を欠く、絵姿が先行した妖怪である。

磯女

磯女

名妖

いそおんな

凪戒めのヨロヅナセノ・磯女

磯女(いそおんな)は、九州北西部の沿岸(天草・島原・対馬・加唐島ほか)に出没する女の海怪である。砂浜や磯辺、停泊中の舟に近づき、長い髪で人にまとわりついて血を吸うと伝えられる。上半身は美しい女に近いが、下半身は朧ろであるとも蛇状ともいい、背後から見れば岩にしか見えないとも語られる。名は土地により磯女子・濡女子・海女・海姫など多様で、凪の折に姿を見せ、水死者の怨霊と結び付けられる地域もある。同じ海辺の怪である牛鬼と対をなして現れるとする土地も伝わる。

ぬらりひょん

ぬらりひょん

伝説

ぬらりひょん

妖怪総大将のぬらりひょん

人妖・半人半妖岡山県

ぬらりひょんは、後頭部が大きく伸びた禿げ頭の老人が、上品な着物や羽織をまとった姿で描かれる妖怪である。今日では「妖怪の総大将(妖怪の親玉)」として広く認知されているが、実はこの設定は昭和から平成にかけての創作やアニメ作品を通じて定着したものであり、古典の伝承に基づくものではない。元々は江戸時代の妖怪絵巻に名前と絵図だけが描かれ、長らく「何をするのか、どんな妖怪なのか、能力も正体も一切不明」というミステリアスな存在であった。一方で、岡山県の瀬戸内海沿岸(備讃灘)などには、海に浮かぶ正体不明の球状の妖怪(海坊主の一種)を「ぬうりひょん」と呼ぶ民間伝承が存在する。一般的には、江戸の絵師がこの滑稽な響きを持つ地方の妖怪の名前を、全く関係のない「謎の老人」の絵に当てはめたものが、現在のぬらりひょんのルーツであると考えられている。「どこの妖怪か」と問われれば、名前は岡山生まれ、姿は京都・江戸の絵師作というハイブリッドな成り立ちを持つ。時代と共に「正体不明の老人」から「他人の家に上がり込む図々しい妖怪」、そして「妖怪たちを統べる強大な首領」へと、メディアの変遷とともに最も劇的な出世と変化を遂げた稀有な妖怪である。

苧うに

苧うに

稀少

おうに

山の苧束毛の鬼女・苧うに

山野の怪石燕『画図百鬼夜行』、先行絵巻を写し苧うにと命名、創作

鳥山石燕『画図百鬼夜行』に描かれる毛むくじゃらの鬼女風の妖怪。口が耳まで裂け、全身の毛が束ねた苧(からむし・麻の繊維)を想起させることから名が付いたとされる。石燕の図には解説文がなく性質は不詳。先行する絵巻『百怪図巻』などに類似の図像(「わうわう」「うわんうわん」)があり、その系譜に連なる図像的妖怪として理解される。

青坊主

青坊主

稀少

あおぼうず

山野の一つ目法師・青坊主

総称・汎称長野県

青坊主は各地で名が記録される妖怪の総称で、姿や性質は一定しない。大きな坊主姿、青い体色の法師、あるいは一つ目の法師として語られることが多い。鳥山石燕『画図百鬼夜行』は草庵のかたわらに立つ一つ目の法師として描くが解説文はなく、詳細は不明で、佐脇嵩之『百怪図巻』などの「目一つ坊」を原案とするとの指摘がある。「青」が未熟を意味することから、修行の足りぬ坊主を妖怪化したものとする説もある。動物の化身とされる例、山の神と結びつく例、子どもの戒めに用いられる例など、多様な伝承像を含む。

赤舌

赤舌

名妖

あかした

水門上の黒雲大舌・赤舌

総称・汎称石燕『画図百鬼夜行』、六曜赤口の語呂、絵巻発祥

江戸期の絵巻や双六に見られる妖怪名。黒雲から毛深い顔と大きな舌、爪ある手がのぞく図が通例で、全身像や性質は記述不詳。鳥山石燕『画図百鬼夜行』では水門上に描かれるが解説は付かない。同時代の絵双六『十界双六』や『百鬼夜行絵巻』にも名が見え、近似の図様「赤口」も諸絵巻に描かれる。名称は陰陽道の赤舌神・赤舌日との関係が指摘されるが確証はない。

ぬっぺふほふ

ぬっぺふほふ

名妖

ぬっぺふほふ

一頭身の皺肉塊・ぬっぺふほふ

総称・汎称江戸期絵巻発祥で筋立てある古説話を欠く肉塊妖。駿府城肉人や廃寺出没は昭和以降の付会で一次史料に乏しい

鳥山石燕の『画図百鬼夜行』(安永5年・1776年)や、佐脇嵩之の『百怪図巻』(元文2年・1737年)などの妖怪絵巻に描かれる、一頭身で皺だらけの肉塊のような妖怪。顔と体の区別が曖昧で、目・鼻・耳をはっきりと欠くものとして記される。石燕本では「ぬっぺふほふ」と表記されるが、先行・並行する諸絵巻では「ぬっぺっぽう」と出るのが本来で、両者の名は本来別系統だとする指摘もある。絵巻には名と図が示されるのみで解説の文を欠き、その性質や来歴は判然としない。名称の語感や姿の類似から、のっぺらぼうの古い形・一類として言及されることが多い。妖怪研究家の多田克己は、人に近づくときは姿を取り繕い、油断したところで醜い正体を現す「だまし」の怪としてその本質を読み解いている。

牛鬼

牛鬼

伝説

うしおに

牛頭蜘蛛体の海鬼・牛鬼

動物変化愛媛県高知県

牛鬼(うしおに)は、主に西日本の海岸や淵、山間部に現れるとされる、日本妖怪の中でも屈指の獰猛さと霊格を持つ存在である。姿は「牛の頭に鬼の胴」あるいは「蜘蛛の胴体に牛の首」など多様な異形として描かれる。古くは平安時代の『枕草子』において「おそろしきもの」として名指しされており、古来より人々に深く畏怖されてきた。その本質は、無差別に人を喰らい毒気を撒き散らす「残忍な悪鬼・疫病神」としての顔と、祭礼において神輿を先導し悪魔祓いを行う「強力な守護神」としての顔という、極端な両義性(善悪の二面性)を併せ持つ点にある。文献上の怪異から、地域の民俗信仰・芸能の対象へと変遷を遂げた、民俗学的に極めて重要な妖怪である。

うわん

うわん

名妖

うわん

廃屋でうわんと叫ぶ・うわん

住居・器物出自不詳 ── 江戸期妖怪絵巻にのみ見える廃屋の音怪

うわんは、江戸期の妖怪画に見られる正体未詳の妖怪。佐脇嵩之『百怪図巻』や鳥山石燕『画図百鬼夜行』に、鉄漿を付けた人物風の姿で両手を挙げ、声で脅かすように描かれる。解説文は付されず来歴は不明だが、屋敷の塀や廃屋の背景から「屋敷に出る怪」と解されることがある。三本指の描写は鬼性を示唆する説もあるが定説ではない。

産女

産女

名妖

うぶめ

赤子を抱く産死女・産女

霊・亡霊難産死の女の霊、全国分布、『今昔物語集』最古

難産や産褥で亡くなった女性の霊が現れたものとされ、血に染んだ腰巻きをまとい、赤子を抱いて夜道に立つと語られる。行き合った者に「この子を抱いて」と子を託して姿を消し、抱いた子が次第に重くなる、あるいは抱いた礼に怪力を授かるといった話型をもつ。古くは『今昔物語集』巻二十七に源頼光の郎等卜部季武(平季武)が産女から赤子を抱かされる肝試し譚が見え、『古今著聞集』など中世説話にも類話が伝わる。難産死の供養と、子授け・安産の信仰とが結び付き、寺社縁起に取り込まれた例も多い。

家鳴

家鳴

名妖

やなり

家鳴る屋内の怪・家鳴

住居・器物石燕『画図百鬼夜行』、家鳴りの小鬼、汎在の音怪

家鳴は、家屋や家具が理由なくきしみ、震え、音を立てる怪異の総称。古くは竈や蔵、兵庫などでの異音・震動として記録され、不吉の兆しと受け取られた。絵巻では小鬼が家を揺する姿で擬人化されるが、伝承上は原因不詳として語られることが多い。地域により怨霊・獣霊・屋敷神の機嫌など解釈は分かれ、夜半から丑三つ時の発生が典型とされる。

鉄鼠

鉄鼠

珍しい

てっそ

三井寺の経食む大鼠・鉄鼠

霊・亡霊滋賀県

鉄鼠(てっそ)は、三井寺の僧・頼豪の怨念が化したと伝える鼠の妖怪で、経巻や仏像を食い破る無数の鼠の群れとして語られる。名そのものは江戸後期、鳥山石燕『画図百鬼夜行』(安永5年〔1776〕)が一匹の鼠を闇に据えて「鉄鼠」と画題を付したことに始まり、その賛は「頼豪の霊、鼠と化すと世にしる所也」と簡潔に由来を記す。古伝では頼豪鼠・三井寺鼠とも呼ばれ、固有の名というより、軍記が伝える怨霊化生の挿話に石燕が一語の画題を与えて結晶させた図像上の所産である。化生の鍵となるのは『太平記』巻十五の語で、頼豪の悪念が「石の身に鉄の牙」をもつ八万四千の鼠となって叡山を駆けたとする誇張的描写が、石燕の画題「鉄鼠」の直接の典拠とみられる。石燕は群れや破壊の場面ではなく、牙を剝いて経巻に取りつく一匹の鼠を静かに描き、集団の災厄を一個の象徴へ凝縮した。怨霊が人格から無数の小動物へ拡散し、鼠本来の齧歯習性がそのまま破壊力として読み替えられる発想は、個の怒りが集団の祟りへ転じる中世的怪異観を鮮やかに示す。妖怪としての鉄鼠は、怨霊の主体である頼豪と一体に語られながらも、図像としては「牙をもつ怪鼠」という視覚的形象に独立して結晶した点に固有の意義がある。

絡新婦

絡新婦

伝説

じょろうぐも

滝壷の美女・絡新婦

動物変化静岡県長野県

絡新婦は大蜘蛛が美女に化けて人を誘うとされる妖怪で、「絡新婦」は本来の「女郎蜘蛛」に漢名を当てた熟字訓である。鳥山石燕『画図百鬼夜行』は火を吹く子蜘蛛を従える女の姿で描く。住処に人を誘い、糸で絡め取って弱らせ食らうとされ、滝や淵、山里の廃屋など水辺・人里の境界での怪異譚が多い。正体を見破られると天井裏や岩間へ逃れるという伝承が各地に伝わる。なお、源頼光が退治した大蜘蛛は『土蜘蛛草紙』に説く土蜘蛛で、絡新婦とは本来別系統の妖とされる。

おとろし

おとろし

名妖

おとろし

前髪に顔覆う・おとろし

総称・汎称江戸期妖怪絵巻発祥の語呂先行の怪。鳥居上の図像から近代に意味が後付けされ、一次伝承の裏づけを欠く

江戸期の妖怪絵巻に見える、長い乱れ髪に全身を覆われ、前髪で顔を隠した毛むくじゃらの怪。佐脇嵩之『百怪図巻』や鳥山石燕『画図百鬼夜行』に描かれるが、図像のほかに説明文はなく、性質も由来も本来は不詳である。名称は資料ごとに揺れ、『百怪図巻』『化物絵巻』では「おとろし」、『化物づくし』では「おどろおどろ」、『百鬼夜行絵巻』では「毛一杯(けいっぱい)」と記される。多田克己は、『化物づくし』で「おとろ〱」と踊り字を用いた表記が「おとろし」と誤読されたものと指摘し、「おどろおどろし(気味が悪い)」と関西方言「おとろし(恐ろしい)」とは意味上の差が小さいとする。村上健司は、棘のように乱れた「棘髪(おどろがみ)」の語感も名に重なるとみる。怖さと乱れ髪の語感が幾重にも畳み込まれた、語呂先行の妖怪といえる。