仏壇より出る垂目僧・塗仏についてさらに詳しい情報や診断結果については、こちらをご覧ください。
塗仏
ぬりぼとけ
塗仏
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塗仏
ぬりぼとけ
基本説明
江戸期の妖怪絵巻に見える黒い僧形の怪。全身が墨を塗ったように黒く、両の眼球が飛び出して下方へ垂れ下がるという異形の貌で描かれる。背に長い髪のようなもの、あるいは魚の尾びれめいたものが添えられる作例もある。佐脇嵩之『百怪図巻』[1](元文2年・1737年)に先行作例があり、鳥山石燕『画図百鬼夜行』[2]にも採られた。ただしいずれの資料にも詞書(解説文)が一切付かず、どのような妖怪を意図して描いたものかは本来不明である。石燕本では仏壇の内から這い出る構図で描かれ、これが「塗仏」の名を仏に重ねて理解させる手掛かりとなったが、仏壇を描き添えたのは石燕本のみで、その配置が石燕自身の連想によるものか、当時一般に共有された観念なのかは判然としない。後年は仏壇や仏具に宿る霊の怪、あるいは手入れを怠った仏壇への戒めと解されることもあるが、いずれも史料上の確証を欠く、絵姿が先行した妖怪である。
民話・伝承
塗仏は絵巻・絵本の類に名と姿が記されるのみで、物語性に乏しい妖怪である。原典のどれもが解説文を欠くため、その正体や来歴は本来語られていない。鳥山石燕『画図百鬼夜行』[2]では仏壇の奥から黒い体を現す姿が描かれ、これを根拠に後世の解説では「打ち捨てられ手入れを怠った仏壇から塗仏が飛び出して人を脅かす」といった筋立てが紹介された。しかし仏壇との結び付き自体が石燕本に固有の図像であり、塗仏という名から仏壇を連想して配したのか、もとよりそうした取り合わせが知られていたのか、その意図は不明とされる。荒れた信仰や疎かにされた供養への戒めという解釈も、こうした絵姿を後から物語化したものと見るのが穏当である。図像の流用例として、江戸期の『化け物尽し絵巻』[3]では塗仏と同形の絵が「海坊主」と題して転用され、讃岐国志度浦に現れて釣り人を襲い骨ばかりにしたが、人々が計略を立ててこれを打ち殺したという詞書が付される。これは塗仏本来の伝承ではなく、無詞書ゆえに姿だけが独り歩きし、別の怪の絵として再利用された経緯を示す好例といえる。総じて塗仏は、確たる物語を持たぬまま図像のみが先行し、後世の解釈が幾重にも被せられてきた、絵姿先行型の妖怪の典型である。
妖怪カード1
塗仏 を様々な画風のカードで
コレクション収録
この妖怪は以下のコレクションに収録されています:
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