妖怪·神祇サガ図鑑
系譜·一族·名典セットで読む日本の妖怪と神祇
神話と神格の系譜
(5)
記紀神話の世界
西暦 712 年成立の『古事記』 と 720 年成立の『日本書紀』 が描き出した古代日本神話の核心を成す十二柱。 創世から国生み·神生み·三貴子分治·岩戸隠れ·神逐·ヤマタノオロチ退治·出雲国経営·国譲り·天孫降臨·神武東征·ヤマトタケル白鳥伝説までの一連の物語は、 古代日本の宇宙論·宗教·政治·文化の根源を体系的に語る。 父神イザナギ·母神イザナミの夫婦から始まり、 黄泉国の悲劇 (ヨモツシコメ)·三貴子 (アマテラス·ツクヨミ·スサノオ) の誕生と分治·ヤマタノオロチ退治·出雲の大国主神·国譲りの建御雷神·天孫降臨の瓊瓊杵尊·道案内の猿田彦命·悲劇的英雄ヤマトタケルまで、 神話の物語順で並べた神々の系譜。 本居宣長·折口信夫·松前健·瀬川拓郎等の文献学·比較神話学の研究を経て、 二千年を超えて日本人の宗教·政治·文化に持続的影響を与え続ける古代神話世界の核心。

記紀外伝·天孫降臨と神武祖系
天孫·邇邇藝命 (ninigi) が日向高千穂に降臨した後、 大山祇神 (oyamatsumi) の二人の娘·木花咲耶姫 (konohana-sakuyahime) と磐長姫 (iwanaga-hime) との婚姻譚 (人類短命化神話) から、 火中出産で生まれた山幸彦 (yamasachihiko)·海幸彦 (umisachihiko) の兄弟対立、 山幸彦と海神の娘·豊玉姫 (toyotama-hime) との海宮婚姻と「見るな禁忌」 破りまで ── 神武天皇 (初代) の祖父母·曽祖父母にあたる神格七柱を束ねる。 記紀神話の前半 (神生み·国譲り) と後半 (神武東征) を繋ぐ「皇統創出の物語層」 を体系化する。

七福神
室町後期、東山文化期の禅僧·画僧層が、在地化していた恵比寿·大黒·毘沙門天·弁才天と、同じく渡来神の福禄寿·寿老人·布袋を組み合わせて束ねた七柱の福徳神セット。在地神 (恵比寿)·インド由来神 (大黒·毘沙門·弁才)·道教神 (福禄寿·寿老人)·禅僧由来神 (布袋) という多元的構成を、「福徳を司る七神」という一つの枠で囲んだ点に文化習合の妙がある。江戸期に宝船絵·初夢宝船·七福神巡りとして庶民層に深く浸透し、現在も関東·近畿の各地で正月の七福神参詣が盛んである。

四神
天の二十八宿を四方に配し、東西南北を守護する四つの霊獣。青竜(東・木)・朱雀(南・火)・白虎(西・金)・玄武(北・水)からなり、中国の星宿・五行思想に発して古代日本へ受容された。飛鳥のキトラ古墳壁画に四方すべて揃う。

御霊・怨霊の系譜
非業に倒れた魂が怨霊として恐れられ、祭祀によって御霊・神へと鎮められる流れ。早良親王、菅原道真、平将門、崇徳天皇の大きな系譜に、地方の和霊信仰、頼豪と鉄鼠の怨霊化生までを重ねて見る。
三大·名典の系譜
(6)
日本三大悪妖怪
玉藻前・酒呑童子・崇徳天皇。王権や都を脅かし、後の世まで畏れられた、日本でもっとも名高い三体の大妖怪。位の上下ではなく、それぞれが一国を揺るがした畏怖で並び立つ。

日本三大怨霊
菅原道真・平将門・崇徳天皇。無実の罪や非業の死から怨霊と化し、王権や都を震わせた、日本でもっとも畏れられた三体の御霊。位の上下ではなく、それぞれが時代を揺るがした祟りの大きさで並び立つ。

日本三大幽霊
近世怪談が生んだ、もっとも名高い三人の幽霊。顔崩れて夫に祟る四谷怪談のお岩、井戸で皿を数える皿屋敷のお菊、牡丹灯籠を提げ恋うて通う牡丹灯籠のお露 ── 歌舞伎・落語・講談で繰り返し語られた、日本の幽霊像の原型。

日本三大化け狸
俗に言う日本三大狸伝説 ── 館林・茂林寺の分福茶釜、松山の八百八狸(隠神刑部)、木更津・證誠寺の狸囃子。佐渡の団三郎狸も並べ、化けと腹鼓で人を化かし、また土地を護った大狸たちが集う。

八大天狗
諸国の霊山に座す八座の大天狗。室町期の謡曲『鞍馬天狗』に既にその名が列ね、近世の『天狗経』四十八天狗の筆頭をなす。愛宕太郎坊を総帥とし、西は讃岐白峰までを束ねる。

絵本百物語
天保十二年(1841)に刊行された奇談集『絵本百物語』── 別名『桃山人夜話』は、桃山人(とうざんじん)が文を綴り、竹原春泉斎が彩色摺の挿絵を添えた、江戸後期を代表する妖怪本である。全国の伝承や巷説から選ばれた怪異を、情緒ゆたかな図と短い物語で紹介し、二口女・飛縁魔・舞首といった、後世まで語り継がれる妖怪像をこの一冊が決定づけた。海の怪魚から、業を負った者の亡霊まで ── ここに集うのは、春泉斎の筆が鮮烈な姿を与えた、奇談集生まれの妖怪たちである。
動物変化と族群
(4)
狐の位階
江戸時代の随筆が伝える、狐の霊格の四段。上にゆくほど人を離れ、神に近づく。

猫の妖怪の位階
年を経た猫が妖力を増し、姿と格を変えてゆく階梯。化けはじめの化け猫から、尾の裂けた猫又、そして葬列の死体を奪う火車へ。五徳猫・猫娘はその縁に連なる眷属。火車を最上位とするのは一説。

玉藻前の化身と転生
尾を九つに分けた狐が、絶世の美女に化け、ついには人を殺める石となった。中国から渡り来た妖狐が、化身と転生を重ねて辿った一筋の系譜。

河童の一族
全国の水辺にすむ河童と、その同族たち。位の上下ではなく、土地ごとの呼び名と、川と山をめぐる季節の行き来でつながる。
怪火·形態別の系譜
(6)
怪火・火の妖怪
夜の野山や海辺、墓場や軒先に灯る、由来さまざまな怪火の群れ。油を盗んだ姥の火、雨夜の蓑にともる火、海上に並ぶ不知火、そして死者の魂たる人魂まで ── 鳥山石燕らが描き集めた、火をめぐる畏れの図譜。

目の妖怪
無数の、あるいは異形の目をもつ妖怪たち。腕に百の鳥目が生じた百々目鬼、掌に目を開く手の目、古障子にひしめく目目連、そして一つ目の小僧 ── 「見る」ことの畏れが生んだ異形の系譜。

車輪の怪
夜の辻を轟と転がる、車輪の妖怪たち。憤怒の男面を乗せた輪入道、女を乗せた片輪の牛車 ── 牛車の時代の都に生まれ、見た者・覗いた者を祟るとされた怪。

布の怪
夜、顔を覆い息を奪う布の怪たち。古布や衣装が齢を経て霊を得る付喪神系 (白溶裔・小袖の手・蛇帯・暮露暮露団) と、出自不詳のまま夜空を舞う無主系 (一反木綿・衾・布団かぶせ) の二筋が、同じ「布が人を覆う」一点で結ばれる。

入道と坊主の怪
夜道や峠、空き寺に現れる坊主姿の怪たち。見上げるほど背が伸びる見越入道、巨躯の大入道、青き一つ目の青坊主 ── 僧形への畏れと、闇に膨れあがる影が結んだ群れ。

付喪神
長い年月を使い込まれた道具や器物が、捨てられ顧みられぬうちに霊性を得て化したとされる存在を付喪神という。室町期の『付喪神絵巻』では器物は百年を経て化けると説かれ、煤払いに棄てられた古道具が節分の夜に行列をなして人を恨む姿が描かれた。江戸期には鳥山石燕が『百器徒然袋』でこの世界観を集大成し、琵琶・三味線・琴・茶釜・経巻・面・文車といった一つ一つの器物に、言葉遊びと故事を絡めた愛嬌ある妖怪を与えた。ここに集うのは、用いられ、忘れられ、それでも捨てきれぬ人の念を映す、器物に宿った魂たちである。
霊獣と渡来の怪
(2)
予言獣
江戸後期、海辺や水中に忽然と現れ、これから訪れる豊作や疫病を告げて去る怪たちがいた。彼らは決まって「数年のうちに病が流行る。わが姿を写して人々に見せれば、難を逃れよう」と言い残すとされ、その姿は瓦版や写し絵となって全国へ広まった。こうした怪を予言獣と呼ぶ。令和の疫禍に再び脚光を浴びたアマビエをはじめ、人面牛身で世情を告げる件、龍宮の使いを名乗る神社姫 ── ここに集うのは、災いの予兆を携え、自らの像が護符となることを望んだ、ふしぎな予言の妖怪たちである。

辟邪の霊獣
古くより中国大陸では、妖異・疫鬼・凶事を退ける力をもつ霊獣や神が信じられ、その図像や信仰は仏教・陰陽道とともに日本へ渡来した。天下の妖怪をことごとく知り尽くす瑞獣・白沢、鬼を捕らえ食らう辟邪神・鍾馗、宮中の追儺で疫鬼を祓う方相氏、そして悪夢を喰らう獏 ── いずれも魔を寄せつけぬ守りの力ゆえに、護符や瓦、絵馬、枕辺の意匠として人々の暮らしに取り入れられた。ここに集うのは、恐れの対象ではなく、災いから人を守るために描かれ、祀られた辟邪の霊獣たちである。
地域·風土の妖怪群
(4)
琉球・南島の神と怪
日本本土とは異なる気候・植生・宗教文化を持つ南西諸島(奄美・沖縄・先島諸島)は、本土の妖怪観とは別の体系をもつ神と怪を育てた。ガジュマルの古木に宿る樹霊ケンムン・キジムナー、島々に満ちる魔物の汎称マジムンや生霊イチジャマ、海の彼方ニライカナイから祭りの日に訪れて厄を祓うボゼ・ヨッカブイら来訪神、聞得大君に憑く高位の神キンマモン ── いずれもセヂ(霊力)という琉球独自の世界観や、ユタ・ノロ・御嶽信仰と分かちがたく結びついている。仏教化以前の南島土着信仰のすがたを今に伝え、戦前の伊波普猷・折口信夫以来の沖縄学が見つめてきた、島嶼の神と怪である。

雪の怪
吹雪の夜に山里を訪れる、雪そのものが化した精たち。白い着物の雪女を中心に、雪の童 雪童子、雪山の老翁 雪爺が連なる。来訪して命を奪い、また子を託す ── 雪国の畏れと慈しみが結んだ群れ。

海と舟の怪
沖をゆく舟を襲い、磯辺に立つ海上の怪異たち。柄杓を求める船幽霊、巨影の海坊主、髪長き磯女、琵琶を抱く海座頭、そして物忌みの夜に渡る海難法師 ── 海で死んだ者の念と、海そのものの畏れが結ぶ群れ。

本所七不思議
江戸時代から伝承される本所 (現·東京都墨田区南部) の代表的怪異群。 「七不思議」 と称されるが、 実際の口承では 9 種類以上のエピソードが存在し、 時代·語り手·絵草子によって構成員が変動する流動的な伝承体系である。 唯一「常に含まれる」 のは置行堀 (おいてけぼり) と片葉の葦 (かたはのあし) の二つで、 残り五つは送り提灯·送り拍子木·燈無蕎麦·足洗邸·落葉なき椎·狸囃子·津軽の太鼓から選ばれる。 江戸後期の都市怪谈の典型として、 落語·絵草子·浮世絵·歌舞伎等に頻出し、 隅田川下流の本所 (大川端の低湿地·武家屋敷·商家·町人地が混在する江戸城東の周縁部) という地理が育てた江戸文化史の重要素材である。 鳥山石燕『画図百鬼夜行』 以後の妖怪図譜·近代以降の怪谈研究 (柳田國男·折口信夫·小松和彦等)·現代のサブカルチャー (ゲーム·漫画·アニメ) で繰り返し再造形され続けている。
歴史·武勇譚
(2)
源頼光の鬼退治
平安中期、源頼光と四天王(渡辺綱ら)・陰陽師安倍晴明が都の周縁で討った鬼や妖。大江山の鬼王から羅城門の鬼まで、武門の英雄譚として語り継がれた敵役たちが集う。

坂上田村麻呂の鬼退治
平安初期の武官・坂上田村麻呂は、蝦夷征討で名を馳せた実在の人物でありながら、後世の御伽草子や田村語りのなかで、各地の鬼神を平らげる英雄へと姿を変えていった。なかでも伊勢と近江の境・鈴鹿山では、女神とも鬼女とも語られる鈴鹿御前と契りを結び、その助けを得て山の鬼神・大嶽丸を討ったと伝わる。熊野の鬼ヶ城に拠った金平鹿、牧山の魔鬼女、奈良坂を荒らしたかなつぶて、そして藤原千方に従った四鬼 ── ここに集うのは、源頼光の鬼退治と並び称される、田村将軍の武勇譚に名を連ねた英雄と鬼神たちである。
生死·冥府の譚
(2)
冥府·十王と三途の川
仏教·道教·神道混淆の中世日本冥府観の主要構成神。 死者は 49 日間 + 百ヶ日·一周忌·三回忌の十節目に十王の裁きを受ける。 第 2 王·初江王の管轄である三途の川渡し場で、 奪衣婆 (datsue-ba) が衣を剥ぎ、 懸衣翁が衣領樹に懸け、 衣の重さで罪量を測る前裁判が行われる。 第 5 王·閻魔王 (enma-o) は五七日 (35 日目) の主裁官で全裁判の中核 ── 浄玻璃鏡で死者の生涯映像を映し、 倶生神·司命·司録の記録で罪状を確定する。 死後の倫理·因果応報·浄玻璃鏡の生涯映像という観念は、 日本人の死生観の深層を成す。

人魚と不老不死譚
日本書紀推古 27 年 (619) 近江·摂津の最古記録から幕末アマビエ系譜まで多層に変遷した人魚 (ningyo) と、 その肉を食して 800 歳まで生きた八百比丘尼 (yao-bikuni) の二者を束ねる。 「父が異界で得た人魚肉を娘が知らずに食べる」 受動的不死譚を中核に、 古代~中世 (凶兆)·江戸期 (偽人魚ミイラ·西洋型美女化)·幕末 (姫魚予言獣·アマビエ系譜) の人魚像変遷と、 若狭空印寺の入定洞·全国 166 伝承の八百比丘尼譚が結合する。 「不死は祝福か呪縛か」 という普遍的問いを日本民俗が独自に展開した稀有な譚系。
