YOKAI.JP
狐の妖怪と伝説|九尾の狐・葛の葉・稲荷信仰

野を走る獣から、妻、僧、神使、妖狐へ――変化し続ける狐譚

狐の妖怪と伝説
九尾の狐・葛の葉・稲荷信仰

15体の妖怪

この特集の要点

日本の狐譚は一種類ではありません。人を化かす野狐、妻や美女へ変わる狐、僧に化ける白蔵主、家や術者に使役される管狐・オサキ狐、文学で整理された天狐・空狐、宮廷を脅かす玉藻前など、時代と土地で役割が異なります。また、稲荷大神そのものが狐なのではなく、白狐は稲荷大神の神使です。本特集では、動物、妖怪、憑きもの、神使、仏教図像を混同せずに狐の広い物語をたどります。

狐は、妖怪である前に人の隣にいた動物

狐は田畑や山裾に棲み、夜に声を上げ、姿を見せたと思えば藪へ消えます。人里に近いのに行動をつかみにくいことから、人の姿へ変わる、幻を見せる、未来を知るといった力が語られました。狐譚の魅力は、一つの「狐妖怪」の設定ではなく、野生動物、家族、神使、憑きもの、芝居の登場人物という複数の顔が重なるところにあります。

このページでは、狐をすべて九尾の狐の階級へ並べません。天狐・空狐などの名称も、全国共通で古代から固定されたランクではなく、近世の随筆や宗教的な説明で意味が変わります。土地と原典を確かめながら、狐がどのように人間の世界へ入ってきたのかを見ていきます。

人を化かす野の狐――夜道、狐火、偽の行列

野狐は、人里近くで人を化かす狐を指す言葉として使われます。道を迷わせる、知人の姿を借りる、婚礼のような灯を見せるといった話が各地にあり、狸の変化譚と重なることもあります。夜道に現れる偽汽車の伝承も、近代の新しい鉄道を狐や狸の古い変化能力で説明した例です。

地域固有のタメハチ狐のような名を、全国の狐すべての性質に広げることはできません。地域別の採集記録を見ると、狐が起こす怪異、対処法、評価は土地ごとに違います。

妻となる狐――葛の葉と異類婚姻譚

葛の葉は、助けられた狐が女性となり、安倍保名の妻となって子をもうける物語で知られます。正体を知られた後、「恋しくば尋ね来て見よ和泉なる信太の森のうらみ葛の葉」と歌を残して去る場面は、浄瑠璃や歌舞伎で広く親しまれました。

狐の妻は、人を滅ぼす誘惑者とは限りません。家を支え、子を愛し、それでも人と獣の境を越えきれずに別れる。変化の力は欺きであると同時に、異類が人間と暮らすために必要な姿でもあります。

宮廷の妖狐――玉藻前と九尾の狐

玉藻前は鳥羽院に寵愛された才色兼備の女性として現れ、陰陽師に正体を見破られ、那須野で討たれて殺生石になったと語られます。ただし、物語の早い段階から常に「九尾」と明記されていたわけではありません。玉藻前像の変遷を追う研究が示すように、中国由来の九尾狐像や演劇・出版が重なって、現在の姿が整いました。

九尾の狐は中国古典にも現れ、吉祥と災異の両面をもちます。日本のすべての狐が尾の数を増やして九尾へ進化する、という単一の体系が古来あったわけではありません。

僧に化ける狐――白蔵主と『釣狐』

白蔵主は、猟師に狐を殺させまいとして僧へ化ける老狐です。説教が成功したと思って油断し、餌の鼠に飛びついて正体を現す筋は、狂言『釣狐』の緊張と笑いを生みます。文化デジタルライブラリーの演目解説からは、面、姿勢、動きによって人と狐の境が舞台上で表されることが分かります。

化けの皮衣は、狐の皮で作られた衣が怪異となる石燕の器物妖怪です。生きた狐の伝承とは成立が違いますが、「皮をかぶる」「正体を変える」という狐譚の視覚的な比喩をよく示します。

小さな使い魔――管狐とオサキ狐

管狐は竹筒に入るほど小さな狐のような存在として、術者に使役される話に現れます。オサキ狐も関東・中部などに伝わる憑きものですが、姿、由来、家筋との関係は地域によって異なります。富をもたらす一方、家に受け継がれ、周囲から狐持ちと見なされることが差別につながった歴史もあります。

憑きもの伝承を、実在の超能力として断定したり、特定地域の人々の性質として語ったりしてはいけません。これは病、家、富、婚姻、共同体の不安が狐の像へ託された民俗現象として読む必要があります。

天狐、空狐、気狐――名称はどこで整理されたか

天狐、空狐、気狐は、年齢や霊力の高い狐を説明する近世以後の文献で見られる名称です。資料によって字や順序、意味が異なり、現代の創作で分かりやすいランク表へ再編集されることもあります。野狐から九尾へ一直線に上がる共通規格としてではなく、それぞれの文献が狐の霊性をどう説明したかを見る手がかりです。

稲荷大神は狐ではない――神と神使を分ける

稲荷大神は五穀豊穣、商売繁昌、家内安全などを祈る神で、狐そのものではありません。伏見稲荷大社も、白狐を稲荷大神の「眷属」と説明しています。伏見稲荷大社の由緒を確かめると、祭神と境内の狐像を同一視しないことが重要だと分かります。

荼枳尼天は仏教系の尊格で、日本では白狐に乗る図像や稲荷信仰との習合が見られます。ここでも「狐の妖怪」ではなく、狐を伴う宗教的存在として区別します。

狐譚を正しく楽しむために

狐は、善か悪か、神か妖怪かのどちらか一方に決まりません。作物を荒らす野生動物であり、人を惑わす異類であり、家族を愛する妻であり、神の使いであり、舞台で笑いを生む役でもあります。矛盾して見える像を無理に一つへ統合しないことが、狐譚の豊かさを守ります。

下の「収録妖怪」では、変化、婚姻、宮廷説話、憑きもの、霊狐の名称、稲荷信仰までを収めました。気になる一体から、その名前が使われた土地と文献へ進んでみてください。

更新: 2026/7/16
狐の妖怪狐の伝説九尾の狐妖狐稲荷信仰葛の葉日本の妖怪

収録妖怪

15体の妖怪が収録されています

この妖怪たちのアートカードも見つかります

全 15 枚のカード — 浮世絵、現代日本…

九尾の狐

九尾の狐

伝説

きゅうびのきつね

白面金毛の九尾狐

動物変化京都府栃木県

九尾の狐は、狐が長い年月を経て霊力を高め、尾を九つに分けたとされる妖狐である。ただし、その名は単に「尾の多い化け狐」を指すだけではない。日本の妖怪図像の中では、九尾の狐は狐信仰、稲荷信仰、狐憑き、王権を惑わす美女譚、そして玉藻前から殺生石へ至る物語を結びつける、もっとも大きな狐の像である。 源流をたどると、中国古典『山海経』南山経の青丘山に、狐に似て九つの尾を持ち、声は嬰児のようで人を食う獣が見える。ここでの九尾狐は怪物であると同時に、古代中国では太平の世に現れる瑞獣としても語られた。後代の中国・日本の文献は、この吉祥の狐と人を惑わす凶狐を重ね、九尾の狐を「めでたい神獣」と「国を傾ける妖狐」の両方に育てていった。 日本に入った狐の観念は、二つの方向へ広がる。一方には、稲荷大神の使いとして祀られ、田畑・商売・家内安全を守る白狐がある。伏見稲荷大社が語るように、稲荷信仰は奈良時代の和銅4年(711)に稲荷山へ神が鎮まったとする由緒を持ち、今も全国に約3万社といわれるほど広い信仰圏を持つ。もう一方には、人を化かし、人に憑き、家筋や土地に取りつく野狐・管狐・オサキ・飯綱の系統がある。九尾の狐は、この善狐と凶狐のあいだをまたぐ。神に近い白狐の高貴さを持ちながら、同時に人間社会の奥へ入り込み、権力そのものを揺るがす危うさを持つ。 とくに日本で九尾の狐を決定づけたのが、玉藻前と殺生石の物語である。玉藻前は、鳥羽院の寵愛を受けた絶世の美女として語られ、やがてその正体を狐と見破られて那須野へ逃れ、討たれた後に毒を放つ石になったとされる。ここで大切なのは、九尾の狐、玉藻前、殺生石が同じものではなく、物語上の段階を異にする点である。九尾の狐は本相、玉藻前は宮廷に現れた化身、殺生石は討たれた後の成れの果てである。この三段階が結びつくことで、狐はただ人を化かす動物ではなく、美、知、政治、死、鎮魂までを背負う大妖狐になった。

九尾の狐を中心に、中国古典と日本の妖狐説話が重なった代表的な狐像。

玉藻前

玉藻前

伝説

たまものまえ

鳥羽院寵愛の九尾狐・玉藻前

動物変化京都府栃木県

玉藻前は、平安時代の末、鳥羽上皇に仕えたという絶世の美女である。その正体は九尾の狐とされるが、人としての玉藻前は何より、たぐいまれな美しさと深い学識をそなえた宮廷の女君として語られてきた。和歌や管弦はもちろん、仏教の経典から天竺・震旦(インド・中国)の故事まで、どんな問いにもよどみなく答え、宮廷の人々を驚かせたという。 「玉藻前」という名にも物語がある。ある夜、清涼殿での詩歌管弦の宴のさなか、一陣の風が灯火を吹き消すと、暗闇の中で彼女の身からまばゆい光が放たれ、あたりを昼のように照らした。玉のように光る藻、という意味で「玉藻前」と呼ばれるようになったと伝わる。それまでは藻女(みくずめ)と呼ばれていたともいう。やがて上皇の寵愛を一身に集めるが、上皇が原因の知れぬ病に倒れたことから、その正体が疑われていく。

宮廷の美女から妖狐へ正体を現し、那須野と殺生石の物語へ続く。

葛の葉

葛の葉

伝説

くずのは

信太森に帰る狐母・葛の葉

動物変化大阪府

葛の葉は、信太森に棲む狐が人間の妻となり、やがて陰陽師安倍晴明の母として語られる化狐である。物語の核にあるのは、狐の変化譚でありながら、化けて人を欺く恐怖よりも、恩返し、夫婦、母子の別れを前面に置く点にある。信太森で助けられた狐が葛の葉という女に姿を変え、阿倍保名と結ばれ、童子丸を産むという筋は、近世の浄瑠璃・歌舞伎で「葛の葉狐」として大きく整えられた。国立国会図書館の書誌にも、信田妻裏見葛葉の題名を含む『芦屋道満大内鑑』系統が確認でき、葛の葉は単なる狐女房ではなく、晴明伝承を母の物語から照らす存在になっている。 葛の葉の特徴は、狐の霊力が家庭の内側で発揮されることである。九尾の狐や玉藻前が王権を揺るがす外向きの妖力をまといやすいのに対し、葛の葉は障子、産屋、童子の名、去り際の和歌といった生活の場面に宿る。正体が露見すると、狐は子を置いて森へ帰らざるを得ない。そこで残される「恋しくば尋ね来てみよ和泉なる信太の森のうらみ葛の葉」という歌は、葛の葉を恐ろしい怪物ではなく、境界を越えてしまった母として記憶させる。和泉市デジタルアーカイブ所蔵の『蘆屋道満大内鑑阿部保名葛の葉与勘平』も子別れの場面を伝え、葛の葉像が舞台と図像の双方で育てられたことを示している。 そのため葛の葉は、狐妖怪のなかでも「化ける能力」より「化けてまで守ろうとしたもの」を問わせる存在である。信太森という土地、安倍晴明という名、狐女房の昔話、そして歌舞伎・文楽の演目が重なり、彼女は妖怪でありながら、母性と異類婚姻の哀しみを背負う伝承人物として立ち上がる。

狐が妻となり子を育て、正体の露見によって信太の森へ去る異類婚姻譚。

白蔵主

白蔵主

名妖

はくぞうす

僧に化けて狐釣りを止める白狐・白蔵主

動物変化山梨県

白蔵主は、狐が僧の姿を借り、人間の殺生と狐の本能を同時に照らし出す化狐である。もっとも広く知られる筋は狂言『釣狐』で、猟師に一族を捕られた老狐が、猟師の伯父である僧・白蔵主に化け、狐釣りをやめるよう説きに来る。そこでは狐はただ人をだます獣ではない。狐は神に近いものとして語られ、玉藻前と殺生石の故事まで引きながら、人間の殺生を戒める言葉を操る。しかし帰り道、老狐は罠に置かれた餌の匂いに抗しきれず、ついに狐の姿をあらわす。白蔵主の怖さは、変化の巧みさだけではなく、智恵と本能、説法と飢え、信仰と獣性が一つの身体の中で裂ける瞬間にある。 白蔵主は、狐が人間社会へ入るときに選ぶ「姿」の意味を考えさせる妖怪でもある。美女や母、旅人に化ける狐譚では、変化は情や欲望の入口になる。ところが白蔵主は僧衣をまとい、説法の声で人間を止める。僧という姿は、村落で信頼される知識と戒めの形であり、狐はその権威を借りて猟師を動かす。天保十二年刊の『絵本百物語』にも白蔵主が収められていることから、この狐は舞台だけの役ではなく、江戸後期の怪談画集にも残る変化狐として読まれてきた。信太森の葛の葉が人間との愛と別れを背負う狐なら、白蔵主は僧衣と罠のあいだで破れる老狐であり、狐の霊性と危うさを舞台の身振りとして刻み込んだ存在である。 そのため白蔵主は、狐の変化能力を誇示する英雄ではなく、変化がどこで破綻するかを見せる妖怪である。人間に似るほど人間の法を語れるが、狐である以上、餌と匂いと復讐の衝動から離れられない。この矛盾が、狐譚を倫理劇にも怪談にも変えている。

僧へ化けて狐狩りを戒めるが、鼠の誘惑に負けて正体を現す老狐。

野狐

野狐

珍しい

やこ

九州群行の下位狐・野狐

動物変化中国道教の狐階位最下位、九州に野狐憑き信仰、概念は渡来

野狐(やこ・のぎつね)は、狐の妖怪のうち最も位の低いものとされ、稲荷神の使いとして敬われる白狐(善狐)の対極に置かれる。野山にすむふつうの狐が年を経て、人を化かしたり憑いたりするようになったもので、江戸時代の狐の位階(天狐・空狐・気狐・野狐)では一番下に数えられた。 上位の狐が姿をもたない霊的な存在とされるのに対し、野狐はただ一つ、目に見える肉の体をもつ狐とされる点に特徴がある。それだけ人の世界に近く、道に迷わせる、化けて驚かす、人に取り憑くといった、身近で具体的な悪さで知られてきた。「野干(やかん)」とも書かれるが、これはもともと仏教の経典でジャッカルを指した言葉が、日本で狐と取りちがえられたものである。

人里で人を化かす野の狐を指す言葉で、地域や文献により意味が変わる。

タメハチ狐

タメハチ狐

珍しい

ためはちぎつね

北山の崖渡り狐・タメハチ狐

動物変化和歌山県

和歌山県北山村で伝えられる、男「タメハチ」に憑いたとされる狐の総称。滝の絶壁を渡りきる妖力を示したと語られ、同地の断崖に残る筋状の跡をその証とする説がある。記録では蛇や修験者との競べ譚と混在し、主体が狐憑きの男であったとする言上も併存する。実在人物や年代は不詳で、地形伝承と憑き物観が結びついた逸話として位置づけられる。

和歌山県北山村などの地域伝承に名を残す、土地固有の狐。

管狐

管狐

稀少

くだぎつね

竹筒に潜む憑き物狐・管狐

動物変化長野県山梨県

管狐は、竹筒や管に入るほど小さい狐霊として語られる中部山地の憑き物である。信濃を中心に、飯綱使い・狐使い・憑物筋の観念と重なり、主人に飼われて他家へ憑き、病や富をもたらすとされた。普通の狐のように野山を走るというより、筒、床下、納戸、衣類の隙間、家筋の噂の中に潜む。小さく見えにくいことが、この狐の力を支えている。 管狐は、稲荷の神使として敬われる狐とは別の、家と欲望に密着した狐霊である。持つ家は富むが、周囲から恐れられ、婚姻や交際を避けられることもあった。犬神・オサキ狐・野狐と同じく、憑き物信仰は個人の怪談ではなく、家筋への評判、富の偏在、原因不明の病を説明する社会的な装置として働いた。管狐は、竹筒の中の小動物である以上に、「あの家には見えない狐がいる」という共同体の視線そのものである。 この狐の特徴は、妖怪としての姿と社会的な作用が切り離せないことにある。小さな狐が本当にいるかどうか以上に、「管狐を持つ家」と見なされることが、富、病、縁談、祈祷を動かした。管狐は、見えない霊が家の評判へ変わる過程を示す代表的な憑き物である。

竹筒に入るほど小さく、術者に使役されると語られた憑きもの。

オサキ狐

オサキ狐

稀少

おさきぎつね

家筋にまとわる小狐・オサキ狐

動物変化埼玉県東京都

オサキ狐は、関東から甲信越にかけて語られた小狐の憑き物で、特定の家に代々つく「オサキ持ち」「オサキ筋」の観念と強く結びつく。姿は鼬や鼠ほどの小獣、尾の特徴を持つ狐、あるいは目に見えない狐霊として語られ、一定しない。しかし本質は姿ではなく、家にまとわりつく見えない所有物として想像された点にある。 オサキ狐は、家の繁栄と共同体の疑念を同時に生む狐霊である。持つ家は富むとされる一方、その富は不自然なものとして恐れられ、婚姻や交際で避けられることがあった。管狐や犬神と同じ憑き物信仰の一種だが、オサキは特に関東山地から甲信越の村落社会に根を張り、家筋への評判として働いた。狐が人を化かす一回の事件ではなく、「あの家には代々何かがいる」という長い記憶が、オサキ狐の棲み家なのである。 この狐を理解する鍵は、個体としての妖怪よりも「筋」としての持続にある。オサキは一夜の目撃で終わらず、家に代々つくものとして語られた。だから恐怖は遭遇の瞬間ではなく、血縁、婚姻、財産、評判の長い時間の中で増幅される。

関東・中部などに伝わる狐型の憑きもので、家や富をめぐる語りをもつ。

気狐

気狐

珍しい

きこ

「気」となった中位の妖狐・気狐

動物変化中国道教の狐仙思想由来の狐階位(天狐·空狐·気狐·野狐)、渡来概念

気狐(きこ)は、狐が年を経て霊力を高め、ついに肉の体を捨てて「気」だけの存在となった妖狐である。江戸時代の随筆は狐の位を天狐・空狐・気狐・野狐の四段に分け、気狐をその下から二番目、野狐のすぐ上に置く。最下位の野狐が目に見える肉体をもつ唯一の狐であるのに対し、気狐から上は姿をもたない霊的な存在になるとされ、気狐はちょうどその境目――獣から霊へと移り変わるしきいに立つ狐である。すぐ上の空狐はこの気狐の倍ほどの霊力をもつと伝わる。 名の「気」は、すでに形を失い気(き)のごとき存在になったことを表す。それでもなお人に憑き、人を化かす力を残している点で、みだりに人へ関わらない上位の天狐・空狐とは性質を異にする。

霊性を得た狐を説明する文献上の名称の一つで、意味や位置づけは一定しない。

天狐

天狐

伝説

てんこ

天に通じる仙狐・天狐

動物変化中国『玄中記』『酉陽雑俎』の天に通じる仙狐、渡来

天狐(てんこ)は、狐が長い年月をかけて霊力を高めた果てに行き着く、最上位の妖狐である。江戸時代の随筆は狐の位を天狐・空狐・気狐・野狐の四段に分け、天狐をその頂点に置く。中国の古い怪異の書『玄中記』に「狐は千歳を経れば天に通じて天狐となる」とあるように、天狐はもはやただの化け狐ではなく、ほとんど神に等しい存在とされた。千里の先まで見通す力をもち、人を化かしたり憑いたりして悪さをする野狐や気狐とは違って、みだりに人に関わらないと伝わる。

高い霊力をもつ天狐として近世以後の説明に現れるが、全国共通の階級ではない。

空狐

空狐

珍しい

くうこ

天狐に次ぐ上位狐・空狐

動物変化中国『玄中記』の狐の年功観に由来し、江戸期随筆で天狐に次ぐ位とされた格の名。具体的在地伝承は持たない

空狐は、狐が長い年月をかけて霊力を高め、神に近い「天狐」の一歩手前まで至ったとされる、位の高い妖狐である。日本では江戸時代の随筆に、狐の位を上から天狐・空狐・気狐・野狐の四段に分ける説が記され、空狐はその二番目に置かれる。すぐ下の気狐の倍ほどの霊力をもつとも伝わる。 姿そのものは普通の狐と変わらないとも、千年を超えて生きるうちにほとんど形をもたない霊的な存在になるともいう。具体的な逸話はほとんど残っておらず、玉藻前のような物語の主人公というより、強い狐の格を表す分類の名として使われることが多い。三千年を経た空狐は「稲成空狐(いなりくうこ)」と呼ばれ、天狐に次ぐ力を備えるとも伝わる。

空狐と記される霊狐の名称で、年齢や位の説明は資料ごとに異なる。

ばけの皮衣

ばけの皮衣

稀少

ばけのかわごろも

北斗祈念の化生狐・ばけの皮衣

動物変化在地伝説をもたない石燕の図像系妖怪で、狐の化生譚は中国の志怪書に由来する

ばけの皮衣(ばけのかわごろも)は、鳥山石燕の絵本『百器徒然袋』上巻に描かれた妖狐である。三千年を経た古狐が、頭に藻草(もくさ)をかぶって北斗七星を拝み、その修法によって美女へと化けるとされる。石燕は詞書に「三千年を経たる狐、藻草をかぶりて北斗を拝し、美女と化するよし、唐(もろこし)のふみに見へし」と記し、これを中国の古書に見える話だと夢のなかで思いめぐらす体裁をとる。 『百器徒然袋』はもともと、古道具に魂が宿る付喪神(つくもがみ)を集めた絵本である。狐がそこに紛れこめたのは、ひとえにその名による。「皮衣(かわごろも)」は毛皮の衣を指す言葉で、まるで一着の衣裳=「物」であるかのように読める。同時に「化けの皮」という慣用句を響かせ、化けた正体がいまにも剥がれそうな狐を言いあてている。石燕はこの言葉遊びによって、本来は獣である化け狐を、道具の妖怪たちの列にそっと忍ばせた。 名は化生の華やかさを思わせるが、特定の土地や人物に結びついた在地の伝説をもたない。あくまで石燕の画と詞書を典拠とする図像系の妖怪であり、中国以来の「狐は年を経て美女に化ける」という観念を一枚の絵に凝縮した、象徴的な存在である。

狐皮の衣が怪異となる石燕の器物妖怪で、生きた狐の伝承とは成立が異なる。

稲荷神

稲荷神

伝説

いなりのかみ

五穀豊穣·商売繁盛の信仰王·稲荷神

神霊・神格京都府

主祭神は宇迦之御魂神 (倉稲魂命)。『古事記』『日本書紀』に既出の穀物·食物神を本相とする日本随一の信仰神。711 年 (和銅 4 年)·秦氏により伏見稲荷大社に勧請されたのを起点とし、現在は全国 3 万社余の稲荷神社·分祀社に祀られ、神社数で日本最大の信仰系統を成す。中世以降、仏教の荼枳尼天と習合し、豊川稲荷·最上稲荷などの寺院でも本尊化された。狐は神そのものではなく神使 (御使い) だが、民間信仰では同一視されることも多い。五穀豊穣·商売繁盛·家内安全·屋敷神として、神社·寺院·屋敷·路傍祠·会社内祭壇に至るまで幅広く祀られている。

稲荷大神は狐そのものではなく、白狐を眷属・神使とする神格。

荼枳尼天

荼枳尼天

神格

だきにてん

白狐に乗る仏のお稲荷さん·荼枳尼天

神霊・神格京都府愛知県

荼枳尼天 (だきにてん) は、サンスクリット語「ダーキニー (Ḍākinī)」に由来する仏教の天部の神であり、白狐にまたがる天女の姿で表されることから、仏教における稲荷=「仏のお稲荷さん」として信仰されてきた。神道の稲荷大神と習合し、豊川稲荷 (妙厳寺)·最上稲荷 (妙教寺) など寺院系稲荷の本尊となった。 その源流をたどると、ダーキニーはインド密教において、空を飛び人の死を予知してその心臓 (人肉·精気) を食らう女性の鬼神であった。中期密教では大黒天 (マハーカーラ) に調伏され、死者の心臓を食べることを許される存在として位置づけられる。空海により平安初期に真言密教とともに日本へ伝わり、胎蔵曼荼羅では閻魔天の眷属·奪精鬼として描かれた。 やがて、狐が死を予知し精気を奪う動物とされたインド以来の観念が、日本で狐を神使とする稲荷信仰と結びつき、荼枳尼天は白狐にまたがる女天形の像へと姿を変えた。宝珠を捧げ持ち白狐に乗る天女像が各地の寺社に祀られ、「荼枳尼天=お稲荷さん」として、宇迦之御魂神と並んで庶民に親しまれた。

日本で白狐に乗る図像や稲荷との習合をもつ仏教系尊格。狐妖怪とは区別する。

偽汽車

偽汽車

珍しい

にせきしゃ

鉄路に現れ消える幻・偽汽車

総称・汎称東京都愛媛県

偽汽車は、蒸気機関車の普及期に各地で語られた怪異で、線路上に実在しない汽車が現れて走行し、直前で掻き消えるとされる。多くは狐や狸、ことに狢が汽車に化けて人を惑わすと解され、消失後に線路脇で獣の轢死体が見つかる筋立てが伴う。夜の山野に響く新奇な汽笛や走行音を、獣の仕業と受け止めた民俗的解釈が背景にあるとされる。

近代の鉄道を狐や狸の変化能力で説明した、時代の変化を映す怪異。

このコレクションと響き合うサガ

「狐の妖怪と伝説|九尾の狐・葛の葉・稲荷信仰」の妖怪たちが連なる系譜を辿ってみよう。