ふらり火
ふらりび
無縁仏の炎鳥・ふらり火
ふらり火は、江戸期の妖怪画に描かれた怪火で、炎に包まれた鳥の姿として示される。鳥山石燕『画図百鬼夜行』の画は顔がインド神話の迦楼羅を思わせ、佐脇嵩之『百怪図巻』や作者不詳『化物づくし』にも作例が見られる。いずれも解説文は乏しく性状は明確でない。一般には供養を受けぬ霊が彷徨い、火として顕れる現象と解され、異形の鳥面はその象徴的表現とされる。
火は人の暮らしを支える恵みであると同時に、恐怖や畏怖をもたらす存在でもありました。日本各地には、炎や怪しい光をめぐる怪異譚が数多く残されています。ふらり火は夜道に漂い人を惑わす怪火、古戦場火は戦死者の怨念が燃え上がる炎、不知火は有明海や八代海に現れる神秘の光として古来より恐れられてきました。さらに青鷺火は鳥と炎が結びついた幻想的な怪異として知られます。こうした「火の妖怪」たちは、ただの自然現象では説明できない不思議を映し出し、人々の心に畏れと物語を刻み込みました。本コレクションでは、闇夜を赤く照らす火の怪異の数々を紹介し、その恐ろしくも美しい世界を探ります。
20体の妖怪が収録されています
ふらりび
無縁仏の炎鳥・ふらり火
ふらり火は、江戸期の妖怪画に描かれた怪火で、炎に包まれた鳥の姿として示される。鳥山石燕『画図百鬼夜行』の画は顔がインド神話の迦楼羅を思わせ、佐脇嵩之『百怪図巻』や作者不詳『化物づくし』にも作例が見られる。いずれも解説文は乏しく性状は明確でない。一般には供養を受けぬ霊が彷徨い、火として顕れる現象と解され、異形の鳥面はその象徴的表現とされる。
こせんじょうび
血より立つ怨霊火・古戦場火
古戦場火は、多くの死者を出した合戦地に群れて現れる鬼火。ふわりと漂い、数が多いと野面一帯を淡く照らすという。兵や馬の怨霊が発する火とされ、石燕『今昔画図続百鬼』には、地に滴った血より立つ火として描かれる。人に害をなすとの確かな伝えは少なく、遭遇者は念仏を唱えて立ち去ったとされる。
ころうか
石灯籠に座す火霊・古籠火
古籠火は、鳥山石燕の『百器徒然袋』に描かれた灯籠にまつわる妖怪。石灯籠の上に座し、口から火を吐く姿で表され、灯籠の火霊が妖怪視された例と考えられる。石燕は古戦場の鬼火譚を引きつつも、灯籠の火が怪となる古典的典拠は知らないと記し、創出性の高い図像である。後世には灯籠が自ら灯る怪異として語られることもあるが、伝承の確実性には留保が付く。
あくろじんのひ
伊勢の雨夜怪火・悪路神の火
悪路神の火は、雨夜に提灯のように往来すると伝えられる怪火。伊勢国での見聞として江戸後期の随筆『閑窓瑣談』や『諸州採薬記抄録』に記載がある。遭遇した者がうっかり近づくと流行病のような病を得て煩うとされ、出会った際は身を伏せ火が通り過ぎるのを待ち、機を見て逃れるのがよいという。高さは地上一尺余りから三尺ほどを漂うと伝わる。
ひけしばば
灯を吹き消す老女・火消婆
鳥山石燕『今昔画図続百鬼』に描かれた、灯火を吹き消す老女の妖怪。提灯や行灯、蝋燭の火を遠くからふっと吹き消すとされ、陽気である火を忌む陰の存在として解釈される。実地の口承は乏しく、石燕の創作性が高いと論じられてきた。後世の書や絵本で名の揺れ(ふっ消し婆・吹消婆)が見られ、宴席や夜道の灯が不意に消える怪異と結び付けて語られる。
ひまむしにゅうどう
縁の下の油嘗め・火間虫入道
江戸期の絵師・鳥山石燕『今昔百鬼拾遺』に見える妖怪。縁の下から上半身を現し、行灯の油を嘗めて夜業を妨げる姿で描かれる。石燕は、生前に勤めを怠り閑を盗んで過ごした者の霊が、死後に「火間虫夜入道」となって灯の油を舐め、夜なべを邪魔すると記す。名は文字絵遊戯「ヘマムシヨ入道」との連関が指摘され、怠惰や横着への戒めを含意する解釈が一般的である。
つるべび
樹上に下る怪火・釣瓶火
釣瓶火は、夜道の樹上から井戸の釣瓶のように上下する怪火である。鳥山石燕『画図百鬼夜行』に図像が見え、京都西岡周辺で語られた「釣瓶おろし」の怪火を典拠とする解釈がある。四国・九州では木の精が青白い火球となって枝にぶら下がるとされ、炎は物を焼かず、時に人獣の顔が浮かぶという。山道に静かに現れる怪火の一種とみなされ、目撃譚が各地に伝わる。
はかのひ
五輪塔の燐火・墓の火
墓の火は、墓地や古い五輪塔の周囲に現れる怪火の一種。鳥山石燕『今昔画図続百鬼』には、藪に囲まれ荒廃した墓所で、梵字の欠けた五輪塔に炎が燃え上がる姿が描かれる。梵字が欠けたため断たれるべき煩悩が炎となると解されることがある。近世の怪談では、屍体や墓から漏れた血や脂が燐火となって発する怪異として語られ、夜間にゆらめきながら漂うという。
ちょうちんび
田畦に浮かぶ怪火・提灯火
提灯火は、田畦や川堤、墓所の近くに現れる鬼火の一種。提灯ほどの大きさの火が地上一メートル前後を漂い、人が近づくと消えるとされる。四国では狐や狸の仕業とみなされ、地域により名や性質の伝え方が異なる。夜道で連なって見えることがあり、怪死・熱病など不吉の前兆と結び付けられるが、実体は掴めず正体不詳とされる。
ばさん
伊予竹薮の火喰い鳥・波山
波山は伊予に伝わる怪鳥で、婆娑婆娑・犬鳳凰とも呼ばれる。赤い鶏冠を持ち、口から赤々とした火を吐くが、その火は狐火の類とされ熱を伴わず物を焼かない。山奥の竹薮に潜み、人前に出ることは稀だが、深夜に村里へ飛来して羽音を大きく立て、姿はすぐに掻き消えるという。人を驚かすが、実害は与えないとされる。江戸期の奇談集や図像に記述が見られる。
あやかし
西海の海上怪火・アヤカシ
アヤカシは海上に現れる怪異・妖怪の総称。地方により指す実体は異なり、怪火、船幽霊、海上の幻影などを含む。長崎では海上の怪火、山口・佐賀では船を害する船幽霊を指す例がある。対馬では巨大な怪火が浜に現れ、沖では山の姿に化けて船路をさえぎるという。実在魚コバンザメへの俗信が結びつく地域もあり、海難や遭難の説明として語られた。
ひとだま
夜空に漂う魂火・人魂
人魂は、夜間に空中を漂う小さな火の玉として目撃される霊的現象で、古くは「人の体から離れた魂」と解される。色は青白・橙・赤など諸説あり、尾を引いて低く漂うとされる。鬼火・狐火と混同されがちだが、人魂は人の魂の発光として語られ、死や生死の境に関わる前兆ともされる。『万葉集』をはじめ古典や近世の随筆・地方伝承に頻出し、近代以降も各地で目撃談が続く。
たいまつまる
妖火を帯ぶる怪鳥・松明丸
松明丸は、鳥山石燕『百器徒然袋』に描かれる火を携えた鳥の妖怪。猛禽の姿で口や爪に炎をまとい、深山の闇に怪光を放つという。石燕は注に「天狗礫の光」と関連づけ、行人の修行を妨げる性と解す。実用の灯りではなく惑乱の火で、夜行する者を迷わせる存在として表象される。史料上の具体的出没地は定かでない。
かぜんぼう
京鳥部山の僧霊火・火前坊
火前坊は、鳥山石燕『今昔百鬼拾遺』に描かれた妖怪で、京都の葬送地として知られた鳥部山に現れる僧形の怪火とされる。炎と煙に包まれた乞食坊主の姿で表され、焚死往生を願い自ら火を放ったものの、未練などにより成仏できなかった僧の霊火と解釈されることが多い。史料上は石燕の画図が主で、名称・像容は後世の妖怪事典にも採録されている。
みのび
琵琶湖雨夜の蓑光・蓑火
蓑火は、梅雨時の夜などに琵琶湖を渡る舟上で、雨具の蓑に点々と現れる蛍状の怪火と伝えられる。熱さや燃え広がりはなく、蓑を脱ぎ捨てれば消えるが、手で払うと数を増し、星の瞬きのようにきらめくという。水死者の怨霊の化現とする説のほか、近代の見立てでは気体発光現象の一種とも解され、各地に類例が報告されている。
さんまいたろう
火葬場集霊の入道・三昧太郎
火葬場(三昧場)で多数の遺骸を焼いた際、集まった死霊が人型を成して現れるとされる怪異。地方によっては千体以上を焼くと出るといい、巨大な入道の姿をとる例も伝わる。死者に関わる前兆や所作を示し、夜間に拍子木を打つ、三昧に杭を打つなどの動作で人々を脅かす。流水を越えると力を失い消えると語られる。
「火の妖怪」の妖怪たちが連なる系譜を辿ってみよう。