石燕の図像や江戸の版本に基づく典型像。ざんぎり頭の童子に似て、鉤爪の足と長い舌を持つ。人を避け、人気の絶えた夜に現れ、風呂場に溜まった垢や水垢を舐め取り、痕跡として湿った舌跡や異様な臭いを残すとされた。直接の害は稀で、むしろ住人に清掃を促す存在として理解される。
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あかなめ
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あかなめ
古い風呂屋や荒れた屋敷の湯殿に現れるとされる妖怪。ざんぎり頭の童子の姿に描かれ、長い舌を垂らし、足には鉤爪を備える。人の寝静まった夜更けに音もなく忍び入り、桶や板壁、簀の子、流しにこびり付いた垢や水垢、黴を、その長い舌で丹念に舐め取るという。人を襲い害をなすという筋立ては本来の伝承には乏しく、むしろ出現そのものが、手入れを怠った湯殿の不浄の兆しと受け取られた。垢を舐めるという即物的で生々しい所業ゆえに、おどろおどろしい恐怖よりも、どこか滑稽味を帯びた身近な怪として語られてきた。別名に垢舐・垢ねぶりがあり、文献によっては嬰児に似た姿とも記される。鳥山石燕『画図百鬼夜行』[1]に描かれた長舌の怪童の図像が広く流布の基となったが、石燕本には詞書(解説文)が一切付かず、性質や由来は語られないまま、姿だけが先行して知られていった妖怪である。後世にはこの姿絵をもとに、湯殿を清潔に保つべしという生活上の戒めと結び付けて理解されるようになった。
文献上の初期の記録は山岡元隣・元恕編『古今百物語評判』[2](貞享3年・1686年刊)に見える「垢ねぶり」で、ここでは古い風呂屋に棲む化生として説かれる。同書は塵や垢の「気」(陰気)が集まった場所から自然に化生するとし、「たとへば魚の水より生じて水をはむ」ように、生じた場所の垢をそのまま食らうものだと理屈づける。つまり当初は人格的な妖怪というより、不浄が凝って生まれる気の産物として観念されていた。鳥山石燕『画図百鬼夜行』[1](安永5年・1776年)は長舌の怪童として図に描くが、詞書を欠くため由来は語られず、姿だけが後世に伝わった。玄紀『日東本草図纂』[3](安永9年・1780年・巻之十二)は図入りで紹介し、嬰児に似て目は丸く舌が長い姿とし、夜に現れて風呂桶の垢を嘗めると記す。地名や人物に結び付く固有の在地譚は乏しく、概ね「不潔を戒める怪」として共有された点に特色がある。湯殿や風呂桶をこまめに洗い垢をためぬよう心掛けるという生活上の戒めと結ばれ、掃除を促す教訓的機能を担ったとされる。垢ねぶりという異名の「ねぶる」は古語で舐めるの意で、垢嘗と同一の妖怪と推測されている。なお人を襲う危険な妖怪とする筋立ては、近代以降の妖怪解説が物語性を補って強調したもので、近世史料に直接の典拠を求めにくい点は留意される。
この妖怪は以下のコレクションに収録されています:
石燕の図像や江戸の版本に基づく典型像。ざんぎり頭の童子に似て、鉤爪の足と長い舌を持つ。人を避け、人気の絶えた夜に現れ、風呂場に溜まった垢や水垢を舐め取り、痕跡として湿った舌跡や異様な臭いを残すとされた。直接の害は稀で、むしろ住人に清掃を促す存在として理解される。
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