近江・三上山および琵琶湖畔に関わる伝承で著名な姿。山を七巻き半すると語られるほどの巨体で、外殻は金石のごとく堅く、矢も刀も通じないとされた。夜間に脚が紅光を放つとされ、湖上や山裾に長い影を曳く。討伐譚は武勇の顕彰と結び、龍神信仰や橋の霊威とも関わると理解されてきた。採鉱・鍛冶伝承との連関が指摘されるが詳細は不詳。
妖怪設定
この区画は物語を楽しむための当サイト独自の設定です。史実・考証ではありません。
大百足は巨大な百足の妖怪で、近江国三上山を幾重にも巻くほど長大な体をもつと語られる。甲は硬く、並の刀矢をはね返すという。脚は火のように赤く輝き、毒牙は甲冑をも噛み砕くと畏れられた。湖沼の水神たる龍蛇と対立し、これを脅かす存在として伝承に現れる。一方で百足は前へ進むのみで退かぬ虫として勇猛不退の象徴とされ、武家や鉱山にゆかりの信仰の対象ともなった。各地に異同が多く、その実体は一様でない。
百足退治の説話は『太平記』巻十五[1]を初出とし、室町期の『俵藤太絵巻』[2]によって広く知られた。それによれば、瀬田の唐橋に横たわる大蛇を俵藤太(藤原秀郷)が臆さず踏み越えて渡ると、大蛇は人の姿となって現れ、自らは琵琶湖の龍宮に住む龍女(龍神)であり、一族が三上山に棲みついた大百足に苦しめられていると訴え、退治を懇願したという。
藤太が強弓で射かけると、一の矢二の矢ははね返されて通じない。そこで三の矢の鏃に唾をつけて射ると、矢は大百足の眉間を貫いて仕留めたと伝わる。降魔の力をもつとされる唾を用いる退治法は、陰陽道の禁厭観念と結びつけて解されることがある。
礼として藤太は龍神から、尽きることのない米俵や巻絹などの宝を授かり、龍宮に招かれて赤銅の釣鐘をも贈られ、これを三井寺(園城寺)に奉納したと語られる。下野では男体山の蛇神と赤城山の百足神の争いに弓の名手が加勢する類話も伝わる。なお百足を毘沙門天の使いや鉱山の神の使いとみる民俗[3]は近世以降の一説で、退治譚とは別系統の信仰である。
大百足 を様々な画風のカードで
この妖怪は以下のコレクションに収録されています:
近江・三上山および琵琶湖畔に関わる伝承で著名な姿。山を七巻き半すると語られるほどの巨体で、外殻は金石のごとく堅く、矢も刀も通じないとされた。夜間に脚が紅光を放つとされ、湖上や山裾に長い影を曳く。討伐譚は武勇の顕彰と結び、龍神信仰や橋の霊威とも関わると理解されてきた。採鉱・鍛冶伝承との連関が指摘されるが詳細は不詳。
この区画は物語を楽しむための当サイト独自の設定です。史実・考証ではありません。
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下図は三上山七巻きの大百足の診断評価図です。各項目の値が高いほど、その特性が強く表されていることを示しています。