伝説
伝統妖怪

大山伯耆坊

おおやまほうきぼう

カテゴリ
山野の怪
性格
後任として座を継いだ謙抑の天狗。大山詣りの庶民を見守り、山の禁を守る者に加護を垂れる。
起源
相模国・大山(神奈川県伊勢原市)
  • 大山(大山阿夫利神社)(神奈川県 伊勢原市)移座の大天狗・伯耆坊が座す雨降山
地図で見る

基本説明

大山伯耆坊は、相模国の大山(おおやま、別名雨降山)に座す大天狗であり、八大天狗の一に数えられる。室町期の謡曲『鞍馬天狗』にも「大山の伯耆坊」として名が見える。

その座す大山は、古代の正史にさかのぼる霊山である。『延喜式』神名帳(九二七)は、山上の阿夫利神社を相模国の式内社として載せ、大山の神格が古代に国家的な公認を受けていたことを示す。伯耆坊の名には、天狗界の座をめぐる移座の伝えがまとう。もと相模大山には相模坊という大天狗がいたが、讃岐に配流された崇徳上皇の霊を慰めるため白峰へ移った。空席となった相模大山の座に、伯耆国(鳥取)の大山(だいせん)から伯耆坊が後任として入った――この対構造を、天狗研究の知切光歳が整理して示した。ゆえに大山伯耆坊と白峰相模坊は、つねに対で語られる。

民話・伝承

大山伯耆坊の物語は、相模大山という霊山の歴史と、天狗の「移座」という独特の伝承構造のうえに立つ。

相模国の大山は、雨降山(あふりやま)とも呼ばれ、その神格は古代に確立していた。『延喜式』神名帳(九二七)は山上の阿夫利神社を相模国の式内社に列ね、主祭神を大山祇神とする。仏教側では、大山寺縁起絵巻が、相模国司の夫妻が観音に子授けを願う場に始まり、鷲にさらわれ奈良で育った良弁(ろうべん)が天平勝宝年間に大山寺を開き本尊不動明王を安置したと描く(なおこの相模版の縁起絵巻は、同名の伯耆国大山寺の縁起とは別物である)。中世以降、この大山寺を拠点に修験が栄えた。

近世には「大山詣り」が庶民の一大行事となる。官撰地誌『新編相模国風土記稿』(一八四一)は、例祭を六月二十七日から七月十七日までとし、諸国からの参詣者がはなはだ多いと記す。参詣者は二つの滝で水垢離をとってから登拝し、関東一円に大山講が組織され、世話役の先導師(御師)が参詣を差配した。

天狗としての伯耆坊を特徴づけるのは、その「移座」の伝えである。もと相模大山の主であった相模坊が、保元の乱に敗れ讃岐で崩じた崇徳上皇の霊を護るため白峰へ移ると、その後任として伯耆国大山から伯耆坊が相模へ移ってきたという。この対構造は、検証の限りでは天狗研究の知切光歳が諸国の天狗譚を体系化するなかで整理したもので、古典籍に明文の典拠を見いだしがたい。したがって大山伯耆坊を語ることは、おのずと白峰相模坊と崇徳怨霊を語ることに通じる一方、移座そのものは後世の整理として読むべきである。明治の神仏分離ののち、大山阿夫利神社では大雷神を大天狗、高龗神を小天狗に充てる解釈が生じたが、これは近代の神道化に伴う再解釈であり、中世以来の伯耆坊の像とは層を異にする。

八大天狗

八大天狗

諸国の霊山に座す八座の大天狗。室町期の謡曲『鞍馬天狗』に既にその名が列ね、近世の『天狗経』四十八天狗の筆頭をなす。愛宕太郎坊を総帥とし、西は讃岐白峰までを束ねる。

  1. 愛宕山太郎坊
    愛宕山太郎坊
    山城・総帥
  2. 比良山次郎坊
    比良山次郎坊
    近江・次席
  3. 鞍馬山僧正坊
    鞍馬山僧正坊
    山城
  4. 飯綱三郎
    飯綱三郎
    信濃
  5. 大山伯耆坊
    大山伯耆坊いまここ
    相模
  6. 彦山豊前坊
    彦山豊前坊
    豊前
  7. 大峰前鬼坊
    大峰前鬼坊
    大和
  8. 白峰相模坊
    白峰相模坊
    讃岐

関連する妖怪

伝承の上で深く結びつく妖怪たち。

関連1

徹底解説

大山伯耆坊の核心は、「移座」という天狗界の座の継承譚にある。だがその座す大山は、移座伝に頼らずとも古代に確立した霊山であった。

『延喜式』神名帳(九二七)は阿夫利神社を相模国の式内社に列ね、大山の神格が古代国家に公認されていたことを示す。仏教側の大山寺縁起絵巻は、鷲にさらわれ奈良で育った良弁が大山寺を開き不動明王を安置したと描く(相模版。伯耆国大山寺の縁起とは別物)。そして近世、官撰地誌『新編相模国風土記稿』(一八四一)は、夏山の登拝期と諸国からの参詣の賑わいを伝える。先導師に導かれ滝に身を清めてから登る参詣の作法、各地の大山講――こうした信仰の厚みが、後任の天狗である伯耆坊に、庶民を見守る守護者の性格を与えた。

移座の伝えは、この霊山の歴史の上に重なる。天狗研究の知切光歳の整理によれば、相模大山にはもともと相模坊という大天狗がいた。だが保元の乱(一一五六)に敗れて讃岐へ流された崇徳上皇が崩御すると、相模坊はその無念の霊を慰め護るため、讃岐の白峰へと移った(=白峰相模坊)。空席となった相模大山の座を継いだのが、伯耆国の大山(だいせん)から移ってきた伯耆坊である。「相模坊が西へ、伯耆坊が東へ」というこの対称の移座は、古典籍に明文の典拠を欠く知切由来の整理であり、史実というより、天狗界の座が固定された個体ではなく山と縁によって継がれてゆくという観念を映した伝承として読むべきである。室町の謡曲『鞍馬天狗』に「大山の伯耆坊」と唱えられ、『天狗経』の四十八天狗に連なるその座は、この独特の縁起とともに、八大天狗の一として記憶されつづけている。

妖怪設定

この区画は物語を楽しむための当サイト独自の設定です。史実・考証ではありません。

性格
後任として座を継いだ謙抑の天狗。大山詣りの庶民を見守り、山の禁を守る者に加護を垂れる。
相性
山を敬い参詣する者、座を引き継ぐ責を負う者、雨と実りを願う者
能力・特技
雨を呼び実りをもたらす大山詣りの参詣者の守護風雲を操る飛翔山の禁を守らせる験力座を継ぐ者としての調停
弱点
  • 山の禁を犯す者には加護を与えない
  • 神仏分離による像の後退
  • 仏法・禁制による抑制
生息地
相模国・大山(神奈川県伊勢原市), 大山阿夫利神社・大山寺, 関東一円の大山講

🔮妖怪相性診断

移座の大天狗・大山伯耆坊についてさらに詳しい情報や診断結果については、こちらをご覧ください。

出典・参考文献

6
  1. 鞍馬天狗(謡曲)宮増(伝)((能・五番目物), 室町期) [謡曲]鞍馬山僧正坊が牛若丸に兵法を授ける能。詞章に諸国の大天狗を地理順に列ね、八大天狗の中世的典拠となる。
  2. 延喜式(神名帳)藤原時平ほか((律令の施行細則), 927) [古典文献]延長五年(927)成立。相模国の式内社として「阿夫利神社」を載せ、大山の神格の古代における国家的公認を示す。
  3. 天狗の研究知切光歳(大陸書房, 1975) [研究書]天狗研究を集大成した基本文献。諸山の大天狗を体系的に整理し、相模坊↔伯耆坊の移座説などを論じる。
  4. 大山寺縁起絵巻(相模)(縁起絵巻)((相模大山寺、平塚本ほか), 1532) [絵巻]良弁の大山寺開山(天平勝宝)と本尊不動明王を描く相模大山固有の縁起絵巻。伯耆国大山寺版とは別物。
  5. 新編相模国風土記稿(江戸幕府編)((官撰地誌), 1841) [地誌]天保十二年(1841)完成の官撰地誌。夏山の登拝期(六月二七日〜七月一七日)と諸国からの参詣の賑わいを記す。
  6. 天狗経(密教系祈祷秘経)((修験の祈祷経典), 江戸中期) [古典文献]諸国の大天狗四十八座を列挙する祈祷秘経。山伏が誦して天狗を招き悪魔退散・調伏を願ったとされる。

このタイプの妖怪に興味がある?

妖怪診断で、あなたの性格に最も近い妖怪を発見しましょう

妖怪診断を始める

神社で今日の守護妖怪に出会う

おみくじを引くと、今日あなたを見守る妖怪が現れます。