伝説
伝統妖怪

飯綱三郎

いづなさぶろう

カテゴリ
山野の怪
性格
峻烈にして験あらたか。法を授ける者には力を貸し、外法を侮る者には祟る。武を重んじ、戦勝を望む者に応える。
起源
信濃国・飯縄山(長野県長野市)
  • 飯縄山(飯綱山)(長野県 長野市)飯縄権現を祀る軍神・飯綱三郎の霊山
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基本説明

飯綱三郎は、信濃国の飯縄山(飯綱山)に座す大天狗であり、飯縄権現(いづなごんげん)として神仏習合の信仰を集めた山の主である。八大天狗の一に数えられ、「日本第三の天狗」を称したと伝わる。剣と索(綱)を執る烏天狗が白狐に乗る姿で表され、戦勝・軍神として武家の篤い崇敬を受けた。

その名は中世の『戸隠山顕光寺流記』(一四五八)に「伊都奈三郎」と記され、天福元年(一二三三)に飯縄大明神が自らを「日本第三の天狗」と名乗ったと伝える――愛宕太郎坊・比良次郎坊に次ぐ「三郎」の所以である。室町期の謡曲『鞍馬天狗』にも「飯綱の三郎」として名を連ねる。

民話・伝承

飯綱三郎は、天狗・神仏習合神・外法の呪術・武家の軍神という四つの面をあわせ持つ、複雑な信仰の結晶である。

飯縄信仰の古層は鎌倉期にさかのぼる。建治元年(一二七五)成立の密教聖教『阿娑縛抄』は、すでに飯縄山の名を載せ、嘉祥年間に飯縄山で修した行者「学問」が戸隠を開いたと記す。やや下って、『戸隠山顕光寺流記』(一四五八)は飯綱三郎を「伊都奈三郎」と記し、天福元年(一二三三)に飯縄大明神が自らを「日本第三の天狗」と名乗ったと伝える――愛宕太郎坊・比良次郎坊に次ぐ「三郎」の所以である。その出自を詳しく説くのが『飯縄山廻祭文』(一五四六)で、天竺の明前月光王の王子のうち出家せず俗に留まった第三子を智羅天狗とし、これを信濃飯縄大明神とする。江戸後期の『飯縄山略縁起』は、学問行者の入山、天福の神託、千日太夫の開祖伝、本地仏(大日・不動・地蔵)を整理して伝える。

その図像は独特である。剣と索を執る烏天狗形の本尊が白狐に乗り、本地仏を不動明王または荼枳尼天(だきにてん)とする。応永十三年(一四〇六)銘の神像が現存最古とされる。

飯綱三郎を世に知らしめたのは、その軍神としての性格と、外法としての「飯縄の法」である。飯縄法は、天狗や管狐(くだぎつね)を使役して病を治し、あるいは託宣を得る呪術で、愛宕勝軍法・荼枳尼天法と並ぶ外法・邪法とされた。戦国の世には、上杉謙信が兜の前立に飯縄権現像を掲げ、武田家も篤く信仰して、飯綱三郎は戦勝を授ける軍神として崇められた。『天狗経』の四十八天狗に連なり、天狗研究の知切光歳も飯綱三郎を諸山の大天狗の一として論じている。

八大天狗

八大天狗

諸国の霊山に座す八座の大天狗。室町期の謡曲『鞍馬天狗』に既にその名が列ね、近世の『天狗経』四十八天狗の筆頭をなす。愛宕太郎坊を総帥とし、西は讃岐白峰までを束ねる。

  1. 愛宕山太郎坊
    愛宕山太郎坊
    山城・総帥
  2. 比良山次郎坊
    比良山次郎坊
    近江・次席
  3. 鞍馬山僧正坊
    鞍馬山僧正坊
    山城
  4. 飯綱三郎
    飯綱三郎いまここ
    信濃
  5. 大山伯耆坊
    大山伯耆坊
    相模
  6. 彦山豊前坊
    彦山豊前坊
    豊前
  7. 大峰前鬼坊
    大峰前鬼坊
    大和
  8. 白峰相模坊
    白峰相模坊
    讃岐

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徹底解説

飯綱三郎を読み解くには、「飯縄権現」という神仏習合の本尊像と、「飯縄の法」という外法、そして戦国武将の信仰という三層を重ねて見る必要がある。

その信仰の古さは、文献に裏づけられる。建治元年(一二七五)の『阿娑縛抄』が飯縄山の名と開山の行者を載せ、『戸隠山顕光寺流記』(一四五八)が「伊都奈三郎」「日本第三の天狗」を記し、『飯縄山廻祭文』(一五四六)が天竺渡来の智羅天狗という出自を、『飯縄山略縁起』が本地仏と千日太夫の系譜を伝える。鎌倉から江戸まで、層をなして語り継がれた信仰である。

本尊の図像はきわめて特徴的である。剣と索を執る烏天狗が白狐に乗り、しばしば狐に蛇が巻きつく。本地仏は不動明王とも荼枳尼天とも説かれ、資料により異同がある。この「天狗・狐・不動・荼枳尼」が一身に合する複合性こそ、飯縄権現が単なる山の天狗を超えて、密教的な験力の集約点となった理由である。高尾山薬王院・信州飯縄神社・千葉鹿野山神野寺など、信仰は特に関東以北で篤い。

「飯縄の法」は、この験力の実践面である。天狗や管狐を使役して病を癒し、憑依して託宣を下すこの呪術は、愛宕勝軍法・荼枳尼天法と並ぶ外法とされ、これを操る者を飯綱使いと呼んだ。管狐を竹筒に飼い使役するという俗信は、飯綱の名を妖術の代名詞にもした。

そして武家の信仰が、飯綱三郎を軍神へと押し上げた。上杉謙信の兜の前立が飯縄権現像であることは名高く、武田勝頼が千日太夫の養子に仁科の名を与えた例もある。細川政元のように飯縄法そのものを修した武将もいた。戦勝を司る神としての飯綱三郎は、『天狗経』の四十八天狗のなかでも、もっとも現世利益と結びついた一座である。天狗研究の知切光歳は、この多面的な飯綱三郎を諸山の大天狗の体系に位置づけた。

妖怪設定

この区画は物語を楽しむための当サイト独自の設定です。史実・考証ではありません。

性格
峻烈にして験あらたか。法を授ける者には力を貸し、外法を侮る者には祟る。武を重んじ、戦勝を望む者に応える。
相性
武運・戦勝を願う者、修験・呪法の道を歩む者、山と狐を敬う者
能力・特技
管狐・天狗を使役する飯縄の法戦勝・武運の加護白狐に乗る飛翔病を癒し託宣を下す結界と調伏の験力
弱点
  • 外法を侮り作法を違える者には祟る
  • 仏法・正法による調伏
  • 飯縄使いの慢心
生息地
信濃国・飯縄山(長野市), 高尾山薬王院, 関東以北の飯縄神社・飯縄寺

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出典・参考文献

7
  1. 戸隠山顕光寺流記並序(戸隠山流記)((戸隠山の縁起), 1458) [寺社縁起]天福元年(1233)、飯縄大明神が自らを「日本第三の天狗」と名乗ったと記す。飯綱三郎(伊都奈三郎)の中世的典拠。
  2. 鞍馬天狗(謡曲)宮増(伝)((能・五番目物), 室町期) [謡曲]鞍馬山僧正坊が牛若丸に兵法を授ける能。詞章に諸国の大天狗を地理順に列ね、八大天狗の中世的典拠となる。
  3. 阿裟縛抄諸寺略記承澄((天台密教の図像・寺院縁起集), 鎌倉中期(13世紀)) [古典文献]
  4. 飯縄山廻祭文(祭文)((天文15年の神事祭文), 1546) [祭文]飯綱三郎=智羅天狗の出自を、天竺の明前月光王の王子のうち俗に留まった第三子とする縁起を述べる祭文。
  5. 飯縄山略縁起(縁起)((飯縄山の縁起), 江戸後期) [寺社縁起]学問行者の入山、天福元年(1233)の「日本第三の天狗」神託、千日太夫の開祖伝、本地仏を記す飯縄山の縁起。
  6. 天狗経(密教系祈祷秘経)((修験の祈祷経典), 江戸中期) [古典文献]諸国の大天狗四十八座を列挙する祈祷秘経。山伏が誦して天狗を招き悪魔退散・調伏を願ったとされる。
  7. 天狗の研究知切光歳(大陸書房, 1975) [研究書]天狗研究を集大成した基本文献。諸山の大天狗を体系的に整理し、相模坊↔伯耆坊の移座説などを論じる。

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