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146 妖怪|9 カテゴリ|4/7 ページ

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隠神刑部

隠神刑部

珍しい

いぬがみぎょうぶ

松山八百八狸の総領・隠神刑部

動物変化愛媛県

伊予国松山(愛媛県松山市)に伝わる化け狸の総領。久万山の古い岩屋に棲み、八百八匹の眷属を率いて松山城下を護ったと語られ、その数から八百八狸とも呼ばれる。「刑部」は城主の家にゆかりある称とされ、城下の人々に崇められたと伝わる。俗に言う日本三大狸の一つに数えられるが、その姿は古伝承というより、享保期の松山藩のお家騒動を題材に江戸末期の講談『松山騒動八百八狸物語』で大きく膨らんだもので、神通力をもって怪異を起こす大狸の頭領として描かれる。

茨木童子

茨木童子

伝説

いばらきどうじ

綱に腕斬らるる・茨木童子

人妖・半人半妖大阪府新潟県

酒呑童子の股肱とされる鬼で、その副将格として大江山の賊徒に名を連ねたと伝わる。出生は摂津国(富松・茨木の里)説と越後国(古志郡軽井沢)説があり、いずれも幼少より異相と剛力を示し、母や里を畏れさせて山へ入ったと語られる。最もよく知られるのは、『平家物語』剣巻系に基づく説話で、渡辺綱に片腕を斬られた鬼が、のちに綱の伯母に化けて腕を奪い返す筋である。中世以降、この鬼が茨木童子と同定され、能『羅生門』や歌舞伎・浄瑠璃で広く演じられた。

イペタム

イペタム

珍しい

いぺたむ

アイヌの血食う妖刀・イペタム

住居・器物北海道

イペタムはアイヌに伝わる「食う刀」を意味する妖刀の総称。箱の中で石や革紐を噛むように音を立て、血を求めて一度抜けば人を斬るまで収まらないと畏れられた。空を飛んで人を斬るとも語られ、凶器性を帯びた刀として忌避される。各地で底なし沼へ沈めて祟りを鎮めた話や、保管中も鳴動して持ち主を脅かす話型が知られる。

否哉

否哉

稀少

いやや

水面に老顔映す美女・否哉

住居・器物石燕『今昔百鬼拾遺』、東方朔の怪哉故事に擬えた創作

江戸期の画家・鳥山石燕『今昔百鬼拾遺』に描かれた妖怪。後ろ姿は美女だが、水面には皺深い老人の顔が映る姿で示される。作中の付記で、中国の故事に見える虫「怪哉」に名をなぞらえて「否哉」と号したとされ、具体的性状は記されない。後世資料では「いやみ」「異爺味」などの名で取り上げられるが、伝承の実在性は不詳とされる。

磐長姫

磐長姫

神格

いわながひめ

永遠·堅固·縁結びの女神·磐長姫

神霊・神格静岡県

『古事記』 上巻末·『日本書紀』 神代下 第九段に登場する大山祇神の娘で、 木花咲耶姫の姉。 神名「磐長 (イワナガ)」 は「岩のように永遠·堅固で長久に変わらない女性」 を意味し、 不死·長寿·堅固·磐石の象徴。 別表記は「石長比売 (古事記)」 で、 別名に苔牟須売神 (こけむすひめ) がある。 邇々芸命の天孫降臨後、 父·大山祇神が姉妹を共に献上したが、 邇々芸命は磐長姫を醜いとして送り返し、 木花咲耶姫だけを娶ったため、 大山祇神が「磐長姫を侍らせれば天孫の御命は岩のごとく永遠だったが、 咲耶姫だけを留めたゆえ花のごとく短くなる」 と告げた ── これが日本神話における人類·天皇家短命化の起源神話 (大林太良がインドネシア·スラウェシ島の死の起源神話と同系統と分類した「バナナ型神話」 の日本版) である。 雲見浅間神社·細石神社·銀鏡神社 (磐長姫が自分の醜貌を嘆き投げた鏡が銀鏡村の起源とする伝承)·貴船神社結社 (縁結びの本宮、 拒絶の恥から貴船に隠れ「人々に良縁を授けん」 と鎮座した逆説的信仰)等で祀られ、 縁結び·延命長寿·堅固を司る。

岩魚坊主

岩魚坊主

珍しい

いわなぼうず

淵の主が坊主姿・岩魚坊主

動物変化岐阜県

岩魚坊主は、大きく年老いた岩魚が人の姿、ことに坊主に化けて現れるとされる水辺の怪異。釣り人に近づき、寺領での漁をいさめたり談笑して去るが、その後に釣り上げられた巨大な岩魚の腹から、先に坊主へ振る舞ったご飯や餅などが出るという。江戸期の随筆『想山著聞奇集』に美濃国恵那郡の例があり、福島県や東京都など各地で類話が伝わる。水の主への畏れや殺生戒めの観念が背景にある。

保食神

保食神

神格

うけもちのかみ

死から五穀を生む食物起源神・保食神

神霊・神格葦原中国 (神話上の地上世界)

保食神(うけもちのかみ)は、『日本書紀』神代上第五段一書第十一に現れる、食物の発生を一身に引き受ける神である。天照大御神は葦原中国にこの神がいると聞き、月夜見尊を遣わして様子を見させた。保食神は客を迎えるため、陸へ向かって飯を、海へ向かって魚を、山へ向かって獣を口から出し、それらを整えて饗応した。ところが月夜見尊は、口から出したものを食として供することを穢れと見なし、怒って保食神を斬り殺す。ここで保食神は、単に「食べ物を出す神」ではなく、食べることの聖性と汚穢感がまだ分かたれていない地点に立つ神として姿を現す。 保食神の死は、世界から食を失わせるのではなく、食を地上に固定する契機となる。『日本書紀』は、天熊人が死骸を確かめると、頭頂から牛馬、顱から粟、眉から蚕、眼から稗、腹から稲、陰から麦・大豆・小豆が生じていたと語る。天照大御神はそれらを受け取り、粟・稗・麦・豆を陸田の種子、稲を水田の種子とし、さらに繭を口に含んで糸を引くことで養蚕の道を開いた五穀・家畜・養蚕の起源である。したがって保食神は、死体化生の食物神であると同時に、農耕・牧畜・絹という生活基盤を天照大御神の秩序へ受け渡す神でもある。 近い型の物語は『古事記』の大気都比売神にも見られるが、國學院大學の月読命条目が整理するように、そこでは殺害者が須佐之男命であり、保食神譚のような月夜見尊と天照大御神の断絶は前面に出ない大気都比売神との異同。保食神の伝承が重要なのは、食物起源神話がそのまま日月分離の神話にもなっている点にある。食物を穢れと見る月の神と、それを人間世界の糧へ転じる日の神との間に亀裂が走ることで、昼と夜、食と穢れ、死と収穫が同時に分節される。保食神は、その境目で斬られ、なお世界を満たす神である。

牛鬼

牛鬼

伝説

うしおに

牛頭蜘蛛体の海鬼・牛鬼

動物変化愛媛県高知県

牛鬼(うしおに)は、主に西日本の海岸や淵、山間部に現れるとされる、日本妖怪の中でも屈指の獰猛さと霊格を持つ存在である。姿は「牛の頭に鬼の胴」あるいは「蜘蛛の胴体に牛の首」など多様な異形として描かれる。古くは平安時代の『枕草子』において「おそろしきもの」として名指しされており、古来より人々に深く畏怖されてきた。その本質は、無差別に人を喰らい毒気を撒き散らす「残忍な悪鬼・疫病神」としての顔と、祭礼において神輿を先導し悪魔祓いを行う「強力な守護神」としての顔という、極端な両義性(善悪の二面性)を併せ持つ点にある。文献上の怪異から、地域の民俗信仰・芸能の対象へと変遷を遂げた、民俗学的に極めて重要な妖怪である。

牛の首

牛の首

伝説

うしのくび

語れば戻れない禁断の怪談

総称・汎称語ることを禁じる都市伝説 / 小松左京作品を通じた受容

牛の首は、内容そのものが語られないことで成立する禁断の怪談である。普通の怪談は、どんな恐ろしい出来事が起きたのかを語ることで読者を震えさせる。ところが牛の首では、「その話を聞いた者はあまりの恐怖で取り返しのつかない状態になる」「だから誰も最後まで語れない」という枠だけが流通し、肝心の本文は空白のまま残される。この不在が怪異の本体である。 小松左京の短編「牛の首」は、この空白を近代怪談として強く印象づけた重要な作品である。作品は、恐ろしい怪談の内容を直接提示するのではなく、語れないほど恐ろしい話が存在するという噂の力を描く。のちに都市伝説として広がった牛の首は、作品名、禁忌、学校や合宿での怪談会、バスや旅行中の語りといった要素を取り込み、「内容がないのに怖い話」として増殖した。 分類上の牛の首は、妖怪の名であると同時に、怪談の形式名でもある。牛頭の霊や獣の怪が現れる話ではなく、聞くこと・語ること・知ってしまうことの危険を指す。ASIOS編『謎解き「都市伝説」』が扱う都市伝説のなかでも、真偽や目撃情報より「その話を知っているかどうか」が恐怖の核になる型に近い。牛の首は、存在しない本文を読者の想像力で補わせるため、どんな具体描写よりも強い余白を残す。 このため牛の首は、怪談を読む側の欲望まで含めて成立する。怖い話をもっと知りたい、誰も知らない話を聞きたい、禁じられたものに触れたい。そうした気持ちがなければ、題名だけの怪談は力を持たない。逆に言えば、牛の首は読者が怪談好きであるほど深く刺さる。何も語らないのに怖いのではなく、聞きたい気持ちを鏡にして怖がらせるのである。

丑の刻参り

丑の刻参り

名妖

うしのこくまいり

丑三つ時の藁人形呪詛

霊・亡霊京都府

丑の刻(真夜中)に神社の御神木へ憎む相手を象った人形を打ちつけ、祟りを願う呪詛儀礼。江戸期に白装束・鉄輪にろうそく・一本歯下駄・鏡・五寸釘などの作法が整い、七日間通えば満願とされた。行為を見られると効力が失せる、黒牛に遭えば跨げば成就するなどの付会が伝わる。源流には古代の人形代呪術や陰陽道の形代祈祷が指摘される。

後神

後神

稀少

うしろがみ

後ろ髪引く一つ目女・後神

霊・亡霊石燕『今昔百鬼拾遺』、後ろ髪を引かれるの語呂、絵巻発祥

後神は、人の背後に現れて後ろ髪を引くとされる怪異。鳥山石燕『今昔百鬼拾遺』に一つ目の女の姿で描かれ、ためらい・心残りを擬人化したものと解される。臆病者や優柔不断な者に付きまとい、踏み切れぬ心を増幅させる存在として語られる。語呂と観念の結びつきが強く、民間では臆病神の一類として位置づけられる。

臼負い婆

臼負い婆

珍しい

うすおいばば

佐渡宿根木の海老女・臼負い婆

水の怪新潟県

臼負い婆は、新潟県佐渡島・宿根木の海辺に現れたとされる海のあやかし。白い肌の老女の姿で水面に浮かび、両手を背に回して何かを背負う様子を見せては、再び海中へ消えるという。出現は数年に一度ほどで、当地では古くから目撃が語られるが、人を襲う害は特に伝えられない。同系の海女怪である磯女・濡女の類とみなされることが多い。

姥ヶ火

姥ヶ火

名妖

うばがび

枚岡の油盗み怪火・姥ヶ火

自然現象・自然霊大阪府京都府

姥ヶ火は、雨夜などに現れる怪火で、主に河内国の枚岡や丹波国の保津川流域に伝承が残る。大きさ一尺ほどの火の玉として飛び、時に老女の顔や鳥の姿を見せると語られる。枚岡神社の灯油を盗んだ老女の祟りが怪火となったとされ、鳥山石燕『画図百鬼夜行』をはじめ古書や絵巻にも記録が見える。人の肩をかすめると不吉をもたらすという。

姥尊

姥尊

神格

うばがみ

立山の女人救済を担う老女神・姥尊

神霊・神格富山県

姥尊(うばがみ・うばそん)は、越中立山の麓、芦峅寺の姥堂(うばどう)に祀られた老女神である。立山は地獄谷の噴気と硫黄の異相から「地獄の山」と恐れられ、同時に阿弥陀の浄土をも宿す霊山と観じられた。その立山は近世まで女人禁制であり、登拝の叶わぬ女性たちを救うために立てられたのが姥尊信仰である。姥堂には六十六体の姥尊像が安置され、闇のなかで女人が一体ずつに祈りを捧げたと伝わる。閻魔大王の妻、あるいは三途の川の奪衣婆(だつえば)と重ねられ、死後の境界に立って亡者を裁き、また救う両義の老女神として描かれた。

産女

産女

名妖

うぶめ

渡し場で赤子を託す産女

霊・亡霊出産時・産後に亡くなった女性の霊/全国各地。中世『今昔物語集』に著名な早期例がある。

産女(うぶめ)は、出産の最中や産後まもなく亡くなった女性の霊が、赤子を抱く姿で現れるとされた日本の怪異である。多くの話では、夜の渡し場・橋・辻などで通行人を呼び止め、「この子を抱いてほしい」と頼む。受け取った赤子が急に重くなる、木の葉や石に変わる、最後まで抱き通した者が怪力や財を授かるなど、結末は土地と文献によって異なる。したがって産女は、ただ人を襲う悪霊ではない。出産で断たれた母子の縁、死者への恐れ、頼みを引き受ける者の勇気や慈悲を、一つの遭遇譚に集めた存在である。 現存する著名な早期例は、十二世紀前半ごろ成立した『今昔物語集』巻二十七第四十三話「頼光郎等平季武値産女語」である。源頼光が美濃守であった時、郎等の平季武が肝試しのため闇夜の渡しへ赴き、川中で女から赤子を託される。館へ持ち帰って袖を開くと、そこにあったのは少しの木の葉だった。説話の末尾は、産女を狐の変化とする説と、出産時に死んだ女の霊とする説を並べ、正体を一つに決めていない。この段階では、後世に有名となる血染めの腰巻や鳥の羽もまだ描かれていない。 一方、「姑獲鳥」と書いて「うぶめ」と読む表記には注意が要る。唐代の『酉陽雑俎』巻十六に見える夜行遊女は、羽毛を着れば鳥、脱げば女となり、人の子を取る中国の怪鳥である。赤子と産死者に関わる点から、日本の産女と重ねられたが、もとは別系統の存在だった。安井眞奈美の研究によれば、中国の姑獲鳥に日本語名を当てた林羅山は、寛永8年(1631年)の『新刊多識編』で初めて「姑獲鳥」を「うぶめ鳥」または鵺と明示した。日本の産女が「自分の赤子を人に託す母の霊」を核とするのに対し、中国の姑獲鳥は「他人の子を奪う鳥怪」を核とする。この違いを押さえると、産女という妖怪が中世説話、産死者供養、中国由来の怪鳥知識、近世の妖怪画を重ねながら形を変えたことが見えてくる。

馬鹿

馬鹿

珍しい

うましか

馬面に鹿蹄の絵巻怪・馬鹿

動物変化江戸後期絵巻発祥、馬+鹿の漢字見立ての語呂合わせ、在地伝承なし

江戸期の妖怪絵巻に描かれる精怪。衣をまとい、前脚を左右に広げ、眼球が上に突き出た馬の顔に鹿の割れ蹄を備える姿で表される。『百物語化絵絵巻』(18世紀後半)や尾田郷澄『百鬼夜行絵巻』、『化物尽絵巻』などに同姿の図が確認されるが、行状や由来の説明は付されない。語の「馬鹿」からの連想図像とみられるが、機能や害益は資料上不明である。

馬憑き

馬憑き

珍しい

うまつき

死馬の怨憑き・馬憑き

霊・亡霊三河·遠江·阿波·武蔵等に広分布、『因果物語』『新著聞集』複数地域

馬憑きは、死んだ馬の霊が人に取り憑き、嘶きや水桶の雑水をあさるなど馬めいた挙動をさせ、ついには発狂や死に至らしめるとされた怪異。馬を虐待したり、粗末に扱った報いとして起こると信じられ、僧侶や武家、庶民を問わず記録がある。祈祷や追善供養で鎮まる例も伝わるが、しばしば効なく、宿主は短時日に没する。

海幸彦

海幸彦

神格

うみさちひこ

海の幸を司る兄·隼人祖·海幸彦

神霊・神格宮崎県

邇邇芸命と木花咲耶姫の長子·火照命 (ホデリ·火闌降命=ホノスソリ)。 弟·山幸彦 (火遠理命) と並ぶ海幸山幸譚の主役·兄役で、 海の漁を司る神格。 弟·山幸彦に潮盈珠·潮乾珠で屈服させられ、 永代仕えることを誓った神話を背負う。 南九州·隼人 (はやと) 族の祖神として薩摩·大隅の在地民俗の中軸を成す。 海幸彦が潮で溺れる際の「足占 (あしうら)」 ── 足擦り·胸擦り·頬擦りの所作は宮廷儀礼·隼人舞の起源とされ、 古代律令朝廷の南九州支配を正統化する政治神話の被支配側を体現する。 主祭神社は宮崎県日南市北郷町の潮嶽神社 (うしおだけじんじゃ、 海幸彦を主祭神とする全国唯一の神社)。 漁業·海運·隼人系氏族の守護神として在地信仰を保持する。

海座頭

海座頭

稀少

うみざとう

波上に立つ琵琶座頭・海座頭

水の怪石燕『画図百鬼夜行』、海上の盲僧、解説文なしの絵巻発祥

海座頭(うみざとう)は、江戸期の妖怪画にみえる海上の座頭(盲僧)の姿をとる妖怪である。鳥山石燕『画図百鬼夜行』や、熊本県八代の松井文庫が所蔵する『百鬼夜行絵巻』に描例があるが、いずれも解説文を欠き、性質や由来は明らかでない。琵琶と杖を携え、波の上に立つ姿が特徴で、海上に現れる怪異として海坊主に通じる像と解されることもあるが、詳細は不詳とされる。

海坊主

海坊主

伝説

うみぼうず

油貸せと囁く・海坊主

海坊主(うみぼうず)は、日本各地の沿岸部に伝わる海上の怪異で、とりわけ漁師の間で恐れられてきた。穏やかだった海面が突如盛り上がり、巨大な黒い影、あるいは禿げ頭の坊主の姿となって船の行く手に立ちはだかるとされる。全身が見えることは少なく、海上に頭や肩だけを突き出した姿で語られることが多い。夜の海や時化の最中に現れ、船を転覆させ、海底へ引きずり込むと信じられた。『和漢三才図会』(1712年)や『物類称呼』(1775年)など江戸期の文献にも、海上に立つ巨大な怪異の名がみえる。

海坊主

海坊主

伝説

うみぼうず

九州四国の舳乞い・海坊主

海坊主(うみぼうず)は、日本各地の沿岸部に伝わる海上の怪異で、とりわけ漁師の間で恐れられてきた。穏やかだった海面が突如盛り上がり、巨大な黒い影、あるいは禿げ頭の坊主の姿となって船の行く手に立ちはだかるとされる。全身が見えることは少なく、海上に頭や肩だけを突き出した姿で語られることが多い。夜の海や時化の最中に現れ、船を転覆させ、海底へ引きずり込むと信じられた。『和漢三才図会』(1712年)や『物類称呼』(1775年)など江戸期の文献にも、海上に立つ巨大な怪異の名がみえる。

海坊主

海坊主

伝説

うみぼうず

中国地方の篝火消し・海坊主

海坊主(うみぼうず)は、日本各地の沿岸部に伝わる海上の怪異で、とりわけ漁師の間で恐れられてきた。穏やかだった海面が突如盛り上がり、巨大な黒い影、あるいは禿げ頭の坊主の姿となって船の行く手に立ちはだかるとされる。全身が見えることは少なく、海上に頭や肩だけを突き出した姿で語られることが多い。夜の海や時化の最中に現れ、船を転覆させ、海底へ引きずり込むと信じられた。『和漢三才図会』(1712年)や『物類称呼』(1775年)など江戸期の文献にも、海上に立つ巨大な怪異の名がみえる。

有夜宇屋志

有夜宇屋志

稀少

うやうやし

灰褐の肉塊・有夜宇屋志

山野の怪石燕『百器徒然袋』、肉塊状の妖怪、来歴不明の絵巻発祥

江戸期の絵巻類に名が見えるとされる妖怪で、名は「うやうやし」と読まれる。跪くように身を丸め、ぬっぺふほう(ぬっぺっぽう)のような肉塊にも、ガマガエルのようにも見える姿で、皮膚には白い斑が散ると描かれることがある。具体的な所行や由来は伝わらず、外形と名のみが伝承される稀少例で、山野に現れる不定形の怪として扱われる。

うわん

うわん

名妖

うわん

廃屋でうわんと叫ぶ・うわん

住居・器物出自不詳 ── 江戸期妖怪絵巻にのみ見える廃屋の音怪

うわんは、江戸期の妖怪画に見られる正体未詳の妖怪。佐脇嵩之『百怪図巻』や鳥山石燕『画図百鬼夜行』に、鉄漿を付けた人物風の姿で両手を挙げ、声で脅かすように描かれる。解説文は付されず来歴は不明だが、屋敷の塀や廃屋の背景から「屋敷に出る怪」と解されることがある。三本指の描写は鬼性を示唆する説もあるが定説ではない。

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