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暮露暮露団

ぼろぼろとん

暮露暮露団

暮露暮露団

この子の魂が、あなたの言葉に応える

基本説明

暮露暮露団(ぼろぼろとん)は、鳥山石燕の妖怪画集 『画図百器徒然袋』(天明 4 年・1784) 中巻に収められた、古びた布団の付喪神である。同書は鳥山石燕の妖怪四部作 (画図百鬼夜行 1776 / 今昔画図続百鬼 1779 / 今昔百鬼拾遺 1781 / 画図百器徒然袋 1784) の最終巻で、付喪神を専門に扱う絵本。暮露暮露団は中巻のうち「如意自在 → 暮露暮露団 → 箒神」という配列に置かれ、楽器付喪神 (琴古主・琵琶牧々・三味長老) と仏具付喪神 (経凛々・乳鉢坊・木魚達磨) が並ぶ流れの末尾、布団・箒・蓑草鞋という日用品付喪神群の冒頭にあたる。石燕の詞書は普化禅宗 → 虚無僧 → 薦僧(こもそう) → 『七十一番職人歌合』 (= 職人づくし歌合) の「暮露暮露」 という連想を踏まえ、結びに「かの世捨人のきふるせるぼろぶとんにやと、夢の中におもひぬ」と詠じて、中世遊行僧「暮露」が着古した襤褸布団であるかと夢のなかで思った、という発想で命名する。つまり暮露暮露団は、在地の口承から拾い上げた怪ではなく、中世遊行僧の文学的記憶 + 「ぼろぼろ」 + 「布団」の二重の語呂遊戯 + 図像という、完全に文人の机上で組み上げられた創作妖怪である。 多田克己『百鬼解読』(2002) が指摘するように、石燕付喪神シリーズは中世文献を踏まえつつ語呂で結ぶ江戸後期擬古的言語遊戯の到達点であり、暮露暮露団はその核手法を最もコンパクトに体現する作例である。

民話・伝承

石燕の詞書 ── 普化僧から襤褸布団へ繋ぐ連想の鎖『画図百器徒然袋』 中巻の暮露暮露団項に石燕が添えた詞書は、「普化禅宗を虚無僧と云ふ。虚無空寂をむねとして、いたるところに薦むしろに座してもたれりとするゆへ、 (また) 薦僧と云ふよし。 職人づくし歌合に暮露暮露ともよめれば、かの世捨人のきふるせるぼろぶとんにやと、夢の中におもひぬ」と読み下される。構造は四段の連想 ── (a) 普化宗の説明、 (b) 虚無僧と薦僧 (薦むしろ由来) の同定、 (c) 室町期の歌合『七十一番職人歌合』における「暮露暮露」という呼称への接続、 (d) 結語の「世捨人 (= 暮露) が着古した襤褸布団なのではないかと夢のなかで思った」 ── これは中世文献と近世日用品を語呂で繋いだ典型的な石燕造形である。「夢の中におもひぬ」という婉曲フォーマットは 同書全項を貫く枠組み で、 兼好『徒然草』 の戯け方を本書名 (= 徒然袋) でそのまま受ける身振りでもある。

『徒然草』第百十五段 ── 直接典拠ではないが背景の文献記憶。「暮露 (ぼろ)」という呼称の文学的記憶は、鎌倉末-室町期の遊行行者の存在を伝える 兼好『徒然草』第百十五段 (宿河原のぼろぼろ譚) に遡る。第百十五段では、宿河原に「ぼろぼろ」と呼ばれる念仏者たちが多く集まる中、「いろをし房」と「しら梵字」が仇討ちのため刺し違えて死ぬ ── 兼好は「ぼろぼろといふもの、昔はなかりけるにや。近き世に、ぼろんじ・梵字・漢字などいひける者、その始めなりけるとかや」と新興の徒であることを記し、「世を捨てたるに似て我執深く、仏道を願ふに似て闘諍を事とす」と複雑に評している。石燕の詞書は第百十五段に直接言及せず、表面的典拠は 『七十一番職人歌合』 (室町期成立、各種職能を歌合形式で並べた絵巻) における「暮露暮露」にあるが、背景には『徒然草』が「暮露」の代表的文献記憶として控えており、石燕は書名『徒然袋』でこれを承けている。つまり詞書の表層 (『職人歌合』) と書名の深層 (『徒然草』) で、「暮露」という中世語が二重に呼び出されている。

「ぼろ・暮露・梵論」の中世遊行者 ── 半僧半俗の流浪者群。中世史料 (『徒然草』『七十一番職人歌合』『暮露々々の草子』等) に現れる「暮露・梵論 (ぼろん)・薦僧 (こもそう)」は表記の異同で、共通点は「半僧半俗・遊行・乞食・襤褸の衣・薦むしろを携帯」という生活様式にある。室町期の御伽草子の一篇 『暮露々々の草子』 は、醜兄「虚空房」と美弟「蓮花房」がそれぞれ暮露と念仏者となって浄土宗対天台・禅の宗論を交わし、最後に大日如来と阿弥陀如来の化身であったと明かされる、という構成で、「暮露」が室町期に文学題材としてすでに定型化していたことを示す。石燕の詞書はこの中世「暮露」文献群を踏まえた近世的回顧であり、江戸後期に既に伝説化していた半僧半俗の遊行者を、「彼らが着古した襤褸布団」という日用品の姿で召喚しなおす。中世史の喪失を、江戸後期の机上で語呂遊戯として継承する身振りに、石燕の文人趣味の核がある。

普化宗と「ぼろ」の関係 ── 近世通俗説への加担。詞書冒頭で石燕は「普化禅宗を虚無僧と云ふ…薦僧と云ふよし」と、普化宗 → 虚無僧 → 薦僧 → 暮露を一線で繋ぐが、これは江戸期に成立した通俗説で、学術的には中世「ぼろ」と近世「虚無僧」を直接の連続性で結ぶことには議論がある。普化宗は唐の普化禅師に淵源を仮託する禅宗の一派で、日本では尺八 (法器としての吹禅) を修法とする虚無僧集団として近世に体系化した (江戸期に明暗寺等が本山として認定)。一方、中世「ぼろ」は鎌倉末-室町期の半僧半俗の遊行者群で、後の普化宗と直接の宗門連続性があるとは断定できない。石燕は近世通俗イメージに従い、普化僧の編笠と尺八を象徴とする伝説化された姿を「世捨人」と呼んで、そこから「ぼろ布団」への跳躍を作る。学術的厳密性より、江戸後期の文人読書層が共有していた「中世遊行者像」を踏まえる方を選んだ造形である。

「ぼろぼろ」 + 「とん」の二重語呂機構。暮露暮露団 (ぼろぼろとん) という名は、「ぼろぼろ」 (擬態語・襤褸の様) ⇄ 「暮露暮露」 (中世遊行者の異称) という同音異義の重ね合わせを起点に、末尾の「とん」を独立音化することで「ぼろぼろの僧 + 布団 (ふとん)」を同時に立ち上げる二重露光的命名である。物 (布団) と象 (遊行僧) が名の上で完全に一致し、名を呼んだ瞬間に古布団は襤褸を纏う暮露の姿で立ち上がる ── という凝縮。同書中の 白容裔 (しろうねり、古巾)『徒然草』第六十段「しろうるり」 (盛親僧都の即興命名譚) + 容裔 (うねる様) を重ねた命名であるのと同型の構造で、石燕付喪神シリーズは一貫してこの「中世文献 + 語呂 + 日用品」という三層構造で組まれている。 多田克己『百鬼解読』 が論じるように、これは江戸後期擬古的言語遊戯としての妖怪学であり、暮露暮露団はその到達点の一つに数えられる。

民間口承の不在 ── 純粋な創作付喪神。暮露暮露団にまつわる民間口承は確認されていない。江戸期の怪談集・浮世草子に「布団が動く」「布団が人を覆う」類の譚は存在する (落語『化物寺』の布団の妖怪、上方落語『布団部屋』等) が、これらは暮露暮露団とは別系統で、石燕の詞書も民間譚への言及は一切ない。純粋に中世遊行僧「暮露」の文学的記憶 + 「ぼろぼろ」と「布団」の語呂 + 図像から発想された机上の付喪神と理解するのが妥当である。同書中の隣接項「如意自在 (古い如意)」「箒神 (古い箒)」と並べて読めば、中巻末尾は楽器・仏具という雅な道具から、寝具・道具という日用品へと付喪神の序列を下げていく構成になっており、暮露暮露団はその「下降」の起点に置かれる。雅から卑近への階梯を辿った最後に、中世遊行僧の文学的記憶を布団として召喚する ── この配置自体が、石燕の編集意図を読む鍵となる。

布団かぶせ (愛知佐久島・無主系) との対比。同じく布団の妖怪として知られる 布団かぶせ (柳田國男編『海村生活の研究』 1949 所収、瀬川清子採集) は愛知県西尾市佐久島に伝わる民間妖怪で、「ふわりと飛来して人に覆い被さり窒息させる」という機能譚を持つ無主系の浮遊布類である。暮露暮露団 (古布団の付喪神・持ち主の念・百年経過の器物霊・石燕創作・機能譚なし) と布団かぶせ (出自不詳・無主の浮遊布類・在地口承・覆い被さって窒息) は、「布団」という同一器物の妖怪化でありながら、付喪神系 vs 無主系の対照を完璧に示す。江戸後期の文人が机上で組んだ付喪神と、近代沿岸民俗学が拾い上げた在地譚 ── 妖怪を生む二つの装置がこの対で並ぶ。暮露暮露団は石燕付喪神シリーズ (白容裔・蛇帯・小袖の手・煙々羅・暮露暮露団) の中で「中世遊行僧という失われた文学的記憶を江戸後期の日用品 (布団) に重ね合わせる」という核手法を最もコンパクトに体現する作例として、学術的解読の対象として息長く残っている。

妖怪カード1

暮露暮露団 を様々な画風のカードで

カード一覧

徹底解説

「ぼろぼろ」+ 「とん」の二重語呂機構 ── 石燕造形の核。 species 通覧では中巻の配列 (「如意自在 → 暮露暮露団 → 箒神」) と詞書四段連想の概略を見たが、ここでは石燕の語呂遊戯機構に踏み込む。暮露暮露団 (ぼろぼろとん) という名は、視覚的には「古びてぼろぼろの布団」だが、音の構造を分解すると「ぼろぼろ + とん」と二語に分割でき、同時に「暮露暮露 (中世遊行僧)」 + 「(布)団」という二重露光になっている。 石燕 の詞書はこの仕掛けを「かの世捨人 (= 暮露) のきふるせるぼろぶとんにやと、夢の中におもひぬ」という結句で明示する。名を呼んだ瞬間に、古布団は遊行僧の姿で立ち上がる ── これが石燕造形の核である。同型のレトリックは同書中の白容裔 (古巾 + 『徒然草』第六十段「しろうるり」 + 容裔) や、 『今昔百鬼拾遺』 中之巻の「霧」三題 ── 蛇帯 (蛇体/蛇帯) ・機尋 (邪心/蛇身) でも繰り返され、石燕付喪神シリーズが「中世文献 + 語呂 + 日用品」の三層構造で組まれた一貫した造形群であることを示す。

石燕詞書の連想四段 ── 普化僧から襤褸布団へ。詞書の四段連想構造を改めて精査すると、 (a) 普化禅宗の説明 → (b) 虚無僧と薦僧の同定 → (c) 『七十一番職人歌合』 (= 職人づくし歌合) における「暮露暮露」への接続 → (d) 「ぼろ布団」への着地、という鎖になっている。注目すべきは (c) の『職人歌合』引用で、これは室町期の絵巻で諸職人を歌合形式に並べた重要中世史料、暮露 (遊行僧) もそこに「諸職」の一つとして登場する ── 石燕はこの中世の職能体系を踏まえつつ、同時に「布団」という近世的日用品に着地させる。つまり (c) は中世 → 近世の翻訳点として機能し、そこで「暮露」が物 (布団) に変じる。 多田克己『百鬼解読』(2002) は石燕付喪神シリーズを「江戸後期の擬古的言語遊戯としての妖怪学」と位置付け、暮露暮露団の詞書連想構造もその文脈で読み解かれる。

中世「ぼろ」文献群と書名『徒然袋』の二重呼び出し。石燕詞書の表面的典拠は 『職人歌合』 だが、「暮露」という中世語の文学的代表記憶は 兼好『徒然草』第百十五段 の宿河原ぼろぼろ譚 ── 「いろをし房」と「しら梵字」が仇討ちのため刺し違えて死ぬ、半僧半俗の遊行者群 ── にある。兼好は「世を捨てたるに似て我執深く、仏道を願ふに似て闘諍を事とす」と複雑に評し、死を恐れぬ義理深さを「いとあやしき道なり」と記した。石燕は詞書で第百十五段に直接言及しないが、書名『画図百器徒然袋』そのものが『徒然草』の戯けを引き受ける枠組みであり、詞書の表層 (『職人歌合』) と書名の深層 (『徒然草』) で「暮露」が二重に呼び出されている。さらに室町期の御伽草子 『暮露々々の草子』 (醜兄虚空房と美弟蓮花房の宗論譚) が傍流として控え、中世「ぼろ」文献群が立体的に石燕詞書の背後に折り重なっている。

普化宗と「ぼろ」の関係 ── 近世通俗説への加担。詞書冒頭の「普化禅宗を虚無僧と云ふ…薦僧と云ふよし」という連鎖は江戸期に成立した通俗説で、学術的には中世「ぼろ」と近世「虚無僧」を直接の連続性で結ぶことには議論がある。普化宗は唐の普化禅師に淵源を仮託する禅宗の一派で、日本では尺八 (法器としての吹禅) を修法とする虚無僧集団として近世に体系化し、江戸期に明暗寺等が本山として認定された。一方、中世「ぼろ」は鎌倉末-室町期の半僧半俗の遊行者群で、後の普化宗と直接の宗門連続性があるとは断定できない。石燕は近世通俗イメージに従い、普化僧の編笠と尺八を象徴とする伝説化された姿を「世捨人」と呼んで、そこから「ぼろ布団」への跳躍を作る ── 学術的厳密性より、江戸後期の文人読書層が共有していた「中世遊行者像」を踏まえる方を選んだ造形である。 species 通覧で触れた中巻の「日用品付喪神トリオ」 (如意自在 → 暮露暮露団 → 箒神) の中で、暮露暮露団だけが中世文献記憶を強く帯びるのは、この近世通俗「暮露 = 虚無僧」イメージへの加担が下敷きにあるからである。

布団かぶせ・白容裔との三角構造 ── 布類妖怪の系譜内位置。同じく古布類の付喪神として上巻第 10 番に置かれる 白容裔 (古巾、龍状にうねる) が「うねり = 容裔」という動的・水平的姿勢で組まれるのに対し、暮露暮露団は「立ち上がる古布団」という静的・垂直的姿勢で対をなす ── 両者は石燕付喪神の中で「古布類二様 (うねる白い布 vs 直立する黒ずんだ布団)」の対照を構成する。さらに同体器物「布団」で比較すれば、暮露暮露団 (付喪神系・石燕創作・機能譚なし・中世文学的記憶) と 布団かぶせ (柳田編『海村生活の研究』 1949、瀬川清子採集の佐久島伝承、無主系・在地口承・覆い被さって窒息する機能譚) が対になり、妖怪を生む二つの装置 ── 江戸後期文人の机上付喪神と、近代沿岸民俗学が拾い上げた在地譚 ── が同じ「布団」という器物の上で並ぶ。暮露暮露団は石燕付喪神シリーズ (白容裔・蛇帯・小袖の手・煙々羅・暮露暮露団) の中で、「中世遊行僧という失われた文学的記憶を江戸後期の日用品に重ね合わせる」という核手法を最もコンパクトに体現する作例として位置づけられる。

妖怪設定

この区画は物語を楽しむための当サイト独自の設定です。史実・考証ではありません。

妖怪タイプ
伝統妖怪
カテゴリ
付喪神・骸怪
レアリティ
稀少
性格
名のみで遊行僧の姿を呼び起こし、夜に立ち上がって持ち主を驚かす
相性
古道具を粗末にする者と不和、中世文芸の記憶を愛でる者と相和
能力・特技
夜更けに古布団がむくりと立ち上がる「ぼろぼろ」と「とん (布団)」の同音で名を呼ぶ瞬間に姿を現す薦むしろの上に座する遊行僧の影を浮かべる持ち主に古道具供養の必要を夢で告げる
弱点
布団を丁重に畳んで陽干しすること, 古道具を年に一度供養すること, 中世「暮露」文献の学識で由来を相対化すること
生息地
町家の納戸・押し入れ, 寝所の床敷, 古道具屋の片隅, 寺院の納衣所

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出典・参考文献

7
  1. 画図百器徒然袋鳥山石燕((天明4年・付喪神絵本), 1784) [図像資料]石燕最後の妖怪絵本。徒然草もじりの夢仕立てで、ばけの皮衣を上巻に収める。
  2. 七十一番職人歌合 (= 職人づくし歌合)(編者未詳)((中世絵巻、 諸職人を歌合形式に並べる), 室町期 (15-16 世紀)) [古典文献]室町期に編纂された職人歌合絵巻で、 当時の諸職人 (商人・職工・宗教者) を歌合形式に並べた重要中世史料。 鳥山石燕『画図百器徒然袋』 暮露暮露団項の詞書では、 本書に出る 「暮露暮露」 (中世遊行僧の異称) を表面的典拠として明示的に引用する。 中世「ぼろ・梵論・薦僧」 系の遊行行者群が当時の職能体系の一部として認知されていたことを示す。
  3. 百鬼解読多田克己(講談社文庫, 2002) [現代資料] 参考資料京極夏彦の妖怪小説に同伴する解読書。 鳥山石燕『百鬼夜行』 系統を一項ごとに丹念に再考証する。 「小袖の手」 では石燕原文の漢詩典故と吉原遊郭への風刺、 およびそこから派生する 3 系統解釈 (身請けの金 / 衣装への執着 / 生への執着の付喪神化) を整理する。
  4. 徒然草(第十九段)吉田兼好((随筆/煙々羅詞書の典拠とされる、近藤瑞木の指摘), 14世紀前半(鎌倉末〜南北朝期)) [古典文献] 参考資料
  5. 暮露々々の草子 (ぼろぼろのさうし)(作者未詳)((御伽草子・絵巻), 室町期) [古典文献]室町期の御伽草子の一篇。 醜兄 「虚空房」 と美弟 「蓮花房」 がそれぞれ暮露 (遊行僧) と念仏者となって浄土宗対天台・禅の宗論を交わし、 最後に大日如来と阿弥陀如来の化身であったと明かされる、 という構成。 「暮露」 が室町期に文学題材としてすでに定型化していたことを示す重要史料で、 鳥山石燕『画図百器徒然袋』 暮露暮露団詞書の中世「ぼろ」 文学群の傍流として位置づけられる。
  6. 海村生活の研究柳田國男 編 (調査: 瀬川清子ほか)(日本民俗學會, 1949) [学術論文] 参考資料民俗学者・瀬川清子が三河湾佐久島をはじめ全国沿岸の漁村を調査した記録を、柳田國男が編集して論文集化したもの。布団かぶせの唯一の一次典拠であり、原記述は「ふわっと来てスッと被せて窒息させる」という極めて短い採集メモ。沿岸漁村民俗の基礎資料として日本民俗学史に位置を占める。
  7. 今昔百鬼拾遺鳥山石燕(安永10年(1781年)) [古典文献] 参考資料

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