妖怪図鑑

日本の妖怪大百科

112 妖怪|14 カテゴリ|1/5 ページ
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稀少
  • 青女房

    青女房

    稀少

    あおにょうぼう

    古御所の女官姿・青女房

    人妖・半人半妖石燕『今昔画図続百鬼』、荒御所の女官妖怪、絵巻発祥

    青女房は固有の怪異譚よりも、宮廷女官像を妖異化した図像として流通したタイプである。石燕は荒れた古御所に侍する女官として描き、旧時代の儀礼や化粧(お歯黒・眉作り)を誇張して幽なる趣を与えた。百鬼夜行絵巻では几帳・鏡・扇といった女房道具と組で現れ、夜の行列の一員として静かに従う姿が多い。名称は本来の社会的呼称「青女(若い女官)」に由来し、妖怪名としては後付けの側面が強い。史料上の「青女」出現記事(『吾妻鏡』)はあるが、同一視は慎重で、共通点は若い官女の外形のみとされる。現地伝承や口承の具体譚は乏しく、舞台はしばしば朽ちた御所・旧家の座敷に限られる。創作色を帯びつつも、宮廷文化の残影を怪異として表象した図像的妖怪の代表例といえる。

  • 青坊主

    青坊主

    稀少

    あおぼうず

    山野の一つ目法師・青坊主

    総称・汎称長野県

    江戸の絵巻や各地の採訪資料に見える像を基調とする青坊主像。外見は青味を帯びた僧形、または一つ目の法師として示されることがあり、実体は動物の変化、山の神の権現、あるいは素性不詳の怪異として語られる。子どもの外出を戒める民俗的機能や、山野・空家での怪異譚、禁忌提示の口承を担う。特定の固有名や起源は定まらず、地域により出現条件・言行が異なる。石燕図は説明を欠くため、諸本の「目一つ坊」や未熟の僧を寓意する説が併記されてきたが、いずれも確説ではない。現代以前の口承に即し、具体像は「青い法師」「大坊主」「小坊主」など複数の呼称で並存する。

  • 赤又

    赤又

    稀少

    あかまたー

    夜這う化け蛇・赤又

    動物変化沖縄県

    赤又は、沖縄の夜にあらわれる蛇の婿である。麗しい若者の姿で娘のもとへ通うが、その正体は赤褐色の大蛇。怪しんだ娘が若者の裾にこっそり針と糸を刺し、夜明けに糸をたどれば、行き着く先は蛇の棲む穴だった ── という苧環型の筋が島々に伝わる。通われた娘は蛇の子を宿すが、旧暦三月三日に浜へ下り、潮を踏んで子を流して身を浄める。畏れと祓いがひとつの物語に編まれ、沖縄の浜下り行事の由来として今も語り継がれている。

  • 足長手長

    足長手長

    稀少

    あしながてなが

    浅海協働の異人・足長手長

    人妖・半人半妖中国の古代異人譚(長股・長臂)を起原とし『和漢三才図会』に記載、日本では画題・説話に取り込まれた渡来の怪

    本像は『三才図会』および『和漢三才図会』の叙述を基礎に、足長人(長脚)と手長人(長臂)の対で行動する姿を中核に据える。足長人は浅海に遠く踏み込み、波間の礁を跨いで安定を得る役を担う。手長人は長い腕を水面下に伸ばし、魚貝を掬い取り、網や籠を操作する。いずれも異国の民として記され、特定の地名・氏族には結びつけられない。寸法は脚三丈・臂二丈とされるが、史料間で差異もあり、具体の体格は一定しない。日本では宮中障子の画題や戯画、草双紙に引用され、荒海を背景に両者が協働する構図が定型化した。宗教的には龍宮譚に配され、海神の眷属として秩序ある働きを示す例がある。民俗機能としては「異界の労働力」「遠近の伸張」を象徴化し、海上安全・豊漁の図像として消費されたと考えられる。単独の「足長」が天候転変の前兆として出没する記述は、同系統の名称を借りた別伝であり、手長を伴う本像とは区別される。

  • 鐙口

    鐙口

    稀少

    あぶみくち

    戦場跡の鐙・鐙口

    付喪神・骸怪石燕『百器徒然袋』、鐙の付喪神、絵巻発祥

    鳥山石燕『百器徒然袋』の図像解釈に基づく鐙口像。形状は古びた鐙に眼と口が生じ、地に転がる、あるいは紐を引きずる姿で表される。能『朝長』の詞書引用により、戦場や落武者の情景が背後にあると読まれるが、行動や被害の具体は伝えられない。付喪神譚の一般則にならい、長年用いられた道具が打ち捨てられたことへの怨嗟・未練が姿を取ると解される。江戸の随筆類が説く「器物を大切にせよ」という教訓的意匠とも親和的で、『徒然草』第186段の馬具注意の文脈が図版の対置(鞍野郎と並置)に反映したと考えられる。水木しげるの解説に見られる「主を待ち続ける」像は近代的再話であり、古資料に確証はないため本バージョンでは採らない。実見伝承の所在は不詳で、地域特定は行わない。

  • 油赤子

    油赤子

    稀少

    あぶらあかご

    行灯油を嘗める油赤子

    住居・器物滋賀県

    本バージョンは、石燕の図像とその脚注が引用する江戸期随筆を基礎に、怪火譚の人格化としての赤子像を最小限に解釈する。核は「油盗みの火」であり、赤子姿は石燕の造形的示意と見るのが妥当である。行灯油は当時の生活必需で、寺社の供油は殊に尊ばれた。油を盗む振る舞いは宗教的・倫理的禁忌に触れ、死後に迷う火として語られた。後代の解説書には、火の玉が家に入り赤子となって油を嘗めるとする再話が見られるが、地域固有の口承の実例は限られ、広域に通有する定型は確認しにくい。従って本バージョンでは、怪火の発生(辻や社寺境内)、赤子像の顕現(行灯前で油を嘗める仕草)、再び火となって去る、という三段の型を提示しつつも、典拠未詳の細部は避け、象徴性(供物の油を穢すことへの戒め)を前面に置く。

  • 油すまし

    油すまし

    稀少

    あぶらすまし

    草隅越の声 ── 油すまし

    山野の怪熊本県

    油すましの核心は「姿」ではなく「応答」にある。峠で誰かが噂を口にした瞬間に「今も出るぞ」と返す ── 語ることそのものが召喚になる、言葉に憑く妖怪である。蓑笠·芋頭の図像は水木しげるを経て広まった後世の造形で、天草の原伝承はあくまで声と気配だった。 背景には、天草で椿·山茶花の実から「片子油(かたしあぶら)」を搾った暮らしがある。乏しい油を盗み、あるいは無駄にした者への戒めが、峠の闇に油を提げた影として結晶したとみる説が有力で、油坊·油坊主など各地の油にまつわる怪と系譜を同じくする。栖本の草隅越に残る無名の石像が「墓」と結びついたのは近代の再解釈だが、在地の記憶が物に宿った好例といえる。

  • 網切

    網切

    稀少

    あみきり

    蚊帳を切る鋏手・網切

    総称・汎称特定伝承地なし

    この版本は、「蚊帳を切る鋏手」という後世的な読みを採りつつ、石燕図との距離を明確にする。石燕『画図百鬼夜行』の網切は、名と姿だけを提示する妖怪であり、原画だけからは「漁村の伝承妖怪」とも「蚊帳切りの怪談」とも断定できない。むしろ読者は、鋏状の前肢と「網剪」という名を手がかりに、何が切られるのかを補ってきた。 蚊帳は、夏の夜に人の眠りを守る薄い境界である。漁網は、水の中の獲物と人間の生活をつなぐ道具である。網切がそれらを切る妖怪として語られるとき、この妖怪は人を直接傷つけるより、暮らしを支える目の細かな仕組みを壊すものになる。裂かれた蚊帳の中で人が蚊に刺され、切られた漁網で漁ができなくなるという発想は、石燕の絵に生活上の損害を読み込む後世の想像力である。 髪切りとの違いも重要である。髪切りは人の身体に付いた髪を断ち、被害者の容貌や身分感覚に直接触れる。網切は、人の身体ではなく、網目・糸・布・境界を断つ。両者は鋏手と「切る」という働きで近いが、怪異の焦点はまったく違う。検索で髪を切る怪を探している読者は髪切りへ、網・蚊帳・漁具を切る怪を探している読者は網切へ進むのが正確である。

  • 一夜山の鬼

    一夜山の鬼

    稀少

    いちやざんのおに

    一夜で山を築いた鬼無里の鬼

    鬼・巨怪長野県

    一夜山の鬼は、能や歌舞伎の舞台で洗練された鬼女紅葉とは異なり、地名そのものの起源を背負う土着の鬼である。彼らの行いはただ一つ ── 一夜にして山を築き、都の到来を阻むこと。この一点に、棲み家を奪われまいとする在地の存在の必死さが凝縮している。 紅葉伝説が「都から流された貴女が鬼に堕ちる」下降の物語であるのに対し、一夜山の鬼は最初から里に在って、外から来る都に抗う存在として描かれる。天武天皇の遷都という史実めいた枠組みに、阿倍比羅夫という実在の将の名が重なり、伝説に奇妙な現実味を与える。鬼が討たれて「鬼無里」の名が生まれたという結末は、勝者(中央)の側から土地を命名し直す物語でもあり、鬼の敗北そのものが地名として永く刻まれた点に、この伝承の苦い余韻がある。鬼無里に残る京由来の地名群は、その勝者の記憶の証しとして、今も谷あいに散らばっている。

  • 否哉

    否哉

    稀少

    いやや

    水面に老顔映す美女・否哉

    住居・器物石燕『今昔百鬼拾遺』、東方朔の怪哉故事に擬えた創作

    鳥山石燕の図像および付記に基づく理解に徹し、後世の脚色を控えて再記する。否哉は水辺に佇む女の後ろ姿として表され、水面には老人の相貌が映る。名は東方朔の「怪哉」を踏まえた語りで、石燕が寓意的に造形した可能性が高い。若さと老い、美貌と醜相、表と裏の反転を一枚の画面で対置し、人の見目に迷う心を戒める意匠と読まれてきた。確かな口承譚は乏しく、図像解釈の範囲で性格づけられるにとどまる。呼称「いやや/いやみ」は資料により異なり、意味は「否」「いや」に通じる拒絶・反撥を示唆するともされるが、文献上の確定はない。

  • 後神

    後神

    稀少

    うしろがみ

    後ろ髪引く一つ目女・後神

    霊・亡霊石燕『今昔百鬼拾遺』、後ろ髪を引かれるの語呂、絵巻発祥

    江戸の版本文化に支えられた類型で、石燕の図像と狂歌本の心象化の解釈が核となる。具体的怪物というより「後ろ髪を引かれる」感覚を霊格化したもので、背後からの干渉によって行動の決断を鈍らせる。水木しげるは津山地方の説話を紹介し、女の髪を乱し熱い息を吹きかけるなど、実体ある怪異としての相貌も示すが、いずれも背後からの接触と逡巡の喚起が共通点である。臆病神・袖引小僧・震々など、ためらいを生む怪異の一群と同座させて理解されることが多い。信仰的には伊勢に祀るという記事が伝わるが、具体の祭祀形態は不詳で、道徳的・教訓的文脈で引かれる例が主である。都市と在地の双方に語りが残るが、起源の明確な神名・神体の系譜は示されず、言葉遊びと心理の具象化が伝承の推進力となっている。

  • 海座頭

    海座頭

    稀少

    うみざとう

    波上に立つ琵琶座頭・海座頭

    水の怪石燕『画図百鬼夜行』、海上の盲僧、解説文なしの絵巻発祥

    海座頭は、現存の江戸期絵巻・妖怪画に図像のみ残る存在で、性質・行動は伝えられていない。波間に直立する座頭の姿が主題で、琵琶と杖という座頭の持ち物が強調される。視覚的特徴から、海上で遭遇する不可思議さや、不安定な水面に立つ不条理を表象した図と解されることが多い。村上健司は「絵画のみ存在する妖怪」と位置づけ、海坊主系統のイメージと通底する可能性に言及する。したがって本項の記述は図像的情報に限られ、具体的な害益・儀礼・退散法などは伝承未詳である。

  • 有夜宇屋志

    有夜宇屋志

    稀少

    うやうやし

    灰褐の肉塊・有夜宇屋志

    山野の怪石燕『百器徒然袋』、肉塊状の妖怪、来歴不明の絵巻発祥

    絵巻の図像に基づき再構成した版。地に膝を折り、体躯はたるみ、皮膚は灰褐で白い斑が散る。面相は判然とせず、口鼻の区別が曖昧で、湿り気を帯びる。名だけが残る稀少な記載に即し、行動原理は定めない。山道や藪の縁で、うずくまる塊として目撃されるとされ、見る者に畏れと距離感を生じさせる存在として記述する。近寄れば形が判然としないまま退き、追跡は困難。害をなす確証はなく、遭遇譚は概述にとどまる。

  • 雲外鏡

    雲外鏡

    稀少

    うんがいきょう

    鏡に浮かぶ怪の貌・雲外鏡

    住居・器物石燕『百器徒然袋』の絵姿先行の付喪神。具体の地名・在地説話に結びつかない

    本バージョンは鳥山石燕の図と文言を基礎に、照魔鏡観念との結び付きを重視する。鏡面には怪の貌が浮かぶが、必ずしも外に現れた妖怪を写すのではなく、鏡そのものに宿った霊が姿を取ると解される。付喪神譚の系譜上、長年用いられた器物が霊性を帯びるという通念に合致し、持ち主の扱い次第で機嫌を変えると語られる場合がある。近世の版本挿図に依拠するため、具体の出没譚や被害談は少なく、夜分に仄暗い座敷で鏡を覗くと異相が映る、という類の一般的怪談枠で伝えられる。後世の狸姿や見世物的能力付与は映画・児童書由来とされ、古典的像とは区別される。

  • 襟立衣

    襟立衣

    稀少

    えりたてごろも

    鞍馬僧正坊の僧衣・襟立衣

    住居・器物石燕『百器徒然袋』、鞍馬山僧正坊の襟立衣と夢想、付喪神

    鳥山石燕『百器徒然袋』の意匠を基調とした再現版。僧衣はくすんだ褐色で重ねが厚く、襟は面前に垂れて嘴めく影をつくる。手には数珠を取り、前には香を焚く具を据える。動作は緩やかで、歩むたび衣擦れが鳴り、香の匂いが淡く漂う。天狗に結びつく示唆は図像の文言にとどまり、直接的な翼や長鼻といった特徴は持たない。付喪神としての自立性を保ち、破れや継ぎ目にも意志が宿ると受け取られる。信仰具への礼を失した場所には現れず、粗略に扱われた法衣や道具の近くで兆しを示すとされるが、害をなすというより畏れを促す存在として理解される。

  • 猿猴

    猿猴

    稀少

    えんこう

    南予の毛むくじゃらの河童・猿猴

    水の怪愛媛県

    猿猴は、河童という存在が地域ごとに姿と名を変えて語られたことを示す、南予の代表的な変種である。皿も甲羅も前面に出ず、毛におおわれた猿のような身体・敏捷な泳ぎ・川の深淵を栖とする点が強調され、その像はニホンカワウソ(オソ)という実在の獣の生態と重なって成り立っている。三間麦臼渕の伝承では相撲・胡瓜・尻子玉・馬引き込みといった河童譚の定型を備えつつ、満徳寺の僧に石臼でつながれて改心するという在地の結末を持つ。佐田岬半島の「オソゴエ」や八幡浜のエンコウ祭は、この水の怪が地名と年中行事のなかに今も息づいていることを伝える。

  • 苧うに

    苧うに

    稀少

    おうに

    山の苧束毛の鬼女・苧うに

    山野の怪石燕『画図百鬼夜行』、先行絵巻を写し苧うにと命名、創作

    苧うには実在の口承よりも、絵巻における図像の継承で認識されてきた妖怪である。佐脇嵩之『百怪図巻』(1737)の「わうわう」系図像が前段にあり、江戸後期の『百鬼夜行絵巻』(尾田郷澄、1832)では「うわんうわん」として描かれる。鳥山石燕はそれらの図像的系譜を踏まえ、毛髪を大きく誇張し、苧束を思わせる質感を強調して命名したと考えられる。名称の「苧」はからむしや麻繊維を束ねた房を指し、全身被毛の量感と直結する視覚的記号となっている。平成以降の解説では、各地の山姥が苧を績み糸を紡ぐ昔話との関連づけが進み、苧うにを山姥系の一類型として整理する立場が現れた。ただし石燕自身の意図や在地名・行状は記載がなく、特定の土地伝承へ直結させる根拠は乏しい。ゆえに、苧うには「山間に現れる毛むくじゃらの鬼女像」という図像核を保持しつつ、山間の女性労働(苧績み)にまつわる観念と緩やかに接続する妖怪として扱うのが無難である。

  • 大禿

    大禿

    稀少

    おおかぶろ

    菊文振袖の童形・大禿

    総称・汎称石燕『今昔画図続百鬼』、菊慈童を遊里の禿に見立てた風刺、創作

    石燕本来の図像解釈に基づく大禿。実体的怪異というより、遊里の禿や菊慈童の図像を借りた諷刺的キャラクターとして構成される。菊文様の振袖は長命譚や隠語連想を喚起し、剃り上げた頭部は童形と老衰像の倒錯を示す。那智山・高野山への言及は修道の規範と破戒の矛盾を示す比喩で、画中の大柄な童姿は観者に逆説的な不気味さと可笑しみを与える。史料上、特定の能力や害益は記されず、出没地も画面内に限定される。後世の「大かむろ」とは名称が似るのみで別系統。

  • 長冠

    長冠

    稀少

    おさこうぶり

    保身固執の冠・長冠

    住居・器物石燕『百器徒然袋』、冠の付喪神、漢籍故事からの創作

    石燕本の図像・詞書に基づき、冠が自立して行儀正しく歩むかのように描かれるが、その由来は権威に固着した心への諷刺にある。冠は本来、礼と位を正す器であるが、利己のためにそれを外さぬ者には、器が主を呪い、形を得てさまようと解釈されることがある。実見譚や怪異譚は乏しく、主に絵や書の中で言外の戒めとして語られる存在で、沓頬と対に挙げられ、疑われる所作や身の置きどころをわきまえる教訓を担う。芳年など後代の絵師もこれを踏まえ、百器夜行の隊列に冠の精を添えた。近世好事家の間では、冠や笏など礼具が古びると精が宿るとする付喪神観の一例として扱われた。

  • 朧車

    朧車

    稀少

    おぼろぐるま

    朧夜に軋む車争い・朧車

    住居・器物京都府

    鳥山石燕の図像と江戸期解釈に基づく朧車の像。半透明の牛車が朧夜に現れ、簾の位置を巨大な顔が塞ぐ。背景には平安期の車争いなどの遺恨があるとされ、個人の名指しや特定事件に直結させず、祭礼や見物の場で生じた社会的緊張が器物に宿った怪異として表象される。百鬼夜行の列に加わる存在としても理解され、音(軋む車輪)と姿(顔を持つ牛車)の二重の徴で人を驚かす。直接の加害は必ずしも語られず、恐怖と不吉の徴しとして現れ、目撃者に畏れを抱かせ退かせる類型が多い。器物怪の性格上、古い車や祭礼具が舞台となり、場所取りや見物の混乱が語りの誘因となる。過度な具体化は避けられ、朧夜と車音が出現の記号として伝えられる。

  • 陰摩羅鬼

    陰摩羅鬼

    稀少

    おんもらき

    屍気より生ずる怪鳥・陰摩羅鬼

    動物変化宋『清尊録』鄭州崔嗣復の死気から生じた鳥、渡来

    図像は鳥山石燕『今昔画図続百鬼』に拠り、鶴に似た黒い体、灯火のごとき眼光、羽を震わせる鳴声を特色とする。由来は新しき死体の気が化したもので、寺院で読経や供養が欠けた際に出現すると解される。中国伝承の枠組みが日本に移入され、江戸期の奇談集で再話された。怨恨よりも未了の供養や仮置きの屍という環境に応じて現れる点が重視され、寺社空間の規範を支える教訓的怪異である。目撃は一瞬で、近寄れば消え、痕跡は乏しい。姿そのものが警鐘であり、出現は供養の不備を示す徴として理解される。

  • 貝児

    貝児

    稀少

    かいちご

    貝桶から這う這子・貝児

    住居・器物石燕『百器徒然袋』、貝桶の付喪神、絵巻発祥

    鳥山石燕の図と短い詞書を基点に、貝合わせや嫁入道具としての貝桶の来歴を踏まえて解釈する系譜。実見譚はないため、付喪神一般の枠内で、長年仕えた器物に情が宿るという民俗観を重ねる。姿は小児風で、這子人形との連想が鍵となる。夜更け、静かな座敷で貝桶の蓋がわずかに開き、幼子がのぞくように現れるとされるが、害は乏しく、家財を粗略に扱うと姿を隠すとも言われる。

  • 隠里

    隠里

    稀少

    かくれざと

    山奥の福授集落・隠里

    山野の怪山奥·洞穴の彼方の異界譚、全国の山村に椀貸し伝承が分布

    鳥山石燕『今昔百鬼拾遺』の「隠れ里」を典拠とする解釈。画面右下の鼠と小判は、地下の鼠が福財を運ぶとする説話(いわゆる鼠浄土譚)を想起させ、里と冥・地下的世界の連関を示唆する。暖簾に「嘉暮里(かくれざと)」と掲げ、里が日常の延長に突然口を開く結界であることを表現している。隠里は特定の個体妖怪ではなく、境界そのものが意志をもつかのように働く存在で、道迷い・時のずれ・福授与・顕現と消失を反復する。入る者の言動や欲深さに応じて、手厚い饗応から財の変質(木葉化)まで結果が振れる点が特徴であり、山中異界譚や他界観と響き合う。

  • 金槌坊

    金槌坊

    稀少

    かなづちぼう

    鳥顔で槌振る・金槌坊

    住居・器物松井文庫『百鬼夜行絵巻』、槌振り妖怪、絵巻発祥(八代は所蔵地)

    松井文庫本『百鬼夜行絵巻』や国立歴史民俗博物館等所蔵の化物絵巻に見える図像に準じ、鳥貌で金槌を高く掲げた姿として再構成する。名称は資料に従い「金槌坊」ないし同型「大地打」との関連を注記するに留め、行状・来歴は未詳とする。槌という器物性から付喪神的理解も可能だが、史料に明文はなく断定しない。姿態は行進の一員として描かれる例が多く、百鬼夜行図像の反復表現の一つとして位置づけられる。後代の比喩的解釈(用心深さ・卑下の寓意)は参考見解として扱い、伝承本文と混同しない。

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