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妖怪図鑑

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118 妖怪|12 カテゴリ|5/5 ページ
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稀少
  • 古空穂

    古空穂

    稀少

    ふるうつぼ

    那須野武功の古靫・古空穂

    付喪神・骸怪石燕『百器徒然袋』、靫の付喪神、絵巻発祥

    鳥山石燕の『百器徒然袋』に拠る古典的イメージを踏まえ、古びた革や毛皮張りの靫が、矢筒の口をもたげて地を這うように動く存在として理解する。由来は明確な口承ではなく、器物が年月を経て精霊化する付喪神観に根差す。詞書は那須野が原の野干(玉藻前)を射た武士の名を挙げ、かつての武功の象徴たる靫が忘却の果てに妖へ転ずる図を示唆する。室町の『百鬼夜行絵巻』に見られる弓矢を帯した器物妖怪が先行図像として想定され、石燕はそれを再解釈して名を与えたとみられる。行動は夜更けに人気の絶えた路傍や家陰をゆるやかに徘徊し、矢羽根を擦るような音を立てるとされる。害意は強くないが、粗略に扱われると軋み鳴きで威し、古主の記憶を呼び起こすという。

  • 不落不落

    不落不落

    稀少

    ぶらぶら

    竹提灯の不落不落

    付喪神・骸怪石燕『百器徒然袋』、提灯の付喪神、典拠不明

    鳥山石燕『百器徒然袋』に拠る像解を基準とした不落不落の整理。提灯は竹に結び、裂けた紙を口のように見立て、傾いで路上に迫る。背景には田の畦やかかしの情景が連想され、詞書は「山田もる提灯の火」と述べつつも「狐火なるべし」と夢想する。これにより正体を狐と断ずる説と、器物変化とみなす説が併存するが、当該巻が器物妖怪の部に編まれる事実から、付喪神としての理解が妥当とされる。名称表記は画面内に「不々落々」、目録に「不落々々」と揺れがあり、一般には不落不落の字が通用する。固有の土地伝承や具体の祟り譚は伝来せず、提灯お化け一般像の一亜型として受容され、夜道で人を驚かす視覚的怪異に留まると解される。

  • 幣六

    幣六

    稀少

    へいろく

    御幣を振る荒鬼・幣六

    付喪神・骸怪石燕『百器徒然袋』、御幣の付喪神、絵巻発祥

    鳥山石燕作例および室町絵巻に見られる御幣所持の異形を基準とした解釈。幣束は神事の清浄を示すが、幣六はそれを振りかざし騒擾を象徴する姿で表される。特定の土地・人物との結びつきは不詳で、祭礼や社の在り方が揺らぐ場に現れる寓意的存在とされる。後世には御幣に宿る付喪神的見立ても流布するが、実見譚は確認しがたく、主として図像史の系譜で語られる。

  • 払子守

    払子守

    稀少

    ほっすもり

    禅坐する払子の精・払子守

    付喪神・骸怪石燕『百器徒然袋』、払子の付喪神、禅公案からの連想

    鳥山石燕『百器徒然袋』に拠る払子の付喪神像を基準とする。天蓋の下で結跏趺坐の相を示し、法具としての清浄と、長年の用いにより宿った精の静けさを備える。禅的象徴性が強く、「狗子仏性」の示唆により、有情・非情を越えて仏性が顕れるという思想が背後にある。中国で払子は魔障を払う具と伝えられ、その観念が「成仏を妨げるものなき法具の精」という理解につながると解される。器物怪でありながら、他の百器と比べて荒立つ所業は語られず、端坐して自性を観ずる姿が強調される。寺院内の堂宇・僧房・仏具蔵など、法具の集う場に現れる図像的記憶が主で、具体の土地伝承は限定的である。

  • 骨女

    骨女

    稀少

    ほねおんな

    牡丹燈籠の白骨女・骨女

    人妖・半人半妖明『剪燈新話』牡丹燈記が淵源、浅井了意『伽婢子』翻案、渡来

    本バージョンは鳥山石燕『今昔画図続百鬼』に示された骨女像を基礎とする。牡丹の意匠をあしらった提灯を携え、夜更けに恋しい男の住まいへ通う白骨の女である。原拠は浅井了意『伽婢子』「牡丹燈籠」に見られる女亡霊譚で、石燕はその要点—艶麗なる相貌と白骨の実体の反転、灯火と色恋の結びつき—を図に写した。江戸期の読本・怪談に通有の「執念霊」「変化する見え」の観念が核であり、実在地名や人物固有の伝承に限定されない図像的総称として理解される。ゆえに骨女は、特定の土地神や妖獣ではなく、情念に縛られた亡霊類型の視覚化であり、牡丹・灯籠・夜道といったモチーフが結節点となる。後世の口承では、骸骨が人前に現れ歩く話が各地に見られるが、本像は恋慕に由来する出没と逢瀬の場面性を強調するのが特徴である。

  • 暮露暮露団

    暮露暮露団

    稀少

    ぼろぼろとん

    跳ね布団の暮露暮露団

    付喪神・骸怪石燕『百器徒然袋』、ボロ布団の付喪神、言葉遊び創作

    「ぼろぼろ」+ 「とん」の二重語呂機構 ── 石燕造形の核。 species 通覧では中巻の配列 (「如意自在 → 暮露暮露団 → 箒神」) と詞書四段連想の概略を見たが、ここでは石燕の語呂遊戯機構に踏み込む。暮露暮露団 (ぼろぼろとん) という名は、視覚的には「古びてぼろぼろの布団」だが、音の構造を分解すると「ぼろぼろ + とん」と二語に分割でき、同時に「暮露暮露 (中世遊行僧)」 + 「(布)団」という二重露光になっている。 石燕 の詞書はこの仕掛けを「かの世捨人 (= 暮露) のきふるせるぼろぶとんにやと、夢の中におもひぬ」という結句で明示する。名を呼んだ瞬間に、古布団は遊行僧の姿で立ち上がる ── これが石燕造形の核である。同型のレトリックは同書中の白容裔 (古巾 + 『徒然草』第六十段「しろうるり」 + 容裔) や、 『今昔百鬼拾遺』 中之巻の「霧」三題 ── 蛇帯 (蛇体/蛇帯) ・機尋 (邪心/蛇身) でも繰り返され、石燕付喪神シリーズが「中世文献 + 語呂 + 日用品」の三層構造で組まれた一貫した造形群であることを示す。 石燕詞書の連想四段 ── 普化僧から襤褸布団へ。詞書の四段連想構造を改めて精査すると、 (a) 普化禅宗の説明 → (b) 虚無僧と薦僧の同定 → (c) 『七十一番職人歌合』 (= 職人づくし歌合) における「暮露暮露」への接続 → (d) 「ぼろ布団」への着地、という鎖になっている。注目すべきは (c) の『職人歌合』引用で、これは室町期の絵巻で諸職人を歌合形式に並べた重要中世史料、暮露 (遊行僧) もそこに「諸職」の一つとして登場する ── 石燕はこの中世の職能体系を踏まえつつ、同時に「布団」という近世的日用品に着地させる。つまり (c) は中世 → 近世の翻訳点として機能し、そこで「暮露」が物 (布団) に変じる。 多田克己『百鬼解読』(2002) は石燕付喪神シリーズを「江戸後期の擬古的言語遊戯としての妖怪学」と位置付け、暮露暮露団の詞書連想構造もその文脈で読み解かれる。 中世「ぼろ」文献群と書名『徒然袋』の二重呼び出し。石燕詞書の表面的典拠は 『職人歌合』 だが、「暮露」という中世語の文学的代表記憶は 兼好『徒然草』第百十五段 の宿河原ぼろぼろ譚 ── 「いろをし房」と「しら梵字」が仇討ちのため刺し違えて死ぬ、半僧半俗の遊行者群 ── にある。兼好は「世を捨てたるに似て我執深く、仏道を願ふに似て闘諍を事とす」と複雑に評し、死を恐れぬ義理深さを「いとあやしき道なり」と記した。石燕は詞書で第百十五段に直接言及しないが、書名『画図百器徒然袋』そのものが『徒然草』の戯けを引き受ける枠組みであり、詞書の表層 (『職人歌合』) と書名の深層 (『徒然草』) で「暮露」が二重に呼び出されている。さらに室町期の御伽草子 『暮露々々の草子』 (醜兄虚空房と美弟蓮花房の宗論譚) が傍流として控え、中世「ぼろ」文献群が立体的に石燕詞書の背後に折り重なっている。 普化宗と「ぼろ」の関係 ── 近世通俗説への加担。詞書冒頭の「普化禅宗を虚無僧と云ふ…薦僧と云ふよし」という連鎖は江戸期に成立した通俗説で、学術的には中世「ぼろ」と近世「虚無僧」を直接の連続性で結ぶことには議論がある。普化宗は唐の普化禅師に淵源を仮託する禅宗の一派で、日本では尺八 (法器としての吹禅) を修法とする虚無僧集団として近世に体系化し、江戸期に明暗寺等が本山として認定された。一方、中世「ぼろ」は鎌倉末-室町期の半僧半俗の遊行者群で、後の普化宗と直接の宗門連続性があるとは断定できない。石燕は近世通俗イメージに従い、普化僧の編笠と尺八を象徴とする伝説化された姿を「世捨人」と呼んで、そこから「ぼろ布団」への跳躍を作る ── 学術的厳密性より、江戸後期の文人読書層が共有していた「中世遊行者像」を踏まえる方を選んだ造形である。 species 通覧で触れた中巻の「日用品付喪神トリオ」 (如意自在 → 暮露暮露団 → 箒神) の中で、暮露暮露団だけが中世文献記憶を強く帯びるのは、この近世通俗「暮露 = 虚無僧」イメージへの加担が下敷きにあるからである。 布団かぶせ・白容裔との三角構造 ── 布類妖怪の系譜内位置。同じく古布類の付喪神として上巻第 10 番に置かれる 白容裔 (古巾、龍状にうねる) が「うねり = 容裔」という動的・水平的姿勢で組まれるのに対し、暮露暮露団は「立ち上がる古布団」という静的・垂直的姿勢で対をなす ── 両者は石燕付喪神の中で「古布類二様 (うねる白い布 vs 直立する黒ずんだ布団)」の対照を構成する。さらに同体器物「布団」で比較すれば、暮露暮露団 (付喪神系・石燕創作・機能譚なし・中世文学的記憶) と 布団かぶせ (柳田編『海村生活の研究』 1949、瀬川清子採集の佐久島伝承、無主系・在地口承・覆い被さって窒息する機能譚) が対になり、妖怪を生む二つの装置 ── 江戸後期文人の机上付喪神と、近代沿岸民俗学が拾い上げた在地譚 ── が同じ「布団」という器物の上で並ぶ。暮露暮露団は石燕付喪神シリーズ (白容裔・蛇帯・小袖の手・煙々羅・暮露暮露団) の中で、「中世遊行僧という失われた文学的記憶を江戸後期の日用品に重ね合わせる」という核手法を最もコンパクトに体現する作例として位置づけられる。

  • 味噌五郎

    味噌五郎

    稀少

    みそごろう

    島原半島の心優しき巨人・味噌五郎

    鬼・巨怪長崎県

    味噌五郎は雲仙岳に腰を下ろし有明海で顔を洗うほどの巨体を持ち、その一挙手一投足が島原半島の地形を刻んだとされる。高岩山に踏ん張った足型が諏訪の池となり、耕作時に放り投げた土が湯島(談合島)となった ── こうした地名起源譚の連なりが、彼を単なる怪異でなく半島の風景を産んだ造化の巨人へと押し上げている。一日四斗の味噌を舐めるという破格の食は、巨人の身体を土地の生活物資で計る素朴な語り口であり、味噌を醸す半島の暮らしと不可分に結びつく。だいだらぼっち型の巨人譚に連なりつつ、害意なく人を助ける温厚さで語られる点が島原半島版の独自性で、今日も南島原市の郷土の象徴として像や祭りに生きている。

  • 身の毛立

    身の毛立

    稀少

    みのけだち

    毛逆立つ無言の影・身の毛立

    住居・器物石燕『百器徒然袋』、身の毛立つの言葉遊び、絵巻発祥

    詞書のない絵巻出自で、機能や性格を定め難い図像系妖怪。毛が逆立つような姿態から、恐怖や戦慄の情景を視覚化した意匠とも解されるが、典拠資料は説明を欠き断定はできない。名称や呼称は資料により異なり、同系統像が別名で描かれる例もある。ここでは図像の形状と史料所在に基づく範囲で性格づけを最小限にとどめる。

  • 蓑草鞋

    蓑草鞋

    稀少

    みのわらじ

    雪の竹林に出る農具・蓑草鞋

    付喪神・骸怪石燕『百器徒然袋』、蓑·草鞋の付喪神、絵巻発祥

    鳥山石燕の図像を基点に再構成した蓑草鞋の像。蓑は来訪神装束にも通じる遮護の象徴、草鞋は路傍の結界具としての性格を帯びる。これらが長年の使用と荒天に晒され、霊威を宿して人の世にまぎれ出た姿と解される。鍬を担ぐ所作は農作と土地神への労役を想起させ、雪中の竹林という舞台は清冽と幽邃を暗示する。行状の具体は記録されないが、夜更けにきしむ草履の音や、吹雪の中で蓑が歩む影として畏れられたと推量される程度で、害意は強調されない。近世の付喪神群像に連なる象徴的存在で、器物の寿命や労苦への畏敬を映す。

  • 命婦

    命婦

    稀少

    みょうぶ

    稲荷大神の白き神使·命婦

    動物変化京都府

    命婦は、稲荷大神の眷属たる白狐を神格化した存在で、伏見稲荷大社の末社·白狐社に「命婦専女神」として祀られる。狐そのものを神とする俗信と異なり、命婦は神に近侍する御使い (神使) としての白狐を指す点に本質がある。 「命婦」は律令制の女官位階に由来する称号で、正一位の神階を持つ稲荷大神に仕える白狐を、宮中の高位女官になぞらえて呼んだものである。白狐社の社殿は寛永年間建立の一間社春日造檜皮葺で国の重要文化財。創建時は「奥の命婦」「命婦社」と呼ばれ、原田春満『稲荷神社縁起』は阿古町·小薄六を祭神とし、すすむ命婦に由来すると伝える。稲穂·巻物·鍵·宝珠をくわえる白狐像は、命婦が田の実り·言葉·倉·宝を媒介する清浄な神使であることを示す図像表現である。

  • 目競

    目競

    稀少

    めくらべ

    福原邸の髑髏集・目競

    霊・亡霊兵庫県

    鳥山石燕の図像と『平家物語』の怪異記述を基盤に整理した像。多数の骸が結集して一体の巨髑髏となり、無数の眼窩が生者を射るごとく対峙する。個々の亡者に固有名は付さず、合一した視線が権勢者の心胆を試す相と解される。現れは黎明や静寂の庭に多く、視覚的威圧で相手の恐怖心を増幅する。対処は動揺せず見返すこと。祈祷や退散法の詳細は史料に確証が乏しく、一種の心的幻視としても語られる。戦乱・変乱の地における集団死の記憶が形を取ったものとされ、具象化は見る者の心胆に応じ大小変ずると伝わる。

  • 木魚達磨

    木魚達磨

    稀少

    もくぎょだるま

    達磨顔の不眠木魚・木魚達磨

    付喪神・骸怪石燕『百器徒然袋』、木魚の付喪神、絵巻発祥

    鳥山石燕の図像を根幹に、木魚の無睡象徴と達磨の修行観が重ねられた付喪神解釈。語り物としての怪異譚よりも、寺院文化における戒めの比喩として理解されることが多い。夜更けの堂内で木魚がひとりでに鳴ると伝える地域的言説もあるが、体系的な口承は確認が限られる。芳年など後代の絵師が意匠を踏襲し、円座に乗る木魚の顔貌表現が定型化。恐怖を与えるより、修行への緊張感を喚起する存在として位置づけられる。

  • ももんがあ

    ももんがあ

    稀少

    ももんがあ

    二階窓辺の脅かし・ももんがあ

    総称・汎称野衾の異称、ムササビの怪異化、地域呼称差はあるが全国汎存在

    版本に見える図像を基準とした像。二階口や障子際から大きな丸目と裂けた口を突き出し、鋭い歯を見せて威を借すか、白い肉塊に短い手足を備えて四つんばいでうごめく。名は呼び声めいた響きを持ち、夜分の訪客を退ける怪として描かれる。固有の名乗りや系譜は持たず、見世物的な怪相の提示に重きが置かれる。

  • 百々爺

    百々爺

    稀少

    ももんじい

    原野の病もたらす老爺・百々爺

    山野の怪石燕『今昔画図続百鬼』、原野の老人怪、由来未詳の創作

    鳥山石燕の図像と付随解説を基礎とし、原野の夜更けに老爺の姿で現れる怪として整理した版。名称は児童語「ももんが」「がごじ」に由来する合成語とされ、化け物一般への恐れを人格化したものと解される。遭遇者が病むという機能は、古来の「怪異に触れると穢れや病を得る」という観念と親和的で、具体的な加害行為は示されない。近世には獣肉を忌避する習俗や言い換え語「ももんじい」もあり、名の連想が図像化を後押しした可能性が指摘される。後代の解釈には、山中に棲み町角に現れて人を脅かす、あるいは野衾が市井に出る際の姿とする見解があるが、一次伝承は限定的で、各地の民話類型に広汎な語りは確認されない。したがって、本バージョンでは「未詳」を前提に、夜の原野・霧・風の状況で遭遇しやすい情景的特徴と、病をもたらすと怖れられた点に軸足を置く。

  • 八百比丘尼

    八百比丘尼

    稀少

    やおびくに

    若狭から各地へ伝わる八百比丘尼

    人妖・半人半妖福井県京都府

    八百比丘尼は、若狭から京都へ来た長寿の尼として1449年の日記に記され、近世には人魚の肉を食べた娘の物語と結びついた。『康富記』の二百余歳、『臥雲日件録』の八百歳、『本朝神社考』の四百余歳という数字の揺れが、この伝説の長い成長を物語る。

  • 山颪

    山颪

    稀少

    やまおろし

    頭がおろし金・山颪

    付喪神・骸怪石燕『百器徒然袋』、おろし器と豪猪の音通、創作

    鳥山石燕の図像と注記を基準に再構成した像。頭部はおろし金状で、表面の突起は豪猪の針に喩えられる。名称は「山颪」と記すが、性質は山風そのものではなく、器物(おろし器)と獣的イメージの掛け合わせに由来する観念的怪。周囲に大根やすり鉢などが配されるのは、付喪神的場面設定としての符号であり、特定の害意や功徳は語られない。江戸期の絵画資料に依拠するため地域口承や祀りは伝わらず、後代の解説書で器物変化・語呂合わせの例として紹介されることが多い。

  • 山童

    山童

    稀少

    やまわろ

    山と川を去来する九州の山の童・山童

    山野の怪長崎県福岡県

    山童は、九州の山地に固有の山の怪でありながら、河童と一身二相をなす点に最大の独自性を持つ。寺島良安が『和漢三才図会』で筑前と五島に山童の生息を記したのは、近世の知識人が西国山間の異形伝承を博物学の枠に取り込んだ証であり、五島列島が早くから山童伝承の地として名指されたことを示す。 去来信仰では、春秋の彼岸を境に川の河童と山の山童が入れ替わるとされ、これは農耕暦・水神信仰と山の神信仰が一つの存在像に結晶したものと考えられる。樵への助力と駄賃の握り飯、相撲好き、塩や蟹を好む食性、犬耳・赤髪・一つ目という異形は、いずれも和漢三才図会や九州各地の口碑に裏づけられる。海と山に囲まれた五島の暮らしのなかで、山童は河童(ガータロー)と分かちがたく語られ、水辺と山地を貫く土地の霊性を体現する存在となった。

  • 槍毛長

    槍毛長

    稀少

    やりけちょう

    毛槍が木槌掲ぐ・槍毛長

    付喪神・骸怪石燕『百器徒然袋』、古槍の付喪神、絵巻発祥

    近世妖怪画に典型的な器物霊の一態。武具としての実用と行列具としての象徴性を併せ持つ毛槍は、名人や武勇譚との関わりを通じて霊威が付されやすいと理解された。石燕は『百器徒然袋』で木槌を振るう姿に描き、古図像の骨格を踏まえつつ器物名を与えた。室町以来の百鬼夜行図のモチーフ継承、江戸の好古趣味、名物道具観が重なり、槍毛長という名指しが成立したと考えられる。近代の版本や錦絵はその図像を変奏し、毛槍の飾毛(鳥毛)を強調する解釈も流布したが、固有の口承譚は乏しく、主に画図・書誌上で語られる存在である。

  • 雪女郎

    雪女郎

    稀少

    ゆきじょろう

    月から降りた雪の姫・雪女郎

    自然現象・自然霊山形県

    雪女郎は、山形という日本有数の豪雪地が育んだ、独自色の濃い雪女である。全国の雪女が旅人を凍え死なせる冷酷な怪として語られるのに対し、山形の雪女郎には人の情けに福で報いる「報恩型」の説話が色濃く残る。小国地方では、その正体を月の世界から雪とともに降りた姫とし、帰る術を失って雪明かりの夜に現れると伝える——これは東アジアの月信仰と雪女が結びついた珍しい型である。昔話では、宿を乞う白衣の女を冷たく拒んだ家は没落し、温かく迎えた家には金の塊という福が残される。雪女郎の体は人の温もりに触れて溶け、その溶けた跡に恵みを置いていく。さらに最上地方では、子を抱かせようとする産女系の雪女や、牛を連れた雪女も語られ、雪女郎は単一の像に収まらない。凍てつく冬の恐ろしさと、それでも雪を慈しまねば生きられぬ雪国の情緒とが、この一柱ならぬ一体の雪女に重ね描かれている。

  • ヨナタマ

    ヨナタマ

    稀少

    よなたま

    炙られて津波を呼ぶ海霊・ヨナタマ

    水の怪沖縄県

    人魚とも、人の言葉を操る魚ともいわれる宮古の海霊。下地島の漁師に捕えられ、網の上で炙られた夜、沖から名を呼ぶ声に応えて津波を願ったと伝わる。母子だけが伊良部島へ逃れ、漁師の家の陥没した跡が通り池になったとされ、その由来として語り継がれてきた。海の恵みと怒りを一身に体現し、その名は「海」と「霊」を重ねた言葉そのものとされる。一七七一年の明和の大津波の記憶と重なりながら、海を侮る心への戒めとして今も島に残る。

  • 龍蛇神

    龍蛇神

    稀少

    りゅうじゃしん

    神在祭の先導神使·龍蛇さま

    神霊・神格島根県

    龍蛇神は、 出雲の神在祭という具体的な祭祀の場で機能する「神使」 として独自の位置を占める。 一般の龍神 (水·雨·海を司る複合的水神) が全国の祈雨·止雨信仰を基層とするのに対し、 龍蛇神はあくまで出雲大社·佐太神社等の神在神事に限定された、 八百万の神の先導役という職能神である。 その実体は信仰上の抽象ではなく、 晩秋に出雲沿岸へ実際に漂着するセグロウミヘビという実在の海蛇であり、 自然現象 (暖海性海蛇の対馬海流による漂着) と神話的時間 (神在月の神来集) が一致する稀有な季節儀礼の核となっている。 漂着個体は大社に奉納され、 出雲大社教の龍蛇神講を通じて火難·水難·盗難除けと招福の神札として庶民に頒たれ、 神使から独立した崇敬対象へと発展した。 海の彼方の常世·異界から来訪する点で、 出雲を他界との通路と見る古代的世界観を体現する。

  • 六右衛門

    六右衛門

    稀少

    ろくえもん

    阿波狸を束ねる総領·六右衛門

    動物変化徳島県

    津田浦に棲む阿波狸の総領·六右衛門の姿。四国じゅうの狸を束ねる総大将として君臨し、正一位の位階を競い合う狸の序列の頂に立つ老練の長である。かつて弟子として迎え、娘との縁組で跡目を継がせようとした金長を、その出奔の後にはやがて宿敵として勝浦川の岸辺で迎え撃つ。両軍六百匹余りが三日三晩を戦い抜いた大合戦の末、一騎討ちに敗れて散ったと伝わるが、その名は講談·映画·アニメへと語り継がれ、阿波狸合戦のもう一方の主役として今に残っている。

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