妖怪図鑑

日本の妖怪大百科

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稀少
  • 味噌五郎

    味噌五郎

    稀少

    みそごろう

    島原半島の心優しき巨人・味噌五郎

    鬼・巨怪長崎県

    味噌五郎は雲仙岳に腰を下ろし有明海で顔を洗うほどの巨体を持ち、その一挙手一投足が島原半島の地形を刻んだとされる。高岩山に踏ん張った足型が諏訪の池となり、耕作時に放り投げた土が湯島(談合島)となった ── こうした地名起源譚の連なりが、彼を単なる怪異でなく半島の風景を産んだ造化の巨人へと押し上げている。一日四斗の味噌を舐めるという破格の食は、巨人の身体を土地の生活物資で計る素朴な語り口であり、味噌を醸す半島の暮らしと不可分に結びつく。だいだらぼっち型の巨人譚に連なりつつ、害意なく人を助ける温厚さで語られる点が島原半島版の独自性で、今日も南島原市の郷土の象徴として像や祭りに生きている。

  • 身の毛立

    身の毛立

    稀少

    みのけだち

    毛逆立つ無言の影・身の毛立

    住居・器物石燕『百器徒然袋』、身の毛立つの言葉遊び、絵巻発祥

    詞書のない絵巻出自で、機能や性格を定め難い図像系妖怪。毛が逆立つような姿態から、恐怖や戦慄の情景を視覚化した意匠とも解されるが、典拠資料は説明を欠き断定はできない。名称や呼称は資料により異なり、同系統像が別名で描かれる例もある。ここでは図像の形状と史料所在に基づく範囲で性格づけを最小限にとどめる。

  • 蓑草鞋

    蓑草鞋

    稀少

    みのわらじ

    雪の竹林に出る農具・蓑草鞋

    付喪神・骸怪石燕『百器徒然袋』、蓑·草鞋の付喪神、絵巻発祥

    鳥山石燕の図像を基点に再構成した蓑草鞋の像。蓑は来訪神装束にも通じる遮護の象徴、草鞋は路傍の結界具としての性格を帯びる。これらが長年の使用と荒天に晒され、霊威を宿して人の世にまぎれ出た姿と解される。鍬を担ぐ所作は農作と土地神への労役を想起させ、雪中の竹林という舞台は清冽と幽邃を暗示する。行状の具体は記録されないが、夜更けにきしむ草履の音や、吹雪の中で蓑が歩む影として畏れられたと推量される程度で、害意は強調されない。近世の付喪神群像に連なる象徴的存在で、器物の寿命や労苦への畏敬を映す。

  • 命婦

    命婦

    稀少

    みょうぶ

    稲荷大神の白き神使·命婦

    動物変化京都府

    命婦は、稲荷大神の眷属たる白狐を神格化した存在で、伏見稲荷大社の末社·白狐社に「命婦専女神」として祀られる。狐そのものを神とする俗信と異なり、命婦は神に近侍する御使い (神使) としての白狐を指す点に本質がある。 「命婦」は律令制の女官位階に由来する称号で、正一位の神階を持つ稲荷大神に仕える白狐を、宮中の高位女官になぞらえて呼んだものである。白狐社の社殿は寛永年間建立の一間社春日造檜皮葺で国の重要文化財。創建時は「奥の命婦」「命婦社」と呼ばれ、原田春満『稲荷神社縁起』は阿古町·小薄六を祭神とし、すすむ命婦に由来すると伝える。稲穂·巻物·鍵·宝珠をくわえる白狐像は、命婦が田の実り·言葉·倉·宝を媒介する清浄な神使であることを示す図像表現である。

  • 目競

    目競

    稀少

    めくらべ

    福原邸の髑髏集・目競

    霊・亡霊兵庫県

    鳥山石燕の図像と『平家物語』の怪異記述を基盤に整理した像。多数の骸が結集して一体の巨髑髏となり、無数の眼窩が生者を射るごとく対峙する。個々の亡者に固有名は付さず、合一した視線が権勢者の心胆を試す相と解される。現れは黎明や静寂の庭に多く、視覚的威圧で相手の恐怖心を増幅する。対処は動揺せず見返すこと。祈祷や退散法の詳細は史料に確証が乏しく、一種の心的幻視としても語られる。戦乱・変乱の地における集団死の記憶が形を取ったものとされ、具象化は見る者の心胆に応じ大小変ずると伝わる。

  • 木魚達磨

    木魚達磨

    稀少

    もくぎょだるま

    達磨顔の不眠木魚・木魚達磨

    付喪神・骸怪石燕『百器徒然袋』、木魚の付喪神、絵巻発祥

    鳥山石燕の図像を根幹に、木魚の無睡象徴と達磨の修行観が重ねられた付喪神解釈。語り物としての怪異譚よりも、寺院文化における戒めの比喩として理解されることが多い。夜更けの堂内で木魚がひとりでに鳴ると伝える地域的言説もあるが、体系的な口承は確認が限られる。芳年など後代の絵師が意匠を踏襲し、円座に乗る木魚の顔貌表現が定型化。恐怖を与えるより、修行への緊張感を喚起する存在として位置づけられる。

  • ももんがあ

    ももんがあ

    稀少

    ももんがあ

    二階窓辺の脅かし・ももんがあ

    総称・汎称野衾の異称、ムササビの怪異化、地域呼称差はあるが全国汎存在

    版本に見える図像を基準とした像。二階口や障子際から大きな丸目と裂けた口を突き出し、鋭い歯を見せて威を借すか、白い肉塊に短い手足を備えて四つんばいでうごめく。名は呼び声めいた響きを持ち、夜分の訪客を退ける怪として描かれる。固有の名乗りや系譜は持たず、見世物的な怪相の提示に重きが置かれる。

  • 百々爺

    百々爺

    稀少

    ももんじい

    原野の病もたらす老爺・百々爺

    山野の怪石燕『今昔画図続百鬼』、原野の老人怪、由来未詳の創作

    鳥山石燕の図像と付随解説を基礎とし、原野の夜更けに老爺の姿で現れる怪として整理した版。名称は児童語「ももんが」「がごじ」に由来する合成語とされ、化け物一般への恐れを人格化したものと解される。遭遇者が病むという機能は、古来の「怪異に触れると穢れや病を得る」という観念と親和的で、具体的な加害行為は示されない。近世には獣肉を忌避する習俗や言い換え語「ももんじい」もあり、名の連想が図像化を後押しした可能性が指摘される。後代の解釈には、山中に棲み町角に現れて人を脅かす、あるいは野衾が市井に出る際の姿とする見解があるが、一次伝承は限定的で、各地の民話類型に広汎な語りは確認されない。したがって、本バージョンでは「未詳」を前提に、夜の原野・霧・風の状況で遭遇しやすい情景的特徴と、病をもたらすと怖れられた点に軸足を置く。

  • 八百比丘尼

    八百比丘尼

    稀少

    やおびくに

    椿と入定洞·永遠の少女·八百比丘尼

    霊・亡霊福井県

    不老不死という「呪い」の神話。八百比丘尼の伝説は、人類が普遍的に抱く「老いへの恐怖」と「永遠の命への渇望」に対する、日本民俗学からの最も残酷で美しい回答です。不老不死は一見すると究極の恩恵のようですが、この説話では明確に「呪い」として描かれます。彼女の悲劇は、自分が死なないことではなく、「自分以外の全ての人間が必ず死ぬこと」にあります。愛する者が老衰していく傍らで、自分だけが10代の美しい娘の姿のまま取り残されるという圧倒的な時間的孤立は、死以上の苦痛を彼女に与えました。彼女が全国を巡って善行(インフラ整備や植樹)を行ったのは、単なる慈悲からではなく、終わりのない時間に何らかの意味を見出し、己の業(カルマ)を昇華するための痛切な贖罪の旅であったと解釈できます。 若狭・空印寺と「入定」の思想。八百比丘尼の旅の終着点とされる福井県小浜市の空印寺には、彼女が最期を迎えたとされる洞穴(八百姫宮)が現在も残されています。注目すべきは、彼女の最期が単なる「死(餓死)」ではなく、「入定(にゅうじょう)」として語られている点です。入定とは、高僧が衆生救済のために生きたまま深い瞑想状態に入り、永遠の存在(ミイラ=即身仏)となることを指します。人魚の肉によって物理的な死を奪われた彼女は、自らの意志で洞穴に籠もり、食事を絶つことでしか「存在を終わらせる(あるいは神聖なものへと次元を上昇させる)」ことができなかったのです。 現代における「八百比丘尼」のメタファー。現代の文学、漫画、アニメーションなどのサブカルチャーにおいて、八百比丘尼(またはそのモチーフ)は非常に人気のある題材です。「永遠の若さと美貌」「終わらない孤独」「死ねない苦悩」という要素は、現代人が抱えるアンチエイジングへの狂信や、長寿社会における「老いと孤立」というリアルな社会問題と深く共鳴します。彼女は単なる昔話の登場人物ではなく、人間が時間と死にどう向き合うべきかという究極の命題を突きつけ続ける、永遠のヒロインなのです。

  • 山颪

    山颪

    稀少

    やまおろし

    頭がおろし金・山颪

    付喪神・骸怪石燕『百器徒然袋』、おろし器と豪猪の音通、創作

    鳥山石燕の図像と注記を基準に再構成した像。頭部はおろし金状で、表面の突起は豪猪の針に喩えられる。名称は「山颪」と記すが、性質は山風そのものではなく、器物(おろし器)と獣的イメージの掛け合わせに由来する観念的怪。周囲に大根やすり鉢などが配されるのは、付喪神的場面設定としての符号であり、特定の害意や功徳は語られない。江戸期の絵画資料に依拠するため地域口承や祀りは伝わらず、後代の解説書で器物変化・語呂合わせの例として紹介されることが多い。

  • 山童

    山童

    稀少

    やまわろ

    山と川を去来する九州の山の童・山童

    山野の怪長崎県福岡県

    山童は、九州の山地に固有の山の怪でありながら、河童と一身二相をなす点に最大の独自性を持つ。寺島良安が『和漢三才図会』で筑前と五島に山童の生息を記したのは、近世の知識人が西国山間の異形伝承を博物学の枠に取り込んだ証であり、五島列島が早くから山童伝承の地として名指されたことを示す。 去来信仰では、春秋の彼岸を境に川の河童と山の山童が入れ替わるとされ、これは農耕暦・水神信仰と山の神信仰が一つの存在像に結晶したものと考えられる。樵への助力と駄賃の握り飯、相撲好き、塩や蟹を好む食性、犬耳・赤髪・一つ目という異形は、いずれも和漢三才図会や九州各地の口碑に裏づけられる。海と山に囲まれた五島の暮らしのなかで、山童は河童(ガータロー)と分かちがたく語られ、水辺と山地を貫く土地の霊性を体現する存在となった。

  • 槍毛長

    槍毛長

    稀少

    やりけちょう

    毛槍が木槌掲ぐ・槍毛長

    付喪神・骸怪石燕『百器徒然袋』、古槍の付喪神、絵巻発祥

    近世妖怪画に典型的な器物霊の一態。武具としての実用と行列具としての象徴性を併せ持つ毛槍は、名人や武勇譚との関わりを通じて霊威が付されやすいと理解された。石燕は『百器徒然袋』で木槌を振るう姿に描き、古図像の骨格を踏まえつつ器物名を与えた。室町以来の百鬼夜行図のモチーフ継承、江戸の好古趣味、名物道具観が重なり、槍毛長という名指しが成立したと考えられる。近代の版本や錦絵はその図像を変奏し、毛槍の飾毛(鳥毛)を強調する解釈も流布したが、固有の口承譚は乏しく、主に画図・書誌上で語られる存在である。

  • 雪女郎

    雪女郎

    稀少

    ゆきじょろう

    月から降りた雪の姫・雪女郎

    自然現象・自然霊山形県

    雪女郎は、山形という日本有数の豪雪地が育んだ、独自色の濃い雪女である。全国の雪女が旅人を凍え死なせる冷酷な怪として語られるのに対し、山形の雪女郎には人の情けに福で報いる「報恩型」の説話が色濃く残る。小国地方では、その正体を月の世界から雪とともに降りた姫とし、帰る術を失って雪明かりの夜に現れると伝える——これは東アジアの月信仰と雪女が結びついた珍しい型である。昔話では、宿を乞う白衣の女を冷たく拒んだ家は没落し、温かく迎えた家には金の塊という福が残される。雪女郎の体は人の温もりに触れて溶け、その溶けた跡に恵みを置いていく。さらに最上地方では、子を抱かせようとする産女系の雪女や、牛を連れた雪女も語られ、雪女郎は単一の像に収まらない。凍てつく冬の恐ろしさと、それでも雪を慈しまねば生きられぬ雪国の情緒とが、この一柱ならぬ一体の雪女に重ね描かれている。

  • ヨナタマ

    ヨナタマ

    稀少

    よなたま

    炙られて津波を呼ぶ海霊・ヨナタマ

    水の怪沖縄県

    人魚とも、人の言葉を操る魚ともいわれる宮古の海霊。下地島の漁師に捕えられ、網の上で炙られた夜、沖から名を呼ぶ声に応えて津波を願ったと伝わる。母子だけが伊良部島へ逃れ、漁師の家の陥没した跡が通り池になったとされ、その由来として語り継がれてきた。海の恵みと怒りを一身に体現し、その名は「海」と「霊」を重ねた言葉そのものとされる。一七七一年の明和の大津波の記憶と重なりながら、海を侮る心への戒めとして今も島に残る。

  • 龍蛇神

    龍蛇神

    稀少

    りゅうじゃしん

    神在祭の先導神使·龍蛇さま

    神霊・神格島根県

    龍蛇神は、 出雲の神在祭という具体的な祭祀の場で機能する「神使」 として独自の位置を占める。 一般の龍神 (水·雨·海を司る複合的水神) が全国の祈雨·止雨信仰を基層とするのに対し、 龍蛇神はあくまで出雲大社·佐太神社等の神在神事に限定された、 八百万の神の先導役という職能神である。 その実体は信仰上の抽象ではなく、 晩秋に出雲沿岸へ実際に漂着するセグロウミヘビという実在の海蛇であり、 自然現象 (暖海性海蛇の対馬海流による漂着) と神話的時間 (神在月の神来集) が一致する稀有な季節儀礼の核となっている。 漂着個体は大社に奉納され、 出雲大社教の龍蛇神講を通じて火難·水難·盗難除けと招福の神札として庶民に頒たれ、 神使から独立した崇敬対象へと発展した。 海の彼方の常世·異界から来訪する点で、 出雲を他界との通路と見る古代的世界観を体現する。

  • 六右衛門

    六右衛門

    稀少

    ろくえもん

    阿波狸を束ねる総領·六右衛門

    動物変化徳島県

    津田浦に棲む阿波狸の総領·六右衛門の姿。四国じゅうの狸を束ねる総大将として君臨し、正一位の位階を競い合う狸の序列の頂に立つ老練の長である。かつて弟子として迎え、娘との縁組で跡目を継がせようとした金長を、その出奔の後にはやがて宿敵として勝浦川の岸辺で迎え撃つ。両軍六百匹余りが三日三晩を戦い抜いた大合戦の末、一騎討ちに敗れて散ったと伝わるが、その名は講談·映画·アニメへと語り継がれ、阿波狸合戦のもう一方の主役として今に残っている。

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