基本説明

山童(やまわろ)は、九州の山地に棲むと伝えられる一つ目・一本足ともいわれる山の怪である。寺島良安『和漢三才図会』(1712年)は、筑前国(福岡県)や五島列島に山童がいると記し、姿は人に似て顔は丸く、髪は赤く長く目を覆い、耳は犬のように尖り、鼻の上に目が一つあるとも描く。十歳ほどの童の背丈で、山中の小屋に現れて塩を盗み、蟹や蛙を好んで食らうという。樵や炭焼きの仕事を手伝い、礼に酒や握り飯を求める一方、相撲を挑み、家畜にいたずらし、無断で風呂に入るなど悪戯好きの性も語られる。河童が山に移り住んで姿を変えたものが山童である、とする去来の伝承が九州一帯に広く分布する。

民話・伝承

山童の最大の特徴は、河童との季節的な去来の信仰にある。肥後(熊本)では、ガラッパが秋の彼岸に山へ入って山童となり、春の彼岸に川へ戻ってガラッパになると語られ、水の怪と山の怪が同一の存在の二つの相であるという観念が根を張る。山では樵を助けて木材を運び、駄賃に握り飯や酒をもらうが、約束を違えると祟るとも、握り飯を渋れば仕事を投げ出すともいう。

五島列島では、和漢三才図会が早くにその生息を記したように、山の怪としての山童と海辺・川の河童(ガータロー)の像が地続きに語られてきた。山童は山中で甲高く口笛のような声を発し、人を相撲に誘い、負けた者から精気を奪うとも、逆に山仕事の守りとなるとも伝えられる。一つ目・一本足の異形は、中国渡来の山精や紀伊・四国の一本だたらとも重ね合わされ、近世の博物・妖怪知識のなかで西国の山の怪として位置づけられた。河童と表裏をなす山童の信仰は、人びとが水辺と山地を一続きの霊地として畏れた心性を映している。

こうした河童と山童の去来を、柳田國男は『山島民譚集』のなかで「河童の渡り」と呼んで書きとめた[4]。川の神と山の神が季節ごとに姿を変えるという、古い信仰の名残と考えられている。山童は天狗倒しのような木の倒れる怪音を立て、人の歌や作業の音を真似るともいい、その通り道に家を建てると怒って壁に穴を開けるという民俗も残る。呼び名は土地ごとにやまんぼ、山ん太郎、セコ、カシャンボなどと分かれ、ほかの山の小さな妖怪と像を重ね合わせてきた。

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同類1

徹底解説

山童は、九州の山地に固有の山の怪でありながら、河童と一身二相をなす点に最大の独自性を持つ。寺島良安が『和漢三才図会』で筑前と五島に山童の生息を記したのは、近世の知識人が西国山間の異形伝承を博物学の枠に取り込んだ証であり、五島列島が早くから山童伝承の地として名指されたことを示す。

去来信仰では、春秋の彼岸を境に川の河童と山の山童が入れ替わるとされ、これは農耕暦・水神信仰と山の神信仰が一つの存在像に結晶したものと考えられる。樵への助力と駄賃の握り飯、相撲好き、塩や蟹を好む食性、犬耳・赤髪・一つ目という異形は、いずれも和漢三才図会や九州各地の口碑に裏づけられる。海と山に囲まれた五島の暮らしのなかで、山童は河童(ガータロー)と分かちがたく語られ、水辺と山地を貫く土地の霊性を体現する存在となった。

妖怪設定

この区画は物語を楽しむための当サイト独自の設定です。史実・考証ではありません。

性格
悪戯好きで気まぐれ。相撲を好み、樵を助ける一方、約束を違えると祟る。山と川を彼岸ごとに行き来する季節の霊。
相性
河童(ガラッパ・ガータロー)と表裏一体。山精や一本だたらと一つ目・一本足の像を共有する。
能力・特技
相撲の怪力山と川を彼岸ごとに去来する変化樵仕事の助力人への憑依
弱点
頭の皿(河童相の名残)の水を失うと力が衰える。約束を守らせれば従う。
生息地
九州の山間部 (筑前・五島列島・肥後・日向) の山中と、彼岸には川辺。

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出典・参考文献

4
  1. 和漢三才図会 (寺島良安 1712)寺島良安(杏林堂, 1712) [古典文献]
  2. ガラッパ・河童・山童 (怪異・妖怪伝承データベース)国際日本文化研究センター(国際日本文化研究センター, 現行) [古典文献]
  3. 山童(ウィキペディア日本語版) [reference]
  4. 山島民譚集柳田國男 [研究]

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