基本説明

子育て幽霊(こそだてゆうれい)は、身ごもったまま死んで葬られた女が、墓のなかで産んだわが子を養うため、夜ごと飴屋へ通って飴を買い求めるという亡霊である。墓中出産(土中の赤子)と、幽霊が支払った銭が翌朝には木の葉に化けているという二つの怪異を核とし、母性の哀切が前面に出るため、恐怖より哀れを誘う幽霊譚として語り継がれてきた。京都では東山区松原通の六道の辻に伝わり、鳥辺野の墓地を舞台とする話がよく知られる[1][2]

民話・伝承

京都の伝承では、慶長四年(一五九九年)、六道の辻の近くにあった飴屋へ、夜ごと一文銭を持って飴を買いに来る女があった。ところがある朝、銭箱を改めると銭がしきみ(樒)の葉に化けていた。不審に思った店主が女のあとを追うと、女は鳥辺野の墓地で姿を消し、土のなかから赤子の泣き声が聞こえた。寺へ知らせて墓を掘り返すと、亡くなった母の遺体のかたわらで、飴をしゃぶる赤子が生きていた。救われた子は寺で育てられ、長じて僧になり、のちに高名な僧となったと伝えられる[1][3]

この六道の辻は、平安京の火葬地であった鳥辺野(鳥部野)の入口にあたり、現世と他界の境とされた場所である。すぐ上の音羽山には清水寺が建ち、坂をくだった一帯は六道珍皇寺・西福寺など、死者を送る寺と地蔵信仰が密集する区域であった。子育て幽霊の話が東山のこの一画に根を張ったのは、墓地・葬送・地蔵という死生観の土壌があったからだと考えられる[2][4]

松原通の六道の辻には、創業約五百年と伝える「みなとや幽霊子育飴本舗」が今も飴を商い、この伝承を伝える。幽霊が子に与えたという「幽霊子育飴」は土産菓子として知られ、伝説と実在の店が結びついた珍しい例である[3]

墓中出産と子育てのモチーフは京都だけのものではなく、全国に類話が分布する。中国の説話との関係も指摘され、日本では落語・怪談・近代文学にも取り込まれた。水木しげるは、墓のなかで生まれ育つこの幽霊の子を、鬼太郎の発想の源の一つとして語っている。哀切と母性を核とするこの話は、恐ろしい幽霊像とは異なる、もう一つの亡霊の系譜を示している[1][2]

徹底解説

子育て幽霊は、死後に墓のなかで子を産み、あるいは胎内の子とともに葬られた女が、その子を養うために現れる亡霊である。怪異の要として、第一に土中で子が生き延びる「墓中出産」、第二に幽霊の払った銭が翌朝には樒の葉や木の葉に変わる「化け銭」の二つがある。京都の六道の辻の話では、飴屋に通う女を追うと鳥辺野の墓に消え、掘り返すと飴をしゃぶる赤子が見つかる、という筋で語られる。

恐ろしい祟りや復讐を語る幽霊譚と違い、この話の中心はあくまで母性である。女は生者を恨まず、ただ子を生かそうとする。救われた子がのちに僧となり高徳を積むという後日譚は、亡き母の情が仏縁へ昇華する形を取り、東山一帯の地蔵・葬送信仰と響き合う。みなとや幽霊子育飴本舗の飴のように、伝説が現実の品と結びついて生き続けている点も、この幽霊の特徴である。

妖怪設定

この区画は物語を楽しむための当サイト独自の設定です。史実・考証ではありません。

性格
わが子への執着と慈愛だけが現世に残った亡霊。生者を害そうとはせず、ただ子を生かすために夜ごと現れる。哀しみと母性が前面に立ち、恐怖よりも憐れみを誘う。
相性
地蔵信仰・葬送の地と縁が深く、鳥辺野や六道の辻のような他界との境に現れやすい。死してなお子を思う情から、母子の縁・供養にまつわる存在と響き合う。
能力・特技
夜ごと現れて飴を買い子を養う墓中で子を産み生かす払った銭を樒の葉に変える(化け銭)
弱点
子が無事に救い出され、しかるべき供養がなされると現れなくなる。母の情だけが現世に残った亡霊であり、子の安泰がそのまま成仏の条件となる。
生息地
墓地・火葬地の入口、他界との境とされた六道の辻、鳥辺野のような葬送の地。夜の飴屋へ通う。

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出典・参考文献

4
  1. 京都妖怪紀行地図でめぐる不思議・伝説地案内化野燐(角川学芸出版〈角川SSC新書〉, 2008) [古典文献]
  2. 怪異・妖怪伝承データベース国際日本文化研究センター(国際日本文化研究センター, 2002) [古典文献]
  3. みなとや幽霊子育飴本舗の由来みなとや幽霊子育飴本舗(京都市東山区松原通(六道の辻), 1599) [古典文献]
  4. 大椿山六道珍皇寺縁起(六道の辻と鳥辺野)六道珍皇寺(京都市東山区小松町) [古典文献]

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