基本説明
味噌五郎(みそごろう)は、長崎県島原半島に伝わる心優しい巨人である[1]。半島南部の高岩山に住み、雲仙岳に腰を下ろして有明海で顔を洗うのを日課としたと語られ、その桁外れの体躯ゆえに半島の地形そのものを作った造化の主として親しまれてきた[2]。名の由来は無類の味噌好きで、一日に四斗もの味噌を舐めたと伝えられる[2]。畑仕事や山仕事を一人で平らげ、その報酬として味噌をもらって暮らしたという、人里に害をなさぬ温厚な働き者の巨人である。各地のだいだらぼっち(大太法師)型の巨人伝説に連なる存在でありながら、害意ある「化け物」ではなく地域を助ける親しみ深い守り手として語り継がれている点に、島原半島の味噌五郎像の特色がある[3]。
民話・伝承
味噌五郎の伝説は、半島の地名・地形の起源を説く地名起源譚として濃密に分布する[1]。高岩山に腰掛けて足を踏ん張った際にできた足型が、足の形をした諏訪の池になったと伝えられ、また畑を耕した折に放り投げた土塊が有明海に落ちて湯島(談合島)になったとも語られる[2]。一日四斗の味噌を舐めるという誇張は、巨人の規格外の身体性を味噌という土地の生活物資で表した語り口で、農作業の報酬を味噌で受け取るという挿話とともに、味噌を醸す半島の暮らしと巨人譚が結びついた在地色を帯びる。
この巨人譚は南島原市の郷土文化として今日まで継承され、市役所前には味噌五郎像が据えられ、西有家町須川商店街では毎年十一月に巨大な味噌五郎の像を山車に載せて練り歩く「みそ五郎まつり」が町おこし行事として催されている[4]。昔話としても広く知られ、テレビ番組『まんが日本昔ばなし』で「みそ五郎どん」として放送された[5]。柳田國男以来、山や湖沼の造化を巨人の所業に帰す「だいだらぼっち」型伝説は全国に分布が知られるが[3]、味噌五郎はそれを島原半島の雲仙岳・有明海・諏訪の池・湯島という具体の風景に結びつけ、害なき働き者として語る九州西端の一典型である。
徹底解説
味噌五郎は雲仙岳に腰を下ろし有明海で顔を洗うほどの巨体を持ち、その一挙手一投足が島原半島の地形を刻んだとされる。高岩山に踏ん張った足型が諏訪の池となり、耕作時に放り投げた土が湯島(談合島)となった ── こうした地名起源譚の連なりが、彼を単なる怪異でなく半島の風景を産んだ造化の巨人へと押し上げている。一日四斗の味噌を舐めるという破格の食は、巨人の身体を土地の生活物資で計る素朴な語り口であり、味噌を醸す半島の暮らしと不可分に結びつく。だいだらぼっち型の巨人譚に連なりつつ、害意なく人を助ける温厚さで語られる点が島原半島版の独自性で、今日も南島原市の郷土の象徴として像や祭りに生きている。
妖怪設定
この区画は物語を楽しむための当サイト独自の設定です。史実・考証ではありません。
- 性格
- 温厚で働き者。人里に害をなさず、畑仕事や山仕事を一人で引き受け、報酬は大好物の味噌で受け取る。規格外の体躯を持ちながら気立ては素朴で親しみ深い。
- 相性
- 土に根ざして黙々と働く人、郷土の風土を慈しむ人と相性がよい。見返りを誇らず助ける気質ゆえ、誠実な人々から永く慕われる。
- 能力・特技
- 雲仙岳に腰掛け有明海で顔を洗うほどの巨体踏みしめた足型で池を、放った土塊で島を生む造化の所業畑仕事・山仕事を一人で平らげる怪力
- 弱点
- 大好物の味噌には目がなく、一日四斗を欲する旺盛な食欲。害意がなく素朴で、人に欺かれやすい朴訥さ。
- 生息地
- 島原半島南部の高岩山を住処とし、雲仙岳・有明海・諏訪の池・湯島など半島の山海をまたいで現れる。
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