神格
伝統妖怪

基本説明

鍾馗(しょうき)は、中国唐代の説話に由来する辟邪(へきじゃ)の神格で、鬼を捕らえ食らう威をもって疫鬼を退ける守護神として崇められる。図像は、濃い髭をたくわえ、官人の袍と幞頭(ぼくとう)をまとい、大ぶりの剣を帯びて鬼を睨み据える、いかにも勇猛な姿に描かれる──玄宗の夢に現れて疫鬼を退治した大鬼として、北宋の沈括『夢渓筆談』が早くにその容貌を記している[1]。日本では平安末期の辟邪絵にすでに鍾馗の図像が認められ、後世には疱瘡(ほうそう)除け・疫病除けの神として、また科挙の進士であった伝承にちなみ学業成就の守護としても信仰された。江戸期になると、端午の節句に鍾馗を描いた幟(のぼり)を立て、室内に掛幅や五月人形として飾る習俗が関東に広まり、一方で近畿、とりわけ京都では屋根の上に小さな鍾馗瓦(かわら)を据えて魔除けとする独特の習俗が定着した[2]。剣を手に鬼を踏まえる怒りの形相は本来きわめて恐ろしいが、その恐ろしさを「こちら側」の守りに転じ、より強い力で災厄を跳ね返させるところに、鍾馗信仰の発想がある。なお容姿や持物の細部は時代・地域・絵師により差異がある。

民話・伝承

鍾馗説話の核は、唐の玄宗皇帝が疫病(瘧(おこり)=マラリアとされる)で病臥した折の夢にある。現存最古級の記録である北宋・沈括『夢渓筆談』(補筆談)によれば、玄宗は夢のなかで、真っ赤な袴をはいた小鬼が楊貴妃の香嚢と皇帝の玉笛を盗んで殿中を駆けまわるのを見た。そこへ青袍に帽子をかぶった大鬼が現れて小鬼を捕らえ、その目をえぐって一口に呑み込む。大鬼は自らを「終南の進士・鍾馗」と名のり、科挙に落第して宮中で自害したが手厚く葬られた恩に報いるため、天下の悪鬼を除くと誓ったと述べた。玄宗が夢から覚めると病は癒えており、彼は画家・呉道子(呉道玄)に命じて夢のままに鍾馗の鬼退治図を描かせたという[1]。この説話は明代の類書『天中記』が引く『唐逸史』によってほぼ定型化し、終南山の進士が容貌の醜さゆえに登第を取り消されて憤死し、死後に辟邪の神となった、という筋が広く知られるようになった[3]。以後、中国では年末や端午に鍾馗の像を門戸に掲げて邪気を払う慣習が生まれ、その図画自体が護符として珍重された。日本へは図像として伝わり、平安末期の辟邪絵にその姿が確認できる。江戸時代末には、関東で鍾馗を五月人形や幟・掛軸に仕立てて男児の健やかな成長と疫病除けを祈り、近畿では屋根上に据える魔除けとして広まった。京都の屋根の鍾馗さん(鍾馗瓦)には、三条の薬屋が立派な鬼瓦を葺いたところ向かいの家人が原因不明の病に倒れ、鬼瓦の邪気を疑って「鬼より強い」鍾馗の瓦像を据えたところ病が平癒した、という由来譚が語られる[2]。家を守るために、より強い辟邪の像を高所に掲げて災厄を制するというこの発想は、鬼瓦と鍾馗が屋根の上でせめぎ合う京都の町家の景観に、いまも生きている。

妖怪カード2

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徹底解説

鍾馗は、唐代の逸話を基盤に東アジアへ普及した魔除けの神格で、日本では主に厄除け・疱瘡除けの効験で受容された。図像は長鬚の武人風で、官服に冠を戴き、大きな眼で睨み、片手または両手に剣を持つ。しばしば小鬼を追捕・踏みつけ・袋に詰める姿で描かれる。年頭や端午に掛け軸・幟・屏風として飾られ、町家では屋根の隅や軒先に瓦製像を据える例が多い。日本での最古級の例は平安末の辟邪絵に遡り、室町以降は画題として定着、江戸後期には五月人形化も見られる。像や画は玄関・門・座敷の上座に掛け、疫神・邪霊の侵入を防ぐと信じられた。現代の社祠は限定的だが、近世以来の民間信仰として地域的に継承され、屋根上の鍾馗像は近畿から中部にかけて現在も確認できる。能力は「睨み」と剣勢による邪鬼退散に象徴化され、薬害・流行り病を祓う護符的な機能を担う。

妖怪設定

この区画は物語を楽しむための当サイト独自の設定です。史実・考証ではありません。

性格
剛毅・義に厚い
相性
悪疫・邪鬼を忌避し、人々の門戸を守護する
能力・特技
邪鬼・疫神の退散家門の魔除け(門符・掛幅・像による)病気平癒の祈願対象学業成就の守護
弱点
信仰・作法を欠くと効験が薄い, 図像・像が破損すると霊験が弱まるとされる
生息地
京・近畿から中部の町家屋根上, 寺社・民家の座敷・床の間, 端午や年末年始の飾りとして各地

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出典・参考文献

3
  1. 夢渓筆談(補筆談)沈括((鍾馗説話の現存最古級の記録。玄宗の瘧病・呉道子図を載せる), 北宋・元祐年間(1086-1093)ごろ) [古典文献]
  2. 京の鍾馗さん(屋根の鍾馗瓦の民俗)(京都の町家民俗・口碑)((三条の薬屋の鬼瓦由来譚など、京都・近畿の屋根像習俗), 江戸後期以降) [古典文献]
  3. 天中記(引『唐逸史』)陳耀文 編((『唐逸史』の鍾馗説話を収め、終南進士・落第自害の筋を定型化), 明・万暦17年(1589)ごろ) [古典文献]

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