妖怪図鑑

日本の妖怪大百科

148 妖怪|14 カテゴリ|3/7 ページ
並び替え: 五十音昇順
珍しい
  • 片輪車

    片輪車

    珍しい

    かたわぐるま

    京東洞院の覗き戒め・片輪車

    住居・器物京都府滋賀県

    京の東洞院に出没したと伝わる片輪車のうち、特に言の葉をもって人心を戒める性を強く帯びた変種。延宝の頃、都人が夜歩きを好み、物見高く口さがなる風習を厭い、炎の輪ひとつとなって路上を横行する。姿は牛車の片輪のみ、檜の輻は煤けて赤く灼け、輪の中心には顎骨張った男の顔が据わる。眼は灯籠の火のごとく揺らぎ、歯は櫛の歯のように白く、しばしば小児の片足を噛み含んで現れる。出でて第一声に「我を見るより我が子を見よ」と吐くが、これは脅しの句であると同時に、家内を顧みよという直言で、応じて内に走れば未然に難を避ける例も稀にある。だが好奇の心で覗き見れば、噂が噂を呼ぶ前に、その家の幼子へ奇禍が及ぶ。片輪車が咥える足は、遠方の誰彼のものではなく、覗き見の家の子と縁付けられるのがこの変種の怖ろしさで、輪の火が門戸の隙より細く差し入り、寝間にいる子の脚気のごとく血を吸い、裂け目を作るという。口上片輪車は、輪入道と混同されやすいが、嘲笑や戯れよりも戒告を旨とし、声の一句が事の起こりと収まりを決する点で異なる。かつて東洞院沿いの女房が戸の隙より見たとき、輪は家前で止まり、顔は門戸に鼻先をつけ、句を吐いて去った。女房が急ぎ座敷に走れば、子はまだ浅手で、祈祷と湯薬で癒えた。以降、家々は落日の鐘よりのち、格子を固く閉し、内へ灯を低く掛け、口の端で怪を語らぬことを約した。これにより出没はやや減じたが、祭礼や物詣での賑わいが増す折にはまた現れ、行灯の影を踏むように転がり来る。口上片輪車は名指しの噂を何よりの餌とする。人が「かたわ車」と三度囁けば、輪の火はその家の軒端に舌を伸ばし、格子の隙を探る。ゆえに古老は名を避け、「片輪の火」「輪の声」と婉曲に語ったという。とはいえ、和歌や願文で門を固めれば、詞の力を尊ぶこの変種は足を止める。文言が子を思う情に満ち、句が整えば、輪は顔を歪めつつも咥えたものを落とし、火花だけを残して去る。噂を重ねる町では強く、言葉を慎み家を顧みる町では弱まるという、都人気質を映す怪異である。

  • 片輪車

    片輪車

    珍しい

    かたわぐるま

    甲賀の歌応え・片輪車

    住居・器物京都府滋賀県

    甲賀の山裾と湖風の通い路に出没するという片輪車の変種で、寛文の頃より村人に語り伝えられた。炎は篝火のように静かで、焦げた漆黒の輪がひとつ、夜の土塀沿いをかすめる。輪の中心には女の面が浮かび、眉目は凛として古雅、鬢は風に乱れず、口はわずかに笑むとも、嘲るにも似る。これが村の戸前を巡るとき、たちまち家々の灯は揺れ、寝静まる子の名を遠くから呼ぶ声がするという。もっとも畏れられたのは姿そのものより「見目」と「噂」で、夜半に扉の隙から覗き見る者、あるいは翌朝に面白半分で語る者に禍が及ぶ。禍は大仰ではなく、家内の子が忽然といなくなる、乳の出が止む、稲架の稲が片側だけ湿るなど、家の片端に欠けを生じさせる。これを里人は「片(かた)を奪う」と言い習わした。されどこの片輪車は無道の怪ではない。人の側が礼を尽くせば理に応ずる。ある夜、覗き見の罪を悔いて戸口に短歌を貼る女があり、片輪車は翌晩それを高らかに詠み返し、「やさしの者かな」と言って子を返したと伝える。ここに甲賀里返しの片輪車の本質がある。すなわち、夜の禁忌を破った者を諌め、言葉の力で秩序を繕う存在である。村境の道祖神や辻の祠の役目が薄れた折、代わって夜警のように現れ、出歩く者の足を引き留め、家々に戸締まりと沈黙の作法を思い起こさせる。顔が女相となるのは、子の出入りを司る産の神への古い畏れが重ねられたためとも、甲賀の里で女手が家を守る夜が多かったためとも言われる。輪そのものは古い牛車の片輪で、軸木の焦げ目に梵字めいた筋が走り、火は照らすが熱をもたらさぬ。もし人に姿を見透かされ、その名残を面白がって語られれば、片輪車は「所在がありがたし(所在が知れた)」としてその地を去る。ゆえに一度の出現で長逗留せず、噂が鎮まればまた路傍の闇に紛れる。輪入道との混同もあるが、本種は嘲笑よりも戒めに重きがあり、捕らえた子を必ず返すのを矜持とする。歌、祝詞、静かな戸口の祈りに敏く、人の言葉の端正さを好むため、近在では夜更けに声高に語らぬこと、戸の隙を作らぬこと、子の名を呼び交わさぬことが家伝として残った。こうして片輪車は、災いをもって礼を教え、礼によって災いを解く、甲賀里の陰なる守りと見なされてきた。

  • かなつぶて

    かなつぶて

    珍しい

    かなつぶて

    奈良坂の金礫法師・かなつぶて

    鬼・巨怪奈良県京都府

    『宝物集』の記述を核に、御伽草子群の田村語りで造形が具体化した型。奈良坂の要衝で旅人や貢ぎ物を襲う化生として描かれ、法師姿・巨体・金礫という要素が定着する。金礫は太郎・次郎・三郎の三種で威力が段階化され、山や鎧も砕く夸示が付される。討手は稲瀬五郎坂上俊宗で、兵を率い罠や機転で礫をいなし、秘伝の鏑矢で執拗に追う筋立てが通例。最終的に降伏と処刑で終幕し、要路の治安回復譚として語られる。地域の坂・峠の危険や賊害を象徴化した怪異として理解され、金属光沢と飛礫の恐怖が強調される。

  • 髪切り

    髪切り

    珍しい

    かみきり

    江戸夜の頭髪切り・髪切り

    山野の怪三重県東京都

    この版本は、江戸の夜に流行した「頭髪を切られる」都市怪談として髪切りを読む。重要なのは、髪切りの伝承では加害者の姿よりも、被害後に発見される髪束のほうが強く語られる点である。『諸国里人談』系の話では、被害者は髪を切られた瞬間に気づかない。元結や髻を保った髪が道に落ちていることで、はじめて「何かに切られた」とわかる。怪異の中心は目撃ではなく、身体から切り離された痕跡にある。 図像の髪切りは、この見えない怪異に形を与えたものと見られる。『百怪図巻』や『Bakemono no e』では、長い嘴と鋏状の手を持つ虫鳥めいた妖怪が、髪を断つ動作として描かれる。しかし歌川芳藤『髪切りの奇談』では、はさみ手の妖怪ではなく、「真黒なるもの」「猫の如く」「天鵞絨のごとく」とされる黒い接触体が現れる。ここには、絵巻の分類妖怪と、町で語られた遭遇怪談とのずれがある。 都市怪談として見ると、髪切りは夜道と厠の怪である。松坂や江戸紺屋町の往来、下谷・小日向の商家や屋敷、番町辺の屋敷、本郷三丁目の便所など、舞台はいずれも人目の薄い移動の途中や、家の内外が切り替わる場所に置かれる。被害者には奉公人・女中が目立ち、髪は乱された容貌であると同時に、奉公先・家・町の秩序を乱す証拠にもなる。だから髪切りは、髪を食う狐、屋根裏に潜む髪切り虫、祈祷札を売る山伏、人間の犯行など、さまざまな説明を引き寄せた。 網切は網を切る妖怪、髪鬼は髪そのものが怨念を得て動く妖怪である。それに対して髪切りは、人間の髪を外から切る不可視の加害者として語られる。近年の検索で見られる「kamikure」は、確認できる伝統名ではなく、kamikiriの誤綴・混同として扱うのが妥当である。読者導線としては、髪を切る怪を探しているなら髪切り、網を切る怪なら網切、髪が妖怪化する話なら髪鬼へ進むのが最も正確である。

  • 紙舞

    紙舞

    珍しい

    かみまい

    紙片自ら宙を舞う・紙舞

    住居・器物藤沢衛彦が複数の話を統合した創作、特定発祥地なし

    紙舞は独立した実体というより、家内で紙類が自発的に舞い散る怪異の呼称として後年に整理された概念である。典拠とされる藤沢衛彦は神無月の出現とするが、その挿絵は『稲生物怪録』の一場面の流用であり、原史料自体は特定の月に限定しない。昭和以降の民俗・怪談書で、証文や原稿が舞い上がる事例が「紙舞」と名づけられ紹介されるが、実見談としての信憑性や地域分布は確定していない。従って本項では、住居・器物にまつわる不可解な動作(紙の自走・浮遊)を示す総称的妖怪像として扱い、固有の姿形や明確な起源地は「不詳」とする。伝承上は人畜に害をなす描写は少なく、驚愕・嘲弄の性格を帯びる程度にとどまる。

  • 蚊帳吊り狸

    蚊帳吊り狸

    珍しい

    かやつりだぬき

    阿波の幻惑蚊帳・蚊帳吊り狸

    動物変化徳島県

    阿波の狸が用いる幻惑の代表例として記録される型。屋外に不釣り合いな室内具を見せ、対象に「めくる」行為を反復させることで方向感覚と時間感覚を奪う。三十六という数は修験・数霊観と結びつけて語られる場合があるが、地域説話では具体的な理屈は示されず、実践的な対処として「慌てず腹に力を込めよ」と教える。危害は与えず、明け方に術が切れると何事もなかったように道が開けるとされる。

  • からかさ小僧

    からかさ小僧

    珍しい

    からかさこぞう

    夜道で跳ねる古傘・からかさ小僧

    住居・器物日本各地 ── 古傘の付喪神、特定の発祥地を持たない

    江戸時代以降の草双紙(絵入り娯楽本)や舞台芸術によって典型化された、一つ目・一本足の唐傘の化け物としての解釈版である。このバージョンにおいて、からかさ小僧は人間の命を奪うような恐ろしい怨霊ではなく、暗がりに潜んで通行人を驚かし、その反応を見て楽しむような滑稽で悪戯好きな性質を極めている。 その図像学的なルーツは室町期の『百鬼夜行絵巻』に連なるとはいえ、現在広く認知されている「傘の柄が一本の足となり、傘の布地から一つ目と長い舌が突き出た姿」は、江戸後期の「お化けかるた」や見世物小屋、歌舞伎の仕掛け道具における反復生産の賜物である。ろくろ首や三つ目小僧といった視覚的インパクトの強い妖怪たちと並べられ、絵柄としての面白さから子供向けの「おもちゃ絵」の定番スターとなった。 夜の路地裏や軒下に現れ、バサバサと骨組みを鳴らしながら一本足で跳躍し、長い舌で人間の顔をペロリと舐めるなどの視覚的・擬音的な怪異を引き起こすが、本質的な害悪はない。地域固有の伝説を持たないため、出没地や活動内容は媒体によって自在にアレンジされ、それがかえって近代の映画やアニメーションへの適応を容易にした。ある意味において、古びた器物が魂を持つという「付喪神」の原初的な恐怖を、江戸の町人文化が完全に「キャラクター(玩具)」へと脱臭し、エンターテインメントへと昇華させた究極の形態である。

  • 餓鬼憑き

    餓鬼憑き

    珍しい

    がきつき

    峠道の飢え憑き・餓鬼憑き

    鬼・巨怪ヒダル神の一種、西日本に広く分布、山道·峠で憑く

    峠道や山中で遭うとされる典型的な餓鬼憑きの像。背景には合戦や行き倒れによる餓死者の霊があると理解され、旅人は少量の食を携え、通過前に峠へ供えることで難を避けた。発症は突然で、激しい空腹感、四肢の力抜け、足が前へ出ないといった訴えが中心で、しばしば日陰や風の通る場所で動けなくなる。対処は簡便で、米粒一つ、塩気のある握り飯の欠片、干物の端など、口に含むだけで憑きが弛むとされる。予防としては、弁当の一口分を山の神や行き倒れの霊へ撒く、道端の地蔵へ供えるなどが語られる。重い食を急にとることは避け、粥や雑炊で腹を慣らすとよいともいう。海辺では磯餓鬼、盆地や農村ではひだる神、四国ではジキトリなど名称は違えど、症状と対処はほぼ共通で、地域の死者供養や路傍供養の実践と密接に結びついている。

  • 画霊

    画霊

    珍しい

    がれい

    破損屏風から出る女・画霊

    付喪神・骸怪随筆『落栗物語』勧修寺家の画の怪、独立伝承地なし

    江戸後期の随筆に拠る画霊像。老いた屏風絵から女の姿が出没し、像に加えた処置が現実の怪異に反映する「像と実の連動」が核とされる。器物の劣化に由来する兆しが怪として知覚され、修復・敬護により鎮静する点は付喪神伝承の枠内に収まる。筆者は具体の地名・家名を挙げるが、怪異の目的は語られず、警告・顕現は短期的で、鑑定・修繕を境に終息する。画工の名気が霊性を強めるというより、名品を粗末にすることへの戒めが主題と見られる。人を襲う害話は乏しく、視覚的顕現と所在への回帰(屏風前で消える)が特徴。のちの解釈では、器物供養の重要性を説く例話として引用される。

  • 岸涯小僧

    岸涯小僧

    珍しい

    がんぎこぞう

    川岸で魚を捕る・岸涯小僧

    水の怪石燕『今昔百鬼拾遺』、河童系だが在地伝承未確認、絵巻発祥

    鳥山石燕の図像とその簡素な註記に基づく再構成。河岸や崖下の浅瀬に潜み、機を見て魚を捕える。体は小僧の体躯に近いが全身に粗い体毛があり、口内の歯はやすり状で、獲物を削ぐように食むとされる。河童と通底する特徴(水掻きの存在や水辺性)が想起される一方、甲羅や皿といった決定的属性は資料上確認できないため付与しない。名称中の「岸・崖」は出没環境を示す記述的要素と解され、地域名や氏族名ではない。近代の解説では、山の怪異語彙に見える「崖」を名に持つ類例(タキワロ)との連関が指摘されるが、同定は控えめに留める。現存の一次資料は石燕の画と文であり、行状・祟り・供物などの儀礼的要素は伝わらない。ここでは、水辺の小怪として、静かに魚を狙う存在像を基本とする。

  • 加牟波理入道

    加牟波理入道

    珍しい

    がんばりにゅうどう

    厠の入道・加牟波理入道

    水の怪石燕『今昔画図続百鬼』、厠の妖怪、山都と便所神習合、全国の厠怪

    鳥山石燕の図像と、各地の厠にまつわる禁忌・唱え言の伝承を基礎とする像をまとめたもの。厠は古来、穢と境界が交わる処とされ、夜半や大晦日など境の時に怪異が出没するとされた。石燕は口より鳥を吐く入道として描き、解説で「がんばり入道郭公」と唱えるまじないを記す。民俗資料では、唱え言が禍福を分かち、黄金化・小判化の譚と、不吉の徴としてのホトトギス聴聞が併存する。郭公の字義連関や中国の厠神名への言葉遊びが指摘され、和歌山の「雪隠坊」、岡山の見越入道との混交など、地域差と名称の揺れが顕著である。厠に入る作法や時間帯への戒め、子供の肝試し的な習俗とも結びつき、唱えるべき語を巡るタブーと招福譚が一体となって伝わる。

  • ガータロー

    ガータロー

    珍しい

    がーたろー

    火伏せの神となった五島の河童・ガータロー

    水の怪長崎県

    ガータローは、九州河童の一系統でありながら、火伏せの守護神という独自の信仰を結んだ点に五島ならではの像がある。福江島大円寺川の水神社に五島中の河童の大将が棲むとされ、享保8年(1723年)の江戸藩邸火災で河童の火消しが屋敷を守ったという伝説は、水神=火伏せという日本各地の水天宮信仰と結びつき、五島藩邸を介して江戸にまで知られた。 形姿は頭の皿、腕の抜けやすさ、相撲好き、人への憑依など九州河童の典型を備えるが、ガアタロ・キャタロ・ガッパドンといった島内の呼称差や、三井楽白良ヶ浜の弁天島に残る河童の足跡など、在地の地名と結んだ伝承が厚い。山童と季節ごとに去来する表裏の存在として語られることもあり、海に囲まれ清流の限られた五島にあって、ガータローは水と火、いたずらと守護という対照を一身に宿す、島の暮らしに根ざした河童である。

  • 気狐

    気狐

    珍しい

    きこ

    「気」となった中位の妖狐・気狐

    動物変化中国道教の狐仙思想由来の狐階位(天狐·空狐·気狐·野狐)、渡来概念

    この版では、四段の狐の位のなかで気狐が担う「境界」という役割を掘り下げる。 狐の位階は、ただ強さの順位ではなく、獣がいかにして霊・神へと近づくかという一本の階梯である。その階梯で気狐が立つのは、肉体をもつ野狐と、形を捨てた空狐・天狐とを分ける、まさにその切れ目である。野狐が道に迷わせ人に化けるという目に見える悪さで知られるのに対し、気狐はすでに体を脱いでいるぶん、その業はより内へ――人に取り憑き、心を惑わす方へと向かう。狐憑きの伝承で語られる狐を、たんなる野狐ではなく一段力をつけた気狐とみる見方は、ここに根をもつ。 もう一つ気狐に見えるのは、未完成ということである。空狐がこの気狐の倍の霊力をもち、やがて天狐に至って人の世を離れるのに対し、気狐はまだ人への執着を断てずにいる。獣の本能と神の超然のあいだで揺れ、化かしと憑きをくり返すその姿は、修行半ばの狐とも言える。上位の狐が静かに世を見守る存在であるなら、気狐は人にもっとも近いところで、なおあがき続ける狐なのである。

  • 鬼女

    鬼女

    珍しい

    きじょ

    情念極まり鬼に化す女・鬼女

    鬼・巨怪日本各地の鬼女伝承を束ねる総称(個別は紅葉・黒塚・橋姫等の各項)

    各地の説話で見られる典型的な鬼女像を整理した標準型。人間界の情念が極まり鬼性に転じるという因果観を体現し、外見は美女から老女まで変化する。夜、山野や辻で旅人を誘い、宿や庵に招き入れてから正体を現す。仏法や加持祈祷により退散・成仏する筋立てが多く、恐怖譚であると同時に教化譚として機能した。地域により人食い・嬰児狙い・血を啜るなどの描写に強弱があるが、いずれも禁忌破りや疑心、妄執の果てとして理解される。能・説経・縁起絵巻などで図像化され、角や牙、逆立つ髪を伴う鬼形と、人姿の落差が重要な見せ場となる。

  • 経凛々

    経凛々

    珍しい

    きょうりんりん

    捨てられし経の怨・経凛々

    付喪神・骸怪京都府

    石燕画の意匠を基調とし、ほつれた経巻が自ら巻き解け、端が四肢のように動く存在として描く。音もなくすり寄り、読誦の声に反応して揺らぐ。由緒ある経を破り捨てたり、踏みつけるなど不敬があれば、夜更けに紙擦れの音や微かな読経が響き、灯影に経の文字が漂うとされる。一方で、経を浄めて納めると鎮まり、書院の埃を払うなど無害に留まるとも語られる。近世の書物信仰と付喪神観が交差する像であり、『百鬼夜行絵巻』の鳥首像との連想は、言葉(呪力)を運ぶものとしての“嘴”の象徴性に通じると理解されるが、具体の伝承地や人物名は史料に拠る外は不詳である。

  • 桐一兵衛

    桐一兵衛

    珍しい

    きりいちべえ

    斬れば倍に増す幼怪・桐一兵衛

    霊・亡霊新潟県

    新潟県の峠や野道で夜に出没するとされる増殖型の怪異。幼子の姿で気を緩めさせ、追いすがって斬撃を誘い、斬るほど数を増すため逃走を余儀なくされる。正体は明言されず、怨霊や山の怪の一形態とも受け取られるが、伝承では夜明けや鶏の時鳴きで力が失せる点が強調される。名の「一倍」は倍加の性質を示し、刀装の鶏意匠が護符的に働いた例が語られる。具体の出自・由来は不詳で、遭遇譚を通じて山道の夜行禁忌を戒める教訓として伝えられた。

  • 空狐

    空狐

    珍しい

    くうこ

    天狐に次ぐ上位狐・空狐

    動物変化中国『玄中記』の狐の年功観に由来し、江戸期随筆で天狐に次ぐ位とされた格の名。具体的在地伝承は持たない

    この版では、空狐が「どういう種類の存在か」をもう少し細かく見る。江戸期の狐の位階では、最下位の野狐だけが目に見える肉の体をもち、気狐から上は形をもたない霊的な存在になっていくと考えられた。空狐は天狐に次ぐ高位だから、もはやふつうの獣としての姿はほとんど意味をもたず、気配や働きとしてあらわれる。人の目の前に立って化かすような野狐のふるまいとは、性質からして違うのである。 高位の狐は、人を害するよりも、むしろ守り導く側に近い。稲荷の神使とされる白狐の系譜とも重なり、空狐や天狐は、信仰の世界では神に仕える聡明な狐として敬われた。空狐がめったに具体的な事件を起こさないのは、力が弱いからではなく、慢心して人にちょっかいを出すような段階を、とうに超えているからだと説明される。 とはいえ、強大な霊力をもつ以上、軽んじれば災いを招くとも考えられた。畏れ敬う者には穏やかで、思い上がる者の前にだけその力の片鱗を見せる――空狐は、人との間合いを心得た、老成した狐の格として語られてきた。

  • 傀儡子

    傀儡子

    珍しい

    くぐつし

    漂泊木偶遣い・傀儡子

    人妖・半人半妖兵庫県

    傀儡子の像は、漂泊を常として季節や祭礼に応じ社頭・市庭へ現れ、木偶や滑稽、剣舞・相撲など多芸を披露する姿に集約される。古記録には弓馬に長じ、二剣を手玉に取り、七玉を操るなど妙技が見え、木人を操り舞わせて観者を驚かせたとある。女性の傀儡女は歌や舞に巧みで、禊・祓いに関わる観念も伴った。後世、寺社の散所に結びつき、えびすを称える芸能や操り人形の座に連なり、猿楽・神楽・人形芝居の源流とみなされる。公家・武家の保護を受けた例もあり、歌謡や語り物の伝承に寄与した。妖怪としては、人ならざる境に立つ漂泊者像として語られ、村境や社前に忽然と現れて芸を納め、福銭や口上を残して去る存在と解されることがある。民俗的には被差別や散所制度、神事芸能との関係が注記され、創作を交えずとも漂泊と芸能の力が人の世と異界をつなぐ媒介として理解されてきた。

  • 黒手

    黒手

    珍しい

    くろて

    能登厠の毛むくじゃら手・黒手

    住居・器物石川県

    『四不語録』巻六「黒手切り」に拠る記述を基に整理した像。黒手は人家の厠に棲み、黒く毛むくじゃらの手のみを差し出して人を悩ませる。実体は姿を偽る力を持ち、僧形に化けて切り落とされた手を取り返した。化けの皮を脱いだ際は九尺に及ぶ大形で、力も強く、人を包み上げる不思議な力を示したとされる。近世の便所怪談に多い「手」「覆い被さる物」「変化の僧」という要素を備え、狐狸の所業と混同されるが、本文では明確に「黒手」という名で呼ばれる。図像は一定せず、水木しげるによる描写は別伝承の影響が指摘されるため、三指や猿態は一般化しない。

  • 黒坊主

    黒坊主

    珍しい

    くろぼうず

    寝息吸う夜の坊主・黒坊主

    総称・汎称神田·熊野·能美等に独立した別個の黒坊主伝承、単一発祥地なし

    黒坊主の名は地域ごとに異相を指し示す総称として使われてきた。江戸東京では寝所荒らしの怪で、女性の口元に近づき寝息を吸い、生臭さを残して去る存在として記事化された。視認は朧で、のっぺらぼうの一類と解されることもある。紀伊熊野では山中で遭遇すると背丈が急伸し、追撃を受けるほど巨大化して高速で遁走する。加賀の長田川付近では、輪郭のみ黒い塊のごとく現れ、杖を受けると水へ逃げ、獺の仕業と解く土地解釈も伝わる。さらに各地で大入道・海坊主などの呼び替えとして「黒坊主」の語が用いられ、黒色・法師風・伸長・水辺という特徴のいずれかを共有する。いずれの型も持続的な定住は示さず、出没の報はやがて止むのが通例である。

  • 水蝹

    水蝹

    珍しい

    けんむん

    奄美ガジュマルの精・水蝹

    水の怪鹿児島県

    この版では、河童と同類でありながら奄美ならではの色をもつ、けんむんの姿と性質を細かく見る。背丈は子どもほど、肌は赤みを帯び、猿に似た体毛におおわれ、髪は黒または赤い。頭の皿には力の源となる水をたたえ、指先や涎(よだれ)、皿そのものが淡く光るとされる。本土の河童が川や淵に縛られるのに対し、けんむんはガジュマルの古木を住処とし、海と山のあいだを季節で行き来する点に、南島の自然に根ざした独自の性格がよく出ている。 分布も島ごとに広がり、奄美大島・加計呂麻島・徳之島・沖永良部島などで、それぞれに語りが伝わる。古い世代の話では人を助ける無害な精として語られることが多かったが、時代が下るにつれ、悪戯をしたり人を脅かしたりする面が前に出てくる。森とともに生きてきた島の暮らしが薄れるなかで、けんむんの居場所もまた、少しずつ遠ざかっているのである。

  • 虚空太鼓

    虚空太鼓

    珍しい

    こくうだいこ

    周防大島六月の海鳴り・虚空太鼓

    水の怪山口県

    虚空太鼓は姿形をもたぬ音そのものの怪異として語られる。周防大島の浜や岬で六月頃に多く、風が変わる夕刻から夜半にかけて鳴りやすいという。地元では海鳴りや岩間の反響とも重ねて語られ、自然音と霊的な出来事が分かちがたく結びついた事例として記録されてきた。由来の口承では、かつて芸人一座の船が時化に呑まれ、救いを求めて太鼓を激しく打ち続けたが遂に帰らず、以後その季節になると海上に太鼓の響きが甦るという。音色は締め太鼓に似て軽快な連打とも、ゆるやかな宮太鼓のような大きな一打とも言い、聞き手によって表現が揺れる。凶兆視を避け、海の霊を慰める意図で手を合わせる作法が語られる地域もある。記録では具体の年次・人名は不詳で、口承の域を出ないが、海村の生活感覚に根差した音怪の典型例である。

  • 古戦場火

    古戦場火

    珍しい

    こせんじょうび

    血より立つ怨霊火・古戦場火

    鬼・巨怪大阪府

    江戸期の絵巻・怪談に見える古戦場火の像を基準化したもの。多くは複数の淡い火球として夜半に出没し、風に逆らうように低く漂う。地に満ちた血や屍の穢れが霊火として立つと解され、個々の火は兵や馬の霊気の一端とみなされる。目撃譚では人を追いかけ回すより、一定の場所を巡る・現れては消える・田の畔を渡るなどの反復的挙動が多い。遇った者は念仏を唱え退き、里では回向・供養を以て鎮めとした。石燕は合戦跡の怪火一般を「古戦場火」と呼び、『宿直草』などに散見する戦後の怪火譚を一括する枠組みを与えた。害意の伝承は希薄で、むしろ未成仏の兆しとして畏れ敬われた。

  • 小玉鼠

    小玉鼠

    珍しい

    こだまねずみ

    秋田マタギの破裂兆・小玉鼠

    動物変化秋田県

    北秋田のマタギ社会で語り継がれた山中の怪異像を、狩猟儀礼と禁忌の文脈で整理した版本。姿はヤマネや小鼠に似て丸く、小柄で素早い。人と対面すると突如として膨張し、鉄砲の発砲のような一撃の轟音を放つ。多くの語りでは自ら破裂して肉片と内臓を飛散させるが、別伝では破裂せずに跳ね回りつつ破裂音だけを響かせるという。いずれも出会いは山の神の怒り・警告を示す凶兆で、目撃後の猟は中止が定法とされた。続行すれば収獲は絶え、悪天候や雪崩に見舞われると恐れられた。祟りの避け方としては山を下り、家で「ナムアブラウンケンソワカ」と唱えて身を清める。起源については、小玉流の七人のマタギが罰を受けて小玉鼠となったとする語りがある一方、冬眠中のヤマネを掘り起こした行為が禁忌意識を喚起し怪異譚に昇華したとの解釈も示される。具体の年代・典拠は不詳で、語りは口承が主である。

49 - 72 / 148 件の妖怪を表示中