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髪切り(かみきり)

基本説明

髪切り(かみきり)は、人の頭髪を本人に気づかせないまま切り落とす怪異で、黒髪切(くろかみきり)とも呼ばれる。単一の怪物名というより、近世都市で繰り返し報じられた「髪を切られる事件」と、妖怪絵巻に描かれた鋏手・長嘴の図像が重なって成立した名である。佐脇嵩之『百怪図巻』には、くちばしを突き出し、はさみ状の手で髪を断つ鳥虫めいた姿が描かれ、BYU所蔵『Bakemono no e』のKAMIKIRIにも同系の図像が見える。一方、説話・随筆では姿よりも被害の結果が先に立つ。『広文庫』所収の「髪切怪」は、『諸国里人談』が伝える伊勢国松坂・江戸紺屋町の事例や、大田南畝『半日閑話』の下谷・小日向の事例を引き、夜道や屋敷内で元結・髻を保ったまま髪だけが落ちる怪を集成している。髪切りは「髪そのものが妖となる」髪鬼とは異なり、また「網を切る」網切とも異なる。人の身体・身分・容貌に結びつく髪を、見えない何かが断つという都市怪談である。

民話・伝承

『諸国里人談』が記す中心的な舞台は、元禄初年の伊勢国松坂と江戸紺屋町である。夜中に道を歩く男女が、本人の気づかぬうちに元結から髪を切られ、髪は結われたまま路上に落ちていたという。ここでは犯人の姿はほとんど語られず、「切られた髪がそこにある」という結果だけが怪異を成立させる[3]。大田南畝『半日閑話』にも、文化年間の下谷・小日向で商家や屋敷に仕える女性が被害に遭った記録が見え、髪切りが江戸の町方で噂として反復されたことがわかる。

絵画資料では、髪切りはよりはっきりした形を持つ。『百怪図巻』のかみきりは、長い嘴と鋏状の手を備え、髪束を切る動作そのものを図像化している[1]。BYU所蔵『Bakemono no e』のKAMIKIRIも、はさみのような手と長い嘴を持つ妖怪として紹介され、被害者が後になって髪を切られたことに気づくため、確かな目撃談が少ないという性格づけを伴う[2]。ただし、これらの絵巻には詳しい詞書が乏しく、図像の髪切りと、江戸市中で語られた不可視の髪切り事件とを完全に同一視することはできない。

幕末・明治初年になると、髪切りは瓦版・錦絵・新聞的な都市怪談として再び姿を変える。歌川芳藤『髪切りの奇談』では、番町辺の屋敷に仕える女中が夜半に厠へ向かう途中、真っ黒なものに頭を打たれたように感じて倒れ、正気に戻ると髻が二、三間離れた場所に落ちていたと語られる。そこに現れたものは猫のようで、ビロードのような触感だったという[4]。同系の話は神田小川町の歩兵屯所、本郷三丁目の鈴木家などにも広がり、近代の新聞記事や怪談集では、厠・夜道・屋敷の奥という境界的な場所が繰り返し舞台となる[5]

正体をめぐる説明は一つに定まらない。室町期の日記『建内記』や中国の『太平広記』に連なる狐の仕業説、『嬉遊笑覧』などに見える想像上の髪切り虫説、山伏・狐使い・かつら屋・人間の犯行へ帰す説が並ぶ。江戸の髪切り騒動では、髪切り除けの祈祷や札を売る者が疑われた例もあり、怪異は単なる妖怪譚にとどまらず、流言、商売、取締り、身体への不安を巻き込む都市現象でもあった。髪は身体の一部であり、身だしなみ・年齢・性別・奉公人としての立場を示すものでもある。その髪を本人の意思と感覚をすり抜けて断つところに、髪切りの不気味さがある。

妖怪カード2

髪切り を様々な画風のカードで

カード一覧

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徹底解説

この版本は、江戸の夜に流行した「頭髪を切られる」都市怪談として髪切りを読む。重要なのは、髪切りの伝承では加害者の姿よりも、被害後に発見される髪束のほうが強く語られる点である。『諸国里人談』系の話では、被害者は髪を切られた瞬間に気づかない。元結や髻を保った髪が道に落ちていることで、はじめて「何かに切られた」とわかる[3]。怪異の中心は目撃ではなく、身体から切り離された痕跡にある。

図像の髪切りは、この見えない怪異に形を与えたものと見られる。『百怪図巻』や『Bakemono no e』では、長い嘴と鋏状の手を持つ虫鳥めいた妖怪が、髪を断つ動作として描かれる[1][2]。しかし歌川芳藤『髪切りの奇談』では、はさみ手の妖怪ではなく、「真黒なるもの」「猫の如く」「天鵞絨のごとく」とされる黒い接触体が現れる[4]。ここには、絵巻の分類妖怪と、町で語られた遭遇怪談とのずれがある。

都市怪談として見ると、髪切りは夜道と厠の怪である。松坂や江戸紺屋町の往来、下谷・小日向の商家や屋敷、番町辺の屋敷、本郷三丁目の便所など、舞台はいずれも人目の薄い移動の途中や、家の内外が切り替わる場所に置かれる。被害者には奉公人・女中が目立ち、髪は乱された容貌であると同時に、奉公先・家・町の秩序を乱す証拠にもなる。だから髪切りは、髪を食う狐、屋根裏に潜む髪切り虫、祈祷札を売る山伏、人間の犯行など、さまざまな説明を引き寄せた[5]

網切は網を切る妖怪、髪鬼は髪そのものが怨念を得て動く妖怪である。それに対して髪切りは、人間の髪を外から切る不可視の加害者として語られる。近年の検索で見られる「kamikure」は、確認できる伝統名ではなく、kamikiriの誤綴・混同として扱うのが妥当である。読者導線としては、髪を切る怪を探しているなら髪切り、網を切る怪なら網切、髪が妖怪化する話なら髪鬼へ進むのが最も正確である。

妖怪設定

この区画は物語を楽しむための当サイト独自の設定です。史実・考証ではありません。

妖怪タイプ
伝統妖怪
カテゴリ
山野の怪
レアリティ
珍しい
性格
無感情・執拗
相性
人の身なりを乱すものを好むとされるが目的は不詳
能力・特技
気づかれずに接近する元結・髻を保ったまま髪を切り落とす黒い影や猫めいたものとして感知される流言として町に広がる狐・虫・人間犯行など複数の正体説を引き寄せる
弱点
明所や人目の多い場所を避けるとされる。正体が狐・虫・人間・流言のいずれにも揺れるため、確定した退治法は伝わらない。
生息地
伊勢国松坂の夜道、江戸市中の往来、紺屋町・下谷・小日向・番町・本郷などの屋敷や厠口

出典・参考文献

5
  1. 百怪図巻佐脇嵩之(福岡市博物館(DNPアートコミュニケーションズ画像提供), 元文2年(1737年)) [古典図像]佐脇嵩之『百怪図巻』所収の産女図。元文2年(1737年)。
  2. Bakemono no e: KAMIKIRIHarold B. Lee Library, Brigham Young University(BYU Library, 現行公開) [所蔵資料解説]BYU所蔵『Bakemono no e』のKAMIKIRI解説。鋏状の手、長い嘴、髪を切る性質を説明する。
  3. 広文庫第5巻「髪切怪」物集高見編(広文庫刊行会, 1916/1922) [近代資料集]『諸国里人談』巻二「髪切」、『半日閑話』など髪切怪資料を集成した近代の大型類書。
  4. 歌川芳藤『髪切りの奇談』(湯本豪一コレクション解説)湯本豪一(パイインターナショナル, 2013/2023) [図録]幕末の錦絵『髪切りの奇談』と番町の女中怪異を解説する図録項目。
  5. 高田義一郎『変態医話』所収「髪切り」高田義一郎(千代田書院, 1936) [近代研究]近世から近代にかけての髪切り事件・新聞記事・人間犯行説を整理する近代資料。

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