妖怪図鑑

日本の妖怪大百科

148 妖怪|14 カテゴリ|4/7 ページ
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珍しい
  • 金平鹿

    金平鹿

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    こんへいか

    熊野鬼ヶ城の鬼将・金平鹿

    鬼・巨怪三重県

    熊野灘沿岸に伝わる田村麻呂系鬼退治譚の鬼将としての金平鹿像をまとめた版。海蝕洞である鬼の岩屋を本拠とし、配下の鬼衆を束ねて海路を攪乱したと語られる。対田村麻呂戦では、観音の加護を畏れて結界を固め、石の戸を閉ざして持久を図った。童子(千手観音の化身)が誘う舞の調べに注意を奪われ、戸口から覗いた隙に左目を射られたのが致命となる。討伐後、首級は谷間に埋納され、祟り鎮めの念がかけられた。地域伝承では海賊頭・多娥丸と称される場合があり、社寺縁起や地名(魔見ヶ島、泊観音〈清水寺〉、大馬神社、鬼ノ本など)に痕跡が残る。史実性については不詳で、熊野における反乱鎮圧伝承や在地勢力の記憶が、のちに田村麻呂説話へ転化したとみる見解があるが、いずれも伝承上の語りとして伝えられている。

  • 鮭の大助

    鮭の大助

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    さけのおおすけ

    川王の遡上声・鮭の大助

    水の怪東北·北陸の川に広く分布する鮭の王の怪、最上川·信濃川·気仙等

    鮭の大助は「川の王」と呼ばれ、遡上期の禁忌と歳時を示す存在として語られる。具体的な期日(霜月十五日・師走二十日など)に大助と小助が声高に告げ、これを直接耳にした者は三日後に命を落とすというため、川筋の集落ではその日を休漁日とし、鉦を鳴らし、歌い、餅を搗いて耳を塞いで過ごす風習が記される。信濃川流域の伝承では、権勢で禁忌を破らせた長者が、老女の姿をとる水の権威に遇い、直後の遡上とともに急死する筋立てで、自然への畏れと作法遵守の教訓を体現する。老女は擬人化された川の霊または大助の化身と解されるが、正体は明示されない。名称は「鮭の大介」「鮭の大助」と諸本で揺れ、妻の名は小助(小介)。近世以降の採訪記・民話集に散見し、具体の地名を超えて東日本のサケ文化圏に広がる型を成す。創作色の強い異説は少なく、要点は声・期日・禁忌・死の報いで一貫する。

  • 讃岐平家蟹

    讃岐平家蟹

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    さぬきへいけがに

    八島浦の平家怨・讃岐平家蟹

    住居・器物香川県

    讃岐の浜に打ち上がる人面文様の蟹を、平家の怨霊と見る民間観念に基づく像。史料でも各地名との結び付けが示され、讃岐は八島合戦の記憶によって特に名が立つ。妖怪としては人を直接害するより、見た者に合戦の因縁を想起させ畏れを促す存在として語られる。供養や慰霊と結び付いて語られる点が特徴で、他所の呼称との差異は名のみとされる。

  • 猿鬼

    猿鬼

    珍しい

    さるおに

    能登一角の岩穴鬼・猿鬼

    鬼・巨怪石川県

    能登地方に特有の猿鬼像に拠る。猿に似た体つきに一本角を戴き、岩穴を棲処として里の家畜や人を脅かした。夜陰に乗じて現れ、山野と里の境を荒らす存在として恐れられた。一方で地域社会は氏神の加護を仰ぎ、弓矢による退治譚が地名起源と結びついて語られる。討伐後は角が神社に伝来し、慰霊の社が設けられるなど、畏怖と鎮魂が対をなす構図が見られる。猿鬼は個体的存在として語られ、群れの描写は乏しい。行動域は岩穴周辺と里山の境界で、気配は獣臭と黒い血の伝承で印象づけられる。

  • サンドワーム

    サンドワーム

    珍しい

    さんどわーむ

    砂中を進む大虫・サンドワーム

    総称・汎称創作・外来の砂中を進む大虫(サンドワーム)

    ゲームやファンタジー作品を通じて現代人の脳裏に焼き付いた、「振動を探知して襲い来る砂海の頂点捕食者」としての解釈版である。このバージョンにおけるサンドワームは、視覚を持たない代わりに、地表を歩く人間のわずかな「足音(振動)」を鋭敏に感知し、足元から突如として巨大な顎(あぎと)を開いて丸呑みにするという、極限のパニック・ホラーを体現している。 日本固有の地中の怪異といえば、地震を引き起こす「大鯰(おおなまず)」や「大ミミズ」が存在するが、それらが「災害そのもの」の象徴であるのに対し、サンドワームはあくまで「過酷な生態系の頂点に君臨する生物」として設定されている点に、外来モンスターとしての合理主義が表れている。 何層にも連なる同心円状の鋭い牙、鎧のように硬い体表、そして剣や魔法(あるいは近代兵器)すら通じない圧倒的な質量。それは、海に囲まれた島国に住む日本人が、生涯一度も足を踏み入れたことのない「果てしない砂漠」に対して抱く、底知れぬ恐怖とロマンの結晶である。土着の神霊としての背景を持たないからこそ、純粋な「生存競争における絶望的な強敵」として、今もなお新たな創作物の中で進化と巨大化を続けている。

  • 三昧太郎

    三昧太郎

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    さんまいたろう

    火葬場集霊の入道・三昧太郎

    霊・亡霊石川県

    三昧場に集積した死霊が凝り固まり、一体の怪として顕現する在地伝承を踏まえた像。富山県では人型の怪が前兆的行動を示し、石川県では大入道として恐れられる。いずれも人の生死や葬送の秩序に関わる存在で、夜間の音や作法に触れる点が特徴。水流を越えられない性質が広く語られ、三昧周囲に溝を設ける民俗的実践と結びつく。具体的な姿形・身長は一定せず、集霊の度合いに応じて現れ方が変わると一般化される。民俗学資料では昭和初期の採話に見え、地域差を保ったまま「三昧」「三眛」などの表記ゆれがある。

  • 三目八面

    三目八面

    珍しい

    さんめやづら

    土佐申山の三目八面

    人妖・半人半妖高知県

    本バージョンは土佐国土佐山村高川周辺に残る申山の怪異譚に基づく整理である。三つの目と八つの顔という異相以外は容貌が語られず、遺骸の巨大さのみが強調される点に特徴がある。通行人を襲う山の魔として位置づけられ、在地の有力者による山鎮めと火による退治が物語の核をなす。祓具である御幣が火勢の中で残存したと伝えられ、その痕跡として地名・伝承地名(鎮め石・鎮め所)が言い伝えられる。多頭の蛇に関する同地域の説話群との連想はあるが、直接の同一視は避けられており、三目八面の本体は不詳とされる。山の境界を越える者への禁忌、火と祓いによる鎮静という民俗的主題が読み取れるが、物語の細部(年代・人物比定・儀礼の具体)は伝承上明確ではない。

  • 次第高

    次第高

    珍しい

    しだいだか

    中国地方の見上げ伸び・次第高

    山野の怪島根県

    中国地方各地に伝わる見上げ型の路上怪異としての次第高を整理した基本像。外見は人影めいて頭部や肩が闇に溶け、視線に応じて身長が伸縮する。加害性は伝承により幅があるが、恐怖は「見上げる」行為によって増幅される。対処は視線を下へ向け続ける、地面を見る、股覗きをするなどで、これにより姿は縮み、霧散するという。見越入道との類縁が指摘され、名称の近似する「しだい坂」の道怪譚は環境(坂道・山道)に応じた派生例とみられる。猟師譚では猫又との結び付きが語られ、地域により正体解釈が異なる点が特徴である。創作的脚色は多いが、核は「視線が怪異を増幅する」という禁忌の教訓にある。

  • 七人同行

    七人同行

    珍しい

    しちにんどうぎょう

    讃岐四辻の七人列・七人同行

    霊・亡霊香川県

    四国に分布する七人列の亡霊譚を束ねた像。核心は「七人が一列で無言で進む」「四辻・夜道・雨の夕刻に現れる」「遭遇は凶事の兆し」という三点で、地域によって名称や出現時刻、装束が異なる。讃岐では姿は人並みだが、通常は不可視で、牛の股から覗くと感得できるという呪的視点が付随する。丑三つ時の四辻に限定して現れる型は「七人童子」と呼ばれ、通行が絶えた特定の辻が語り継がれる。雨中に蓑笠で現れる「七人同志」は、処刑者の霊と結びつけられ、遭遇後の気鬱を祓う民間の対処として箕で扇ぐ所作が伝わる。徳島の首切れ馬に随う七人童子は、供養の地蔵建立により影を潜めたとされ、災厄が供養で鎮められるという地域信仰の枠組みを示す。同類の七人ミサキとの混称もあるが、土地ごとの名称差と機能(疫・祟り・遭遇忌避)の範囲を踏まえ、七人同行は「列行する七霊」という外形的特徴で識別される。

  • 七歩蛇

    七歩蛇

    珍しい

    しちほじゃ

    京の七歩で死ぬ毒蛇・七歩蛇

    動物変化京都府

    『伽婢子』の記事を骨子とし、京都東山の屋敷に関連して出現する小さな龍蛇として整理する。龍に似るが神格化はされず、地中や石下に潜み、庭木の枯損や庭石の破砕といった異常の兆しを伴って顕れる。毒性の強さが最大の特徴で、咬傷後すぐに致命に至るという伝えは、古来の猛毒蛇伝承や畏怖観念と通じる。目撃は稀で、群れて現れる怪蛇の発生に続き、最後に七歩蛇が本体として露わになる型が語られる。容姿は四足・立耳・赤鱗に金の縁取りという吉凶混在の色彩で、屋敷の衰運や地の怪異の象徴と解されることが多い。民俗的には山麓の石や古庭の管理不全と結びつけられ、近在の者は石を動かす際に祈りを捧げて禍を避けたという。

  • 朱の盆

    朱の盆

    珍しい

    しゅのばん

    赤面の僧形怪・朱の盤

    霊・亡霊福島県

    近世説話に見える朱の盤は、赤い顔の僧形として描写され、舌長姥と共犯的に現れる事例と、単独で相貌を示して再度現れ人心を損なう事例が代表的である。名称は「首の番」「朱の盤」等と揺れ、読みは「しゅのばん」が通例。古典挿絵や化物絵においては赤面・角・裂口・火気を帯びた姿などが記されるが、細部は資料により異なる。遭遇は主に夜間の社頭・荒野・あばら家で、被害は失神、長病、死去など心魂の損耗として語られる。地域は会津・越後など諸国に及ぶが固定的な土地神話ではなく、怪異譚の類型として流通したと考えられる。

  • 正吉河童

    正吉河童

    珍しい

    しょうきちかっぱ

    豊後相撲好きの河童・正吉河童

    水の怪大分県

    この版では、正吉河童の話が伝える「河童憑き」という現象に目を向ける。河童の話の多くは水辺で完結するが、この譚では、川での相撲が家のなかにまで持ち込まれる。連れ戻された正吉が、見えない相手と組み合うように暴れつづける姿は、まさに人にとり憑いた河童のしわざとして語られた。川の怪が、人の体を借りて陸へ上がってくる――そこに、この話のぞっとする面白さがある。 鎮め方にも、土地の信仰がよく表れている。まず効いたのは、郷義弘の銘刀の威であった。河童が鋭い刃物を恐れるという言い伝えは各地にあり、刀を遠ざけると再び暴れたという筋は、その力をはっきり示している。最終的に騒ぎを鎮めたのは、山に伏して修行する修験者の祈祷だった。刃の威と修験の法力――この二つで河童憑きを鎮めるという展開は、九州の河童譚の典型といえる。日田には『日田郡誌』をはじめ河童の話が数多く集まっており、同じ豊後の「豊後河太郎」とともに、この地の河童信仰の厚みを伝えている。

  • 精霊風

    精霊風

    珍しい

    しょうろうかぜ

    盆十六日の死霊風・精霊風

    天候・災異佐賀県

    精霊風は姿なき風として語られ、触れた者に急な悪寒や発熱、立ちくらみをもたらすとされる。盆の十六日の朝に吹くという時期性が重視され、ここでいう精霊は先祖や無縁の死者の霊のことで、帰幽と送魂の境に現世を渡る霊気を運ぶ風と理解される。五島では当日、墓や墓道を避け、外出を控える忌みが徹底される。壱岐では病を風の憑き物と見なし、墓場由来を死霊風、生者の怨み由来を生霊風と名づける例がある。各地の魔風信仰と同系で、季節の疲労や突風など自然条件が民間の説明枠組みと重なり、霊障として語り継がれてきた。妖としての能動的悪意は語られず、期日と場を誤る人に災が及ぶというタブーの形で戒める役割を持つ。

  • 不知火

    不知火

    珍しい

    しらぬい

    八朔の沖の親火・不知火

    「八朔の親火導き」は、不知火のうちでも旧暦八月一日の未明に姿をそろえる格の高い変種である。海岸から数キロ沖にまず一つ、あるいは二つ、里人が親火(おやび)と呼ぶ赤みを帯びた灯が差し、そののち両翼に割れて子火を増やし、やがては百千の火が横一線に列をなす。列は四里から八里にも伸びると語られ、海面に近い浜では見えず、潮風を受ける十間ほどの高みや岬の上からよく映る。引き潮が最も深く息を引く刻、すなわち三つ時を中とした前後二刻に、炎の息は最も揃い、遠見の者は波の裏にひそむ龍の鱗のような明滅を知るという。火は追えば退き、寄れば遠のく。舟を出して掴まえようとすれば、水脈の影ごとするりと身をかわし、ただ進路だけを指し示して近づくことを許さない。古き記に景行の御舟が闇に包まれた折、遠前にこの親火が現れ、舳先を向けしめて岸へ導いたとある。それゆえ里人は、誰が灯したともしれぬ火ゆえの名を畏れ敬い、八朔の夜半には網手を止め、櫂を休め、火の列がほどけるのを待つ習いを守った。親火導きは、荒ぶる龍神の気配と結び付けて語られるが、人を損なうことは好まず、むしろ驕りと拙速を戒める。浅はかに利を急ぐ船は、火の列に惑って沖を彷徨い、やむなく帆を畳む。対して、潮の言葉を聞く者は、浜の松に登って火の呼吸を確かめ、灯の切れ目とともに静かに出る。すると、沖の瀬は思いのほか穏やかで、帰り路には岸影に残り火が揺れ、舟を迎えるという。親火は、里の者が「千灯籠」「竜灯」と唱えて手を合わせるほどの清冽さを湛えるが、人が名を荒く呼び立て、笑い囃すと、列はたちまち乱れ、浜霧となって散る。火は風に煽られて大きくはならず、潮の脈に従ってのみ増え減りする。ゆえに、岬や築山などの高所からは整った帯のごとく見え、波打ち際からは見えない。親火導きは、海辺の社の注連の向きや灯台の火色をも変えると伝えられ、夜、注連縄がわずかに海側へ撓むとき、遠き沖で火の群れが生まれはじめる徴とされる。これを知る古老は、若船に「今日は潮が退き、火が出る。出漁を慎め」と諭す。親火は、人の手の灯と異なり、燃え滓も煙も残さぬ。ただ夜明けの一刻、干潟の貝殻が薄紅に光り、葦の穂先に露が火の名残を宿すという。そうした朝には、村人は浜に塩を撒き、火に導かれた命への感謝を告げる。親火導きは、畏れと礼を知る者には道を開き、思い上がる者には遠ざかり、海と人との境を静かに引き直す怪火である。

  • 地黄煎火

    地黄煎火

    珍しい

    じおうせんび

    雨夜の泉縄手に灯る地黄煎売りの怨火

    自然現象・自然霊滋賀県

    地黄煎火は、近世の怪火譚のなかでも「誰が・どこで・なぜ」が具体的に語られる珍しい例である。被害者は無名の怪物ではなく、地黄煎という実在の甘味を売り歩いた行商人であり、現場は東海道水口宿に近い泉縄手の膝頭松という、人が場所を特定できる大木である。怪火の発生条件も「雨の夜」と限定され、湿気の多い夜に見える鬼火・狐火の体験が、街道での殺人事件の記憶と結びついて一つの怪に固まったと考えられる。火が金への執着の象徴である点は、近世都市の貨幣経済が生んだ怨念譚の系譜に連なり、同じ甲賀郡水口の地に根ざす土地の怪として、片輪車や甲賀三郎とともに語り継ぐ価値がある。

  • 蛇王姫

    蛇王姫

    珍しい

    じゃおうひめ

    長慶寺池の大蛇・蛇王姫

    人妖・半人半妖大阪府

    和泉国・長慶寺の池に棲む雌の大蛇として伝わる。多数の蛇を率いることから「蛇王」の称が付され、寺の境内近くで密やかに人々を見守ったという。文政年間頃、住職・鐘山和尚の美しさに心を奪われ、迷い女に化けて寺に入り込む。和尚は挙措を怪しみ刀でこれを斬るが、大蛇は息絶える間際、長慶寺を守護することを誓って没したと語られる。以後、池辺は供養と畏敬の場となり、蛇を害さぬ戒めや雨乞い・五穀の実りを願う祈りと結びついて語られた。名称の由来や称号の序列は明確でなく、各地の蛇王(蛇王権現)信仰の影響が指摘されるにとどまる。池は後年に埋め立てられ、具体的な遺構は見られないが、地域の口承と寺伝の中にその像が保たれている。

  • 神社姫

    神社姫

    珍しい

    じんじゃひめ

    肥前龍宮の使者・神社姫

    水の怪佐賀県

    加藤曳尾庵『我衣』に写された板行文言に基づく像。人面・二角・紅の腹・三剣尾という特徴を備え、龍宮の使いとして現れ、豊穣と疫病流行を告げたと伝わる。写し絵を戸口に貼る、あるいは拝観することで難除・延命の効験があると喧伝され、各地で図像が流布した。平戸の「姫魚」や越後の類例は図像・詞書が近似し、当時の民間における疫病対策の信仰実践と出版流通の結節点として理解される。起源を具体的生物に比定する説もあるが確証はなく、民俗的には予言獣群(アマビエ・アマビコ等)と同系統の機能を担った存在として扱われる。

  • スイトン

    スイトン

    珍しい

    すいとん

    蒜山の一本足・スイトン

    山野の怪美作国蒜山 (現·岡山県真庭市蒜山)

    スイトンは蒜山高原に固有の一本足妖怪で、『八束村史』に伝わる在地伝承を典拠とする。「スイー」と飛来して「トン」と一本足で立つ動作が名の由来であり、人の心を読んで悪人のみを引き裂き食らう点でサトリ系の読心妖に連なる。一方で善人を守り、悪人を寄せつけぬ土地の道徳的守護者として機能してきた。たき火の竹のはぜる音に驚いて逃げる挿話は、読心という強力な能力をもちながら不測の物音には弱いという滑稽味を帯び、人を戒めつつ親しまれる郷土妖怪の性格をよく示す。現代では蒜山観光の象徴として像が各所に建つ。

  • 頽馬

    頽馬

    珍しい

    たいば

    馬を急死させる風・頽馬

    天候・災異尾張·美濃·遠江·常陸等に広分布、『御伽婢子』が中国怪異を翻案

    頽馬は風と砂煙を伴い突発的に現れる怪異として記録される。発生期は四月から七月、特に五月から六月に多いとされ、晴曇が交錯する日に注意が促された。地域により被害馬の毛色や性別の違いが語られ、美濃では白馬、遠州では栗毛・鹿毛が狙われ、老婆や牝馬は免れるとの伝承もある。実見談では、馬のたてがみが一本ずつ逆立ち、赤光が差し、倒れると風が鎮むという。尾張・美濃の「ギバ」は頽馬の擬人化ともされ、小女の姿で空から馬を絡め取り微笑とともに姿を消し、標的の馬は右回りに数度回って絶命すると語られる。民間の対処は、馬の首を布で覆う、虻よけ腹当てや鈴を付すほか、急変時には耳に少量の血を出す、尾骨中央へ針を打つ、刀で前方を斬り払い光明真言を唱える等が伝わる。寺社では馬病鎮護を祈る信仰が生まれ、馬神への護符や腹掛けが頽馬除けとして用いられた。

  • 狸囃子

    狸囃子

    珍しい

    たぬきばやし

    本所馬鹿囃子・狸囃子

    山野の怪東京都

    江戸・本所周辺で伝えられた狸囃子の典型。音は笛・太鼓・三味線などが重なったように響き、近づくほど遠のき、路地を曲げると別の方向に移る。水路や堀端で急に途切れる例が多く、風向や地形による音の屈折・反響が民間でもしばしば原因として語られたが、当時は狸の仕業とも理解された。本所七不思議の一つとして見世物や読み物にもしばしば言及され、名は「馬鹿囃子」「狸囃子」と混用される。実体の目撃が伴わない点が特徴で、音のみが主体の怪異として記録的価値が高い。俗信では、追いすぎると道に迷い夜明けに郊外へ出てしまうため、途中で耳を塞ぎ立ち止まると良いとされた。

  • タメハチ狐

    タメハチ狐

    珍しい

    ためはちぎつね

    北山の崖渡り狐・タメハチ狐

    動物変化和歌山県

    北山村の地形説話に即した像。狐が人に憑き、常人離れの身軽さで断崖を渡る力を示したとされる。蛇や修験者と競う異説が併存するため、勝負の相手や術法の詳細は一定しない。物証として語られる断崖の筋を拠り所に、村境の霊威や禁忌を喚起する役割を担うと解される。儀礼や個人名の細部は伝承上不詳で、語りは概説的である。

  • 団三郎狸

    団三郎狸

    珍しい

    だんざぶろうだぬき

    佐渡の狸総大将・団三郎狸

    動物変化新潟県

    団三郎狸は佐渡の狸の総大将として語られ、化かしの妙と在地社会との結びつきが特徴である。幻術は蜃気楼や行列・壁の出現など視覚的な攪乱に及び、夜道や峠、海辺での遭遇譚として流布する。一方で困窮者への貸金譚は、相川の鉱山町文化と結びつき、借用書を介した応答という民間信仰的な契約観を示す。住処は下戸村の穴倉とされ、そこに幻を張って屋敷に見せたと語られる。狐追放譚は地域の動物相の説明譚として位置づけられ、狐と狸の術比べ、行列見物の禁忌、口承の機知比べなど複数の説話型が重なる。やがて二つ岩大明神として祀られ、祟りを恐れての鎮魂と、加護を願う信仰が並立する。医者に化けて通院する話は、人に交じる変化能力の高さを示しつつ、病を負う霊獣としての側面も暗示する。伝承全体は過度な害よりも懲らしめと教訓を重視し、実利と幻術の両義性が物語の核となる。

  • 提灯火

    提灯火

    珍しい

    ちょうちんび

    田畦に浮かぶ怪火・提灯火

    自然現象・自然霊徳島·兵庫·奈良等に分布する怪火、西日本中心、単一発祥地なし

    各地に伝わる提灯大の鬼火の総称的呼称。狐火・狸火と混称される地域があり、名の由来は「化け物が提灯を灯す」との解釈に基づく。雨夜や川堤、墓域に出没し、一定の高さを漂行するという。近づくと消える、打てば分かれる、群れて行進するなどの報告は時代や土地で差がある。民俗学的には怪死や祟りの兆し、路傍での禁忌の指標として語られ、追跡や打擲を戒める教訓譚の要となる。近世の随筆・怪談類に散見され、固有名(小右衛門火など)を得て地域の記憶に留まった。自然発火説や動物の仕業説が併存し、正体は定まらない。

  • 津軽の太鼓

    津軽の太鼓

    珍しい

    つがるのたいこ

    本所七不思議の津軽太鼓

    住居・器物東京都

    江戸本所の都市伝説的怪談として語られる、器物と制度の取り合わせの奇。超常現象の描写は乏しく、不可解な運用(太鼓の採用)そのものが怪とされる。土地柄や武家屋敷の規律、火事多発の都市環境が背景にあり、音の違和感が記憶に残って語り草となった。異伝として「板木を打つと太鼓の音がする」という現象譚があり、聴覚上の錯誤や伝言の変容が示唆される。史料は地誌・随筆類に散見し、具体的な由来や人物名に即した因縁話は付されないのが一般的である。創作色の濃い改作では火消や番人の幽霊譚が添えられるが、古伝では控えめで、屋敷と櫓の取り合わせを奇とする点に主眼が置かれる。

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