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妖怪図鑑

日本の妖怪を名前・種類・土地から探す

152 妖怪|12 カテゴリ|2/7 ページ
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珍しい
  • 臼負い婆

    臼負い婆

    珍しい

    うすおいばば

    佐渡宿根木の海老女・臼負い婆

    水の怪新潟県

    佐渡島南部の入り江で伝わる海上の怪異。白い老女の姿をとり、夕刻に天候が崩れ薄闇が降る時分に水面へ浮上する。両手を背へ回し、何かを負っているように見えるが、原典では具体物は不詳。目撃は2〜5年に一度ほどと語られ、見たからといって直ちに病や遭難を招くとはされない。近代以降の妖怪事典では磯女・濡女の系譜に連ねられるが、誘引や捕食の伝承は伴わず、むしろ漁の不調や天候急変の兆しとして語られる。名称は当地怪談集以外での用例が少なく、地域限定の呼称である可能性が高い。

  • 馬鹿

    馬鹿

    珍しい

    うましか

    馬面に鹿蹄の絵巻怪・馬鹿

    動物変化江戸後期絵巻発祥、馬+鹿の漢字見立ての語呂合わせ、在地伝承なし

    近世絵巻に見られる姿形のみを伝える版。馬面に鹿の割れ蹄、上転する目玉、衣服を着け両前脚を張る姿勢が要点で、行動や能力は記されない。名称は語「馬鹿」の表記に由来する連想図像と解され、寓意性は推測の域を出ない。ここでは後代の付会を避け、図像の範囲で記述する。

  • 馬憑き

    馬憑き

    珍しい

    うまつき

    死馬の怨憑き・馬憑き

    霊・亡霊三河·遠江·阿波·武蔵等に広分布、『因果物語』『新著聞集』複数地域

    近世の説話・随筆に散見される「馬の怨霊による憑依」の総称。背景には殺生戒や飼育倫理への戒めがあり、虐待・過労死・粗末な処分などが契機となる。症状は嘶き、四肢の不随意運動、雑水を求める、自己咬傷、馬の視覚体験の訴え、加害者への怨言の代弁など。憑依主体は特定の個馬霊とされる場合と、畜生道の報いとして一般化される場合がある。対処は加持祈祷、追善供養、墓所の整備や供えなどが記されるが、効験は事例により異なる。地域は三河・遠江・阿波・武蔵・播磨などに分布が見え、職能では馬方・武家・百姓に及ぶ。創作色の強い奇談もあるが、全体として動物供養と倫理を説く教訓譚として機能した。

  • 絵馬の精

    絵馬の精

    珍しい

    えまのせい

    社寺絵馬堂の宿り霊・絵馬の精

    住居・器物京都府

    奉納絵馬に宿る霊的存在として各地の社寺縁起や怪談に現れる型。出現は薄暮や夢中が多く、姿は奉納者の願意や絵柄に影響されると解される。老人像は教示・戒めを与える役を担い、女像は誘い・示現として現れることがある。神霊そのものではなく、奉納物に宿った霊性が神域の力を受けて顕れるという解釈が一般的。無闇に持ち帰る、汚す、火に投じるなどの行為を忌み、丁重な返納や焼納を好むとされる。遭遇は瑞兆とも畏れともなり、扱い次第で吉凶が分かれる。

  • 置行堀

    置行堀

    珍しい

    おいてけぼり

    本所堀の魚奪い・置行堀

    水の怪東京都

    江戸低湿地の堀や用水に付随する怪異として語られ、豊漁への戒めと水域のタブーを示す民俗的装置と解される。主体は特定の姿を持たず、声のみが聞こえることが多いが、地域により河童や狸など既存の動物変化へ同定される。舞台は本所の錦糸堀・仙台堀・隅田川沿いが中心で、亀戸・堀切・川越にも派生がある。典型は「大漁—退去時の声—魚の喪失」の三段で、魚を分け与える・数匹を放つと難を避けるとする作法譚が付随する。寛政年間頃の奇談集や地元伝承に見え、後世は落語化して定着した。自然音や動物の振る舞いが怪異の素材となり、堀の管理や共有資源の規範を象徴する語りとして機能した。

  • 応声虫

    応声虫

    珍しい

    おうせいちゅう

    腹中に問答する瘡・応声虫

    人妖・半人半妖中国『朝野僉載』『本草綱目』の腹中の怪虫、『新著聞集』で渡来

    江戸期の随筆・説話に拠る応声虫像。高熱と腹部の口状の瘡が特徴で、声は主の言をなぞり、ときに悪罵を発する。飲食を欲し、拒めば熱が募ると記す。治療は祈祷・湯薬が試みられ、なかでも嫌う薬種を選び合わせて飲ませる療法が説かれる。これにより虫が弱り、のちに体外へ出たとする記事が散見される。虫体は蜥蜴に似て角あるものと記す例もあるが、形状は一定せず記述に幅がある。中国説話の応声虫に、日本で知られた人面瘡の観念が重なり、腹に口が開く像が強調されたとみられる。病を見世の興行にかける動きも記録されるが、家の恥を憚って断られたと記す。由来は本草・説話双方にまたがり、医療と怪異の境に置かれた病障として理解されてきた。

  • 逢魔時

    逢魔時

    珍しい

    おうまがとき

    百魅の生ずる黄昏・逢魔時

    自然現象・自然霊全国

    この伝承像は、安永8年(1779)刊の鳥山石燕『今昔画図続百鬼』「逢魔時」を中心に組み立てる。逢魔時は一体の妖怪ではなく、妖怪たちが現れ始める時間の条件である。そのため、人格を与えて人を襲わせるのではなく、明るさが失われ、見慣れた景色と人の正体が急に不確かになる黄昏そのものとして扱う。 石燕の説明は短いが、定義、怪異、禁忌を一続きにする。「黄昏をいふ。百魅の生ずる時なり」とまず時刻を定め、その結果として「世俗小児を外にいだす事を禁む」と記す。夕暮れだから子どもを帰すという生活上の戒めと、百魅が生ずるという怪異の説明が、互いを補強する構造である。ただし、これは石燕が18世紀後半に記録した「世俗」の説明であり、古代から全国の家庭で同じ禁制が守られたとまでは言えない。 絵の下半には、人影のない家並みと寺院らしい塔が静まり、左端の大きな太陽が沈みかけている。上半では雲のような塊の中から、角のある顔、獣めいた顔、人とも鬼とも決められない顔が次々とのぞく。百魅は百体を数え上げた名簿ではなく、名も姿も定まらない多くの怪異の総称として見える。石燕は一体の怪物を中央へ置かず、空と町の境全体を妖怪の出現場面へ変えた。 詞書の後半は「王莽時」という異表記を持ち出す。林羅山が石燕以前に記した説では、昼が前漢、夜が後漢、両者の間の黄昏が王莽の新朝に当たる。石燕は、前漢を奪った王莽の王朝が短期間で終わり後漢へ移ったことを昼夜の境へ重ね、この旧説を語り直した。王莽その人が妖怪として出るわけではなく、「おうまがとき」という音を中国史上の王朝の境目で解く知的な見立てである。辞書が大禍時・大魔時・逢魔時・王莽時を併記することも、この語が災い、魔との遭遇、歴史的な間という複数の連想をまとってきたことを示す。 逢魔時の怖さは、暗闇そのものより、まだ見えるのに正しく見分けられない点にある。完全な夜なら灯火を用意するが、夕暮れには昼の感覚が残り、知人だと思った影がよそ者かもしれない。柳田國男「かはたれ時」は、衣服の輪郭から相手を判別しにくかった時代、人々は足音を聞き、声を掛け合うまで相手を確定できなかったのではないかと考えた。「誰そ彼」「彼は誰」という言葉は、この不確かさをそのまま問いの形にする。 柳田が「妖怪談義」で並べた各地の例では、声が人と異類の境界を測る。佐賀では一度の「モシ」では狐を疑い、沖縄では三度呼ばれるまで返事をしない。加賀のガメ、能登の河獺、美濃と土佐の狸は、人に化けても土地の言い方を正しく発音できず、応答のずれから正体を見破られるという。ただし廣田龍平が注意するように、柳田は個々の例の出典を明示しておらず、すべてが同じ逢魔時習俗だったと断定はできない。ここでは薄暮とよそ者を結ぶ柳田の比較的解釈として位置づける。 この時刻に現代時計の固定値はない。江戸期の不定時法でも夜明けと日暮れが昼夜の区切りとなり、その位置は季節によって変化した。夏と冬、北と南、山間と平地では、薄明が訪れる時刻も長さも異なる。暮れ六つや酉の刻を現代の18時または17~19時へ置き換える表は目安にすぎず、逢魔時の本体は時計の数字ではなく、日中の視認性と社会の安心がほどけ始める短い移行にある。 したがって、この逢魔時を倒すことはできない。日暮れ前に帰る、連れと声を掛け合う、灯火で相手を確かめるという行動は、時間を消す魔法ではなく、不確かさを小さくする生活の知恵である。太陽が沈み、完全な夜になれば百魅の世界は続いても、「昼夜の間」としての逢魔時は終わる。石燕の百魅、柳田のよそ者、現代作品の魔物出現時刻を結ぶ核は、境目では見えるものの分類が揺らぐという一点にある。

  • 大頭小僧

    大頭小僧

    珍しい

    おおあたまこぞう

    豆腐屋脅かす大頭・大頭小僧

    総称・汎称黄表紙『夭怪着到牒』(1788)初出、江戸版本文化の創作

    天明から寛政期の黄表紙・絵草子に見える像を基準とする整理。『夭怪着到牒』では、見越入道の孫としての位置づけと、豆腐屋を脅して豆腐を得たとする科白が示され、図像は過大な頭部と幼児風の体躯が特徴。『化物夜更顔見世』にも名称こそ異なるが同傾向の大頭の小僧が現れ、当時の見世物・町芸能「ちょろけん」との語の近接が指摘される。近代以降は豆腐小僧との混同が散見されるが、民俗学的には同一視を避け、資料ごとの呼称・造形差を尊重するのが妥当とされる。水木しげるは獣のような裸足と大頭を強調し、豆腐小僧とは別と位置づけた解釈が紹介される。

  • 大煙管

    大煙管

    珍しい

    おおぎせる

    阿波青石瀬の煙管狸・大煙管

    動物変化徳島県

    阿波国吉野川の青石瀬に結び付く水辺の化け狸譚で、舟を停泊させた夜半、巨大な煙管を差し出し大量の刻み煙草を求める点が特色である。日本各地に見られる「煙草を強請る異形」のモチーフと、阿波の狸信仰が重なり、供物の不足を理由に祟りや災いを及ぼすという民俗的構図を示す。量は四十匁袋十袋分にも達すると伝えられ、実際には携行不可能なほどで、夜間の瀬泊りを避けさせる実用的教訓として機能した。十分に詰め終えれば何事も起こさず立ち去るため、約束と代価をめぐる境界の民俗観が読み取れる。姿は明確に語られず、巨大な手と煙管のみが知覚されることが多い。舟は音や波で脅かされ、最悪沈むとされ、船上での不用心と夜の水の畏れを物語化した例といえる。過度の好奇心や怠慢を戒め、瀬の地理的危険を語り伝える役割を担った。

  • 送り雀

    送り雀

    珍しい

    おくりすずめ

    山道の凶兆鳴き・送り雀

    山野の怪和歌山県

    送り雀は山道での危険を知らせる前触れ・凶兆として位置づけられてきた。鳴き声が先行し、やがて狼や送り狼の出没に連なるという伝承構造は、山野での転倒や遅歩を避ける行動規範を促す機能を持つ。実在鳥のアオジに準拠した呼称「蒿雀」が伝わる一方、夜行性の点で異論も残る。姿を見た例が乏しいため、具体像は確定せず、奈良の一部では夜雀と混称される。和歌山の妙法山周辺に出没例が語られ、提灯の火に寄るとされる。伝承は脅威そのものより「前兆としての鳴き声」を核としており、音の怪としての性格が強い。

  • 送り提灯

    送り提灯

    珍しい

    おくりちょうちん

    本所夜道の先導灯・送り提灯

    山野の怪東京都

    江戸本所界隈で語り継がれた送り提灯は、夜道の安全と不安のはざまに生じる怪火として理解されてきた。灯は人の歩みと呼吸に合わせるように揺れ、距離を保って先導するが、決して触れられない。時に背後や脇から現れて方向感覚を乱し、音を伴う場合は「送り拍子木」と呼ばれる別名で記録される。石原割下水の「提灯小僧」は姿形のない小田原提灯の灯が四方に回り、近づくと消える挙動を示し、送り提灯と同一の怪異と見なされる。向島では「送り提灯火」と称し、足元を照らし無事を助けると解され、牛島明神への奉納習俗と結びついた例もある。総じて直接の害は少ないが、道迷いを誘うため、地元では不用意に追わず、一定の距離を保ってやり過ごす、あるいは社寺に一礼し加護を請うといった対処が語られている。

  • 送り拍子木

    送り拍子木

    珍しい

    おくりひょうしぎ

    夜回りに従う拍子木・送り拍子木

    住居・器物東京都

    本所七不思議の一項として伝えられた拍子木の怪異に準拠。実体を持つ妖怪としてより、音の現象に付与された怪異名として理解される。夜回りの一定リズムに追随する形で現れ、曲がり角や水辺、雨天時に顕著とされる。目撃像は乏しく、振り返ると気配のみ残ると語られる。地域の生活と治安維持の習俗(夜回り)に結び付いた都市型怪談で、同系列の「送り提灯」と対をなす。過度の擬人化は伝承に見られず、音が「送り」になる点が特色である。

  • 落葉なき椎

    落葉なき椎

    珍しい

    おちばなきしい

    本所七不思議の落葉なき椎

    自然現象・自然霊東京都

    落葉を見せぬ椎の古木という事象そのものが怪異として恐れ敬われた記録的存在。擬人的な意志よりも、土地の気配や樹霊の働きとして理解され、他の七不思議(置行堀、足洗邸など)と同列に、因由を明かさぬ不可思議として語られる。『耳嚢』や地誌・奇談類書に名が挙がるが、怪異の直接的な害は伝えられず、人を脅かすより気味悪さで人を遠ざける類型に属する。樹木信仰や屋敷内の鎮守木の観念とも親和的で、掃除に落葉が要らぬほどという誇張表現が怪を強調する。実在木の比定は諸説あり、確証は不詳。

  • 踊り首

    踊り首

    珍しい

    おどりくび

    宙を舞う怨念首・踊り首

    霊・亡霊兵庫県

    古典怪談や奇談集に見られる描写を基にした踊り首の像。生前の強い念が形を取り、首だけが離脱・肥大して出没する。口を開閉し呻く、笑う、歯を鳴らすなど聴覚的威嚇が強調され、必ずしも直接の加害は明確でないが、恐怖による転倒や発熱などの災いを招くとされる。出現地は古びた寺、墓所、辻、橋のたもとなど、人の気配が薄れる場所や通夜の頃に偏る。由緒や個人名が特定されることは稀で、出来事の異様さが語り草として残るのが特徴である。

  • 鬼熊

    鬼熊

    珍しい

    おにくま

    木曽谷の直立老熊・鬼熊

    動物変化長野県北海道

    江戸期資料に基づく、老熊が妖怪化した姿としての鬼熊像。普段は深山に潜み、人の気配を避けるが、飢饉や季節の変わり目に夜陰へ紛れて里へ下り、家畜を持ち去る。直立して歩む様は人影に見紛うとされ、足跡は人跡と熊跡が交じるように残るという。怪力譚は地域の巨石伝承と結びつき、危険な山域への暗黙の境界標とも機能した。討伐説話では共同体の連携、猟具の使い分け、山神への畏れなどが強調され、鬼熊は単なる猛獣以上に、山の掟を破る者に災いをもたらす象徴として語られる。近世図会の記載は怪異性を際立たせつつも、実在の熊害の記憶を反映しており、民俗環境と怪談の接点を示す例である。

  • 鬼一口

    鬼一口

    珍しい

    おにひとくち

    蔵で人を一口・鬼一口

    鬼・巨怪大阪府

    鬼一口は固有の姿形より、鬼的存在が人間を一噛みで屠る挙動を指す語として中世以前の説話に散見される。典型は夜間・雷雨・蔵や路傍といった境界的場面で、男女の密会や逃避の途上に出現する。『伊勢物語』芥川段では雷鳴が悲鳴を掻き消し、痕跡の乏しさが「一口」という即時性を強調する。『霊異記』『今昔物語集』では男に化ける擬態性が示され、婚姻・契りといった社会秩序の逸脱に対する警鐘として機能する。石燕の図像化以降、名称が固定し、民間では戦乱・飢饉・災害時の行方不明を異界の喰らいとして語り直す枠組みも生んだ。したがって本項の「鬼一口」は一種の類型名であり、姿は一定せず、喰う速度と痕跡のなさが要諦である。

  • 女天狗

    女天狗

    珍しい

    おんなてんぐ

    緋袴に翼の・女天狗

    山野の怪東京都山梨県

    女天狗は文献・口承で散発的に言及される天狗像の一系。装束は小袖や薄衣、緋袴など女性装に描かれるが、背の翼や超常の力によって天狗であると知られる。『源平盛衰記』の尼天狗は、宗教的堕落の帰結としての変生譚で、法師天狗との対照で女性像が示される。江戸期の山中異境譚では女人禁制観念が強く、女天狗不在が語られる一方、川天狗に関しては夫婦や女性的容貌の伝承が点在する。系譜を天逆毎姫に求める記述は近世の博物学系書誌に見えるが、信仰的・物語的解釈の域を出ない。地域差が大きく、像は一定せず、天狗一般の威力・幻術・飛行といった属性を共有すると理解される。創作的誇張を避ければ、女天狗は「天狗世界における女性像の投影」として把握され、具体の名や系譜は多く不詳である。

  • 海人

    海人

    珍しい

    かいじん

    水かき垂皮の海客・海人

    水の怪長崎県

    海人の像は、近世日本に流入した西洋記事と国内博物誌の記載が交差して形成された。記録では、外形はほぼ人だが、指間の水かきと全身の垂れ皮が特徴とされ、腰で袴状に見える点が繰り返し言及される。言語能力は不詳で、人語を解さず応答もしないとされる一方、長期に陸上で生存したとする異伝も残る。食性は不明だが、人の与える食を拒む例が多い。捕獲後は水辺から離すと衰弱し、数日にして絶えるという報告がある。正体については、アシカやアザラシなど海獣の見誤り、あるいは海藻の付着を衣服のように見た解釈が挙がるが、確証はない。伝承は主として長崎を経由した舶載情報と、在地の見聞が混在し、固有名や年代の細部は資料により差があるため、一般化は避けられている。海辺での異形遭遇譚の一典型として把握される。

  • 海難法師

    海難法師

    珍しい

    かいなんほうし

    一月廿四日来る・海難法師

    水の怪東京都

    海難法師は、伊豆七島における一月二十四日の物忌みと結びついた水難死者の怨霊像である。起源として、島役人への怨恨や暴風雨下で命を落とした若者たちの集団死が語られ、恨みを残した霊が盥に乗り沖から来訪し、見た者に災いが及ぶと恐れられた。家々は門口に籠をかぶせ、雨戸に柊・トベラを挿し、外便を避けるなどの禁忌を徹底した。翌日に挿したトベラを焚き、音と膨れで作柄を占う例もある。地域差も大きく、伊豆大島泉津では「日忌様」と称して祠の祭祀が続き、特定の家が海辺で一夜待受ける役を担うとされる。神津島では闇夜に神職が迎える厳粛な作法が伝わり、怨霊でありつつ来訪神的相を帯びる。三宅島では戸口に皿や土器を供え、幼子を早寝させる。いずれも海と共同体の境を守るための物忌みの制度化が背景にあり、軽侮や破りに対しては怪異・不調が生じると戒められる。南部では同類伝承が乏しい点も指摘され、分布には偏りがみられる。

  • 隠れ座頭

    隠れ座頭

    珍しい

    かくれざとう

    洞窟の米搗き音・隠れ座頭

    山野の怪奥羽·関東に広く分布、巌窟に住む、単一発祥地なし

    隠れ座頭を、東北・関東の山間や巌窟に潜む座頭の怪として整理する版。夜半、踏唐臼や踏みがらの搗音、米搗きに似る連打音を立てる。音の主は姿を見せず、家々の道具を「借りて」去るとされ、そっと見に行けば隣家から音がしていた、などの伝承がある。子攫いとする地域もあれば、正直者に餅や宝を授け長者にする福神的相を帯びる地域もある。近世以降、隠れ里観念と座頭への神秘視が習合し、見えぬ民(洞窟の住民)として認識された。物音の正体を昆虫の羽音になぞらえる近代的解釈も民間に残るが、怪異の担い手としては座頭姿の霊的存在として語り継がれている。

  • 影女

    影女

    珍しい

    かげおんな

    障子に映る月夜の影・影女

    人妖・半人半妖出自不詳 (絵姿先行・月影の怪)

    影女の像は、石燕の画に端を発し、家屋と月影の関係で顕れる「影のみの女」として理解されてきた。近世の家屋では障子や板戸が光を通すため、外光と内の暗がりが境を作り、そこに女の輪郭が浮く。伝承では、出没は一過性で、人を脅かすよりも家内の不穏を知らせる前兆として語られる。生者の影か死者の痕跡かは定まらず、家筋の厄や土地神の機嫌と結びつけられることもある。深追いせず火を弱め、戸口を閉じ、言葉をかけないのが作法とされ、翌日、井戸や庭木、床下など家回りを清め、祓いを請うて鎮める例が多い。影は足音を伴わず、風に揺れて形を変える。犬猫はこれに敏感に反応すると言われるが、実害の語りは乏しく、長居せぬのが常である。

  • 火前坊

    火前坊

    珍しい

    かぜんぼう

    京鳥部山の僧霊火・火前坊

    霊・亡霊京都府

    鳥山石燕の画図を中核とし、鳥部山の葬送文化と焚死往生の信仰背景を踏まえて整理した解釈。火前坊は個別の名を持つ人物霊ではなく、願行未遂や未練を抱えた僧の霊が怪火化した類型として位置づけられる。姿は炎煙に包まれた僧形で、夜間の墓所・葬送路に出没する。人を直接害するより、目撃者に畏怖と戒めを与える存在として語られ、怪火譚・霊火譚の文脈に置かれる。麻布「我善坊」との語呂関係を起源とする俗説はあるが決定的根拠はなく、主要典拠は石燕図と近現代の妖怪事典に限られる。

  • 片足ピンザ

    片足ピンザ

    珍しい

    かたあしピンザ

    夜の四つ角を跳ぶ独脚の山羊・片足ピンザ

    動物変化沖縄県

    下里のガングリユマタを根城とする独脚の山羊マジムン。後ろ足一本で立ち、闇のなかから「ガン」「グリグリ」と硬い蹄の音を響かせて、人通りの絶えた四つ角へと滑り出る。やがて行き合った人影を見つけると喉を裂くような叫びを放ち、その頭上を矢のように跳び越えて魂(マブイ)を奪い去ると伝わる。跳ばれまいと身を低くしてやり過ごす者には手が出せず、叫びと足音だけを夜の辻に残して、ふたたび闇のなかへ消えていく。

  • 片耳豚

    片耳豚

    珍しい

    かたきらうわ

    奄美の股抜き豚・片耳豚

    動物変化鹿児島県

    奄美の怪異談に見える片耳欠損のブタ妖怪像を、関連する耳無豚や片目豚の伝承と並置して整理した版。共通する核心は「股くぐり」による魂抜きで、跳躍的に接近して背後から潜り抜けるとされる。特定地点に現れる地付きの怪として語られ、強い動物臭に似た悪臭、影を作らない性質が特徴。女性の一人歩きや二人連れの前に出るという語りもある。遭遇回避の実践知として、脚を交差して立つ・歩く所作が伝えられ、これにより股をくぐられるのを防ぐという。捕獲は困難で、素早さと跳躍により追跡を逃れると語られてきた。

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