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妖怪図鑑

日本の妖怪を名前・種類・土地から探す

152 妖怪|12 カテゴリ|5/7 ページ
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珍しい
  • 津軽の太鼓

    津軽の太鼓

    珍しい

    つがるのたいこ

    本所七不思議の津軽太鼓

    住居・器物東京都

    江戸本所の都市伝説的怪談として語られる、器物と制度の取り合わせの奇。超常現象の描写は乏しく、不可解な運用(太鼓の採用)そのものが怪とされる。土地柄や武家屋敷の規律、火事多発の都市環境が背景にあり、音の違和感が記憶に残って語り草となった。異伝として「板木を打つと太鼓の音がする」という現象譚があり、聴覚上の錯誤や伝言の変容が示唆される。史料は地誌・随筆類に散見し、具体的な由来や人物名に即した因縁話は付されないのが一般的である。創作色の濃い改作では火消や番人の幽霊譚が添えられるが、古伝では控えめで、屋敷と櫓の取り合わせを奇とする点に主眼が置かれる。

  • 釣瓶落とし

    釣瓶落とし

    珍しい

    つるべおとし

    古木から落ちる生首・釣瓶落とし

    山野の怪京都府岐阜県

    日暮れの山道で、頭上の枝が一度だけきしむ。見上げても、梢は闇に溶けて何も見えない。歩き出した瞬間、笑い声とともに巨大な生首が井戸の釣瓶のような速さで落ちてくる――古木から落ちる生首としての釣瓶落としは、突然の落下そのものを恐怖に変えた妖怪である。 『口丹波口碑集』に収められた旧曽我部村周辺の話には、この姿を考えるうえで重要な二つの場面がある。法貴のカヤの木に現れる怪異は、「夜業すんだか、釣瓶下ろそか、ぎいぎい」と人に声をかけ、笑いながら下りては再び木へ上る。字寺の古松からは生首が落ち、人を食うと語られた。満腹になると二、三日は姿を見せないという細部は、この怪が単なる幻ではなく、村の夜道に食欲をもって潜む存在として想像されていたことを伝える。 この二つの話を重ねると、釣瓶落としの襲い方が見えてくる。まず声や枝の音で通行人の注意を頭上へ向ける。次に、梢の暗がりから一気に距離を詰める。そして襲った後は、釣瓶を巻き上げるように再び木へ戻る。名称は、妖怪の姿よりも動きを的確に表している。井戸端なら見慣れた桶の上下運動が、夜の古木へ移された瞬間、人の頭上へ何が落ちてくるか分からない怪談へ反転するのである。 ただし、巨大な生首は釣瓶落としの唯一の姿ではない。北陸の伝承には、木から釣瓶そのものを落とす怪、問答を仕掛ける怪、触れた者を天へ連れ去る怪などが記録されている。生首の姿は、とりわけ丹波の人食い伝承と近現代の妖怪画を結ぶ強い図像であり、各地の異なる話をすべて代表するものではない。ここで描かれる釣瓶落としは、その多様な伝承のなかでも、古木に潜む捕食者という一つの系統を際立たせた姿である。 釣瓶火との違いも、姿だけで決めることはできない。近世の「釣瓶おろし」と石燕の釣瓶火は、樹木から下りる怪火を中心に語られる。一方、この生首型は声、落下、捕食を中心にする。それでも、古木に宿り、釣瓶のように上下するという発想は共有されている。怪火が顔へ単純に変身したと断定する資料はなく、逆に両者が無関係だと決める根拠も乏しい。共通する古い名と動きが、地方の語りのなかで異なる身体を得たと見るのが妥当だろう。 水木しげるが1992年に描いた「釣瓶落とし」の原画は、樹上に現れる巨大な顔という現代的な印象をよく示している。大きな頭部は、遠くからでも一目で危険を伝え、落下の瞬間を視覚化しやすい。そのため、顔を持たない落桶や声の伝承よりも、漫画、図鑑、立体造形のなかで記憶されやすかったと考えられる。しかし、この姿を知ったうえで古い地方伝承へ戻ると、絵にない音が聞こえてくる。夜業を終えたかと尋ねる声、縄のきしみ、葉の揺れ、そして見えない頭上から近づく気配である。釣瓶落としの本当の領分は、大きな顔そのものではなく、人が思わず見上げてしまう一瞬にある。

  • 釣瓶火

    釣瓶火

    珍しい

    つるべび

    樹上に下る怪火・釣瓶火

    自然現象・自然霊京都府

    江戸期の怪談と石燕の図像に基づく釣瓶火の伝統的解釈。木霊・樹の精に由来する怪火として各地で語られ、青白い火珠が枝先からぶら下がり、井戸の釣瓶のように上下して旅人を惑わす。火勢は見かけほど強くなく、衣や草木に燃え移らないとされる。近世の怪異記には京都西院周辺の火の怪が引例され、近代以降の妖怪事典では釣瓶落とし類似の怪火、あるいは別種として整理される。目撃は月のない晩や霧の立つ夜に多いとされ、近づくとふっと遠のき、離れるとまた寄る。顔の影が浮かぶことがあり、人魂との混同も生じたが、地付きの怪火として伝えられる。

  • 鉄鼠

    鉄鼠

    珍しい

    てっそ

    三井寺の経食む大鼠・鉄鼠

    霊・亡霊滋賀県

    鳥山石燕の画題「鉄鼠」に拠る像を基調とする。鼠の巨体に法衣めいた影をまとい、眼は赤く、歯は鉄のように堅いとされる。起源は園城寺戒壇を巡る争論に端を発する頼豪の怨霊譚で、寺領・戒壇権益をめぐる山門寺門の対立が物語化され、寺蔵の経巻や什物を蝕む現実の鼠害観と重なって成立した。呼称は時代・資料で揺れ、「頼豪鼠」「三井寺鼠」などが併存。中世軍記では数を誇張して群体の災異とし、近世以降は鎮魂・御利益の社伝と結びつく。史料上の年代整合は必ずしも一致せず、説話性が強いが、寺社に残る社名・連歌・口碑が伝承の核を裏打ちする。退治譚としては比叡山側の大猫や守護神の介入が語られる地域もあり、相克する二社寺の結界意識を反映する像となっている。

  • 手の目

    手の目

    珍しい

    てのめ

    両掌に眼ある座頭・手の目

    山野の怪京都府

    石燕『画図百鬼夜行』および天保期以降の百鬼夜行絵巻に見られる図像を底本とした解釈。座頭風の坊主頭、両掌に大きな眼球を備え、月夜の荒れ野に立つ姿で描かれる。物語的説明は乏しいが、『諸国百物語』の挿絵・説話と結び付けて、暗所で掌の目が対象を捜り当てる、逃げ込んだ者の所在を嗅ぎ当てる等の能力が想定される。採話では盲人の怨霊譚と接続する例があり、視覚と触覚の転置、目撃と暴露の象徴として理解されることが多い。語源・語呂合わせの絵解き(手目を上げる、坊主=はげ)も指摘されるが、確説ではない。

  • 天狗礫

    天狗礫

    珍しい

    てんぐつぶて

    投擲者見えぬ礫・天狗礫

    自然現象・自然霊『日本三代実録』以来全国の霊山に散在、天狗信仰の怪石現象

    天狗礫は実体の定まらない怪異として語られ、原因は天狗、または狐狸や神意の発露など多義的に解釈されてきた。特徴は、投擲者が見えないのに四方から石が飛ぶ、感触や音は確かでも石が見当たらない、痕が残らない、一定の時刻に反復する、といった点にある。加賀・金沢・江戸など都市部から社頭近辺まで広く事例が記録され、見物人の増加や役人の見回りを契機に鎮静する例も報告される。道徳的文脈では素行の戒め、不作や病をもたらす兆しとされ、古記録では雷と結び付けて天神の落とす石と見る記述もある。民俗学上は飛礫の神事や強訴・印地との観念的連関が指摘され、超自然の意思表示として理解されてきた。

  • 豆腐小僧

    豆腐小僧

    珍しい

    とうふこぞう

    黄表紙が生んだ江戸の道化妖怪・豆腐小僧

    人妖・半人半妖東京都

    豆腐小僧は、妖怪を「恐怖の対象」から「愛玩と笑いの対象」へ転じさせた江戸後期の感性を体現するキャラクターである。和漢の古い妖怪が暗い説話や絵巻のなかで畏怖されたのに対し、豆腐小僧は最初から印刷された娯楽本のなかの登場人物として生まれ、読者を怖がらせるのではなく楽しませることを目的としていた。形態の核は「笠・豆腐・盆・出した舌」という固定図像にあり、これは個々の作者の創意というより、版本を通じて反復・共有されるうちに定型化したものだ。能力らしい能力をもたず、害もなさず、ただ豆腐を持って立つという無力さこそが、かえって強い記号性を生んだ。豆腐の白さと紅葉印の赤、子どもの体躯と大笠の不均衡といった視覚的特徴が、玩具や凧絵へと派生する素地となった。豆腐小僧は、妖怪が在地の信仰から離れ、都市の商品・ブランドとして流通しうることを早くに示した存在であり、現代のゆるキャラやキャラクタービジネスの遠い祖型としても読み解かれる。

  • トモカヅキ

    トモカヅキ

    珍しい

    ともちづき

    志摩同体の海女・トモカヅキ

    志摩から伊豆、越前にかけて報告される「潜り手の同体視」を核とした怪異伝承に準拠する。外見は遭遇者と同一で、とりわけ鉢巻の尻が長く垂れる点が識別の目安とされる。曇天・薄暗がりの海況で顕れ、アワビなどを差し出して接近し、暗い方へ誘引する。対処としては視線や手順を乱さず、前手で受け取らぬ、印を施した手拭いや衣を用いるなどの口伝があるが、効果は一概でなく、蚊帳状のものを被せられた事例も語られる。出現は単独作業時に偏り、群れての操業では避けられると伝える地域が多い。性質は人を海へ引く亡霊・怪異として語られる一方、長時間潜水による譫妄や疲労に伴う幻視と解する見立ても古くから並存する。いずれにせよ、海女たちはセーマンドーマンの文様を衣類や手拭いに染め、身辺の護りとした。地域差として、越前安島では逆行的に動き、はっきり姿を捉えられないと語られる。

  • 七尋女房

    七尋女房

    珍しい

    ななひろにょうぼう

    出雲隠岐の巨女・七尋女房

    人妖・半人半妖島根県鳥取県

    七尋女房は出雲・隠岐・伯耆に広く分布する巨女譚で、山道・河辺・浜辺など境の場に出没する。姿は場所により変化し、海士町では乱髪で嘲笑し石を投げる強面の怪、島根沿岸では黒い歯を見せる海風の女、安来では長衣を曳く美貌の乞食女、伯耆では青白い顔で穀を歌いながら研ぐ影女として語られる。共通するのは異様な長さ(身丈または首)と、笑い・所作・歌などの「しるし」によって人を引き寄せる点である。退散譚では刀傷と石化が結びつき、奇石・塚・古木など土地の目印が由来とされ、家宝の刀や馬具を伝える家筋の話も付随する。恐怖譚一辺倒ではなく、美貌・施しを乞う姿や、穀を研ぐ音と結びつく素朴な怖れが重なるのが特色で、境界の不安と対処(目を合わさぬ、声に応じぬ、夜道を避ける)を教える民俗教訓を内包する。近世奇談の長面妖女と類型的に比較されるが、七尋女房は主として山野・海辺の在地信仰景観と結びつく点に民俗的特徴がある。

  • 波小僧

    波小僧

    珍しい

    なみこぞう

    遠州灘の天候告げ・波小僧

    水の怪静岡県

    遠江国の海辺や河口域に結びつく伝承像で、由来は行基が流した藁人形とされる系統、あるいは干天に悩む農民へ波音で合図を送る系統が主である。姿は小童または小さき人形として語られ、明確な容貌は固定されない。波小僧の役割は天候告知にあり、方角と響きの強さで雨風の接近を知らせるため、漁師は出舟の可否を、農民は作業の段取りを早めに判断できたという。水と人形の観念、河童譚との接合、海坊主名での語りなど、周辺の民話類型との重なりが見られるが、いずれも海鳴を民俗知として解釈する枠内に収まる。信仰対象というよりは畏敬すべき自然の徴の擬人化であり、供饌や祀りの具体は地域により異同がある。記録は郷土資料や口承に依拠し、細部は不詳とされる部分が残る。

  • 鳴釜

    鳴釜

    珍しい

    なりがま

    夜鳴る古釜の付喪・鳴釜

    住居・器物岡山県

    器物百年で精と化すという観念に拠り、頭部が古釜となった姿で表される像。夜陰に佇み、微かな震えや湯気とともに音を立てる。鳴音は吉凶と結び付けて受け止められ、軽率に騒げば黙し、畏れ敬えば応じるという解釈が付随する。占的機能と器物供養の観念を象徴化した表現である。

  • 肉吸い

    肉吸い

    珍しい

    にくすい

    熊野の火を乞う女・肉吸い

    総称・汎称和歌山県

    熊野・果無山周辺に伝わる類型に即し、若い女に化けて提灯の火を所望し、奪って闇に紛れ相手の肉や精気を吸う在り方を中核とする。遭遇譚では、火縄・火打石など手許の火を振るって追い払う、あるいは仏名を刻んだ弾をもって正体を白骨の怪として示すなど、山の禁忌と携行の知恵が強調される。屋内に忍び寄り寄り添って精気を奪う近世の図像も知られるが、本バージョンは山野での邂逅と夜道の戒めを主眼とし、提灯・火種・念仏の語が護符的に機能する点を押さえる。過度な異国譚との混同は避け、紀伊の口碑と記録に基づく。

  • 偽汽車

    偽汽車

    珍しい

    にせきしゃ

    鉄路に現れ消える幻・偽汽車

    総称・汎称東京都愛媛県

    偽汽車の語りは、蒸気機関車という異質な音響と光景が地方社会に入った時期に集中し、獣の変化や音真似の信仰と結び付けて理解された。各地の筋立てはほぼ同型で、夜間に前方から汽笛と車輪の響きが近づき、灯りまで見えるが、衝突直前に掻き消える。その後に狸や狢の轢死が発見され、供養の対象となる。民俗学では、小豆洗い・砂かけのように「得体の知れぬ音」を獣の仕業とみなす思考の延長に置かれる。噂は口承だけでなく新聞記事によって広く拡散し、分布と内容の均一性を生んだと考えられる。具体的地名や寺社に結び付く場合でも、核心は音と幻視の一致、そして実体としての獣の遺骸という三点で保たれる。近代以降の交通網の伸長に伴い衰退したが、沿線の怪談として記録に残る。

  • 入内雀

    入内雀

    珍しい

    にゅうないすずめ

    清涼殿の供御食い・入内雀

    動物変化京都府

    入内雀は、個人の怨恨が小禽の姿をとり宮中へ出入りする例としてしばしば引かれる。清涼殿の供御に触れる行状は、禁域侵入と食穢の不吉を象徴し、朝儀の秩序を乱すものとして恐れられた。陸奥へ配流された実方の境遇と、都への未練が怪異化したと受け止められ、災厄や作害の原因解釈にも用いられた。勧学院での夢告と雀塚の建立は、怨霊を仏事で鎮める中世以来の手続きを示す。実在の雀の渡来・群行と季節の作害が背景にあり、来訪する小鳥を魂の依代とみなす観念と結びついて伝承が定着した。伝承は諸記録に散見するが、細部や年代には異同があり、詳細は不詳とされる部分も多い。

  • 如意自在

    如意自在

    珍しい

    にょいじざい

    如意で背掻く付喪・如意自在

    付喪神・骸怪石燕『百器徒然袋』、如意の付喪神、絵巻発祥

    室町期の百鬼夜行絵巻に見える如意の怪と、鳥山石燕『百器徒然袋』の図像・詞書に基づく整理。器物が年を経て霊性を帯びる付喪神観に則り、如意は本来の「意のままに届く」機能が妖力として誇張される。図像には二系統があり、ひとつは茶褐色の体に長い爪を備え、人の背を伸腕で掻く擬人像。もうひとつは如意そのものに羽根が生え宙を漂う物怪像である。いずれも夜更け、人の寢間や仏間に現れ、痒処や届かぬ箇所を探り当てるとされる。徳目を欠く者には爪痕を残すとも解されるが、地域固有の口承は乏しく、主として絵画資料と後代の妖怪解説に依拠する。

  • 猫娘

    猫娘

    珍しい

    ねこむすめ

    江戸見世物の奇人・猫娘

    人妖・半人半妖東京都徳島県

    猫娘は近世都市の見世物や実録風記事に現れる人の奇行を指す名称で、猫のような嗜好(魚腸を好む、鼠を追う)、身ごなし(塀や屋根を伝う)、所作(舌のざらつきに喩える)などが語られる。宝暦・明和期には浅草などで見世物として掲げられた例があるが、評判は長続きせず、安永・天明期の流行の只中でも特段大きな演目にはならなかったと伝わる。読本や狂歌本では「猫娘」「舐め女」などの語で奇人譚として描かれ、妖怪の化生とは扱われない。江戸後期の雑記には、牛込辺で鼠を捕って喜ばれた少女の挿話が見え、地域社会における鼠害対処や物見高い風潮、奇異への視線を映す資料として位置づけられる。

  • 野鉄砲

    野鉄砲

    珍しい

    のでっぽう

    北国山の顔覆い獣・野鉄砲

    動物変化『絵本百物語』北国の山中、猯の妖怪化、奇談文芸の創作

    江戸の絵入奇談に基づく像を基準とする。北国の山野に潜み、薄暮から宵にかけて活動。姿は猯あるいはムササビに似た小獣で、攻撃時には人の視界を奪って混乱させる。記述は二様で、身体ごと顔に覆いかぶさる型と、口から蝙蝠状のものを吐き出して顔面を覆わせる型が併記される。血を吸う被害が語られるが、のちには視界を奪った隙に携行の食を盗むとする解釈も紹介されている。猯・狸・野衾・蝙蝠の混称や同一視が時代的背景にあり、呼び名や性状に揺れが見られる。防ぎ方としては懐に巻耳を入れておくという素朴な方策が知られるが、地域・時代で詳細は一定しない。新奇な付会は避け、古典図会の範囲で像を保つ。

  • 野寺坊

    野寺坊

    珍しい

    のでらぼう

    荒寺の鐘守・野寺坊

    人妖・半人半妖東京都

    荒寺の鐘守として見ると、野寺坊は「音が鳴らないはずの場所」に宿る妖怪である。寺の鐘は、共同体の時間を刻み、法要や弔いを知らせる声だった。ところが石燕の画面では、鐘楼は草と蔦に覆われ、寺は人の手を離れている。そこに立つ坊主姿は、鐘を撞いているわけでも、経を読んでいるわけでもない。ただ、鐘のそばにいる。役目を失った場所に、まだ役目だけが残っているように見える。この静けさが、野寺坊の怖さである。 『画図百鬼夜行』前篇陽の「野寺坊」は、解説文によって意味を閉じない。石燕は、痩せた僧形、破れた衣、鐘楼、蔦、野草を組み合わせ、読者が「これは荒寺に出るものだ」と直感できるだけの手がかりを置いた。妖怪画としては非常に強い構図で、画面の大半は余白に近い。怪の正体よりも、寺の端に吹く風、手入れされない木組み、鐘にからむ植物の時間が目に残る。野寺坊は、妖怪が説明される前の、見てしまった感覚を保存している。 この妖怪を僧侶の亡霊と断定するのは簡単だが、それだけでは狭い。野寺坊は、怨霊僧である鉄鼠や頼豪のように明確な生前名を持たない。寺つつきのように仏法を破壊する由来も示されない。青坊主や塗仏に近い僧形の不気味さを持ちながら、野寺坊はさらに場所へ寄っている。つまり、怪の主体は「坊主」だけでなく「野寺」でもある。人のいない寺が、なお僧の影を必要としている。そのように読むと、野寺坊は廃寺そのものの人格化に近づく。 村上健司『妖怪事典』が示すように、野寺坊は特定の土地で語られた濃密な昔話というより、石燕の図像から後世の解説が作られていった妖怪である。この種の妖怪では、資料が少ないことを弱点として隠すのではなく、少なさが何を生んだかを見る必要がある。名と絵だけがあるから、読者は鐘の音を想像する。なぜ坊主はそこにいるのか、誰のために鐘を守るのか、寺はなぜ荒れたのか。答えの欠落が、荒寺の余白と重なる。 水木しげる以後の妖怪図鑑は、この余白を現代の読者へ橋渡しした。水木系の妖怪名鑑に入ることで、野寺坊は石燕を読む人だけの存在ではなく、妖怪図鑑をめくる読者にも知られる名前になった。ただし、現代的なキャラクター化をしても、野寺坊の核は派手な能力ではない。荒れた寺、鐘、黒衣、草、沈黙。この五つがそろえば、物語がなくても妖怪は立ち上がる。 野寺坊は、人が去った信仰空間に残る気配を読むための妖怪である。寺が生きている時、鐘は音を出す。寺が荒れると、鐘は沈黙する。しかし沈黙した鐘のそばに、もし痩せた坊主が立っていたら、その場所は完全な廃墟ではなくなる。誰かがまだ番をしている。あるいは、番をするものだけが残ってしまった。野寺坊は、その違和感を一枚の絵に閉じ込めた妖怪である。

  • 野衾

    野衾

    珍しい

    のぶすま

    顔を覆う山野の飛膜獣・野衾

    動物変化東京都

    この姿の野衾は、木立の上からひらりと落ち、旅人の顔面へ布のような飛膜を押しつける小獣として読む。怖さの中心は、牙や爪ではなく「見ること・息をすること」を一瞬で奪う点にある。山道で頭上から何かが降る、顔に湿った膜が貼りつく、目鼻がふさがって方角を失う。この一連の身体感覚が、野衾を単なるムササビではなく妖怪へ押し上げている。 石燕の図像は、野衾を過度に巨大化させない。むしろ小さく、身軽く、暗がりで輪郭が判然としないからこそ恐ろしい。大蛇や鬼のように正面から襲うのではなく、木の枝・屋根・崖の陰から、旅人が意識しない角度で落ちる。飛膜を広げた姿は布のようであり、しかし布ではない。そこに、既存の衾との決定的な差がある。白布の衾は無主の布が怪異化したものだが、野衾は獣の身体が布に見えた瞬間に生じる誤認の妖怪である。 野衾の能力を「顔を覆う」と考えると、野鉄砲との近さがよくわかる。野鉄砲は口から蝙蝠状のものを吐き、人の顔を覆って目をふさぐと語られる。野衾はその吐き出されるものに近いとも、老いた蝙蝠の変化とも説明される。どちらにしても、攻撃の機能は同じである。まず視界を奪う。次に呼吸を乱す。最後に血や精気を吸う。この順序は、山道で突然方向感覚を失う恐怖を、妖怪の行動として組み直したものと読める。 また、野衾は「実在動物を知っていれば怖くない」という単純な合理化にも収まらない。ムササビは実在するが、夜に頭上を滑る影を見た人がそれを正しく識別できるとは限らない。山中では、鳥か獣か、布か影か、風で動いた枝か生き物かが一瞬で混ざる。野衾は、その識別不能の時間を棲みかにする。古い博物書が動物名を記し、石燕がそれを妖怪画に移し、奇談が吸血や覆面の性質を足していく流れは、知識が迷信を消すのではなく、知識そのものが怪異の素材になる過程をよく示している。 この版で重視するのは、野衾が「山の小動物」でも「布の付喪神」でも終わらない中間性である。身体は獣、見え方は布、行動は怪である。旅人から見れば、それが何であるかを判断する時間はほとんどない。顔を覆われた瞬間、名前より先に恐怖が来る。だから野衾は、図鑑上でも大きな物語を持つ主役妖怪ではなく、夜道の一瞬に凝縮された怪として読むと生きる。姿の小ささを保つほど、かえって襲撃の近さが際立つ。大型の怪より、手で払いのけられそうで払いのけられない距離感が肝である。 地理的にも、野衾は一県へ固定しにくい。布型の衾なら佐渡・土佐という地方伝承を立てられるが、野衾は江戸の版本が山野の夜行獣を妖怪として組み替えた性格が濃い。したがって、この版では江戸版本文化を出発点にしつつ、棲みかは山林・谷筋・人里近い林縁として扱う。そこにいるのは、姿を見せる大妖怪ではなく、見えたと思った瞬間には顔に貼りついている小さな闇である。YOKAI.JPでは、この野衾を「山野の飛膜獣」として置くのがもっとも自然である。

  • 反魂香

    反魂香

    珍しい

    はんごんこう

    煙に亡き影・反魂香

    住居・器物前漢武帝·李夫人故事が起源、『博物志』、渡来

    反魂香は物質としてより、物語世界で死者再会の媒介として語られる。中国故事の「煙中に姿を見る」趣向が日本近世文学・芝居へ取り入れられ、香炉・香木・灰の扱いが儀礼的に描かれる。妖怪図会では器物怪異の一種として挿図されることがあり、香煙が面影をあらわす描写が定型化。霊を呼び返すのではなく、あくまで姿影の顕現にとどまると解される場合が多い。医薬的効能は本草の逸説として紹介されるが、近世の筆録でも懐疑が添えられ、奇談として位置づけられる。上方・江戸の落語では線香や香の尽きるまでが逢瀬の限りとされ、香の量と時間が演出上の要となる。

  • 獏

    珍しい

    ばく

    枕獣の獏

    神霊・神格中国『爾雅』『説文解字』の邪気払いの幻獣、蜀中産、渡来(夢食いは日本付加)

    「枕獣の獏」という名は、この獣が何より枕もとのお守りとして親しまれてきたことから来ている。ここでは、夢を食べるという話よりも、枕そのものに描かれた獏に注目したい。獏枕とは、箱枕の横に獏の絵や「獏」の字を書いたり、蒔絵で獏をあしらったりした枕のことで、頭をのせて眠れば一晩じゅう悪いものを寄せつけないと考えられた。矢野憲一の枕の研究によれば、獏枕はただの飾りではなく、眠っているあいだという一番無防備な時間を守るための、いわば実用のお守りだった。 獏の姿には、もとをたどると二つの流れが混じっている。一つは『説文解字』や『爾雅』の注が伝える、熊に似た黒白まだらの体で銅や鉄、竹まで食べるという姿。これは中国・四川にいた本物の獣(おそらくパンダ)がもとになっている。もう一つは白居易が屏風の絵に寄せた文の「鼻は象、目は犀、尾は牛、足は虎」という姿。日本の絵師や百科事典は、この二つを合わせて獏を描いた。白黒まだらの熊の体に長い鼻と短い足、という見慣れた姿は、その二つが一つになった結果である。 獏が描かれたのは、枕やお札だけではない。神社やお寺の建物にも、獏の彫刻がよく見られる。屋根を支える木鼻や蟇股(梁の上の山形の部材)に獏や貘が彫られ、火事や災いを遠ざける役目を負っていた。枕もとの獏が眠りを守るように、建物の獏は家を守る。どちらも「悪いものが入ってくる境目に獏を置く」という同じ考え方で、枕にも建物にもあらわれている。 獏はよく白沢という別の霊獣と取りちがえられるが、ここではその違いもはっきりさせておきたい。白沢は人の言葉を解し、世のあらゆる妖怪を知っているとされる獣で、本来は獏とは別ものである。混同のきっかけは、白居易が獏について「世間ではこれを白沢と呼ぶ」と書き添えた一文にあった。どちらも「邪気を払う獣」という点が似ていたため、絵の上でも入れちがいが起き、「獏王」と呼ばれる像が実はもとは白沢だった、という例まで知られている。獏と白沢は、役目は似ていても由来の違う別々の獣として分けて考えるのがよい。 こうしてみると、枕獣の獏は、夢を奪う化け物でも人を襲う妖怪でもない。眠るときの枕もと、家の出入り口といった「悪いものが忍びこむ隙間」に置かれた、お守りのような番人である。『和漢三才図会』が獏の姿と魔除けの力を広く世に伝えたのと合わせて、人々は枕に、お札に、社寺の梁に獏を描き、悪い夢や災いをずっと見張らせてきた。「枕獣」という呼び名が映し出すのは、この静かな見張り役としての獏の顔である。

  • 化け草履

    化け草履

    珍しい

    ばけぞうり

    夜跳ねる古草履・化け草履

    付喪神・骸怪『百鬼夜行絵巻』草履の付喪神、昔話発祥で在地伝承なし

    中世から近世の図像資料に見られる「履物の付喪神」を基点に再構成した像。草履は日用品として消耗が早く、打ち捨てられやすいことから、一定の年月を経て精霊が宿ると解された。夜分に音を立てて歩く、所在なく跳ねるなどの騒がしさをもって存在を示すが、害は小さい。近代の妖怪図鑑で紹介される「歌う履物」の挿話は、下駄の昔話と混線した引用であり、化け草履そのものの固有伝承としては確証に乏しい。民俗学的には「器物を粗末にすべからず」という規範の視覚的象徴として理解され、付喪神一般の一型と位置づけられる。

  • 馬骨

    馬骨

    珍しい

    ばこつ

    土佐の歩く馬骨

    付喪神・骸怪高知県

    『土佐お化け草紙』に描かれた馬骨の図像は、日本の妖怪画の中でも極めて独特で、演劇的な物語性に満ちた構図を採用している。薄暗い室内、破れて垂れ下がった古い蚊帳(かや)を隔てて、二本足で直立する白骨の「馬骨」と、巨大な蝦蟇(ガマ)の妖怪である「宿守(やどもり)」が、まるで互いの身の上を静かに語り合うかのように向かい合って座している。馬骨は肋骨や頭蓋骨がむき出しの完全な骨格でありながら、腰のあたりに粗末な布を巻きつけており、人間くさい仕草を見せている。 この奇妙な二体の対峙には、土佐地方の深い民俗的背景が隠されている。「宿守」は四国地方の方言でヒキガエルを指す名称であり、本来は害虫を食べる「家を守る益獣・守り神」として、みだりに殺してはならないと信じられていた。しかし絵巻の詞書(ことばがき)では、人間に無残に殺されたヒキガエルが怨みを抱いて妖怪化したものと設定されている。すなわち、火事で焼け死んで路傍に放置された「馬骨」と、人間の手で理不尽に殺された「宿守」は、いずれも「人間の身勝手な都合によって命を落とし、正しく供養されなかった動物の怨念」という共通のバックグラウンドを持っているのである。蚊帳という人間生活の境界線の内側で語り合う彼らの姿は、人間社会の裏側に追いやられた「畜生」たちの悲哀の連帯を表現していると深く解釈できる。 また、江戸時代には馬の骨を煮出して採集した脂肪(骨脂)を用い、非常に質の悪い安価な蝋燭が作られており、これを隠語で「馬の骨」と呼ぶ習俗があった。暗闇に火を灯すための安価な蝋燭にされた馬の遺骸と、「火事」という炎の災厄で焼け死んで生まれた妖怪という設定の符合は、決して偶然の産物ではない。当時の人々の生活の知恵と、命を徹底的に搾取する社会の暗部が、馬骨という妖怪の造形に鋭く投影されているのである。人を祟るのではなく、ただ己の存在を示すために立ち上がるその姿は、物言えぬ動物たちの悲痛な叫びそのものである。

  • へうすへ

    へうすへ

    珍しい

    ひょうすべ

    九州川辺の毛河童・へうすへ

    この版では、へうすへが「家の中の禁忌」と深く結びついた九州型の河童である点を見る。河童の話の多くが川や淵を舞台にするのに対し、へうすへの話は風呂場や湯屋、そして馬小屋へと入りこんでくる。毛深いへうすへが使ったあとの湯は、体毛が浮いて穢(けが)れたものとされ、その湯に触れた馬が倒れる、湯を勝手に抜いた者が祟られて馬を殺される、という話が各地に伝わる。風呂の湯をいつ抜くか、誰が使うか――そうした暮らしの作法への戒めが、へうすへの祟りという形で語られたのである。 畑では茄子を好んで荒らすとされ、初物の茄子を供えて機嫌をとった。「ヒョーヒョー」という鳥のような鳴き声は、その名の由来とも言われる。江戸期の『百怪図巻』や『画図百鬼夜行』に描かれた、毛むくじゃらで禿げ頭の滑稽な姿は、恐ろしさよりもむしろ、人の暮らしのすぐそばにいる親しい怪としてのへうすへをよく伝えている。

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