海難法師
一般
伝統妖怪

海難法師

かいなんほうし

性格

寡黙で執念深いが、禁忌を守る者には無干渉とされる

カテゴリ

怨霊・怪異

起源

伊豆七島(伊豆大島・三宅島・神津島ほか)

基本説明

伊豆七島に伝わる水難死者の怨霊で、地元では「かんなんぼうし」ともいう。旧暦一月二十四日に、沖から盥や小舟に乗って来訪し、その姿を見た者は同様の最期を迎えると畏れられた。戸口に籠をかぶせ、柊やトベラを挿し、外出を慎む物忌みが行われる。発祥は江戸期の島役人や若者集団の海難に関わる怨霊譚として語られ、地域により来訪神的解釈もみられる。

民話・伝承

江戸時代、島役人に関わる怨みが海難と結びつき、以後毎年一月二十四日に霊が島々を巡るとされた。伊豆大島泉津では「日忌様」として祠が祀られ、門戸にトベラを挿し翌日に焚いて豊凶を占う。神津島では闇夜に神職が海からの来訪を迎える神事として伝わる。三宅島では「皿出せ、土器出せ…」と家々を巡るとされ、その夜は戸口に皿を置き子どもを早く寝かせる慣習が記録される。

徹底解説

海難法師 伝承準拠・伊豆七島型

海難法師は、伊豆七島における一月二十四日の物忌みと結びついた水難死者の怨霊像である。起源として、島役人への怨恨や暴風雨下で命を落とした若者たちの集団死が語られ、恨みを残した霊が盥に乗り沖から来訪し、見た者に災いが及ぶと恐れられた。家々は門口に籠をかぶせ、雨戸に柊・トベラを挿し、外便を避けるなどの禁忌を徹底した。翌日に挿したトベラを焚き、音と膨れで作柄を占う例もある。地域差も大きく、伊豆大島泉津では「日忌様」と称して祠の祭祀が続き、特定の家が海辺で一夜待受ける役を担うとされる。神津島では闇夜に神職が迎える厳粛な作法が伝わり、怨霊でありつつ来訪神的相を帯びる。三宅島では戸口に皿や土器を供え、幼子を早寝させる。いずれも海と共同体の境を守るための物忌みの制度化が背景にあり、軽侮や破りに対しては怪異・不調が生じると戒められる。南部では同類伝承が乏しい点も指摘され、分布には偏りがみられる。

性格特徴については、寡黙で執念深いが、禁忌を守る者には無干渉とされるまた、相性の良い人については、物忌みを守る共同体とは衝突を避けるが、嘲弄・無視に対し苛烈

主な能力・特技としては、盥や小舟に乗り海上から来訪する、目撃者に水難・不調を招く、物忌みと護符(柊・トベラ)への反応が弱まる、夜間に家々の戸口を巡り供物を受け取るとされるなどが挙げられます。

一方で弱点もあり、戸口の籠や柊・トベラによる結界, 戸締りと不見の作法(風景を見ない), 共同体の神事による迎えと鎮めとされています。

主な生息地は伊豆大島(泉津), 三宅島, 神津島, 伊豆七島沿岸海域とされています。

下図は伝承準拠・伊豆七島型の診断評価図です。各項目の値が高いほど、その特性が強く表されていることを示しています。

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