妖怪図鑑

日本の妖怪大百科

121 妖怪|14 カテゴリ|4/6 ページ
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名妖
  • 水虎様

    水虎様

    名妖

    すいこさま

    津軽の水虎大明神

    神霊・神格青森県

    この版では、水虎様が「妖怪を神にまで高めた」信仰である点を掘り下げる。河童は本来、人を水へ引き込む恐ろしい怪である。その河童を退治するのではなく、むしろ四十八匹の頭(かしら)として束ねる神に仕立て、水辺の秩序を任せたところに、津軽の水虎様信仰の知恵がある。 信仰は子どもの命と固く結びついていた。川遊びの季節に胡瓜を供えて流す作法は、神への祈りであると同時に、「水辺では気をゆるめるな」という生活の戒めを子どもへ刷り込む役目も果たした。神像に弁才天の姿が借りられるのも、水の神どうしが自然に重なった結果である。中国の書物に出てくる獰猛な「水虎」とは、名の漢字が同じだけで中身はまるで違う。水虎様は、河童という土地の恐れを、人々が祈りの対象へと作りかえた、北国らしい水の神なのである。具体的な神事や唱えごとは地区差が大きく、今では伝わらないものも多い。

  • 崇徳天皇

    崇徳天皇

    名妖

    すとくてんのう

    讃岐配流の怨霊・崇徳天皇

    霊・亡霊香川県

    この版では、一人の廃帝がいかにして日本史上最大とまで称される大天狗・大魔縁へ転じたか――史実と『保元物語』以来の伝説の境を見極めながら徹底して追う。 まず史実を押さえる。崇徳の不遇は、鳥羽院に「叔父子」と疎まれ、院政の権を持てぬまま譲位させられた政治的疎外にあった。近衛天皇の早世後、実子重仁親王ではなく弟後白河が立てられたことが保元の乱(一一五六)の引き金となる。乱に敗れた崇徳の側では源為義・平忠正らが約四百年ぶりの公的死刑に処され、崇徳自身は讃岐へ流された。ここまでは記録に基づく史実である。 怪異はその先、伝説の層で生まれる。舌を噛み血で「大魔縁とならん」と書したという呪詛も、爪髪を伸ばして天狗と化したという姿も、同時代の記録ではなく鎌倉期の『保元物語』が伝える物語である。だがこの伝説は強い説得力をもって広まり、安元年間以降に都を襲った大火・強訴・動乱、ひいては平氏滅亡に至る治承寿永の乱までが、崇徳の祟りとして読み解かれていった。事件そのものは史実、それを崇徳の怨念に帰す解釈は御霊信仰――この二つは截然と分けて見る必要がある。 崇徳の天狗像を決定づけたのが文学である。『太平記』巻二十七「雲景未来記」は、崇徳を天狗・魔縁の群れを統べる魔王として描き、近世には上田秋成の『雨月物語』「白峯」が、西行と対峙する崇徳の怨霊を、長鼻の天狗ではなく金色の鳶として鮮烈に造形した。崇徳が「日本一の大天狗」「日本史上最大の怨霊」と語られる像は、こうした文学の累積の上に立っている。 注目すべきは、その鎮魂が近代にまで及んだことである。明治元年(一八六八)、明治政府は讃岐に眠る崇徳の神霊を京へ迎え、白峯神宮に祀った。新たな御代の出発にあたって七百年前の廃帝の祟りをなお恐れたこの事実は、崇徳怨霊の畏怖がいかに根深かったかを物語る。百人一首に名歌を残した歌人と、王権を呪う大魔王。この落差こそが、崇徳院を御霊信仰の極点に押し上げたのである。

  • 殺生石

    殺生石

    名妖

    せっしょうせき

    那須の毒気石・殺生石

    住居・器物栃木県

    この版では、毒石としての殺生石が、能の舞台や信仰の場としてどのように語られてきたかを見る。謡曲『殺生石』では、旅の僧・玄翁が那須野で石に近づくと、一人の里の女が現れて石の由来を語り、やがて石が割れて中から狐の霊が姿をあらわす。霊は生前の悪行を悔い、僧の法力で救われて成仏を約し、消えていく。ここでの殺生石は、ただ人を殺す石ではなく、迷える魂が宿り、弔いによって鎮められる対象として描かれている。 殺生石の周りは、草木も生えず硫黄の煙が立ちこめる荒涼とした地で、古くから「賽の河原」と呼ばれ、亡き者を弔う無数の地蔵が並ぶ。すぐ隣には那須温泉神社が鎮座し、毎年五月の御神火祭では、神社の火を石の前まで運んで、山の火と石の霊威を鎮める神事が行われるという。 こうしてみると、殺生石の恐ろしさは、石そのものが意思をもって動くというより、「ここから先へ踏み込めば命を落とす」という境(さかい)の感覚に根ざしている。毒気の満ちる一帯そのものが、人の世とあの世のあわいのように畏れられ、その境を侵す者にだけ災いが及ぶ、と考えられてきたのである。

  • 千疋狼

    千疋狼

    名妖

    せんびきおおかみ

    群行人を追う狼群・千疋狼

    動物変化送り狼·千疋狼の全国型類型、各地に類話散在

    千疋狼の伝統像は、個々の狼ではなく統率の下で動く群れの恐ろしさを描く。語りは夜の峠道で始まり、逃れた人が木に登る。群れは跳躍と連携で高さを稼ぎ、届かぬと親玉や外部の怪(老猫・鬼女・鍛冶嬶)を呼ぶ。呼ばれた存在は家庭内の異形(家人に化けた者)と結び付けられ、翌朝に痕跡(血痕、器の欠落、傷)や供養塔などの形で現実へ接続される。狼の行動は誇張されるが、夜行性と群行の知見に沿う解釈が古くから示され、祈詞・刃物・夜明けが転機となるのも通例である。地域により親玉は白毛の大狼、老猫、鬼女などへ変化し、名称は「鍛冶が嬶」「小池婆」「弥三郎婆」等と呼称が変わるが、樹上逃避と「呼び寄せ」の構図は共通する。民俗的には境界(峠・夜明け前)に潜む災厄と家内に潜む異形の連関を示す譚として語り継がれ、供養塔や地名伝承が付随する事例もある。

  • 即身仏

    即身仏

    名妖

    そくしんぶつ

    土中に入定した生き仏・即身仏

    人妖・半人半妖山形県

    他の妖怪が想像上の異形であるのに対し、即身仏は実在した行者がその信仰によって半ば神格へと昇った稀有な存在である。湯殿山の奥の院は社殿を持たず、熱湯の湧く茶褐色の巨大な霊巌そのものを御神体とし、参道は素足で踏みしめねばならない。この自然崇拝の原型を留める霊域で、行者たちは即身成仏——今生において仏となる——を目指した。木食行は穀物を断ち、やがて塩や水も限界まで絶って体を枯らしていく自己ミイラ化の準備であり、最後は鈴のついた竹筒で外と繋いだ土中の石室に籠もって絶命する。鉦の音が絶えた時が入定の成就とされた。掘り出された遺体は腐らず仏となり、寺の本尊脇に祀られて衆生の苦を引き受け続ける。彼らは恐怖の対象ではなく、死をも超えて人を救おうとした意志の化身であり、山形・出羽三山の死者観と山中他界の思想を最も鮮烈に示す。

  • 高女

    高女

    名妖

    たかおんな

    二階窓を覗く伸び女・高女

    住居・器物石燕『画図百鬼夜行』、吉原遊女図像、画集発祥

    石燕本の図像を基軸に、解説不在という史料状況を保ったまま再構成した像。人物は痩身の女で、足から腰にかけてが蛇のように長く伸び、路地から楼の二階格子へと体を延ばして覗きこむ。行動は主として驚かしで、害意は定まらない。地域的な固有名は確証に乏しく、後世の俗説(遊女屋・風刺など)は付会として扱う。夜の静寂と建物の構造を利用し、視線を通して居住者に不安を与える象徴的怪異として理解される。

  • 滝霊王

    滝霊王

    名妖

    たきれいおう

    滝壺顕現の不動・滝霊王

    神霊・神格滋賀県

    鳥山石燕の図像を基点に、滝場における不動明王顕現の観念を妖怪図鑑上の項目として整理した解釈系。滝霊王という呼称は画題であり、実体は明王信仰の顕現形とみる立場を採る。諸国の滝壺に現れ、鬼魅や障りを降伏する存在として描かれる点が核で、修行者や参詣者が霊験譚として語る場で言及される。妖怪的恐怖よりも威徳・降魔の性格が前面に出るため、怪異項目の中でも神霊寄りの扱いとなる。具体的な出没地名や年代的事件の記録は限られ、主に図像資料と寺院縁起により語られる。

  • 大蛇

    大蛇

    名妖

    だいじゃ

    中禅寺湖を争う水神・戦場ヶ原の大蛇

    神霊・神格栃木県

    戦場ヶ原の大蛇は、男体山(二荒山)の神が湖の領有をかけて取った化身である。とぐろを解けば中禅寺湖を半ば覆うほどに長大で、鱗は濡れた黒曜のごとく光り、双眸は水底の燐火を宿す。水を呼び霧を起こし、湖面に波濤を立てて敵を阻む。当初は赤城山の大百足に押されたが、人間の弓の名手の一矢を借りて形勢を覆したと伝わる ── 神でありながら人の助力で勝つという、山と里が交わる信仰の姿をとどめる。勝敗の跡は赤沼・菖蒲ヶ浜・戦場ヶ原の地名となって、今も奥日光の景観に刻まれている。

  • 月の兎

    月の兎

    名妖

    つきのうさぎ

    満月に餅搗く・月の兎

    動物変化月 (仏教説話・中国由来の月天霊獣)

    月の兎を日本の図像学に即して示す像。飛鳥期作例にまで遡る月像内の兎は、中世の仏教絵画で日天の烏と対に描かれ、天象を担う存在として受容された。近世に入ると、中国由来の臼杵を用いる兎の図が書物や版画を通じて普及し、十八世紀には臼が日本的なくびれ形へと変化していく。やがて兎は不老薬ではなく餅を搗く姿として理解され、月見・望月と語呂を通じて年中行事に結び付いた。説話面では、自己犠牲を体現した兎が帝釈天により月へ昇る由来譚が核となり、月面の陰影や煙のような模様がその痕跡と解釈される。民俗的には、月を仰ぎ兎影を探る習俗、月待や観月の席での語り物の題材として長く継承され、他の天象妖や月天信仰と重なり合いながら存続した。

  • テケテケ

    テケテケ

    名妖

    てけてけ

    下半身を失い肘で這う女・テケテケ

    霊・亡霊1990-2000年代の現代都市伝説、電車事故モチーフ

    「下半身を失った女」 という戦後日本の怪谈モチーフ。 基本説明では発祥地と拡散を辿ったが、 徹底解説ではテケテケが含まれるより広い文化圏 ── 戦後日本における「身体の欠損した女性亡霊」 のモチーフ ── に位置づけ直す。 戦後日本のホラーには、 「全身が揃わない女性の幽霊」 という型が繰り返し現れる。 お岩(顔の毀損、 鶴屋南北『東海道四谷怪談』 文政8/1825)、 累(顔と体の毀損、 三遊亭円朝『真景累ヶ淵』)、 そして戦後では口裂け女(口の毀損、 1979年岐阜初出)、 テケテケ(下半身欠損)、 カシマさん(下半身欠損)、 八尺様(身長の異常)など、 「女性の身体的完全性が失われている」 という共通モチーフがある。 テケテケはこの系譜の中で、 とくに「鉄道」 という戦後日本のインフラと結びついた点で独特である。 「テケテケ」 という擬音の選択。 怪谈名としての「テケテケ」 は両腕で這う際の音を表すが、 この擬音には複数の言語的選択が働いている。 (一) 破裂音t·kの組合せが、 木の床·コンクリートを叩く硬質な響きを示唆する。 (二) 反復(teke-teke)が「ゆっくり継続的に追跡してくる」 不気味さを生む。 (三) 子どもの口に乗りやすく、 児童間で再演しやすい。 派生名「パタパタ」 「コトコト」 「カタカタ」 等はすべて似た音韻論的選択を経ており、 「移動音を二音節擬音で表す」 という民俗音響学的パターンを示す。 鉄道事故都市怪谈の系譜。 戦後日本の鉄道は急速な経済成長期に多数の人身事故を生み、 それが怪谈の温床となった。 テケテケ以外にも「踏切で振り返ると後ろに女がいる」 「ホーム端に下半身のない人影」 「線路沿いで電車待ちの女性に話しかけられる」 等の踏切·線路系怪谈が1970年代から各地で記録されている。 民俗学者宮田登は『妖怪の民俗学』 (岩波書店、1985) で、 戦後の都市インフラ (鉄道·トンネル·団地) が伝統的な水場·辻·峠に代わる怪谈生成空間として機能していると論じた。 テケテケはこの「インフラ怪谈」 のなかでも最も成功した一体である。 カシマさんとの相互参照と「答え」 の構造。 テケテケの対処法として「『カシマさん』 と答えれば助かる」 という派生が広く流布した。 これは口裂け女に対する「ポマード」 「べっこう飴」 等の対処法と同型で、 怪谈に「正しい答え」 を組み込むことで子どもの想像力を能動的に巻き込む構造を持つ。 カシマさん側の対処法も「『カマシ』 と答える」 「『カシマレイコ』 のフルネームを唱える」 等多様で、 児童間で対処法そのものが流行となった。 これは平安期以来の呪文·真言信仰が学校空間で世俗化した姿とも読める。 2009年映画版の解釈。 白石晃士監督版『テケテケ』 (2009) は兵庫県加古川発祥説を採用し、 戦後鉄道自殺で下半身を切断された女性 (本名「樫間玲子」 = カシマレイコ) を起源として描いた。 これはテケテケとカシマさんの口承上の相互参照を、 映画で「同一人物の二面」 と再構築した解釈である。 AKB48の大島優子主演という当時のアイドル文化との接続も含めて、 テケテケは戦後の児童口承怪谈から平成期のメインストリーム映画ホラーへと媒介された好例となった。 ネット時代の再生産。 2010年代以降 YouTube の怪谈朗読チャンネル、 ニコニコ動画の心霊系コンテンツ、 TikTok のホラー短編で反復再生産された。 2020年代には Z 世代のあいだで「子ども時代に学校で語られた怖い話」 として再受容され、 80-90年代の児童口承が世代を越えて継承される稀有な事例となっている。 怪谈の生命線が「口承 → 児童誌 → 映画 → ネット」 と媒介を変えながら持続することを、 テケテケは最も明確に示すケースである。

  • 天井嘗

    天井嘗

    名妖

    てんじょうなめ

    古家天井を嘗む・天井嘗

    住居・器物石燕『百器徒然袋』、天井の器物妖怪、絵巻発祥

    鳥山石燕の画図に基づく解釈で、長舌を垂らして古家の天井を嘗め歩く存在。直接的に人を害するより、室内に冷えや暗さ、湿りを呼ぶものとして表象される。図像源は室町期百鬼夜行絵巻の仰向けに舌を伸ばす怪に求められ、江戸後期から近代の博捜的怪異解説で、天井のしみ・煤・蜘蛛の巣をなめ取る性質が付会された。固有名・系譜・由来神話は伝わらず、家屋怪異一般の象徴として理解される。伝承的には古寺・古屋敷など人影まばらな建屋に出るとされ、夜分に板目へ濡れ筋や斑点が増えるのをその跡と解す例が紹介されるが、地域伝承の核は確認しがたい。

  • 百々目鬼

    百々目鬼

    名妖

    どどめき

    銭目の百々目鬼

    人妖・半人半妖東京都栃木県

    鳥山石燕の注に拠り、盗癖を戒める教訓的意匠を核とする解釈。腕に現れる多数の目は、銅銭の穴を鳥の目に見立てた語と連関し、盗みに手を伸ばす習性が外形化したものとされる。石燕が挙げた「函関外史」は実在未詳で、箱根以東以西を示す語遊びや、奇書とする自註からも、出典提示自体が作中の趣向と理解される。百々目鬼の姿は女体に集中するが、具体の氏名・家筋・土地の伝承は伝わらず、地域的固有譚よりも、図像と語義が結びついた都市的な寓話性が強い。昭和以降の解説では読みや解釈に揺れが見られるが、原像は石燕本に求められる。

  • ぬっぺふほふ

    ぬっぺふほふ

    名妖

    ぬっぺふほふ

    一頭身の皺肉塊・ぬっぺふほふ

    総称・汎称江戸期絵巻発祥で筋立てある古説話を欠く肉塊妖。駿府城肉人や廃寺出没は昭和以降の付会で一次史料に乏しい

    江戸期の妖怪絵巻に基づく典型像。皺の多い白っぽい肉塊が一頭身で立ち、四肢は短く、顔面の器官が判然としない。名と図像のみが伝わるため、行動や目的は定まらない。文献上は、のっぺらぼうの古形とみなす解釈や、古いヒキガエル・狐狸の変化とする注記が見られる。洒落本では「死人の脂を吸う」「医者に化けた」といった記述もあるが、地域的伝承としての広がりは確認しにくい。寺院出現説や腐臭の言説は後代の解釈に由来する可能性が指摘され、実見談は限定的である。像容は、白粉を塗りたくったような白い皮膚感と、皺の連なりが特徴。

  • ぬりかべ

    ぬりかべ

    名妖

    ぬりかべ

    九州夜道の見えぬ壁・ぬりかべ

    総称・汎称福岡県大分県

    目視できぬが、手触りだけが確かな壁として感じられる型。九州北部の道迷い怪談に即し、強い害は与えず進行を止めることに特化する。足元から肩口ほどの高さで広がる感覚があり、正面突破はかなわない。脇へそれる、少し休む、地面や路端を杖で探るなど、従来の対処で薄れる。人を試す路の霊的障害として理解される。

  • 塗仏

    塗仏

    名妖

    ぬりぼとけ

    仏壇より出る垂目僧・塗仏

    住居・器物出自不詳 (無詞書・絵姿先行型)

    江戸の妖怪絵巻に基づく像を基準とし、黒塗りの僧形、垂れ下がる飛び出し眼、背後に毛髪状あるいは魚尾状の付随要素を持つ。史料の多くは解説を欠き、性質・来歴は判然としない。石燕の図では仏壇内から出現する構図が示され、近代以降は器物霊としての再解釈が広まったが、当初の意図は不詳である。以上を踏まえ、住居内の祭祀空間にまつわる不安や畏れを象徴する図像として扱い、具体的能力は絵解きの範囲に留める。

  • 濡女

    濡女

    名妖

    ぬれおんな

    磯浜の濡髪女・濡女

    海浜や河岸に現れ、濡れた長髪の女として目撃される。地域により、赤子を抱かせて足を奪う型、あるいは蛇身・長大な尾を想起させる威圧的な水怪として語られる。江戸の妖怪画には蛇体の女が多いが、物語資料の実証は乏しい。石見では牛鬼と関わる水妖として位置づけられ、対処法として素手で抱かぬことが説かれる。近縁の磯女と混称される例もあり、呼称や性質は土地ごとに幅がある。

  • 橋姫

    橋姫

    名妖

    はしひめ

    宇治橋鉄輪の鬼女・橋姫

    人妖・半人半妖京都府

    宇治川の宇治橋に結びつく在地神格としての橋姫像と、中世軍記・能に展開した嫉妬の鬼女譚を統合的に示す版。前者は橋の袂で水神・土地神として祀られ、渡河と往来の無事を守護する。橋上では他所を称える言葉や嫉妬を喚ぶ謡を忌むという伝承があり、在地神が他域の噂を嫌うという通念に即する。後者では、女が貴船に詣で宇治川で禊ぎのような行を経て鬼形となり、一条戻橋で武士に遭遇する筋が広く知られる。鳥山石燕は宇治橋の社を注記し、能『鉄輪』は鉄輪を戴く鬼女の相貌を定着させた。民俗的には橋が境(はざま)の場であること、水の神格と女性神観、嫉妬の情念を戒める教訓が重ねられ、祭祀と物語の二面性が長く併存してきた。創作色の濃い細部は異本により異なるが、宇治橋への信仰と戻橋の遭遇譚、禁忌と守護の両義性が核である。

  • 般若

    般若

    名妖

    はんにゃ

    高貴なる生霊・白般若(六条御息所)

    鬼・巨怪奈良県京都府

    この版本は、白般若を六条御息所の生霊として読む。白般若は、野山に棲む荒々しい鬼ではなく、教養と身分を持つ女性が、自分でも抑えられない愛憎によって鬼女へ傾く姿である。『葵上』では、葵上本人は小袖として置かれ、舞台の中心に横たわるのは病む身体ではなく、見えない憑依の場である。そこへ梓弓の音で呼び出されるのが、六条御息所の生霊である。 御息所ははじめから醜い鬼として描かれるわけではない。彼女は高貴で、誇り高く、源氏との関係が失われていくことを誰にも訴えられない女性である。賀茂祭の車争いで受けた屈辱は、単なる恋の嫉妬ではなく、公の場で面目を失った痛みでもある。the-NOH.comの解説が述べるように、『葵上』の核心は、鬼にならずにはいられない六条御息所の愛情と嫉妬にある。 この白般若の恐ろしさは、暴力の大きさではなく、感情が本人の理性を越えてしまうところにある。御息所は生きているにもかかわらず、その情念だけが身体を離れ、葵上を打ち、魂を奪おうとする。横川小聖の祈祷によって女の鬼は退き、最後には成仏へ向かうが、そこにあるのは単純な退治ではない。能は、御息所の鬼性を否定するだけでなく、彼女がなお悲しみを抱えた人間であることを残す。白般若は、品位を失わないまま崩れていく心を映す面であり、だからこそ最も静かで、最も深い怖さを持つ。

  • 波山

    波山

    名妖

    ばさん

    伊予竹薮の火喰い鳥・波山

    動物変化愛媛県

    本バージョンは伊予に記された像を基準とし、山中の竹薮に潜む怪鳥として描く。外見は鶏に似て赤い鶏冠が際立ち、闇中で冠と吐く火のみが目立つ。吐火は怪火で熱を持たず、物に燃え移らないとされ、夜道や村境でふいに明滅し、羽音だけを強く残す性質が語られる。行動は夜行性で、人が戸を開ける気配や灯り(松明など)の動きに敏感に反応し、すぐ藪へ退く。人への加害伝承は乏しく、驚かしの類にとどまる点が特徴で、村落では山の気配を示す瑞兆とも不祥とも定まらぬ存在として受け止められた。近世の書誌には、火を食む鳥に擬する見解や、羽音に由来する呼称が併記され、博物的知見と怪異譚が混在して記録されたことも本像の一端をなす。民俗的には山と里の境を示す「境の怪」として位置づけられ、怪火譚・鳥怪譚の双方の類型に接する穏やかな怪異として語り継がれた。

  • 魃

    名妖

    ばつ

    在所に雨を止む・魃

    神霊・神格中国神話『山海経』の旱魃神、黄帝の娘、渡来

    日本に伝わった魃像は、中国後代の記述を踏まえた書誌的受容が中心である。『和漢三才図会』は『三才図会』『本草綱目』『神異経』の旨を引き、魃(ひでりがみ)として、人面獣身で手と足が一つずつ、風のごとく走り、その在所には雨が降らないと解説する。鳥山石燕『今昔画図続百鬼』もこの複合像を図像化し、別名を「旱母」と注した。これらは日本土着の妖怪譚というより、中国古典の災異観と暦応を知識として受容したものに近く、実景の目撃譚よりも、旱魃という現象を象徴化する観念的存在として扱われる。姿形は一定せず、女神像(妭)と獣形像が並存するが、日本の資料では後者が強調される傾向がある。信仰的対応は雨乞い・水神祭など一般的な旱魃対策に準じ、魃そのものを祀る例は典拠上はっきりしない。災厄神としての性格上、近づく地は草木が萎れ、人心も疲弊すると理解された。

  • 人魂

    人魂

    名妖

    ひとだま

    夜空に漂う魂火・人魂

    霊・亡霊死者の魂の火の玉、『万葉集』既出、全国共通

    人魂の伝統的理解に基づく記述。人の死期や強い情念に呼応して現れる霊火で、家筋や縁者のもとへ飛来すると語られる。高さは人の肩より低いあたりを漂い、微かな尾を曳く。風に流されるようでいて、目的地へ向かうかのごとく進むとも言われる。色は青白が多いが地域差があり、橙や赤とされる例も少なくない。寺社の境内、墓地、古道、田畦、池端など、人の往還や境界に近い場所での目撃談が多い。近世の随筆や地誌、近代民俗採集でも「臨終前のあいさつ火」「別れ火」の語が見られ、混同されやすい鬼火・狐火とは由来を異にする存在と整理される。科学的解釈も試みられたが、伝承上は魂の去来を示す徴と受けとめられてきた。

  • 一つ目小僧

    一つ目小僧

    名妖

    ひとつめこぞう

    額の単眼坊主・一つ目小僧

    山野の怪片目片足の山神信仰の零落、事八日俗信、全国分布

    江戸期の絵巻『百怪図巻』『化物づくし』などに「目一つ坊」として描かれる像を基調に整理したもの。坊主姿の児童形で、屋敷内の座敷や橋、坂道、辻などにふっと現れ、こちらの反応を見て満足すると消える。宗教的背景として比叡山の一眼一足法師との連想が指摘されるが、直接の同一視は避けられる。飲食物との関わりでは、豆を嫌うとする俗信や、後世の豆腐を携えた図像が知られるが、いずれも人畜に害をなす意図は薄い。現れ方は季節や天候に左右され、晩秋の雨夜などで目がぼんやり光るとされる地域もある。名は奥州で「一つまなぐ」、各地で「一つ目小僧」「目一つ坊」と呼称が変わる。

  • 狒々

    狒々

    名妖

    ひひ

    老猿化けの女攫い・狒々

    動物変化長野県

    江戸期の図像や民俗記録に基づく狒々像。山地に棲み、老猿が変じて巨体・怪力を得た存在と語られる。人前で高笑いし、反り返った長い唇が目を覆うため隙が生じるという特徴が各地の語りに共有される。女性攫いの逸話、樵との格闘譚、風雲を起こし人を投げる話が伝わる。『和漢三才図会』など博物書は黒い体毛・大柄・人語の伝聞を記すが、具体の出現地や実物性は定かでない。名称は笑い声に由来する説が流布し、山童・猿神と混称される場合があるが、狒々は猿形の山の怪として区別されることが多い。

  • 琵琶牧々

    琵琶牧々

    名妖

    びわぼくぼく

    琵琶頭の盲僧姿・琵琶牧々

    付喪神・骸怪石燕『百器徒然袋』、琵琶の付喪神、言葉遊び創作

    石燕の図像と室町絵巻の系譜に基づく標準的解釈。長年弾かれた琵琶が成霊し、座頭の装束で夜行に加わるとされる。音色は人心をひきつけ、古器への畏れと敬意を促す寓意を帯びる。特定の人物史や土地伝承に依拠せず、器物礼讃と戒めが主題。名器「玄上」「牧馬」に付随する奇談は付喪神観の背景を補強するにとどまり、琵琶牧々そのものの行状は絵画的表象として伝わる。図像では目を閉じ、杖を頼りに進み、同見開きに琴の付喪神が配される例がある。

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