基本説明
狒々(ひひ)は山深くに棲むとされる大猿の怪で、年を経た老猿が化けたもの、あるいは猿を巨大にした異獣と考えられた。その像はもと中国の本草書に由来し、明の『本草綱目』[1]は狒々を大陸西南の山に棲む獣とし、人に似た形で身の丈一丈余り、全身黒い毛に覆われ、人を見て笑うときはめくれ上がった上唇が目を覆うほどだと記す。さらに人語を解し、人の生死を予知し、その血を飲み、長い髪は鬘の材になるという。江戸期の百科『和漢三才図会』[2]もこれを引いて狒々を載せ、怪力で人を襲い食らう獣として広く知られた。鳥山石燕『今昔画図続百鬼』[3]は黒毛の大猿として描く。日本では各地の山に怪力の狒々が現れて女や娘を攫い、村に生贄を求める猿神として語られ、これを退治する英雄譚が全国に分布する。名は笑い声に由来する説があり、「山で笑うもの」から「山童(やまわろ)」へ転じたとする語源説もあって、山の怪との混同も見られる。
民話・伝承
狒々退治の話型は全国の民間伝承と講談・実録物に広く分布し、なかでも岩見重太郎の狒々退治が名高い。父の仇を尋ねて諸国を巡る重太郎は、道中で大蛇や狒々を討ち、毎年祭の日に村の娘一人を神へ捧げる人身御供の風習を知る。「神が人を喰らうものか」と娘の身代わりに長櫃へ潜み、現れた化物と斬り結んで退治したと伝える。これは各地の猿神退治譚と同じ骨格をもち、社の祭神を騙る正体が老いた大猿だったという反転を核とする。柳田國男は『妖怪談義』[5]で、人を見て大笑いした狒々の上唇が目を覆った隙に額を錐で突けば捕えられるという話型を紹介し、捕獲の記録として天和三年(一六八三)越後国で体長四尺八寸、正徳四年(一七一四)伊豆で七尺八寸の狒々が捕えられたと伝える。飛騨山脈の黒部谷では、狒々が風雲を巻き起こしその中を飛び回り、人を宙へ引き裂こうとする荒ぶる怪として語られる。山中の祠を守るとされた猿神信仰と、それを討つ武者の英雄譚とが表裏をなして、狒々は山の畏怖を一身に背負う妖怪となった。ただし生贄の風習を史実として確かめうる一次史料は乏しく、退治譚は口承と読み物の中で形を整えてきたものと見るのが穏当である。
コレクション収録
この妖怪は以下のコレクションに収録されています:
徹底解説
江戸期の図像や民俗記録に基づく狒々像。山地に棲み、老猿が変じて巨体・怪力を得た存在と語られる。人前で高笑いし、反り返った長い唇が目を覆うため隙が生じるという特徴が各地の語りに共有される。女性攫いの逸話、樵との格闘譚、風雲を起こし人を投げる話が伝わる。『和漢三才図会』など博物書は黒い体毛・大柄・人語の伝聞を記すが、具体の出現地や実物性は定かでない。名称は笑い声に由来する説が流布し、山童・猿神と混称される場合があるが、狒々は猿形の山の怪として区別されることが多い。
妖怪設定
この区画は物語を楽しむための当サイト独自の設定です。史実・考証ではありません。
- 性格
- 獰猛で嘲笑好き
- 相性
- 山野の樵や旅人と相克
- 能力・特技
- 怪力高所跳躍嘲笑により相手の隙を誘う風雲を巻き起こすと伝える地方伝承人語を解するとする博物書の伝聞
- 弱点
- 笑って唇が目を覆った隙, 額への刺突, 火や大音で退くと語る例あり
- 生息地
- 山地の樹林帯, 渓谷, 洞穴周辺
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