観音菩薩の本相はサンスクリット「アヴァローキテーシュヴァラ (Avalokiteśvara)」、 大乗仏教随一の慈悲の菩薩である[1]。 原語は avalokita (観察された) + īśvara (自在者·主) の合成語で、 「衆生の苦悩を観じて自在に救済する者」 を意味する。 起源は紀元前後の北インドだが、 ヒンドゥー教シヴァ系統からの取り入れ説·土着女神由来説·純粋な大乗菩薩説など複数説が並立し、 確定していない。 中国漢訳は鳩摩羅什 (344-413、 後秦) 訳「観世音菩薩」 (= 世間の音声 (苦悩) を観じる菩薩) と、 玄奘 (602-664、 唐) 訳「観自在菩薩」 (= 観察自在の菩薩) の二系統が並立し、 唐代以降は鳩摩羅什訳の「観音」 が一般的になった。
教義上の中核根拠は『法華経』 (妙法蓮華経) 巻第八「観世音菩薩普門品」 (第二十五品) である[2]。 経文は「若し衆生有りて衆苦に逼められん時、一心に観世音菩薩の名を称念せば、観世音菩薩は即時に其の音声を観じて皆解脱を得せしめん」 を冒頭に、 観音は衆生の苦悩に応じて 33 種の姿に変化して救済すると説く。 仏身·辟支仏身·声聞身·梵王身·帝釈身·自在天身·天大将軍身·毘沙門身·小王身·長者身·居士身·宰官身·婆羅門身·比丘身·比丘尼身·優婆塞身·優婆夷身·長者婦女身·居士婦女身·宰官婦女身·婆羅門婦女身·童男身·童女身·天身·龍身·夜叉身·乾闥婆身·阿修羅身·迦楼羅身·緊那羅身·摩睺羅伽身·執金剛神身·人非人等身の 33 身が並ぶ。 これが後の「三十三観音」 「三十三所霊場」 の理論的基盤となった。
日本への伝来は 6 世紀末、 百済経由とされる。 法隆寺夢殿の救世観音像 (7 世紀前半·秘仏)·百済観音像 (飛鳥時代·異形の細身八等身像) は日本最古層の観音像で、 推古·飛鳥朝から観音信仰が朝廷に受容されていたことを示す。 奈良期 (8 世紀) には薬師寺·東大寺·興福寺·西大寺で観音信仰が拡大、 とくに養老 2 年 (718 年) に大和長谷寺の徳道上人 (とくどうしょうにん、 656-735?) が病に倒れて閻魔大王から「三十三所宝印」 を授かり、 近畿地方を中心とする 33 か所の観音霊場巡礼を開創したという縁起[3]に基づく西国三十三所霊場が成立した。 1090 年代に花山法皇 (968-1008) が中山寺で宝印を発見して再興、 中世~江戸期に庶民層に大衆化した。
平安期の代表的観音霊場は次の通り。 浅草寺 (東京都台東区浅草) は推古天皇 36 年 (628 年) の聖観音示現譚を起源とする[5] ── 隅田川の漁師·檜前浜成 (ひのくまのはまなり)·武成兄弟が網にかかった一寸八分 (約 5cm) の金の観音像を漁師の私邸に祀ったのが始まりで、 都内最古の寺院 (都内 23 区における仏教史の中核)。 江戸期·徳川家康により官寺化され江戸鎮護の中核となり、 現在は年間 3000 万人の参詣客を集める日本最大級の観音霊場である。 清水寺 (京都府京都市東山区) は宝亀 9 年 (778 年) に賢心 (延鎮上人) が音羽の滝で行叡居士から託された霊木で十一面千手観音を彫り祀ったのが起源、 798 年 (延暦 17 年) に坂上田村麻呂が本格的伽藍を建立[6]、 平安期から京都を代表する観音霊場として『枕草子』『源氏物語』にも登場、 「清水詣で」 が貴族·武家·庶民に深く広がった。 1994 年世界文化遺産登録。 長谷寺 (奈良県桜井市初瀬、 736 年徳道上人開創) は十一面観音総本山·真言宗豊山派の総本山で、 「長谷観音」 「長谷詣で」 として平安貴族·武家·庶民の深い信仰を集めた。 三十三間堂 (蓮華王院本堂、 京都府京都市東山区、 1164 年後白河上皇·平清盛建立) は千手観音坐像 1 体を中尊として千手観音立像 1000 体を左右に配する世界に類を見ない大伽藍で、 『法華経』 普門品の「三十三化身」 を建築として具現化した極致である。
坂東三十三観音は建久 5 年 (1194 年) 頃、 源頼朝が西国三十三所に倣って関東 33 寺を巡礼霊場に定めたのを起源とする[4]。 鎌倉時代に武家·関東庶民に普及し、 江戸期には西国 + 坂東 + 秩父 (秩父三十四ヶ所、 室町期成立) で「日本百観音」 と総称される最大の仏教巡礼系統が完成した。 これら 100 寺を全て巡礼すると諸災から救われると伝わる。
中世以降·真言密教では聖観音·十一面観音·千手観音·如意輪観音·馬頭観音·准胝観音 (天台系では准胝の代わりに不空羂索観音) を「六観音」 として、 六道輪廻 (地獄·餓鬼·畜生·修羅·人·天) の各世界に迷う衆生を救う配置とした。 さらに「三十三観音」 として聖観音以外に楊柳観音·白衣観音·阿摩提観音·葉衣観音·延命観音·六時観音·普悲観音·岩戸観音·施薬観音等の多彩な変化観音が中世以降に成立し、 観音信仰の図像学的豊かさを成した。
民俗信仰では「身代り観音」 (難に遭った者の代わりに観音像が傷を受ける伝承) が日本各地に伝わり、 戦国期·江戸期の武家·商人に深く信仰された。 安産·子授け·縁結びの仏としても圧倒的人気を持ち、 現代まで続く。 21 世紀の現在、 観音菩薩信仰は仏教徒の枠を超えて「困った時の観音さん」 という民俗的次元で生き続けており、 神社神道·稲荷信仰と並んで日本人の宗教生活の最大公約数を成している。 西国·坂東·秩父の三大霊場巡礼は今もなお盛んで、 御朱印帳·御詠歌·遍路装束を伴う伝統的巡礼文化が継承されている。
妖怪設定
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性格 - 慈悲深く、衆生の苦悩を瞬時に察知する優しさ。 怒りを示さず、すべての存在を等しく救おうとする無差別の慈愛。
相性 - 苦難·病·災厄からの救済を求める者、安産·子授け·縁結びを願う者、巡礼·修行に励む者と最も相性が良い。
能力・特技 - 三十三化身による多様な救済苦難·災厄の身代わり安産·子授け·縁結び六道輪廻からの救済 (六観音の役割分担)西国·坂東·秩父巡礼の加護
弱点 - 「観音は慈悲一徳」のため、 怒り·闘争·呪いの祈願には応えない。 観音菩薩信仰は他者救済を伴ってこそ効力を増すとされ、 純粋な自利祈願は逆効果。
生息地 - 全国数万の観音堂·観音寺·西国三十三所·坂東三十三観音·秩父三十四ヶ所·日本百観音·浅草寺·清水寺·長谷寺·三十三間堂等。
三十三化身·慈悲の救済菩薩·観音についてさらに詳しい情報や診断結果については、こちらをご覧ください。




