伝説
妖怪

稲荷神

いなりのかみ

カテゴリ
神霊・神格
性格
静謐にして繁栄を司る母性神格。厳格ではなく、庶民の日常に寄り添う気質。
起源
伏見稲荷大社 (現·京都府京都市伏見区、711 年和銅 4 年創建·秦氏奉斎) / 豊川稲荷·妙厳寺 (現·愛知県豊川市) / 笠間稲荷神社 (現·茨城県笠間市) / 祐徳稲荷神社 (現·佐賀県鹿島市)
  • 伏見稲荷大社(京都府 京都市伏見区深草藪之内町)稲荷神社総本宮、711 年和銅 4 年創建·秦氏奉斎
  • 豊川稲荷·妙厳寺(愛知県 豊川市豊川町)1441 年創建、 荼枳尼天習合の仏教系稲荷
  • 笠間稲荷神社(茨城県 笠間市笠間)日本三大稲荷の一
  • 祐徳稲荷神社(佐賀県 鹿島市古枝)日本三大稲荷の一、 九州を代表する稲荷社
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基本説明

主祭神は宇迦之御魂神 (倉稲魂命)。『古事記』『日本書紀』に既出の穀物·食物神を本相とする日本随一の信仰神。711 年 (和銅 4 年)·秦氏により伏見稲荷大社に勧請されたのを起点とし、現在は全国 3 万社余の稲荷神社·分祀社に祀られ、神社数で日本最大の信仰系統を成す。中世以降、仏教の荼枳尼天と習合し、豊川稲荷·最上稲荷などの寺院でも本尊化された。狐は神そのものではなく神使 (御使い) だが、民間信仰では同一視されることも多い。五穀豊穣·商売繁盛·家内安全·屋敷神として、神社·寺院·屋敷·路傍祠·会社内祭壇に至るまで幅広く祀られている。

民話・伝承

主祭神·宇迦之御魂神 (うかのみたまのかみ)は『古事記』上巻 (712) に「宇迦之御魂神 ── 食物神」、『日本書紀』 (720) では倉稲魂命と記される穀物·食物神格。名の「ウカ」は古代日本語の「食 (うけ)」に由来し、「御霊」を添えて穀物に宿る霊力を擬人化したもの。稲荷信仰の本宮·伏見稲荷大社は、711 年 (和銅 4 年) 2 月初午の日に渡来系氏族·秦伊呂具 (はたのいろぐ)が稲荷山三ヶ峰の山頂に三柱の神 (宇迦之御魂大神·佐田彦大神·大宮能売大神) を勧請したのを起源とする (『山城国風土記』逸文)。平安期以降は朝廷の神祇官奉幣を受け、真言密教 (空海·東寺) との結びつきから荼枳尼天 (Ḍākinī、インド密教の女性鬼神) との習合が進行、鎌倉~室町期には豊川稲荷 (妙厳寺)·最上稲荷 (妙教寺) など仏教寺院系の稲荷も成立した。江戸期になると、武家·町人を問わず「屋敷神」として家ごと·町ごとに勧請されるブームが起こり、川柳「伊勢屋 稲荷に 犬の糞」 (江戸の市中に多いもの) と詠まれるほど普及した。現代の稲荷神社は約 3 万 2 千社、路傍の小祠まで含めるとさらに膨大。狐との関係については、神使 (御使い) としての位置付けが正統だが、民俗的には狐そのものを稲荷神とみる地域も多く、江戸期の「狐神信仰」 (お稲荷さん=狐神) が今も根強い。五穀豊穣を本義としつつ、商家の屋敷神化の過程で商売繁盛·金運招福が主祈願となり、現代では会社·店舗内祭壇·路傍祠まで普及した。二月初午の「初午祭」 (稲荷大神降臨の日) は全国の稲荷社で盛大に行われる年中行事である。

関連する妖怪

伝承の上で深く結びつく妖怪たち。

徹底解説

稲荷神の主祭神·宇迦之御魂神 (うかのみたまのかみ、別称·倉稲魂命)は『古事記』上巻 (712) に登場する穀物·食物の女神格。神名「ウカ」 (古代語「食 (うけ)」) と「ミタマ (御霊)」の合成で、「穀物に宿る霊力の擬人化」という素朴な民俗起源を保つ。信仰の本宮·伏見稲荷大社 (山城国紀伊郡稲荷山、現·京都市伏見区) は、711 年 (和銅 4 年) 二月初午の日に秦氏 (はたうじ、渡来系氏族で京都盆地·伏見一帯の開拓者)の長·秦伊呂具が「餅で的を作って射たところ白鳥に変じて飛び去り、落ちた山頂に稲が成った」という奇瑞によって稲荷山に三柱を勧請したのを起源とする (『山城国風土記』逸文)。三柱とは宇迦之御魂大神 (主神)·佐田彦大神·大宮能売大神で、後に田中大神·四大神を加えた五柱を稲荷大神として総称する。平安期以降の急速な信仰拡大には、真言密教の本山·東寺との結縁が決定的役割を果たした。空海が東寺造営に際して稲荷神に協力を仰いだ伝説を起点として、真言密教と稲荷信仰は深く結合し、インド密教の女性鬼神荼枳尼天 (だきにてん、Ḍākinī)と習合する展開を見せた。荼枳尼天は本来「人肉を喰らう夜叉女」だったがチベット·中国経由で日本に伝来する過程で穏和化し、「白狐に乗る天女」として図像化されて稲荷神と同一視されるに至った。これにより仏教系稲荷 (豊川稲荷·妙厳寺 = 1441 年創建·愛知県、最上稲荷·妙教寺 = 1300 年代·岡山県等) という独自系統が成立、神道系稲荷 (伏見系) と並存することになった。江戸期には武家·町人·農民を問わず「屋敷神」として家ごとに小祠を建てて勧請するブームが沸騰し、江戸市中で見かけやすいものを並べた川柳「伊勢屋 稲荷に 犬の糞」が成立するほど普及した。現代の稲荷神社は約 3 万 2 千社 (主祭神 2 千 9 百社 + 分祀社 + 屋敷祠) と推算され、神社数で日本最多の信仰系統を成す。狐との関係は注意が必要である。伏見稲荷大社の公式説明では「狐は稲荷神の神使 (御使い·眷属) であり、神そのものではない」と明示されるが、民俗的には狐そのものを稲荷神とみる地域が多く、江戸期以降の「狐神信仰」 (お稲荷さん=狐神) は今も民間信仰の主流である。神使の狐は「白狐 (びゃっこ·しろぎつね)」と呼ばれ、玉·鍵·稲穂·巻物の四種を口にくわえる図像が定型 ── 玉は神徳、鍵は霊倉の鍵、稲穂は穀物、巻物は経典を表す。主要な祈願内容は五穀豊穣·商売繁盛·家内安全·火災除け·疫病退散で、とくに江戸期以降は商家の屋敷神化で商売繁盛·金運招福が主軸となった。現代では会社·店舗内祭壇 (商業ビル屋上に小祠)·路傍祠まで普及し、神社·寺院·屋敷·企業の四層構造で日本社会に根付いている。年中行事としては二月初午の初午祭 (稲荷大神降臨の日)が全国の稲荷社で盛大に営まれる。

妖怪設定

この区画は物語を楽しむための当サイト独自の設定です。史実・考証ではありません。

性格
静謐にして繁栄を司る母性神格。厳格ではなく、庶民の日常に寄り添う気質。
相性
商売繁盛·金運招福を願う者、家内安全·屋敷守護を求める者、五穀·農耕の恵みを願う者と高相性。
能力・特技
五穀豊穣·農耕恵賜商売繁盛·金運招福屋敷神·家内安全狐使い (神使派遣による吉凶感応)荼枳尼天習合の密教加持力
弱点
「お稲荷さんを粗末に祀ると祟られる」という民俗説あり ── 屋敷稲荷を放置·撤去すると不幸続きとされる。商売目的ばかりの祈願は「狐に化かされる」と俗信される。
生息地
全国 3 万余の稲荷神社·分祀社·屋敷稲荷·路傍祠·商家祭壇。

五穀豊穣·商売繁盛の信仰王·稲荷神についてさらに詳しい情報や診断結果については、こちらをご覧ください。

出典・参考文献

6
  1. 宇迦之御魂神 (倉稲魂命)『古事記』『日本書紀』(伝統文献·宗教史, 712·720) [宗教·民俗]記紀神話の穀物·食物神格。 神名「ウカ」 (古代語「食 (うけ)」) + 「ミタマ (御霊)」 = 穀物に宿る霊力の擬人化。 稲荷信仰の主祭神。
  2. 伏見稲荷大社·稲荷大神勧請縁起 (『山城国風土記』逸文)奈良~平安期編纂(伝統文献·宗教史, 8 世紀) [宗教·民俗]711 年 (和銅 4 年) 2 月初午の日に秦伊呂具が稲荷山三ヶ峰に三柱を勧請。 餅で的を作って射ると白鳥に化して飛び去り、 落ちた山頂に稲が成った奇瑞譚。
  3. 稲荷信仰の総覧近世~現代の民俗·宗教統計(伝統文献·宗教史, 現代) [宗教·民俗]全国の稲荷神社は約 3 万 2 千社 (主祭神 2 千 9 百社 + 分祀社) と推算、 神社数で日本最大の信仰系統。 江戸期に庶民の屋敷神化で爆発的普及。
  4. 荼枳尼天 (Ḍākinī) 信仰史密教·中国仏教研究(伝統文献·宗教史, インド密教~日本中世) [宗教·民俗]本来は人肉を喰らう夜叉女、 チベット·中国経由で日本に伝来する過程で穏和化、 「白狐に乗る天女」 として図像化、 中世以降に稲荷神と習合。
  5. 秦氏 (はたうじ) 渡来系氏族研究日本古代史·考古学(伝統文献·宗教史, 5-9 世紀) [宗教·民俗]朝鮮半島経由で 5 世紀頃渡来、 京都盆地·山城·摂津に定着。 養蚕·機織·土木技術と稲作を伝え、 伏見稲荷大社·松尾大社の創建氏族。
  6. 初午祭 (二月初午·稲荷大神降臨日)伝統年中行事(伝統文献·宗教史, 奈良期~) [宗教·民俗]二月最初の午の日に行われる稲荷神社の年中行事。 711 年初午の日の伏見稲荷勧請を記念し、 全国の稲荷社で五穀豊穣·商売繁盛祈願が営まれる。

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