伝統妖怪図鑑

古来より語り継がれてきた妖怪たち

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トモカヅキ

トモカヅキ

珍しい

ともちづき

志摩同体の海女・トモカヅキ

志摩から伊豆、越前にかけて報告される「潜り手の同体視」を核とした怪異伝承に準拠する。外見は遭遇者と同一で、とりわけ鉢巻の尻が長く垂れる点が識別の目安とされる。曇天・薄暗がりの海況で顕れ、アワビなどを差し出して接近し、暗い方へ誘引する。対処としては視線や手順を乱さず、前手で受け取らぬ、印を施した手拭いや衣を用いるなどの口伝があるが、効果は一概でなく、蚊帳状のものを被せられた事例も語られる。出現は単独作業時に偏り、群れての操業では避けられると伝える地域が多い。性質は人を海へ引く亡霊・怪異として語られる一方、長時間潜水による譫妄や疲労に伴う幻視と解する見立ても古くから並存する。いずれにせよ、海女たちはセーマンドーマンの文様を衣類や手拭いに染め、身辺の護りとした。地域差として、越前安島では逆行的に動き、はっきり姿を捉えられないと語られる。

道成寺鐘

道成寺鐘

稀少

どうじょうじのかね

紀伊安珍の蛇巻き鐘・道成寺鐘

住居・器物和歌山県

鳥山石燕『今昔百鬼拾遺』に描かれた道成寺鐘の図像的解釈。安珍が身を潜めた釣鐘に、蛇体となった女が絡みつき、熱で鐘が溶け湯と化す異説を脚注的に示す一方、鐘そのものは史実上に残在したという伝聞も添える。ここでの「妖怪性」は、器物そのものが魑魅化したというより、執念が器に憑りつき異変を呈する民俗的観念の可視化にある。能・説経・縁起の差異が混在する江戸期の受容像として位置づけられる。

百々目鬼

百々目鬼

名妖

どどめき

銭目の百々目鬼

人妖・半人半妖東京都栃木県

鳥山石燕の注に拠り、盗癖を戒める教訓的意匠を核とする解釈。腕に現れる多数の目は、銅銭の穴を鳥の目に見立てた語と連関し、盗みに手を伸ばす習性が外形化したものとされる。石燕が挙げた「函関外史」は実在未詳で、箱根以東以西を示す語遊びや、奇書とする自註からも、出典提示自体が作中の趣向と理解される。百々目鬼の姿は女体に集中するが、具体の氏名・家筋・土地の伝承は伝わらず、地域的固有譚よりも、図像と語義が結びついた都市的な寓話性が強い。昭和以降の解説では読みや解釈に揺れが見られるが、原像は石燕本に求められる。

泥田坊

泥田坊

稀少

どろたぼう

田を返せの泥田坊

山野の怪石燕『今昔百鬼拾遺』、北国の田の翁、言葉遊び創作

鳥山石燕の図像と短文解説に準拠し、泥田から上半身を出す片目・三本指の姿を基調とする。史料上の伝承拡張は避け、寓意性を強調する立場を採る。田地を売り捨てた不孝・怠農を咎める声として現れ、夜間の田の畔に立ち、低い声で「田を返せ」と繰り返すとされる。近世同時代の裏付けに乏しいため、あくまで石燕による言葉遊びと社会風刺の可能性を念頭に置いた再現であり、実在の土地・人物に結びつけて断定しない。視覚的特徴は泥に塗れた僧形風の上半身、片目、大きな口、三指の手。

撫で座頭

撫で座頭

稀少

なでざとう

目なき盲僧姿・撫で座頭

総称・汎称石燕『百器徒然袋』、撫物の言葉遊び、絵巻発祥

本バージョンは、絵巻資料に現れる図像と最小限の注記のみを拠り所とする。撫で座頭は名と姿が伝わるが本文資料が欠落しており、性質・行状は確定できない。図像は剃髪し目の描写を欠く座頭風の人物で、長い指や爪状の手つきが強調される例がある。関連として、江戸の『百妖図』に「無眼」と題した同型があり、名義の異同が指摘される。多田克己は「撫」を穢れを写す「撫物」に通じる語義連関、さらに「猫」の別称との関わりを挙げ、温順を装い本性を隠す像を示唆するが、これは学術的解釈であって固有伝承の断言ではない。従って、能力・弱点・出没習俗は記録に乏しく、不詳として整理するのが妥当である。

七尋女房

七尋女房

珍しい

ななひろにょうぼう

出雲隠岐の巨女・七尋女房

人妖・半人半妖島根県鳥取県

七尋女房は出雲・隠岐・伯耆に広く分布する巨女譚で、山道・河辺・浜辺など境の場に出没する。姿は場所により変化し、海士町では乱髪で嘲笑し石を投げる強面の怪、島根沿岸では黒い歯を見せる海風の女、安来では長衣を曳く美貌の乞食女、伯耆では青白い顔で穀を歌いながら研ぐ影女として語られる。共通するのは異様な長さ(身丈または首)と、笑い・所作・歌などの「しるし」によって人を引き寄せる点である。退散譚では刀傷と石化が結びつき、奇石・塚・古木など土地の目印が由来とされ、家宝の刀や馬具を伝える家筋の話も付随する。恐怖譚一辺倒ではなく、美貌・施しを乞う姿や、穀を研ぐ音と結びつく素朴な怖れが重なるのが特色で、境界の不安と対処(目を合わさぬ、声に応じぬ、夜道を避ける)を教える民俗教訓を内包する。近世奇談の長面妖女と類型的に比較されるが、七尋女房は主として山野・海辺の在地信仰景観と結びつく点に民俗的特徴がある。

なまはげ

なまはげ

伝説

なまはげ

年の節目に村を巡る来訪神・なまはげ

神霊・神格秋田県

なまはげの真価は「畏怖を通じた祝福」にある。出刃包丁を鳴らし大声で家に踏み込む所作は、子どもや怠け者に強烈な戒めを刻むためのものであり、暴力そのものが目的ではない。家の主人との問答を経て、なまはげは一年の精進を約束させ、厄を祓って去る。この一連の儀礼が、年の境目に村全体の気を改めて引き締める装置として機能してきた。 集落ごとに面の造形・色・所作・台詞が異なり、二体一組で訪れる地区もあれば、巡る家の順や問答の作法が定まっている地区もある。藁のケデから落ちた藁は無病息災の縁起物として拾われるなど、神の来訪を実利的な福と結びつける民俗が各所に残る。鬼として恐れるだけでなく、迎え送る作法を備えた「客神」として扱う点が、なまはげ行事の核心である。

波小僧

波小僧

珍しい

なみこぞう

遠州灘の天候告げ・波小僧

水の怪静岡県

遠江国の海辺や河口域に結びつく伝承像で、由来は行基が流した藁人形とされる系統、あるいは干天に悩む農民へ波音で合図を送る系統が主である。姿は小童または小さき人形として語られ、明確な容貌は固定されない。波小僧の役割は天候告知にあり、方角と響きの強さで雨風の接近を知らせるため、漁師は出舟の可否を、農民は作業の段取りを早めに判断できたという。水と人形の観念、河童譚との接合、海坊主名での語りなど、周辺の民話類型との重なりが見られるが、いずれも海鳴を民俗知として解釈する枠内に収まる。信仰対象というよりは畏敬すべき自然の徴の擬人化であり、供饌や祀りの具体は地域により異同がある。記録は郷土資料や口承に依拠し、細部は不詳とされる部分が残る。

鳴釜

鳴釜

珍しい

なりがま

夜鳴る古釜の付喪・鳴釜

住居・器物岡山県

器物百年で精と化すという観念に拠り、頭部が古釜となった姿で表される像。夜陰に佇み、微かな震えや湯気とともに音を立てる。鳴音は吉凶と結び付けて受け止められ、軽率に騒げば黙し、畏れ敬えば応じるという解釈が付随する。占的機能と器物供養の観念を象徴化した表現である。

肉吸い

肉吸い

珍しい

にくすい

熊野の火を乞う女・肉吸い

総称・汎称和歌山県

熊野・果無山周辺に伝わる類型に即し、若い女に化けて提灯の火を所望し、奪って闇に紛れ相手の肉や精気を吸う在り方を中核とする。遭遇譚では、火縄・火打石など手許の火を振るって追い払う、あるいは仏名を刻んだ弾をもって正体を白骨の怪として示すなど、山の禁忌と携行の知恵が強調される。屋内に忍び寄り寄り添って精気を奪う近世の図像も知られるが、本バージョンは山野での邂逅と夜道の戒めを主眼とし、提灯・火種・念仏の語が護符的に機能する点を押さえる。過度な異国譚との混同は避け、紀伊の口碑と記録に基づく。

偽汽車

偽汽車

珍しい

にせきしゃ

鉄路に現れ消える幻・偽汽車

総称・汎称東京都愛媛県

偽汽車の語りは、蒸気機関車という異質な音響と光景が地方社会に入った時期に集中し、獣の変化や音真似の信仰と結び付けて理解された。各地の筋立てはほぼ同型で、夜間に前方から汽笛と車輪の響きが近づき、灯りまで見えるが、衝突直前に掻き消える。その後に狸や狢の轢死が発見され、供養の対象となる。民俗学では、小豆洗い・砂かけのように「得体の知れぬ音」を獣の仕業とみなす思考の延長に置かれる。噂は口承だけでなく新聞記事によって広く拡散し、分布と内容の均一性を生んだと考えられる。具体的地名や寺社に結び付く場合でも、核心は音と幻視の一致、そして実体としての獣の遺骸という三点で保たれる。近代以降の交通網の伸長に伴い衰退したが、沿線の怪談として記録に残る。

入内雀

入内雀

珍しい

にゅうないすずめ

清涼殿の供御食い・入内雀

動物変化京都府

入内雀は、個人の怨恨が小禽の姿をとり宮中へ出入りする例としてしばしば引かれる。清涼殿の供御に触れる行状は、禁域侵入と食穢の不吉を象徴し、朝儀の秩序を乱すものとして恐れられた。陸奥へ配流された実方の境遇と、都への未練が怪異化したと受け止められ、災厄や作害の原因解釈にも用いられた。勧学院での夢告と雀塚の建立は、怨霊を仏事で鎮める中世以来の手続きを示す。実在の雀の渡来・群行と季節の作害が背景にあり、来訪する小鳥を魂の依代とみなす観念と結びついて伝承が定着した。伝承は諸記録に散見するが、細部や年代には異同があり、詳細は不詳とされる部分も多い。

乳鉢坊

乳鉢坊

稀少

にゅうばちぼう

銅盤を戴く鳴り物・乳鉢坊

住居・器物石燕『百器徒然袋』、鐃鈸の付喪神、絵巻発祥

室町期の百鬼夜行絵巻に見える銅盤状の怪を先行例とし、江戸期の鳥山石燕が『百器徒然袋』で銅盤を戴く人影として造形化した版。石燕は器物が妖となる図像を多用し、乳鉢坊もその一つだが、本文註は簡略で行状は定まらない。寺社の法会や芝居の鳴り物である鐃鈸・銅鈸子・摺鉦など、名称や形態が交錯する中で、後代の解説は“鳴らして人を驚かす”性を補ってきた。地域伝承は特定されず、器物怪の総体の中で図像的に認識される型である。今日伝えられる性質は、民俗資料の断片と近現代の妖怪解説書による再解釈に負うところが大きい。

如意自在

如意自在

珍しい

にょいじざい

如意で背掻く付喪・如意自在

付喪神・骸怪石燕『百器徒然袋』、如意の付喪神、絵巻発祥

室町期の百鬼夜行絵巻に見える如意の怪と、鳥山石燕『百器徒然袋』の図像・詞書に基づく整理。器物が年を経て霊性を帯びる付喪神観に則り、如意は本来の「意のままに届く」機能が妖力として誇張される。図像には二系統があり、ひとつは茶褐色の体に長い爪を備え、人の背を伸腕で掻く擬人像。もうひとつは如意そのものに羽根が生え宙を漂う物怪像である。いずれも夜更け、人の寢間や仏間に現れ、痒処や届かぬ箇所を探り当てるとされる。徳目を欠く者には爪痕を残すとも解されるが、地域固有の口承は乏しく、主として絵画資料と後代の妖怪解説に依拠する。

人魚

人魚

稀少

にんぎょ

古代~現代に変遷する水妖·人魚

西洋のマーメイドとの図像学的断絶。現代の日本人が思い浮かべる「美しい女性の上半身と魚の下半身」という人魚のイメージは、近代以降に西洋のマーメイド伝説(アンデルセンの『人魚姫』など)が輸入されて定着したものです。それ以前の日本の伝統的な人魚の図像は、『海国兵談』などに描かれたように「人間のような顔(あるいは猿のような顔)に、鱗に覆われた魚の胴体」という、極めて異形かつグロテスクなものでした。顔の造作も美しい女性とは限らず、鋭い牙を持つ恐ろしい老若男女の姿で描かれるのが一般的でした。この造形の醜悪さこそが、人魚が持つ「異界の生物」としての生々しさと、その肉を食べる行為の禁忌的でグロテスクな側面を強調していました。 モデルとなった生物と博物学の視点。日本の人魚伝承の核には、実在する生物の誤認が少なからず含まれていると考えられています。例えば、ジュゴンやマナティーといった海牛類、アシカやアザラシなどの海獣類が海坊主や人魚のモデルになったという説が有力です。また、内陸部(川や沼)の人魚伝承においては、巨大なオオサンショウウオがその正体であったと推測されるケースもあります。江戸時代の本草学者たちは、こうした未知の海洋生物の漂着記録を丹念に収集・分類し、妖怪を「科学(博物学)」の網の目で捉え直そうと試みました。 「永遠の命」という呪い。人魚の肉がもたらす「不老長寿」は、人類普遍の願望であると同時に、日本の伝承においては常に「悲劇」と表裏一体のものとして描かれます。八百比丘尼の伝説が示すように、人魚の肉を食べて永遠の若さを得た者は、愛する家族や夫が次々と老いて死んでいくのを何度も見送らなければならないという、耐え難い孤独と絶望(時間的な孤立)を味わうことになります。人魚は、人間に「死を免れることの恐ろしさ」を突きつける、残酷な鏡のような妖怪なのです。

人面樹

人面樹

稀少

にんめんじゅ

人面花の異木・人面樹

自然現象・自然霊『和漢三才図会』が中国『三才図会』から引いた大食国の木、渡来

江戸期の博物図譜的記事を基盤とし、石燕の画意を踏まえた像。山谷に叢生する樹で、枝先に人面に似た花をつける。花は人語を解さず、呼びかけや物音に応じて笑みを浮かべるとされる。笑いが重なれば花弁は力を失い、やがて萎れて落ちる。日本では異国奇談として受容され、在地の地名や逸話の具体性は伴わない。花の表情は老若さまざまで、風に揺れて歯を見せ笑う姿がしばしば図像化される。実体は不詳で、植物の精か、希代の異木として記録的に扱われ、恐怖よりも稀観として語られた。

鵺

伝説

ぬえ

源頼政の射落とした怪・鵺

動物変化京都府大阪府

源頼政によって射落とされた、黒雲をまとうキメラとしての解釈版である。このバージョンにおいて鵺は、単なる物理的な猛獣ではなく、当時の貴族社会が抱えていた「得体の知れない不安」や「政治的な病理」が凝結して受肉した、一種の呪術的サイボーグとして機能する。 現代の妖怪研究や陰陽道の視点から見ると、鵺を構成する動物たちは、方位(十二支)における「四隅(境界)」を象徴しているとされる。すなわち、猿は「西南(未申)」、虎は鬼門である「東北(丑寅)」、蛇は「東南(辰巳)」である。本来、東西南北が安定した秩序の世界であるのに対し、四隅の境界は不安定で異界に通じる場所とされる。鵺はこの「秩序の外側」を寄せ集めた混沌の体現者なのだ。 さらに興味深いのは、最後の方角である「西北(戌亥)」に該当する「猪(イノシシ)」と「犬(イヌ)」が獣の肉体には欠けている点である。しかし『平家物語』において、頼政が射落とした鵺に駆け寄り、とどめの太刀を突き立てた郎党の名は「猪早太(いのはやた)」であった。欠けていた最後の方角(猪)が加わることで、初めて鵺という呪術的空間が完成し、消滅するという、極めて精緻なシンボリズムが隠されているとの解釈もある。 鵺が天皇を病に陥れたのは直接的な暴力ではなく、「ヒョーヒョー」という悲鳴のような鳴き声と、黒雲という視覚的重圧による「気」の汚染であった。鵺とは、武士が台頭し貴族の世が崩れゆく平安末期の、王権の衰微と時代の不穏な空気が「合成獣」という形を借りて顕現した、日本最大級のポリティカル・モンスターなのである。

ぬっぺふほふ

ぬっぺふほふ

名妖

ぬっぺふほふ

一頭身の皺肉塊・ぬっぺふほふ

総称・汎称江戸期絵巻発祥で筋立てある古説話を欠く肉塊妖。駿府城肉人や廃寺出没は昭和以降の付会で一次史料に乏しい

江戸期の妖怪絵巻に基づく典型像。皺の多い白っぽい肉塊が一頭身で立ち、四肢は短く、顔面の器官が判然としない。名と図像のみが伝わるため、行動や目的は定まらない。文献上は、のっぺらぼうの古形とみなす解釈や、古いヒキガエル・狐狸の変化とする注記が見られる。洒落本では「死人の脂を吸う」「医者に化けた」といった記述もあるが、地域的伝承としての広がりは確認しにくい。寺院出現説や腐臭の言説は後代の解釈に由来する可能性が指摘され、実見談は限定的である。像容は、白粉を塗りたくったような白い皮膚感と、皺の連なりが特徴。

ぬらりひょん

ぬらりひょん

伝説

ぬらりひょん

妖怪総大将のぬらりひょん

人妖・半人半妖岡山県

このバージョンは、現代のポップカルチャーにおいて最も広く認知されている「妖怪総大将」としてのぬらりひょんの姿である。 江戸時代の『画図百鬼夜行』に描かれた、ただ佇むだけの正体不明の老人は、昭和から平成にかけてのメディアミックスを経て、妖怪界のパワーバランスを握る絶対的なフィクサーへと変貌を遂げた。「他人の家に勝手に上がり込み、誰にも気づかれずに主人のように振る舞う」という昭和初期に付加された設定は、「他者の認識を操る」「存在感を完全に消す、あるいは逆に場を支配する」といった高度な幻術や精神操作の「能力」へと昇華された。 漫画やアニメ、ゲーム作品において彼がなぜこれほど「強い」のかといえば、それは単なる腕力や妖力によるものではなく、数多の妖怪たちを心服させるカリスマ性と、人間社会の裏側に溶け込む底知れぬ狡猾さ、そして何百年もの時を生き抜いてきた深い知恵によるものである。時に『ゲゲゲの鬼太郎』のように鬼太郎を苦しめる狡猾な宿敵として、時に『妖怪ウォッチ』のようにエンマ大王を支える厳格な側近として、また時に『ガンツ』のように人知を超えた形態変化(巨大な女体や骸骨など)を見せる絶望的な強敵として描かれる。 どの作品においても共通しているのは、飄々としていて全く掴みどころがないという本質である。表面上の穏やかな老人の仮面の下には、人間と妖怪の境界をいとも簡単に行き来する冷徹な計算と、決して自身の真意を悟らせないミステリアスな魅力が隠されている。何もないところから生まれ、人々の想像力という餌を食べて最も巨大な存在へと成長した彼は、まさに現代における最強の妖怪の一柱と言えるだろう。

ぬりかべ

ぬりかべ

名妖

ぬりかべ

九州夜道の見えぬ壁・ぬりかべ

総称・汎称福岡県大分県

目視できぬが、手触りだけが確かな壁として感じられる型。九州北部の道迷い怪談に即し、強い害は与えず進行を止めることに特化する。足元から肩口ほどの高さで広がる感覚があり、正面突破はかなわない。脇へそれる、少し休む、地面や路端を杖で探るなど、従来の対処で薄れる。人を試す路の霊的障害として理解される。

塗仏

塗仏

名妖

ぬりぼとけ

仏壇より出る垂目僧・塗仏

住居・器物出自不詳 (無詞書・絵姿先行型)

江戸の妖怪絵巻に基づく像を基準とし、黒塗りの僧形、垂れ下がる飛び出し眼、背後に毛髪状あるいは魚尾状の付随要素を持つ。史料の多くは解説を欠き、性質・来歴は判然としない。石燕の図では仏壇内から出現する構図が示され、近代以降は器物霊としての再解釈が広まったが、当初の意図は不詳である。以上を踏まえ、住居内の祭祀空間にまつわる不安や畏れを象徴する図像として扱い、具体的能力は絵解きの範囲に留める。

濡女

濡女

名妖

ぬれおんな

磯浜の濡髪女・濡女

海浜や河岸に現れ、濡れた長髪の女として目撃される。地域により、赤子を抱かせて足を奪う型、あるいは蛇身・長大な尾を想起させる威圧的な水怪として語られる。江戸の妖怪画には蛇体の女が多いが、物語資料の実証は乏しい。石見では牛鬼と関わる水妖として位置づけられ、対処法として素手で抱かぬことが説かれる。近縁の磯女と混称される例もあり、呼称や性質は土地ごとに幅がある。

猫又

猫又

伝説

ねこまた

古猫変化の二股尾・猫又

動物変化栃木県

長年人家に飼われたネコが齢を重ね、その尾が二股に裂けることで「経上がり」、言語と妖火を操る力を得た姿。種族全体で語られる「山中の猛獣」としての顔を捨て、人間と生活空間を共有する「家妖(かよう)」としての性質を極めた解釈版である。 この版の猫又は、夜更けになると後脚で立ち上がり、頭に手拭いを被って囲炉裏の陰で踊り狂うとされる。この奇妙な踊りは、鳥山石燕の『画図百鬼夜行』に描かれた姿が発端となり、本来は恐ろしい化け猫の伝承に、どこか滑稽で人間臭い愛嬌を付与することになった。また、この猫又は人の貌(顔)や声色を巧みに模写して家人を騙す。特に老女の姿に化けることが多く、これは長年家を切り盛りしてきた女主人の権力や影の威圧感を、老猫の姿に仮託したとも解釈される。 伝承には明確な二面性があり、家主がネコを粗略に扱ったり、理不尽に殺めたりした場合は、執念深い祟り神となって家に怪火(猫またの火)を放ち、家系を没落させる。一方で、手厚く慈しまれた猫又は、その魔性を「家を守る」ために使う。佐脇嵩之の『百怪図巻』などに描かれるように、三味線を弾く芸妓に化けて恩人の窮地を救ったり、家に入り込もうとする別の悪鬼や病魔(穢れ)をその妖火で威嚇し、焼き尽くしたりするという善性の伝承も残されている。彼らにとって二股の尾は、単なる異形の証ではなく、一本が「人間への恩(または怨み)」を、もう一本が「獣としての魔性」を象徴するアンテナのような役割を果たしている。

猫又

猫又

伝説

ねこまた

囲炉裏守りの古猫又

動物変化栃木県

囲炉裏守りの古猫又は、長年ひとつ所に飼われ、煤と灰に染みた囲炉裏端で齢を重ねたネコが、ある夜ふいに尾を二股に割って顕れる版である。山で人を襲う荒ぶる猫又(『明月記』等に記される山猫また)とは対極に位置し、この者は家の息や歴代の営みを吸い込み、火の気と炊煙を身に宿すため、家内神(あるいは座敷童子)に近い振る舞いをとる。『徒然草』に引かれた「飼い猫が化ける」という俗説の延長線上にありながら、より守護的な性質を帯びている。人語は用いずとも、鍋の蓋をちろりと鳴らし、灰に模様を描いて合図をなす。夜更け、座敷の隅に走る青白い怪火(猫股の火)は、『大和怪異記』などで恐れられた祟りの火とは異なり、この古猫又が家屋の火難を未然に舐め取り、悪しき気を焼き落とす浄化の印であるとされる。尾の一本は「家筋の繋がり」を、もう一本は「火の神気」を繋ぐと信じられ、二股は単なる異形ではなく、務めを二つ持つ神聖な徴と説く里もある。 古猫又は、家人が亡骸を囲む折に必ず近くへ来る。俗にネコは死者を蘇らすという畏れがあり、火車(『画図百鬼夜行』等で描かれる亡骸を奪う怪猫)と混同されがちだが、この版は決して荒立てず、ただ鼻先で息の乱れを嗅ぎ、未練を払うために小さな火点を灯す。ゆえに、家人は猫又の前で刃物を振りかざさず、香を一筋焚いて「送り火」とするのが作法とされる。長く飼われたネコを粗略に扱うと、夜半に竈が空焚きとなり、壁に湿った足跡が幾重にも現れる。対して、丁重に弔った家では、雪の朝に障子の下だけ温み、米びつに鼠の影が絶えるという、柳田國男が指摘するような「世間話」に似た恩返しの民俗が息づいている。 この版は、かつて山へ消えた老猫が家を慕い戻った姿とも、初めから家を出ぬ古猫が自然と尾割れした姿とも語られる。化けるのを防ぐため尾を切る習俗(尾曲がり猫の起源)も伝わるが、囲炉裏守りの地ではこれを忌み、「尾を傷つけると家徳も割ける」と厳しく戒める。容姿は背皮が垂れて外套のごとく見え、灯の少ない部屋では人影のように映る。これが死人に化けると誤認される所以だが、古猫又は無用の化けを好まない。たまに祖母の姿を借りるのは、幼子を寝かしつけるためであり、声は出さず、ただ煤と灰の匂いだけを残す。 旅人には姿を見せぬが、婿取りや新築の初夜など家の節目には、床下で小さく爪を打ち、吉凶を告げる。三つ打ちは吉、二つは火の用心である。灯心が湿れば舌で整え、竈の火が強すぎれば尾であおぎ弱める。こうして日々の小さな災いを受け持つ代わり、家人には「食の端」を分け与える作法が残る。米粒三つ、塩ひとつまみ、湯気を少々。これさえ守れば、猫又は人を惑わさず、夜の怪音もただの「家鳴り」で済むとされた。

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