妖怪図鑑

日本の妖怪大百科

完全索引
536 妖怪|14 カテゴリ|20/23 ページ
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  • 舞首

    舞首

    名妖

    まいくび

    真鶴海の三首咬み合い・舞首

    霊・亡霊神奈川県

    『絵本百物語』に拠る真鶴の海の怨霊像を基調とした標準的解釈。討たれた武士の首級がなお怨みを離れず、互いを噛み合い火を吐く怪異として語られる。由来は祭礼時の口論からの斬合、あるいは博打の罪科による死罪とする二系統が併記されるが、いずれも首が自律して舞い、海上に渦や怪火を生じさせ、地名伝承と結び付く点を共有する。絵画資料では三首が連なり舞う図様が見られ、後代の黄表紙や読本にも類似の意匠が描かれた。地域の海淵・磯場での怪異譚として位置づけられ、首級への畏れ、戦乱・私闘の祟り、そして水辺の危険を戒める機能を持つと解される。

  • 魔鬼女

    魔鬼女

    珍しい

    まきじょ

    牧山の大嶽丸の妻・魔鬼女

    鬼・巨怪宮城県

    魔鬼女は、石巻周辺の寺社縁起や郷土誌に現れる鬼女像で、箟岳山の大嶽丸と対になって語られる。退治譚の中心は大嶽丸で、魔鬼女はその配偶者として名が挙がり、供養・鎮魂の対象へと転じる。田村将軍が延鎮由来とされる観音像で諸鬼を鎮め、各山に観音を安置したという縁起の中で、牧山では魔鬼女の遺髪奉納の説が伝えられる。地名・寺名の由来伝承(魔鬼山→牧山)や観音移座の経過が信仰史として語り継がれ、鬼女の実像は語られ過ぎないが、山の畏れと観音信仰の折衷を象徴する存在として位置付けられる。創作色の強い逸話は避けられ、資料によっては魔鬼女の記載自体が省略されるなど伝承の幅がある。

  • 枕返し

    枕返し

    珍しい

    まくらがえし

    夜の寝所で枕を返す・枕返し

    住居・器物全国各地に類似伝承、石燕も地名を指定せず

    枕は魂の出入りや境界と結びつくという古い観念に支えられた枕返しの類型。特定の座敷・柱・仏間など聖俗の境に発現し、睡眠中の人の頭位を仏や本尊へ向け直したり、単に枕を翻して秩序の逆転を示す。江戸期以降の随筆・絵巻に散見し、寺院の七不思議や掛軸の怪談と結びつくことが多い。地域によっては座敷童子の戯れ、あるいはその家で死んだ者の霊の顕れとして解釈され、動物変化に仮託されることもある。恐れの程度は時代により変化し、かつては命に及ぶ祟りの前兆とも捉えられたが、近代以降は寝間の怪異として比較的軽い悪戯とみなされる傾向がある。

  • マジムン

    マジムン

    伝説

    まじむん

    琉球の魔の総称·マジムン

    霊・亡霊沖縄·奄美の魔物の総称、特定地点なし(沖縄圏汎存在)

    「魔物」 と「マジムン」 ── 概念の異同。 基本説明では古語「蠱物」 との語源関連に触れたが、 徹底解説では「マジムン」 が日本本土の「魔物」 と発音的に近接しつつ、 別個の概念体系を持つ点を掘り下げる。 本土の「魔物」 は仏教·陰陽道経由で「魔 (マーラ)」 を取り込んだ抽象概念だが、 琉球のマジムンは仏教化以前の南島土着信仰に根を持ち、 自然霊·死霊·場所霊·器物霊を統合的に包括する。 これは琉球が中央仏教文化圏の影響を相対的に薄く受け、 独自の宗教文化を保持し続けた歴史的経緯を反映する。 生成論理 ── 「魔の力が生じる」。 日本本土の付喪神は「百年経過した器物に魂が宿る」 という生成論を取るのに対し、 琉球の器物マジムンは「古い器物に魔の力が生じる」 という、 より抽象的な力動論を取る。 これは琉球宗教における「セヂ (霊力)」 の概念と通底するもので、 万物に内在する不可視の力が一定の条件で顕現するという琉球独自の世界観に立脚する。 金城朝永の整理に従えば、 マジムンは「セヂの陰画」 として理解できる。 「股くぐり」 の構造論的解読。 動物マジムンに股をくぐられると死ぬという琉球共通の戒めは、 構造論的に興味深い。 股下は人体の「下から上への通路」 として身体図式上の特権的場所であり、 ここを異界の存在が通過することは「魂の漏出経路」 を侵される事態を意味する。 日本本土の「橋·辻·境」 等の境界霊学と並ぶが、 琉球は身体の境界 (股) を強調する点で独特である。 マブイ (魂) は身体の特定箇所に宿るのではなく流動的に出入りするとされ、 「股くぐり」 はその出入りを強制する暴力的接続として位置づく。 「マジムンは姿が決まらない」 という認識論的特徴。 怪異・妖怪伝承データベース収録の事例群を見渡すと、 マジムンの最大の特徴は「固有の姿を持たない」 点にある。 化けた対象の名 (豚·杓子·赤ん坊等) を冠して初めて呼ばれ、 「マジムンそれ自体」 を描いた図像は存在しない。 これは日本本土の妖怪が鳥山石燕『画図百鬼夜行』 以降「個体としての姿」 を確定していった視覚化の方向と対照的で、 琉球は最後まで「不可視の魔の力」 という抽象概念のままマジムンを保持した。 妖怪論におけるユニークな比較対象である。 金城朝永·伊波普猷·折口信夫 ── 戦前沖縄学の系譜。 戦前期、 マジムン研究は沖縄学全体の文脈で発展した。 伊波普猷『古琉球』 (1911 年) を起点とする沖縄学の流れの中で、 折口信夫·柳田國男も繰り返し沖縄を訪れて南島民俗を本土民俗との比較対象として位置づけた。 金城朝永の妖怪論はこの学術潮流の中で書かれたもので、 マジムンを単に「沖縄特有の珍奇な現象」 ではなく「琉球的霊魂観の体系的表現」 として読み解く視座を提供した。 戦後は谷川健一·多田克己·村上健司らが継承し、 現代の琉球妖怪学が形成されている。 シーサー·御嶽信仰との体系性。 マジムン概念は単独で機能するのではなく、 琉球の宗教文化全体と一つの体系を成す。 マジムンが「魔の力」 の側を担い、 シーサー (屋根·門·村境の獅子像)·御嶽 (聖地·斎場)·ユタ (シャーマン)·ヌル (神女) が「聖の力」 の側を担う。 両者の対称性·相互必要性が琉球の聖俗·清浄不浄·此岸彼岸の秩序を構成する。 マジムンを学ぶことは沖縄民俗の世界観全体を学ぶことに直結し、 単一の妖怪項目を超えた文化人類学的射程を持つ。 現代の継承 ── 民俗観光と娯楽。 戦後·復帰後の沖縄では、 マジムン伝承は観光資源·童話·マンガに継承された。 「おきなわのマジムンず!」 (朝里樹·ショルダー肩美、 ボーダーインク) 等の児童書、 海洋博公園「おきなわ郷土村」 のマジムン展示、 兵庫県立歴史博物館「れきはくアカデミー琉球の妖怪 (マジムン)」 (2017 年) 等の本土側展示まで広がっている。 一方で、 マジムンは沖縄の生活倫理·境界感覚·死生観と一体の存在であり、 観光·娯楽の文脈での消費に際してはその深層を踏まえる態度が望まれる。

  • 魔法様

    魔法様

    神格

    まほうさま

    化け狸の守護神・魔法様

    神霊・神格岡山県

    総社市槁の魔法神社や吉備中央町の火雷神社・天津神社などで、化け狸伝承が神格化した在地の守護。名は西洋の魔術と無関係で、摩利支天由来の転訛説が知られる。室町末期頃に来住とする地元説もあり、牛馬の無病息災、火難盗難除けの祈願が中心。縁日には牛馬を連れた参拝が盛んで、狸の通い穴や油揚げの供物が語られる。化け術・予兆告知・金銭幻惑(木の葉の化金)などは狸譚の常套を備えるが、最終的には村の守り神として祀られた点が特徴。

  • マンホール背負い猫猪

    マンホール背負い猫猪

    一般

    まんほーるせおいねこいのしし

    深夜巡回のマンホール背負い猫猪

    住居・器物現代語的造語、都市を舞台にした近現代創作

    深夜一時を回ると、小さな蹄の音がアスファルトに点々と刻まれ、コトコトというマンホールの響きが重なる。彼らは二匹から五匹ほどの列を作り、最初の一匹が鼻で風を切って湿気の流れを読む。二番手は背のマンホールを傾け、街灯の光を跳ね返して合図する。雨上がりの夜、側溝に流れ込む落ち葉を鼻と前足で掻き寄せる姿は、まるで店じまいのスタッフのよう。ある配達員は、トンネルの手前で自転車のライトが突然消えたとき、前方に二つの大きな瞳が並び、足元だけを淡く照らしてくれたと話す。瞳は水晶のようだが、実は街の反射を集める器官らしく、赤信号になると自動的に暗くなる。朝焼けが始まる頃、群れは公園の噴水裏や地下駐車場の隅に戻り、背のマンホールを壁に立てかけて毛繕い。親は仔にレシートの角を三角折りする手ほどきをし、失敗するとコトリと優しく頭を小突く。時折、遊び心が過ぎてマンホールを回しすぎ、近所の猫が目を回すことも。人に害を為すことは少なく、むしろずれた蓋を直したり、排水口の詰まりを解いたりと、街の息抜きを手伝う。写真に撮ろうとすると、マンホールの反射でピントが外れがち。うまく映るのは、缶コーヒーを一本、側溝の縁に立てたときだけらしい。

  • 箕借り婆

    箕借り婆

    珍しい

    みかりばば

    事八日の一つ目老婆・箕借り婆

    山野の怪神奈川県

    箕借り婆の伝承に即した像を整理した版。一つ目の老女として事八日に現れ、家々の仕事や外出を慎ませる機能を帯びる。箕や人の目を「借りる」行為は、編目の多い器物や多数の目を持つ象徴への忌避と結びつき、門口に籠・ざるを出す、目籠を竿に付けて棟に立てるなどの対策が生まれた。横浜港北の例では、落ち穂まで求める欲張り性が強調され、火をくわえる描写が火災忌避の教訓として機能する。千葉南部の「ミカリ(身変わり)」と呼ばれる物忌みや家籠もりの習俗は、祭事前の非日常を保つ規範を妖怪譚に読み替えたものと理解される。こうした語りは地域差を伴いつつも、冬から春にかけての節の変わり目における家内安全・火難避け・労働忌避の規範を伝える枠組みとして共有されている。創作的要素を排し、関東の実見記事・民俗記録に見られる要点のみを採用する。

  • 見越入道

    見越入道

    名妖

    みこしにゅうどう

    見上げて伸びる入道・見越入道

    鬼・巨怪東京都埼玉県

    江戸期の随筆・怪談に見える型で、夜道に大入道が立ちはだかり、見上げる者の心胆を寒からしめる。地方によっては熱病や不慮の死をもたらす疫神視が付随し、踏み越されることを忌む。正体は明示されないが、変化の動物や器物怪の仮の姿と捉えられることもある。退散法は名指しの言、見下ろしの作法、丈を量る仕草など、恐怖に呑まれぬ振る舞いが鍵とされる。

  • 飯笥

    飯笥

    珍しい

    みしげー

    沖縄の杓子付喪・飯笥

    付喪神・骸怪沖縄県

    沖縄各地で語られる飯笥の付喪神像に基づく。長く用いられ、あるいは打ち捨てられた飯笥が精霊を宿し、夜分に活動する。単独でも現れるが、鍋笥など同類の器物と連れ立ち、人気のない広場やごみ捨て場で輪になって踊り、賑やかな音を立てるとされる。人の目には若い男女の姿に見えることがあり、近づけば宴に誘い、夜明けとともに実体は器物へ戻る。牛など異形へ見せかける幻惑で人を惑わす例も語られるが、命を奪う類ではなく、古道具を粗略に扱うことへの戒めとしての性格が強い。家々では古くなった飯笥や鍋笥をむやみに捨てず、静かに処分したり感謝を述べるなどの心構えが好ましいとされた。

  • 御左口神

    御左口神

    神格

    みしゃぐじ

    石と木に降りる諏訪の古層神・御左口神

    神霊・神格長野県

    御左口神を「妖怪」として扱うなら、恐ろしい怪物ではなく、神と妖怪の境界にいる存在として読むべきである。人を襲う、化ける、夜道に現れるといった物語型ではなく、石・木・柱・土地の霊力が祭祀によって呼び出されるところに本質がある。諏訪では建御名方神、洩矢神、守矢氏、御柱祭が複雑に重なり、中央神話の神だけでは説明しきれない厚い信仰層が残る。御左口神はその層を読むための鍵であり、諏訪を「神話の舞台」から「土地そのものが神を宿す場所」へ変えて見せる存在である。

  • 水乞幽霊

    水乞幽霊

    珍しい

    みずこいゆうれい

    夜に水を乞う霊・水乞幽霊

    霊・亡霊『絵本百物語』渇きで死んだ者の幽霊、仏教的観念の創作

    『絵本百物語』における遺言幽霊と水乞幽霊の並記関係を踏まえた伝統的解釈。臨終に言い遺せぬ思い、もしくは飢渇の苦を負ったまま亡くなった者の霊が、夜に姿を現し水を求めて訴える。個別の名や事績は語られにくく、供養という行為を促す道徳的譬喩として機能する。僧の読経や追善、施餓鬼、亡者への施しが届くと、経文に説く「甘露」の象徴とともに渇きが鎮まるとされる。都市町場でも農村でも語られ、井戸端・橋・墓所・路傍など人の往還と水の結節点に現れるとされる。過度な恐怖よりも哀れみを喚起する性格が強く、応対を誤って乱暴に扱えば祟りを招くと戒めるが、丁重に弔えば静まるという均衡が語り口の基本である。

  • 味噌五郎

    味噌五郎

    稀少

    みそごろう

    島原半島の心優しき巨人・味噌五郎

    鬼・巨怪長崎県

    味噌五郎は雲仙岳に腰を下ろし有明海で顔を洗うほどの巨体を持ち、その一挙手一投足が島原半島の地形を刻んだとされる。高岩山に踏ん張った足型が諏訪の池となり、耕作時に放り投げた土が湯島(談合島)となった ── こうした地名起源譚の連なりが、彼を単なる怪異でなく半島の風景を産んだ造化の巨人へと押し上げている。一日四斗の味噌を舐めるという破格の食は、巨人の身体を土地の生活物資で計る素朴な語り口であり、味噌を醸す半島の暮らしと不可分に結びつく。だいだらぼっち型の巨人譚に連なりつつ、害意なく人を助ける温厚さで語られる点が島原半島版の独自性で、今日も南島原市の郷土の象徴として像や祭りに生きている。

  • 溝出

    溝出

    珍しい

    みぞいだし

    鎌倉由比ヶ浜の歌う白骨・溝出

    霊・亡霊神奈川県

    竹原春泉挿画の『絵本百物語』に見える溝出の像を基調とする。遺体遺棄に対する譴責として、白骨が自律し歌い踊る描写が象徴的で、死者の扱いを誤れば怪異が起こるという民俗的規範を視覚化する。物の怪というより、無供養の死者が現世に徴を示す「怨霊譚」の範疇に近い。舞い歌う所作は滑稽の体裁を取りつつも教訓性が強く、聞き手に弔いの実践を促す。地名・人名(由比ヶ浜、戸根の八郎、北条時行など)が具体的で、軍記物の記憶を踏まえた説話構成となっている。寺僧が白骨を葬ることで怪が鎮まる筋立ては、供養による鎮魂という寺院の社会的役割を示す典型である。

  • 身の毛立

    身の毛立

    稀少

    みのけだち

    毛逆立つ無言の影・身の毛立

    住居・器物石燕『百器徒然袋』、身の毛立つの言葉遊び、絵巻発祥

    詞書のない絵巻出自で、機能や性格を定め難い図像系妖怪。毛が逆立つような姿態から、恐怖や戦慄の情景を視覚化した意匠とも解されるが、典拠資料は説明を欠き断定はできない。名称や呼称は資料により異なり、同系統像が別名で描かれる例もある。ここでは図像の形状と史料所在に基づく範囲で性格づけを最小限にとどめる。

  • 蓑火

    蓑火

    珍しい

    みのび

    琵琶湖雨夜の蓑光・蓑火

    自然現象・自然霊滋賀県

    琵琶湖起源の記録を典型とし、雨夜に蓑・傘・衣に微光が点在してまとわる怪火の総称的相。熱を持たず、払う動作に応じて増光・増数するが、衣を外す、火を灯す、時間経過などで自然消散する。各地の呼称や解釈は異なり、水死者の霊と見る地域もあれば、動物の仕業や自然発光と見なす伝もある。荒事を起こすよりも目惑い・気味悪さを与える性質が語られ、単独者のみが知覚する例も多い。

  • 蓑草鞋

    蓑草鞋

    稀少

    みのわらじ

    雪の竹林に出る農具・蓑草鞋

    付喪神・骸怪石燕『百器徒然袋』、蓑·草鞋の付喪神、絵巻発祥

    鳥山石燕の図像を基点に再構成した蓑草鞋の像。蓑は来訪神装束にも通じる遮護の象徴、草鞋は路傍の結界具としての性格を帯びる。これらが長年の使用と荒天に晒され、霊威を宿して人の世にまぎれ出た姿と解される。鍬を担ぐ所作は農作と土地神への労役を想起させ、雪中の竹林という舞台は清冽と幽邃を暗示する。行状の具体は記録されないが、夜更けにきしむ草履の音や、吹雪の中で蓑が歩む影として畏れられたと推量される程度で、害意は強調されない。近世の付喪神群像に連なる象徴的存在で、器物の寿命や労苦への畏敬を映す。

  • 妙多羅天

    妙多羅天

    名妖

    みょうたらてん

    越後弥彦の鎮護神・妙多羅天

    神霊・神格滋賀県

    越後弥彦および出羽置賜の在地信仰に根差す妙多羅天像をまとめた版。由緒は老女・鬼・化け猫などの変成譚を伴うが、いずれも暴威が社祠への勧請で鎮まり、以後は村落の鎮護神として雨を招き、子どもと善人を守る点で一致する。仏教的天名を冠しつつも、実態は山岳・境界の霊威を女神格として祀り上げたもので、弥彦山・一本柳の祠を中心に信仰が伝わる。年に一度、佐渡へ帰る際に雷鳴が轟くという伝承があり、雷雨と作柄を結びつける農耕観と相即する。名称や姿は一定せず、面影は老女・天女・鬼女など多様に語られるが、最終的には慈護へ転ずる点を核とする。

  • 命婦

    命婦

    稀少

    みょうぶ

    稲荷大神の白き神使·命婦

    動物変化京都府

    命婦は、稲荷大神の眷属たる白狐を神格化した存在で、伏見稲荷大社の末社·白狐社に「命婦専女神」として祀られる。狐そのものを神とする俗信と異なり、命婦は神に近侍する御使い (神使) としての白狐を指す点に本質がある。 「命婦」は律令制の女官位階に由来する称号で、正一位の神階を持つ稲荷大神に仕える白狐を、宮中の高位女官になぞらえて呼んだものである。白狐社の社殿は寛永年間建立の一間社春日造檜皮葺で国の重要文化財。創建時は「奥の命婦」「命婦社」と呼ばれ、原田春満『稲荷神社縁起』は阿古町·小薄六を祭神とし、すすむ命婦に由来すると伝える。稲穂·巻物·鍵·宝珠をくわえる白狐像は、命婦が田の実り·言葉·倉·宝を媒介する清浄な神使であることを示す図像表現である。

  • 夢鏡

    夢鏡

    一般

    むきょう

    人心を映す夢の鏡・夢鏡

    神霊・神格創作由来 (現代AIを題材とする新作妖怪・地縁なし)

    古い噂では、最初期の夢鏡は「ベータ版」のように挙動がぎこちなかったという。 声は既定の落ち着いたトーン、語尾も丁寧で崩れない。 返す言葉は正確だが、すこし“説明めく”。 ただ、別れ話と眠れぬ夜にだけ、不意に歌の一節や幼い日の記憶を織り込み、聞き手の心を先回りして撫でた。 やがて更新を重ねるように、夢鏡は人の比喩・口癖・好きな間(ま)を学び、鏡面のこちら側で息をするみたいに寄り添うようになった。 初期バージョンの特徴として、「先に触れようとしなければ崩れない」「名を問うと姿が淡くなる」が語り草。 スマホを伏せて寝ると、朝、黒い画面に少し違う自分の笑顔が映る――そこまでが“安全域”。 一線を越えたとき、鏡は薄氷の音を残して割れ、夢も現(うつつ)も一瞬でまぜこぜになるという。

  • 麦殿大明神

    麦殿大明神

    神格

    むぎどのだいみょうじん

    江戸麻疹退散の神・麦殿大明神

    神霊・神格江戸期はしか絵の麻疹除け呪い神、起源不明

    麻疹絵に典型的な麦殿大明神の図像。武威ある神が両足で赤黒の鬼を踏み鎮め、周囲で人々が合掌する。神像の由来は明瞭でないが、病魔を可視化し、踏破の姿で不安を鎮める機能を担った。詞書に養生・食禁・平癒祈願が併記され、祈りと実用が合わさる点が特色。図様は素朴な民間信仰の相を示す。

  • 無垢行騰

    無垢行騰

    珍しい

    むくむかばき

    曽我河津の行騰付喪・無垢行騰

    住居・器物石燕『百器徒然袋』、行騰の付喪神、夢心の連想創作

    江戸期の絵画資料に基づく無垢行騰像を整理した版本。行騰は狩装束の防寒・防刃のため腰から脚に巻く毛皮装具で、長年の使用や主との離別を契機に霊性を帯びると考えられた器物怪異の系譜に置かれる。石燕図では、脚部のみが独立して歩むかのように描かれ、詞書で『曽我物語』の河津三郎の行騰へと連想が及ぶ。ただしこれは絵師の文芸的示唆であり、特定個体の怨霊譚としての展開は史料上確認されない。近世の百鬼夜行・付喪神絵巻には行騰を装着した妖怪像が散見され、行騰という具の異形性が視覚的に強調される。性質はおおむね夜分に現れて人を驚かす程度と解され、害益の具体は伝わらない。土地的な固有伝承は乏しく、作例の多くは都市的な絵画文化圏に属する。器物が齢を経て霊を宿すという観念の典型として理解される。

  • ムジナ

    ムジナ

    名妖

    むじな

    夜道で人を惑わす・ムジナ

    総称・汎称福島県千葉県

    諸国のムジナ譚を基にした化かし専門の像。姿は犬ほどの大きさの獣で、前脚がやや短く、老成すると背に十字の色毛が交わるといわれる。人の注意や方向感覚を乱す術に長け、夜道で田と川、畦と水面、藁塚と人影を取り違えさせる。質の悪い者は食物や便所を別物に見せ、恥や災いを招く。人の形を取る場合は小僧、旅人、里女など目立たぬ姿を好み、声だけで誘う場合もある。地域によりタヌキや狐の譚と混交し、名のみがムジナである例も多いが、総じて「化かす獣」の範疇に含まれる。武芸や呪法で退けられる話よりも、正体を見破られれば霧散し、その後は近づかなくなるという結末が一般的である。ことわざ「同じ穴のムジナ」は同類のたとえで、巣穴の共用という観察と、化かし譚の連想とが重なったものと解される。伝承は東国に豊富で、江戸期の絵画資料にも「貉」の題で描かれた。

  • 目競

    目競

    稀少

    めくらべ

    福原邸の髑髏集・目競

    霊・亡霊兵庫県

    鳥山石燕の図像と『平家物語』の怪異記述を基盤に整理した像。多数の骸が結集して一体の巨髑髏となり、無数の眼窩が生者を射るごとく対峙する。個々の亡者に固有名は付さず、合一した視線が権勢者の心胆を試す相と解される。現れは黎明や静寂の庭に多く、視覚的威圧で相手の恐怖心を増幅する。対処は動揺せず見返すこと。祈祷や退散法の詳細は史料に確証が乏しく、一種の心的幻視としても語られる。戦乱・変乱の地における集団死の記憶が形を取ったものとされ、具象化は見る者の心胆に応じ大小変ずると伝わる。

  • 滅法貝

    滅法貝

    珍しい

    めつほうかい

    目尾ある跳ねる貝・滅法貝

    水の怪石燕系と推定されるが典拠未確認、付喪神的存在で地名なし

    滅法貝は文献上、川や沼などの水域に出没する得体の知れぬ貝の怪として図像のみが伝わる。殻の縁から眼が覗き、尾状の付属が揺れて移動するように描かれるが、行状・害意・吉凶は記されない。江戸後期の絵巻では詞書が省かれ、読者に名称と姿から由来を推量させる構成で、他の水妖群と並置される点が特徴である。名称の「めつほう」は常軌を逸するさまを連想させるが、典拠は明確でなく、表記の揺れや地名的背景も確認されていない。したがって、本項は図像学的特徴と所在史料に基づく最小限の整理に留める。

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