玄武
げんぶ
北方を護る四神・玄武
玄武は、四神のなかでもっとも特異な姿――亀と蛇の絡む姿――をもつ、北方・水気・冬の霊獣である。この版では、その図像の意味と、日本での四神相応の観念を辿る。 起源は天の星にある。北方七宿(斗・牛・女・虚・危・室・壁)の連なりを、蛇のからむ亀に見立てたのが玄武である。『淮南子』天文訓は北方の帝を顓頊、その獣を玄武とし、水気・冬・玄(黒)に配した。玄(黒)は水気の色であり、万物の閉じこもる北の冬天を象る。 亀蛇の姿には、二重の意味が重なっている。第一は本義――北方七宿の星の象である。第二は後漢の『周易参同契』が説く象徴で、亀(長寿)と蛇(生殖)の絡む姿を陰陽和合・牝牡とみる。後者は本義に重ねられた解釈であり、両者を混同してはならない。また玄武は道教で「玄天上帝(真武大帝)」へ人格神化したが、これは日本の方位守護の四神とは別系統の発展である。 日本では、玄武は「四神相応」の地相観のなかで、もっとも具体的に語られた。背後に山を負う地勢を玄武の吉相とするのである。ただし「平安京は四神相応の地(北の玄武=船岡山等)」という比定は、遷都当初の確証ではなく、昭和五十年頃に整理・定説化された後世の解釈であり、研究者により比定地も食い違う。確実なのは、四神相応という風水の観念が平安期に存在したことまでである。『続日本紀』の四神幡が文献上の初出であり、図像はキトラ古墳北壁の玄武に、亀蛇相絡の姿をとどめている。