妖怪図鑑

日本の妖怪大百科

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動物変化
  • ばけの皮衣

    ばけの皮衣

    稀少

    ばけのかわごろも

    北斗祈念の化生狐・ばけの皮衣

    動物変化在地伝説をもたない石燕の図像系妖怪で、狐の化生譚は中国の志怪書に由来する

    この版では、ばけの皮衣を「北斗を拝んで化ける狐」という一点から徹底して読み解く。化生の作法と、その絵に仕込まれた洒落の層を追う。 もう一つの種本となった『酉陽雑俎』諾皋記の一節は、たんに髑髏と北斗を語るだけではない。そこでは野狐を「紫狐」と呼び、「夜に尾を撃てば火を出す」と記す。狐の尾が火を放つというこの描写は、日本で広く知られる狐火(きつねび)の観念と地続きであり、ばけの皮衣もまた、闇のなかで尾に火をともしながら骸骨を戴く、本来は無気味な野狐の姿を背後に負っている。石燕がその髑髏を藻草に替えたとき、骸骨の凄みは薄れ、かわりに水底の藻をかぶる滑稽と哀れが前に出た。化生の絵が怪奇よりも諧謔に傾くのは、この置換の効果である。 「皮衣(かわごろも)」という語そのものにも、石燕好みの文学的な含みがある。皮衣といえば、古典では『竹取物語』の「火鼠(ひねずみ)の皮衣」が名高い。燃やせば焼け、贋物であれば化けの皮が剥がれる宝として語られたあの皮衣と、化けがいまにも剥がれかかる狐とは、「皮衣」「化けの皮」の語で二重に響きあう。石燕がこの連想を意図したと明記する典拠はないが、彼の絵本がいたるところで古典の語呂を踏まえることを思えば、偶然とは考えにくい。 図像の配置にも作者の意図が見える。本図は上巻で「沓頬(くつつら)」と「絹狸(きぬたぬき)」の間に置かれる。前後を獣の変化物で固めたこの並びは、付喪神の絵本のなかに設けられた、けものの化生を集めた小さな一画である。古道具の妖怪に紛れて狐が登場できたのは、繰り返せば「皮衣」が衣裳=物として読めたからであり、石燕は「夢のうちにおもひぬ」と結ぶことで、この強引な取り合わせを夢の論理として正当化してみせた。 能力と弱点も、すべてこの一枚の絵に根を持つ。化生の術は北斗への祈念と頭上の依代(髑髏あるいは藻草)を要し、依代が落ちれば化けは成らない。装いは美女でも、尾と手足、従者の獣性までは隠しきれず、その「剥がれかけ」こそがこの狐の宿命的な弱点である。位の低い野狐が三千年をかけて美女へ至ろうとする、その途上のもどかしさを、ばけの皮衣は一身に体現している。

  • 波山

    波山

    名妖

    ばさん

    伊予竹薮の火喰い鳥・波山

    動物変化愛媛県

    本バージョンは伊予に記された像を基準とし、山中の竹薮に潜む怪鳥として描く。外見は鶏に似て赤い鶏冠が際立ち、闇中で冠と吐く火のみが目立つ。吐火は怪火で熱を持たず、物に燃え移らないとされ、夜道や村境でふいに明滅し、羽音だけを強く残す性質が語られる。行動は夜行性で、人が戸を開ける気配や灯り(松明など)の動きに敏感に反応し、すぐ藪へ退く。人への加害伝承は乏しく、驚かしの類にとどまる点が特徴で、村落では山の気配を示す瑞兆とも不祥とも定まらぬ存在として受け止められた。近世の書誌には、火を食む鳥に擬する見解や、羽音に由来する呼称が併記され、博物的知見と怪異譚が混在して記録されたことも本像の一端をなす。民俗的には山と里の境を示す「境の怪」として位置づけられ、怪火譚・鳥怪譚の双方の類型に接する穏やかな怪異として語り継がれた。

  • 狒々

    狒々

    名妖

    ひひ

    老猿化けの女攫い・狒々

    動物変化長野県

    江戸期の図像や民俗記録に基づく狒々像。山地に棲み、老猿が変じて巨体・怪力を得た存在と語られる。人前で高笑いし、反り返った長い唇が目を覆うため隙が生じるという特徴が各地の語りに共有される。女性攫いの逸話、樵との格闘譚、風雲を起こし人を投げる話が伝わる。『和漢三才図会』など博物書は黒い体毛・大柄・人語の伝聞を記すが、具体の出現地や実物性は定かでない。名称は笑い声に由来する説が流布し、山童・猿神と混称される場合があるが、狒々は猿形の山の怪として区別されることが多い。

  • 白虎

    白虎

    神格

    びゃっこ

    西方を護る四神・白虎

    動物変化奈良県

    白虎は、東の青竜と一対をなして語られる、西方・金気・秋の神獣である。この版では、その天文的起源と、青竜との対構造を辿る。 起源は天の星にある。西方七宿(奎・婁・胃・昴・畢・觜・参)の連なりを虎の形に見立てたのが白虎である。『淮南子』天文訓は西方の帝を少昊、その獣を白虎とし、金気・秋・白に配した。『史記』天官書の天の西宮も同じ体系に立つ。白毛の猛虎という姿は金気の白を象り、実りと収穫、そして粛殺の気をまとう秋の西天に対応する。 白虎と青竜の対は古い。戦国初期の曾侯乙墓の漆衣箱(前四三三頃)が、二十八宿の名とともに青竜と白虎を左右に描くことは、東(青竜)と西(白虎)を相対させる四神の構図が、すでに二千四百年前に確立していたことを示す。 日本では、白虎は方位鎮護・結界の標として受け入れられた。『続日本紀』の大宝元年(七〇一)の四神幡では、白虎が西(右)に配された。固有の説話には乏しいが、四神相応の地相観のなかで西方の守りとされ、図像としてはキトラ古墳西壁に、青竜と相対する白虎がなお残る。東の竜と西の虎――この対称こそ、四神の体系の骨格である。

  • 風狸

    風狸

    珍しい

    ふうり

    風を起こす獣怪・風狸

    動物変化中国『本草綱目』の風母·風生獣、渡来

    江戸期に伝わった中国博物誌の記述を基盤に、日本側の随筆・図会に見える受容を整理した像。体は小猿または貂・狸ほどで尾短、赤い目を持ち、暗い地色に斑が入るとされる。行状は風とともに現れて人畜を驚かす、あるいは不意の掠傷を残す程度で、鬼怪ほどの害は強調されない。日本では実在視が揺れ、『和漢三才図会』は未産を主張する一方、『耳嚢』は稀遇談を載せ、『広倭本草』は狤𤟎をカマイタチに比定した。よって妖名は外来だが、近世知識人の比較・同定の試みにより「風に伴う獣怪」「掠傷を与える不可視の何か」という観念へ収斂した。具体の生態・姿形は書により錯綜し、地域固有の獣(貂・狸・猿・カワウソ等)や風害現象への解釈が重なって成立した像とみられる。

  • 封豨

    封豨

    珍しい

    ほうき

    桑林の異国獣・封豨

    動物変化中国『山海経』由来の異国獣。江戸の異国奇談で名のみ引用、日本の地理伝承と結びつかない

    中国古典から輸入され、長らく博物誌の中で眠っていた「桑林の異国獣」としての解釈版である。このバージョンにおける封豨は、日本の妖怪のように「夜道で人を驚かす」「家に棲みついて富をもたらす」といった人間サイズの怪異ではなく、国家規模の災害をもたらす「神話的スケールの荒ぶる神(自然災害の象徴)」として位置づけられる。 分厚く硬質な皮膚はあらゆる物理攻撃を跳ね返し、その突進は森を平野に変え、水に浸かれば豪雨を呼ぶ。古代中国においては、人間の手に負えない大自然の猛威(洪水や獣害)そのものが「巨大な猪」の姿を借りて顕現したものであった。羿(げい)による退治伝説は、圧倒的な自然の暴威を人間の英雄が「文化(弓術)」によって屈服させ、さらにそれを「食す(供物にする)」ことで完全に人間のコントロール下に置くという、文明の勝利を語る神話的装置として機能している。 日本においては、こうした大陸的なスケールの怪獣は土着化しにくく、「異国の奇獣」として知識の引き出しに仕舞われていた。しかし、現代のエンターテインメントがこの「硬く、巨大で、無敵に近い突進力」という属性を発掘し、最強の敵キャラクターのモチーフとして再解釈したことで、図らずも古代中国人が封豨に抱いていた「圧倒的な暴力への絶望と畏怖」が、現代人にもリアルな恐怖として共有されることとなった。伝承の途絶えた化け物が、ポップカルチャーの力で本来の威圧感を取り戻した、妖怪受容史における非常にドラマチックな事例である。

  • 命婦

    命婦

    稀少

    みょうぶ

    稲荷大神の白き神使·命婦

    動物変化京都府

    命婦は、稲荷大神の眷属たる白狐を神格化した存在で、伏見稲荷大社の末社·白狐社に「命婦専女神」として祀られる。狐そのものを神とする俗信と異なり、命婦は神に近侍する御使い (神使) としての白狐を指す点に本質がある。 「命婦」は律令制の女官位階に由来する称号で、正一位の神階を持つ稲荷大神に仕える白狐を、宮中の高位女官になぞらえて呼んだものである。白狐社の社殿は寛永年間建立の一間社春日造檜皮葺で国の重要文化財。創建時は「奥の命婦」「命婦社」と呼ばれ、原田春満『稲荷神社縁起』は阿古町·小薄六を祭神とし、すすむ命婦に由来すると伝える。稲穂·巻物·鍵·宝珠をくわえる白狐像は、命婦が田の実り·言葉·倉·宝を媒介する清浄な神使であることを示す図像表現である。

  • 茂林寺の釜

    茂林寺の釜

    珍しい

    もりんじのかま

    守鶴狸の尽きぬ釜・茂林寺の釜

    動物変化群馬県

    上州・茂林寺に伝わる守鶴の話に拠る像。湯が尽きぬ茶釜は施与と法喜を示す象徴で、僧衆や来客に茶を分ける行為が徳を広めるものと理解される。守鶴は長命の狸で、人の世に交わりつつ仏縁に結ばれた存在として描かれる。正体が露見すると寺を辞すが、別れに際し幻術をもって古戦や仏事の景を示し、人々に無常と法の徳を諭したとされる。後代、この説が昔話の「分福茶釜」へと整理され、見世物的な曲芸譚に転じた系統と、寺縁起にとどまる系統が併存する。地域では寺宝の釜と結びつけて語られ、狸信仰や講談・随筆の影響を受けつつも、根幹は「尽きぬ湯」と「去る賢狸」の二点に要約される。

  • 野狐

    野狐

    珍しい

    やこ

    九州群行の下位狐・野狐

    動物変化中国道教の狐階位最下位、九州に野狐憑き信仰、概念は渡来

    この版では、野狐が仏教、とくに禅の世界でどう語られたかに目を向ける。禅には「野狐禅(やこぜん)」という言葉がある。まだ悟りきっていないのに、悟ったつもりになっている半端な境地を、戒めをこめてそう呼ぶ言葉である。 もとになったのは、宋の時代の禅の問答集『無門関』に載る「百丈野狐」という有名な話だ。唐の禅僧・百丈懐海(ひゃくじょうえかい)の説法に、毎回ひとりの老人が聞きに来ていた。あるとき老人は身の上を明かす。昔この寺の住職だったころ、「悟りを開いた者も因果(報い)に落ちるか」と問われ、「落ちない(不落因果)」と答えてしまった。そのたった一語の誤りのために、五百回もの生まれ変わりのあいだ、野狐の身に堕とされたのだ、と。老人は百丈に正しい答えを乞う。百丈が「因果をくらましはしない(不昧因果)」と言い直してやると、老人はその場で迷いを解かれ、野狐の身を脱して成仏したという。 ここでの野狐は、生半可な悟りに落ちた者が姿を変えられてしまう、いましめの象徴になっている。人を化かす里の野狐とはまた別に、野狐は「半端な賢(さか)しらの行き着く先」として、禅の言葉のなかにも長く生きつづけてきたのである。

  • 夜雀

    夜雀

    珍しい

    よすずめ

    山道で付きまとう鳥・夜雀

    動物変化高知県

    夜雀は西日本の山間部に広く語られる夜の随行怪で、鳴き声により存在を示す点が特色である。土佐では小鳥状、北川村や伊予では蛾・蝶状ともされ、姿は一定しない。単独行の時に背後や前方を交互にとりまき、耳許で細かく鳴いて歩行の調子を乱す。富山村では退散の唱え言が伝わり、軽挙に捕らえると夜盲に罹ると戒める。和歌山では逆に狼の出現を知らせ、山の魔からの守護の徴と捉える例がある。類話として奈良・紀伊の送り雀、高知・愛媛の袂雀があり、特に津野山・城辺では同一視され、袂を握る、枝を三本立てる、特定の真言を唱えるなどの回避法が語られる。視覚的実体の曖昧さ、音による干渉、地域ごとの吉凶解釈の差が民俗的特徴である。

  • 雷獣

    雷獣

    伝説

    らいじゅう

    久慈雷鳴の獣・雷獣

    動物変化茨城県秋田県

    苗代期の雷鳴に伴い降り、田を荒すと畏れられた在地像。追儺のため割竹を鳴らす所作や、田に竹を立て帰路を示す民俗が随伴する。人に直接害を加えるより、落雷による災いの擬人化として理解され、近づいた者は気を奪われると語られる。食性や容貌は一定せず、鼬・狸・猫に似るなど多様な言い伝えがある。

  • 六右衛門

    六右衛門

    稀少

    ろくえもん

    阿波狸を束ねる総領·六右衛門

    動物変化徳島県

    津田浦に棲む阿波狸の総領·六右衛門の姿。四国じゅうの狸を束ねる総大将として君臨し、正一位の位階を競い合う狸の序列の頂に立つ老練の長である。かつて弟子として迎え、娘との縁組で跡目を継がせようとした金長を、その出奔の後にはやがて宿敵として勝浦川の岸辺で迎え撃つ。両軍六百匹余りが三日三晩を戦い抜いた大合戦の末、一騎討ちに敗れて散ったと伝わるが、その名は講談·映画·アニメへと語り継がれ、阿波狸合戦のもう一方の主役として今に残っている。

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