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妖怪図鑑

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67 妖怪|12 カテゴリ|3/3 ページ
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動物変化
  • 猫又

    猫又

    伝説

    ねこまた

    古猫変化の二股尾・猫又

    動物変化栃木県

    長年人家に飼われたネコが齢を重ね、その尾が二股に裂けることで「経上がり」、言語と妖火を操る力を得た姿。種族全体で語られる「山中の猛獣」としての顔を捨て、人間と生活空間を共有する「家妖(かよう)」としての性質を極めた解釈版である。 この版の猫又は、夜更けになると後脚で立ち上がり、頭に手拭いを被って囲炉裏の陰で踊り狂うとされる。この奇妙な踊りは、鳥山石燕の『画図百鬼夜行』に描かれた姿が発端となり、本来は恐ろしい化け猫の伝承に、どこか滑稽で人間臭い愛嬌を付与することになった。また、この猫又は人の貌(顔)や声色を巧みに模写して家人を騙す。特に老女の姿に化けることが多く、これは長年家を切り盛りしてきた女主人の権力や影の威圧感を、老猫の姿に仮託したとも解釈される。 伝承には明確な二面性があり、家主がネコを粗略に扱ったり、理不尽に殺めたりした場合は、執念深い祟り神となって家に怪火(猫またの火)を放ち、家系を没落させる。一方で、手厚く慈しまれた猫又は、その魔性を「家を守る」ために使う。佐脇嵩之の『百怪図巻』などに描かれるように、三味線を弾く芸妓に化けて恩人の窮地を救ったり、家に入り込もうとする別の悪鬼や病魔(穢れ)をその妖火で威嚇し、焼き尽くしたりするという善性の伝承も残されている。彼らにとって二股の尾は、単なる異形の証ではなく、一本が「人間への恩(または怨み)」を、もう一本が「獣としての魔性」を象徴するアンテナのような役割を果たしている。

  • 猫又

    猫又

    伝説

    ねこまた

    囲炉裏守りの古猫又

    動物変化栃木県

    囲炉裏守りの古猫又は、長年ひとつ所に飼われ、煤と灰に染みた囲炉裏端で齢を重ねたネコが、ある夜ふいに尾を二股に割って顕れる版である。山で人を襲う荒ぶる猫又(『明月記』等に記される山猫また)とは対極に位置し、この者は家の息や歴代の営みを吸い込み、火の気と炊煙を身に宿すため、家内神(あるいは座敷童子)に近い振る舞いをとる。『徒然草』に引かれた「飼い猫が化ける」という俗説の延長線上にありながら、より守護的な性質を帯びている。人語は用いずとも、鍋の蓋をちろりと鳴らし、灰に模様を描いて合図をなす。夜更け、座敷の隅に走る青白い怪火(猫股の火)は、『大和怪異記』などで恐れられた祟りの火とは異なり、この古猫又が家屋の火難を未然に舐め取り、悪しき気を焼き落とす浄化の印であるとされる。尾の一本は「家筋の繋がり」を、もう一本は「火の神気」を繋ぐと信じられ、二股は単なる異形ではなく、務めを二つ持つ神聖な徴と説く里もある。 古猫又は、家人が亡骸を囲む折に必ず近くへ来る。俗にネコは死者を蘇らすという畏れがあり、火車(『画図百鬼夜行』等で描かれる亡骸を奪う怪猫)と混同されがちだが、この版は決して荒立てず、ただ鼻先で息の乱れを嗅ぎ、未練を払うために小さな火点を灯す。ゆえに、家人は猫又の前で刃物を振りかざさず、香を一筋焚いて「送り火」とするのが作法とされる。長く飼われたネコを粗略に扱うと、夜半に竈が空焚きとなり、壁に湿った足跡が幾重にも現れる。対して、丁重に弔った家では、雪の朝に障子の下だけ温み、米びつに鼠の影が絶えるという、柳田國男が指摘するような「世間話」に似た恩返しの民俗が息づいている。 この版は、かつて山へ消えた老猫が家を慕い戻った姿とも、初めから家を出ぬ古猫が自然と尾割れした姿とも語られる。化けるのを防ぐため尾を切る習俗(尾曲がり猫の起源)も伝わるが、囲炉裏守りの地ではこれを忌み、「尾を傷つけると家徳も割ける」と厳しく戒める。容姿は背皮が垂れて外套のごとく見え、灯の少ない部屋では人影のように映る。これが死人に化けると誤認される所以だが、古猫又は無用の化けを好まない。たまに祖母の姿を借りるのは、幼子を寝かしつけるためであり、声は出さず、ただ煤と灰の匂いだけを残す。 旅人には姿を見せぬが、婿取りや新築の初夜など家の節目には、床下で小さく爪を打ち、吉凶を告げる。三つ打ちは吉、二つは火の用心である。灯心が湿れば舌で整え、竈の火が強すぎれば尾であおぎ弱める。こうして日々の小さな災いを受け持つ代わり、家人には「食の端」を分け与える作法が残る。米粒三つ、塩ひとつまみ、湯気を少々。これさえ守れば、猫又は人を惑わさず、夜の怪音もただの「家鳴り」で済むとされた。

  • 野鉄砲

    野鉄砲

    珍しい

    のでっぽう

    北国山の顔覆い獣・野鉄砲

    動物変化『絵本百物語』北国の山中、猯の妖怪化、奇談文芸の創作

    江戸の絵入奇談に基づく像を基準とする。北国の山野に潜み、薄暮から宵にかけて活動。姿は猯あるいはムササビに似た小獣で、攻撃時には人の視界を奪って混乱させる。記述は二様で、身体ごと顔に覆いかぶさる型と、口から蝙蝠状のものを吐き出して顔面を覆わせる型が併記される。血を吸う被害が語られるが、のちには視界を奪った隙に携行の食を盗むとする解釈も紹介されている。猯・狸・野衾・蝙蝠の混称や同一視が時代的背景にあり、呼び名や性状に揺れが見られる。防ぎ方としては懐に巻耳を入れておくという素朴な方策が知られるが、地域・時代で詳細は一定しない。新奇な付会は避け、古典図会の範囲で像を保つ。

  • 野衾

    野衾

    珍しい

    のぶすま

    顔を覆う山野の飛膜獣・野衾

    動物変化東京都

    この姿の野衾は、木立の上からひらりと落ち、旅人の顔面へ布のような飛膜を押しつける小獣として読む。怖さの中心は、牙や爪ではなく「見ること・息をすること」を一瞬で奪う点にある。山道で頭上から何かが降る、顔に湿った膜が貼りつく、目鼻がふさがって方角を失う。この一連の身体感覚が、野衾を単なるムササビではなく妖怪へ押し上げている。 石燕の図像は、野衾を過度に巨大化させない。むしろ小さく、身軽く、暗がりで輪郭が判然としないからこそ恐ろしい。大蛇や鬼のように正面から襲うのではなく、木の枝・屋根・崖の陰から、旅人が意識しない角度で落ちる。飛膜を広げた姿は布のようであり、しかし布ではない。そこに、既存の衾との決定的な差がある。白布の衾は無主の布が怪異化したものだが、野衾は獣の身体が布に見えた瞬間に生じる誤認の妖怪である。 野衾の能力を「顔を覆う」と考えると、野鉄砲との近さがよくわかる。野鉄砲は口から蝙蝠状のものを吐き、人の顔を覆って目をふさぐと語られる。野衾はその吐き出されるものに近いとも、老いた蝙蝠の変化とも説明される。どちらにしても、攻撃の機能は同じである。まず視界を奪う。次に呼吸を乱す。最後に血や精気を吸う。この順序は、山道で突然方向感覚を失う恐怖を、妖怪の行動として組み直したものと読める。 また、野衾は「実在動物を知っていれば怖くない」という単純な合理化にも収まらない。ムササビは実在するが、夜に頭上を滑る影を見た人がそれを正しく識別できるとは限らない。山中では、鳥か獣か、布か影か、風で動いた枝か生き物かが一瞬で混ざる。野衾は、その識別不能の時間を棲みかにする。古い博物書が動物名を記し、石燕がそれを妖怪画に移し、奇談が吸血や覆面の性質を足していく流れは、知識が迷信を消すのではなく、知識そのものが怪異の素材になる過程をよく示している。 この版で重視するのは、野衾が「山の小動物」でも「布の付喪神」でも終わらない中間性である。身体は獣、見え方は布、行動は怪である。旅人から見れば、それが何であるかを判断する時間はほとんどない。顔を覆われた瞬間、名前より先に恐怖が来る。だから野衾は、図鑑上でも大きな物語を持つ主役妖怪ではなく、夜道の一瞬に凝縮された怪として読むと生きる。姿の小ささを保つほど、かえって襲撃の近さが際立つ。大型の怪より、手で払いのけられそうで払いのけられない距離感が肝である。 地理的にも、野衾は一県へ固定しにくい。布型の衾なら佐渡・土佐という地方伝承を立てられるが、野衾は江戸の版本が山野の夜行獣を妖怪として組み替えた性格が濃い。したがって、この版では江戸版本文化を出発点にしつつ、棲みかは山林・谷筋・人里近い林縁として扱う。そこにいるのは、姿を見せる大妖怪ではなく、見えたと思った瞬間には顔に貼りついている小さな闇である。YOKAI.JPでは、この野衾を「山野の飛膜獣」として置くのがもっとも自然である。

  • 白蔵主

    白蔵主

    名妖

    はくぞうす

    僧に化けて狐釣りを止める白狐・白蔵主

    動物変化山梨県

    僧に化けた白蔵主は、狐の変化譚のなかでも特に演劇的な妖怪である。狐は美女や旅人、親しい家族に化けることが多いが、白蔵主が選ぶのは僧の姿である。そこには、相手を安心させるだけでなく、言葉によって相手を動かす力がある。『釣狐』の老狐は、猟師の伯父に化け、狐釣りの罪を説く。罠を捨てさせるほどの説得は成功するが、帰り道の餌がその勝利を崩す。白蔵主は人間を欺いたから敗れるのではない。人間の倫理を借りて語った狐が、最後に狐自身の飢えへ引き戻されるからこそ、滑稽で、哀れで、恐ろしい。 この姿は、狐という妖怪を単純な悪役にしない。白蔵主は狐の一族を殺された側であり、復讐者でもあり、説教師でもある。彼の言葉には殺生への抗議があり、同時に変化による欺きがある。信太森の葛の葉が、人との縁を断ち切れない狐母として記憶されるなら、白蔵主は、人間の法と狐の身体のあいだで破綻する老狐である。どちらも狐が人間社会へ入る物語だが、葛の葉が愛と別れの物語であるのに対し、白蔵主は弁舌、罠、欲望、露見の物語である。 『釣狐』の白蔵主は、舞台上で二重に化ける。第一の変化は物語内の変化で、狐が白蔵主という僧に化ける。第二の変化は演者の身体で、狂言師が狐の姿勢と運びを身につけ、しかもそれを人間の僧のふるまいの下に隠す。鑑賞の要点として示される理性と本能のせめぎ合いは、台詞だけではなく、歩き方、振り返り方、餌に寄せられる間合いとして現れる。そのため白蔵主は、読む妖怪であると同時に、演じられる妖怪でもある。狐の正体は最後に暴かれるのではなく、身体が少しずつ狐へ戻っていくことで見えてくる。 一方、『絵本百物語』系の白蔵主は、甲斐国の地名をともなう怪談として、僧形の狐をより暗く見せる。国立国会図書館の書誌に見えるように、同書は桃山人作・竹原春泉画の怪談画集であり、江戸後期の読者は絵と詞書の組み合わせでこの狐を受け取った。舞台の白蔵主が一瞬の失敗で狐へ戻るのに対し、絵本の白蔵主は人里の内部に長く潜む。ここで問題になるのは、狐がどれほど巧みに化けるかだけではない。人々が僧衣、寺、説法という制度をどれほど信じているかである。白蔵主は、その信頼の形を逆手に取る。 白蔵主の名前と表記にも、狐の白さと人間の身分が重なっている。白蔵主、伯蔵主、白蔵司、伯蔵司という異表記は、狐の白毛、僧の名、そして人に化けた狐という読みをゆるやかに往復させる。変化狐の名はしばしば土地や人名に付着して残るが、白蔵主の場合は「狐が名を借りる」こと自体が怪異の核になる。名を名乗ることは、社会の中で役割を得ることである。白蔵主は、僧の名を名乗ることで寺の内側へ入り、猟師の家の内側へ入り、最後には観客の前で狐へ戻る。 白蔵主を狐の系譜の中に置くと、彼は九尾の狐や玉藻前のような王権を揺るがす大妖狐ではない。葛の葉のように子を残す狐女でもない。白蔵主は、狐と人間の接点を「説得」と「罠」に集約する。人間は狐を罠で捕り、狐は人間を言葉で捕る。どちらも相手の弱点を読む技であり、その技が一瞬だけ成功する。しかし餌の匂い、獲物への欲、復讐の理屈が重なったとき、狐は自分自身の罠に近づいてしまう。白蔵主の物語が長く残ったのは、そこに狐のずるさではなく、智恵ある者ほど逃れにくい弱さが描かれているからである。 図鑑上の白蔵主は、狐系妖怪を横に広げる要の一体になる。九尾の狐が国家と災厄、葛の葉が親子と別離、野狐が憑依と周縁性を担うなら、白蔵主は芸能と説話、僧形と狐身をつなぐ。狐は一つの型ではなく、神使にも母にも災厄にも役者にもなる。白蔵主を置くことで、狐という大きな妖怪群の中に「演じられる狐」という軸が立つ。

  • 化け猫

    化け猫

    一般

    ばけねこ

    年経た飼い猫の化け猫

    動物変化島根県佐賀県

    化け猫は、年を経た家猫の変化、人への化身、夜の立ち姿や踊り、主人の仇を討つ怪猫など、異なる猫怪異を広くまとめる名である。中世の猫胯・猫またを前史とし、近世の怪談、妖怪画、歌舞伎、錦絵から近代の怪猫映画まで、多彩な像が確認できる。共通する年齢、尾の数、能力、弱点は定まらない。

  • ばけの皮衣

    ばけの皮衣

    稀少

    ばけのかわごろも

    北斗祈念の化生狐・ばけの皮衣

    動物変化在地伝説をもたない石燕の図像系妖怪で、狐の化生譚は中国の志怪書に由来する

    この版では、ばけの皮衣を「北斗を拝んで化ける狐」という一点から徹底して読み解く。化生の作法と、その絵に仕込まれた洒落の層を追う。 もう一つの種本となった『酉陽雑俎』諾皋記の一節は、たんに髑髏と北斗を語るだけではない。そこでは野狐を「紫狐」と呼び、「夜に尾を撃てば火を出す」と記す。狐の尾が火を放つというこの描写は、日本で広く知られる狐火(きつねび)の観念と地続きであり、ばけの皮衣もまた、闇のなかで尾に火をともしながら骸骨を戴く、本来は無気味な野狐の姿を背後に負っている。石燕がその髑髏を藻草に替えたとき、骸骨の凄みは薄れ、かわりに水底の藻をかぶる滑稽と哀れが前に出た。化生の絵が怪奇よりも諧謔に傾くのは、この置換の効果である。 「皮衣(かわごろも)」という語そのものにも、石燕好みの文学的な含みがある。皮衣といえば、古典では『竹取物語』の「火鼠(ひねずみ)の皮衣」が名高い。燃やせば焼け、贋物であれば化けの皮が剥がれる宝として語られたあの皮衣と、化けがいまにも剥がれかかる狐とは、「皮衣」「化けの皮」の語で二重に響きあう。石燕がこの連想を意図したと明記する典拠はないが、彼の絵本がいたるところで古典の語呂を踏まえることを思えば、偶然とは考えにくい。 図像の配置にも作者の意図が見える。本図は上巻で「沓頬(くつつら)」と「絹狸(きぬたぬき)」の間に置かれる。前後を獣の変化物で固めたこの並びは、付喪神の絵本のなかに設けられた、けものの化生を集めた小さな一画である。古道具の妖怪に紛れて狐が登場できたのは、繰り返せば「皮衣」が衣裳=物として読めたからであり、石燕は「夢のうちにおもひぬ」と結ぶことで、この強引な取り合わせを夢の論理として正当化してみせた。 能力と弱点も、すべてこの一枚の絵に根を持つ。化生の術は北斗への祈念と頭上の依代(髑髏あるいは藻草)を要し、依代が落ちれば化けは成らない。装いは美女でも、尾と手足、従者の獣性までは隠しきれず、その「剥がれかけ」こそがこの狐の宿命的な弱点である。位の低い野狐が三千年をかけて美女へ至ろうとする、その途上のもどかしさを、ばけの皮衣は一身に体現している。

  • 波山

    波山

    名妖

    ばさん

    伊予竹薮の火喰い鳥・波山

    動物変化愛媛県

    本バージョンは伊予に記された像を基準とし、山中の竹薮に潜む怪鳥として描く。外見は鶏に似て赤い鶏冠が際立ち、闇中で冠と吐く火のみが目立つ。吐火は怪火で熱を持たず、物に燃え移らないとされ、夜道や村境でふいに明滅し、羽音だけを強く残す性質が語られる。行動は夜行性で、人が戸を開ける気配や灯り(松明など)の動きに敏感に反応し、すぐ藪へ退く。人への加害伝承は乏しく、驚かしの類にとどまる点が特徴で、村落では山の気配を示す瑞兆とも不祥とも定まらぬ存在として受け止められた。近世の書誌には、火を食む鳥に擬する見解や、羽音に由来する呼称が併記され、博物的知見と怪異譚が混在して記録されたことも本像の一端をなす。民俗的には山と里の境を示す「境の怪」として位置づけられ、怪火譚・鳥怪譚の双方の類型に接する穏やかな怪異として語り継がれた。

  • 狒々

    狒々

    名妖

    ひひ

    老猿化けの女攫い・狒々

    動物変化長野県

    江戸期の図像や民俗記録に基づく狒々像。山地に棲み、老猿が変じて巨体・怪力を得た存在と語られる。人前で高笑いし、反り返った長い唇が目を覆うため隙が生じるという特徴が各地の語りに共有される。女性攫いの逸話、樵との格闘譚、風雲を起こし人を投げる話が伝わる。『和漢三才図会』など博物書は黒い体毛・大柄・人語の伝聞を記すが、具体の出現地や実物性は定かでない。名称は笑い声に由来する説が流布し、山童・猿神と混称される場合があるが、狒々は猿形の山の怪として区別されることが多い。

  • 白虎

    白虎

    神格

    びゃっこ

    西方を護る四神・白虎

    動物変化奈良県

    白虎は、東の青竜と一対をなして語られる、西方・金気・秋の神獣である。この版では、その天文的起源と、青竜との対構造を辿る。 起源は天の星にある。西方七宿(奎・婁・胃・昴・畢・觜・参)の連なりを虎の形に見立てたのが白虎である。『淮南子』天文訓は西方の帝を少昊、その獣を白虎とし、金気・秋・白に配した。『史記』天官書の天の西宮も同じ体系に立つ。白毛の猛虎という姿は金気の白を象り、実りと収穫、そして粛殺の気をまとう秋の西天に対応する。 白虎と青竜の対は古い。戦国初期の曾侯乙墓の漆衣箱(前四三三頃)が、二十八宿の名とともに青竜と白虎を左右に描くことは、東(青竜)と西(白虎)を相対させる四神の構図が、すでに二千四百年前に確立していたことを示す。 日本では、白虎は方位鎮護・結界の標として受け入れられた。『続日本紀』の大宝元年(七〇一)の四神幡では、白虎が西(右)に配された。固有の説話には乏しいが、四神相応の地相観のなかで西方の守りとされ、図像としてはキトラ古墳西壁に、青竜と相対する白虎がなお残る。東の竜と西の虎――この対称こそ、四神の体系の骨格である。

  • 風狸

    風狸

    珍しい

    ふうり

    風を起こす獣怪・風狸

    動物変化中国『本草綱目』の風母·風生獣、渡来

    江戸期に伝わった中国博物誌の記述を基盤に、日本側の随筆・図会に見える受容を整理した像。体は小猿または貂・狸ほどで尾短、赤い目を持ち、暗い地色に斑が入るとされる。行状は風とともに現れて人畜を驚かす、あるいは不意の掠傷を残す程度で、鬼怪ほどの害は強調されない。日本では実在視が揺れ、『和漢三才図会』は未産を主張する一方、『耳嚢』は稀遇談を載せ、『広倭本草』は狤𤟎をカマイタチに比定した。よって妖名は外来だが、近世知識人の比較・同定の試みにより「風に伴う獣怪」「掠傷を与える不可視の何か」という観念へ収斂した。具体の生態・姿形は書により錯綜し、地域固有の獣(貂・狸・猿・カワウソ等)や風害現象への解釈が重なって成立した像とみられる。

  • 封豨

    封豨

    珍しい

    ほうき

    桑林の異国獣・封豨

    動物変化中国『山海経』由来の異国獣。江戸の異国奇談で名のみ引用、日本の地理伝承と結びつかない

    中国古典から輸入され、長らく博物誌の中で眠っていた「桑林の異国獣」としての解釈版である。このバージョンにおける封豨は、日本の妖怪のように「夜道で人を驚かす」「家に棲みついて富をもたらす」といった人間サイズの怪異ではなく、国家規模の災害をもたらす「神話的スケールの荒ぶる神(自然災害の象徴)」として位置づけられる。 分厚く硬質な皮膚はあらゆる物理攻撃を跳ね返し、その突進は森を平野に変え、水に浸かれば豪雨を呼ぶ。古代中国においては、人間の手に負えない大自然の猛威(洪水や獣害)そのものが「巨大な猪」の姿を借りて顕現したものであった。羿(げい)による退治伝説は、圧倒的な自然の暴威を人間の英雄が「文化(弓術)」によって屈服させ、さらにそれを「食す(供物にする)」ことで完全に人間のコントロール下に置くという、文明の勝利を語る神話的装置として機能している。 日本においては、こうした大陸的なスケールの怪獣は土着化しにくく、「異国の奇獣」として知識の引き出しに仕舞われていた。しかし、現代のエンターテインメントがこの「硬く、巨大で、無敵に近い突進力」という属性を発掘し、最強の敵キャラクターのモチーフとして再解釈したことで、図らずも古代中国人が封豨に抱いていた「圧倒的な暴力への絶望と畏怖」が、現代人にもリアルな恐怖として共有されることとなった。伝承の途絶えた化け物が、ポップカルチャーの力で本来の威圧感を取り戻した、妖怪受容史における非常にドラマチックな事例である。

  • 命婦

    命婦

    稀少

    みょうぶ

    稲荷大神の白き神使·命婦

    動物変化京都府

    命婦は、稲荷大神の眷属たる白狐を神格化した存在で、伏見稲荷大社の末社·白狐社に「命婦専女神」として祀られる。狐そのものを神とする俗信と異なり、命婦は神に近侍する御使い (神使) としての白狐を指す点に本質がある。 「命婦」は律令制の女官位階に由来する称号で、正一位の神階を持つ稲荷大神に仕える白狐を、宮中の高位女官になぞらえて呼んだものである。白狐社の社殿は寛永年間建立の一間社春日造檜皮葺で国の重要文化財。創建時は「奥の命婦」「命婦社」と呼ばれ、原田春満『稲荷神社縁起』は阿古町·小薄六を祭神とし、すすむ命婦に由来すると伝える。稲穂·巻物·鍵·宝珠をくわえる白狐像は、命婦が田の実り·言葉·倉·宝を媒介する清浄な神使であることを示す図像表現である。

  • 茂林寺の釜

    茂林寺の釜

    珍しい

    もりんじのかま

    守鶴狸の尽きぬ釜・茂林寺の釜

    動物変化群馬県

    上州・茂林寺に伝わる守鶴の話に拠る像。湯が尽きぬ茶釜は施与と法喜を示す象徴で、僧衆や来客に茶を分ける行為が徳を広めるものと理解される。守鶴は長命の狸で、人の世に交わりつつ仏縁に結ばれた存在として描かれる。正体が露見すると寺を辞すが、別れに際し幻術をもって古戦や仏事の景を示し、人々に無常と法の徳を諭したとされる。後代、この説が昔話の「分福茶釜」へと整理され、見世物的な曲芸譚に転じた系統と、寺縁起にとどまる系統が併存する。地域では寺宝の釜と結びつけて語られ、狸信仰や講談・随筆の影響を受けつつも、根幹は「尽きぬ湯」と「去る賢狸」の二点に要約される。

  • 野狐

    野狐

    珍しい

    やこ

    九州群行の下位狐・野狐

    動物変化中国道教の狐階位最下位、九州に野狐憑き信仰、概念は渡来

    この版では、野狐が仏教、とくに禅の世界でどう語られたかに目を向ける。禅には「野狐禅(やこぜん)」という言葉がある。まだ悟りきっていないのに、悟ったつもりになっている半端な境地を、戒めをこめてそう呼ぶ言葉である。 もとになったのは、宋の時代の禅の問答集『無門関』に載る「百丈野狐」という有名な話だ。唐の禅僧・百丈懐海(ひゃくじょうえかい)の説法に、毎回ひとりの老人が聞きに来ていた。あるとき老人は身の上を明かす。昔この寺の住職だったころ、「悟りを開いた者も因果(報い)に落ちるか」と問われ、「落ちない(不落因果)」と答えてしまった。そのたった一語の誤りのために、五百回もの生まれ変わりのあいだ、野狐の身に堕とされたのだ、と。老人は百丈に正しい答えを乞う。百丈が「因果をくらましはしない(不昧因果)」と言い直してやると、老人はその場で迷いを解かれ、野狐の身を脱して成仏したという。 ここでの野狐は、生半可な悟りに落ちた者が姿を変えられてしまう、いましめの象徴になっている。人を化かす里の野狐とはまた別に、野狐は「半端な賢(さか)しらの行き着く先」として、禅の言葉のなかにも長く生きつづけてきたのである。

  • 山地乳

    山地乳

    珍しい

    やまちち

    奥州山中に寝息を吸う獣・山地乳

    動物変化奥州 (現·東北地方、具体地未詳)

    山地乳を読むうえで大切なのは、この妖怪を「よく知られた地方伝承」として膨らませすぎないことである。核になる資料は『絵本百物語』で、そこに老蝙蝠から野衾、さらに山地乳へ至る変化と、寝息を吸う奇妙な効能が語られる。資料が少ない妖怪だからこそ、姿、行為、条件を正確に置くと輪郭がよく見える。 山地乳の姿は、猿に似て口先が尖った山の獣である。狐や狸のように人間へ変化するわけではなく、山姥のように人語で誘うわけでもない。身体は獣のままで、眠った人間の呼吸へ近づく。呼吸は生命の出入りであり、寝息は無防備な命の音である。山地乳はその音を吸い取るため、怖さは爪や牙ではなく、眠りの隙に命が抜かれる感覚にある。 ただし、山地乳の話は単純な吸血・吸精譚ではない。誰かが見ていれば、寝息を吸われた者は長寿を得る。誰にも見られなければ、翌日に死ぬ。この条件は不思議で、怪異が人間を害するか救うかを、第三者の目が決める。見られることによって怪の力が反転するという構造は、百物語的な語りの面白さでもある。寝室の中にいる人、眠る人、見ている人の三者関係が、山地乳の小さな物語を成立させている。 地名は奥州とされるが、ここでいう奥州は広域名であり、現代の一地点へ縮めるべきではない。陸奥国を古地名の受け皿として置くのは、文献にある奥州の範囲を示すためであって、福島県だけの妖怪と断定するためではない。山地乳は、地図の精密点よりも、東北の山中という距離感の中で語られる妖怪である。 関係づけるなら、野衾と覚が最も近い。野衾は山地乳の前段階として本文に現れ、山地乳の老成形という位置を支える。覚は「深山ではこれをさとりかいという」とされる解釈上の接点を持つが、心を読む覚と寝息を吸う山地乳は同一ではない。この違いを保ったまま並べることで、山野の獣妖怪の中に、呼吸、思考、眠りをめぐる細かな分化が見えてくる。

  • 夜雀

    夜雀

    珍しい

    よすずめ

    山道で付きまとう鳥・夜雀

    動物変化高知県

    夜雀は西日本の山間部に広く語られる夜の随行怪で、鳴き声により存在を示す点が特色である。土佐では小鳥状、北川村や伊予では蛾・蝶状ともされ、姿は一定しない。単独行の時に背後や前方を交互にとりまき、耳許で細かく鳴いて歩行の調子を乱す。富山村では退散の唱え言が伝わり、軽挙に捕らえると夜盲に罹ると戒める。和歌山では逆に狼の出現を知らせ、山の魔からの守護の徴と捉える例がある。類話として奈良・紀伊の送り雀、高知・愛媛の袂雀があり、特に津野山・城辺では同一視され、袂を握る、枝を三本立てる、特定の真言を唱えるなどの回避法が語られる。視覚的実体の曖昧さ、音による干渉、地域ごとの吉凶解釈の差が民俗的特徴である。

  • 雷獣

    雷獣

    伝説

    らいじゅう

    久慈雷鳴の獣・雷獣

    動物変化茨城県秋田県

    苗代期の雷鳴に伴い降り、田を荒すと畏れられた在地像。追儺のため割竹を鳴らす所作や、田に竹を立て帰路を示す民俗が随伴する。人に直接害を加えるより、落雷による災いの擬人化として理解され、近づいた者は気を奪われると語られる。食性や容貌は一定せず、鼬・狸・猫に似るなど多様な言い伝えがある。

  • 六右衛門

    六右衛門

    稀少

    ろくえもん

    阿波狸を束ねる総領·六右衛門

    動物変化徳島県

    津田浦に棲む阿波狸の総領·六右衛門の姿。四国じゅうの狸を束ねる総大将として君臨し、正一位の位階を競い合う狸の序列の頂に立つ老練の長である。かつて弟子として迎え、娘との縁組で跡目を継がせようとした金長を、その出奔の後にはやがて宿敵として勝浦川の岸辺で迎え撃つ。両軍六百匹余りが三日三晩を戦い抜いた大合戦の末、一騎討ちに敗れて散ったと伝わるが、その名は講談·映画·アニメへと語り継がれ、阿波狸合戦のもう一方の主役として今に残っている。

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