お露
おつゆ
牡丹灯籠のお露
牡丹灯籠のお露は、恐怖そのものよりも「死してなお続く恋」を体現する幽霊である。旗本の娘として育ち、医者山本志丈に連れられて訪れた浪人萩原新三郎に一目で心を奪われたが、家の事情で再会は叶わず、相手を想いながら恋の病で命を落としたと語られる。しかし彼女の執着は死をもってしても消えず、初盆の夜から侍女お米とともに、牡丹の絵が描かれた灯籠を提げ、下駄を「カランコロン」と鳴らしながら、夜ごと新三郎のもとへ通い始める。生きていると信じて逢瀬を重ねる新三郎であったが、隣家の伴蔵に二人の正体——既に葬られた死霊であること——を見抜かれ、恐怖した新三郎は海音如来の札を戸口という戸口に貼り、金無垢の海音如来像を肌身に着けて結界を張る。札に阻まれたお露は家に入れず、毎夜門前で恨めしげに、また悲しげに新三郎の名を呼び続ける。物語の悲劇は、ここで人の欲が介入することで決定づけられる。幽霊側はお露の想いを遂げさせるべく、伴蔵・お峰の夫婦を百両で買収する。伴蔵は海音如来像を粘土の偽像とすり替え、護符を剥ぎ取った。結界を失った新三郎はついにお露に迎え入れられ、翌朝、髑髏に首筋を抱かれ、恐怖に歪んだ顔のまま白骨となって発見される。お露の本質は祟りや怨念ではなく、報われぬまま死してなお相手を求め続ける一途さにあり、その純度の高さこそが、彼女を近世怪談屈指の幽霊へと押し上げている。原典の中国「牡丹灯記」、了意『伽婢子』の翻案、円朝の落語という三層を通して、お露の像は徐々に日本の観客の涙を誘う悲恋の幽霊へと結晶していった。