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座敷童子(ざしきわらし)

基本説明

座敷童子(ざしきわらし)は、東北地方、とりわけ岩手の古い家に宿ると語られてきた神霊・怪異である。子どもの姿で現れる話がよく知られるが、その姿を一つに定めることはできない。柳田國男『遠野物語』第17話には十二、三歳ほどの男児として見えた例があり、同じ話には姿を見せず、隣室で紙が鳴る音や鼻を鳴らす音だけで気配を知らせる例もある。第18話では二人の童女として語られ、後の地域記録には赤い小袖の子、老婆、老翁、細長い手だけを見せるものまで現れる。

座敷童子が家の盛衰と結びつけられることも重要である。『遠野物語』は、座敷童子を「神」と呼び、その神が宿る家は富貴自在だと伝える。一方で、童子が去った後に家運が傾いたとする話も語られた。ただし、これは座敷童子が気まぐれに罰を下すという一律の性格設定ではない。家の内部に感じられる人ならぬ気配と、家が栄えること、衰えることを重ねて理解する民俗的な語りである。

「座敷童子」という名は、特定の一体だけを指す固有名というより、家の内側で語られる怪異を束ねる呼び名として働いてきたように見える。座敷だけでなく、蔵、勝手、土間、床下など、日々の暮らしと家の境目にある場所が舞台になる。人に会うこともあれば、音、圧迫感、見慣れない影だけが伝えられることもある。童の姿は大切な代表像であっても、その多様な語りを消す標準像ではない。

佐々木喜善の収集記録は、座敷童子を単純な「幸福を呼ぶ幼児」へ縮めない。座敷、蔵、勝手、床下などに関わる異なる話があり、呼び名も土地ごとに揺れる。幼児死や間引きとの関連を考える記録もあるが、佐々木自身はそれを比較すべき事項の一つとして置いたのであって、座敷童子すべての起源とは断定していない。座敷童子とは、家の中にもう一人いるように感じられる存在を、土地ごとの記憶と家運の物語の中で語り継いだ、大きく多様なまとまりなのである。

民話・伝承

座敷童子を知るうえで、柳田國男『遠野物語』第17話は重要な早期記録である。話は遠野の旧家に「ザシキワラシといふ神」が住む家が少なくない、と始まる。土淵村大字飯豊の今淵勘十郎家では、高等女学校から帰省した娘が廊下で出会った存在が「多くは十二、三ばかりの童児」とされ、しかも「まさしく男の児」だったという。同じ土淵村山口の佐々木家では、縫い物をする母が隣室の紙の音を聞き、戸を開けても何も見えず、しばらくすると鼻を鳴らす音を聞く。姿を見せないまま気配だけが受け取られる例であり、同話はその神が宿る家を「富貴自在」と結ぶ。

第18話は、座敷童子が去ることと家の衰亡とを重ねる代表的な語りである。山口孫左衛門家には童女の神二人がいると伝えられ、ある男が留場の橋のほとりで、そこから出て別の家へ向かうという二人の娘に会う。ほどなく同家では主従二十数人が茸の毒に当たって一日のうちに死に、昼食に戻らなかった七歳の女児だけが残る。ここで原文が語るのは、童女の離脱と、その後に起きた災厄・家財の散逸である。童女が毒を仕込んだ、怒って一家を罰した、主人が毒茸を調理して食べさせた、といった因果までは記していない。物語の怖さは、家に宿っていたものがいなくなった後、家の運がほどけていくように見える点にある。

座敷童子の像が一枚に決まらないことは、佐々木喜善『奥州のザシキワラシの話』の構成そのものから分かる。佐々木は子ども時代の記憶、近ごろ耳にした話、実話として伝わる話、物語化した話、各地への照会を分け、存在すると答えた地方だけでなく存在しないと答えた地方も記録した。その後に「関係あるかと思はれる事項」を設け、オクナイサマ、オシラサマ、畳ころがし、幼児の霊魂などを比較対象に置いている。幼児の霊魂は一つの重要な問いだが、この本はそれを唯一の答えにしていない。末尾の「ザシキワラシの種類及別名表」「出現の場所及家名表」も、地域ごとに異なる名、姿、場を整理した資料である。

1924年の佐々木喜善「ザシキワラシの話」には、こうした多様性を具体的に示す地域例がある。盛岡地方の土蔵には、赤い小袖を着た美しい子どもがときに踊る「クラワラシ」がいるという。これは赤い衣服の子どもという像に地域的な記録があることを示すが、すべての座敷童子の標準服を決める資料ではない。岩泉町の童形の木像をめぐる話では、家を新築する際に大工が子どもの形の木像を座敷の床下へ埋めると座敷童子が出るとされ、家の建築と結びつく系統もある。迫町のウスゴロをめぐる報告には、幼児死と結びつける推測が見えるが、これも地域的な説明として慎重に読むべきである。

現代の座敷童子受容は、古い家に宿るものと家運を結びつける感覚を別のかたちで保っている。二戸市の金田一温泉案内は、座敷わらし伝説の残る宿として緑風荘を紹介し、緑風荘公式は槐の間を、亀麿くんが現れたと伝えられる奥座敷として掲げる。これは『遠野物語』の山口家の話と同一ではなく、近現代に続く地域伝説・観光受容の層である。座敷童子を読むときは、遠野の原話、東北各地の異伝、現代の宿の伝説を混ぜずに、それぞれの土地と時代の語りとして受け取る必要がある。

妖怪カード4

座敷童子 を様々な画風のカードで

カード一覧

座敷童子 一問一答

Q1

座敷童子とは、どのような存在?

A:

座敷童子は、東北地方の家に宿ると語られてきた神霊・怪異をまとめる呼び名です。子どもの姿で現れる話がよく知られますが、隣室の紙の音や鼻息だけで存在を知らせる例もあります。家の富貴や衰亡と結びつけられる一方、姿や性格が一つに定まった存在ではありません。

Q2

古い記録には、どのように書かれている?

A:

1910年刊『遠野物語』第17・18話には、十二、三歳ほどの男児、誰もいない部屋の紙音と鼻息、家を去る二人の童女が登場します。佐々木喜善は1920年の調査集で、各地の呼び名、姿、現れる場所、由来の説明を幅広く集め、一つの標準像へまとめませんでした。

Q3

どんな姿をしているの?

A:

姿は一様ではありません。『遠野物語』には十二、三歳ほどの男児と二人の童女が現れ、別の地域記録には赤い小袖の子、老婆、老翁、細長い手だけを見せるものまであります。姿を見せず、物音だけで気配を伝える話もあります。

Q4

見ると必ず幸運になるの?

A:

古い記録には、座敷童子が宿る家は富貴だとする話や、童子が去った後に家運が衰えたとする話があります。ただし、見た人が必ず幸運になるという共通ルールや、座敷童子が後の災厄を意図的に起こしたという説明まではありません。家の運命を語る物語上の結びつきとして読むのが適切です。

Q5

性格は親しみ深いの?怖いの?

A:

座敷童子全体に共通する性格は語られていません。親しみや遊び心を感じさせる例もあれば、誰もいない部屋で紙が鳴り、鼻息だけが聞こえる不気味な例もあります。親しみ深さ、いたずら好き、怖さ、静けさは、それぞれの土地と家の話に属する表情です。

Q6

座敷童子を家へ招く方法はある?

A:

古い伝承全体に共通する招き方や、必ず喜ぶ供え物は確認できません。座敷童子は特定の家、部屋、家族の記憶と結びついて語られます。玩具や菓子を供える習慣は、特定の施設や現代の受容としては見られても、すべての古い伝承に共通する作法ではありません。

Q7

どこに現れると語られている?

A:

岩手県遠野郷は重要な早期記録の地ですが、伝承は東北各地にあります。舞台も座敷だけとは限らず、蔵、勝手、土間、床下など家のさまざまな空間と結びつきます。二戸市金田一温泉の緑風荘には、槐の間に亀麿くんが現れるという現代の宿の伝説があります。

Q8

赤い服の子どもという姿は原典どおり?

A:

盛岡地方の1924年の記録には、土蔵に赤い小袖を着た美しい子どもが現れる例があり、よく知られた姿には地域的な根拠があります。しかし、ほかの記録は年齢、性別、服装、形を異なって語り、見えない気配だけの例もあります。赤い服の子は代表像の一つであって、唯一の原型ではありません。

徹底解説

『遠野物語』に現れる男児と物音

座敷童子を『赤い着物の小さな福の神』だけで理解すると、古い記録が伝える豊かな幅を見落としてしまう。柳田國男『遠野物語』第17話で具体的に姿を見せるのは、土淵村飯豊で帰省した娘が廊下に見た十二、三歳ほどの男児である。ところが同じ話の山口の佐々木家では、縫い物をしていた母が隣室で紙の鳴る音を聞き、戸を開けても誰もいない。やがて鼻を鳴らす音がする。座敷童子は『見えた子ども』としてだけでなく、誰もいない部屋に誰かがいると感じさせる物音としても語られている。

第17話は、このような存在を『ザシキワラシといふ神』と呼び、その神が宿る家は富貴自在だと伝える。ここで家の繁栄と結びつくのは、いつも笑い声を立てる愛らしい守護者ではなく、姿さえ見えないことのある家内の神霊である。子どもの容貌、物音、家の富貴という要素が、一つの話の中に並んでいる。

去った二人の童女と家の衰亡

『遠野物語』第18話では、山口孫左衛門家に二人の童女の神がいると伝えられる。ある男は留場の橋の近くで、山口家を出て別の家へ向かうという二人の娘に会う。ほどなく山口家では主従二十数人が茸の毒に当たり、一日のうちに死ぬ。昼食に戻らなかった七歳の女児だけが残り、家財も失われていく。

原文は、童女が毒を仕込んだとも、怒って一家を罰したとも記していない。童女が去ったことと、その後の災厄・家の衰亡が続けて語られるため、家に宿っていた神霊の離脱と家運の傾きが重なって見えるのである。座敷童子は家の運命を意のままに裁く存在というより、家の内側にあった人ならぬ気配と、その家の栄枯盛衰を結びつける物語の核として現れる。

名と姿を広げた佐々木喜善の調査

佐々木喜善『奥州のザシキワラシの話』は、座敷童子を一つの系譜に閉じ込めない。佐々木は幼少時の記憶、近年耳にした話、実話として伝わる話、物語化した話、各地への照会を分け、存在すると答えた地方だけでなく、存在しないと答えた地方も記録した。さらにオクナイサマ、オシラサマ、畳ころがし、幼児の霊魂などを『関係あるかと思はれる事項』として比較する。幼児の死や間引きとの結びつきは重要な地域的説明の一つだが、この本はそれを座敷童子すべての起源とはしていない。

『炉辺叢書第三編』の見開き。右頁で本文が終わり、左頁から座敷童子の種類と別名を整理した表が始まる
佐々木喜善『奥州のザシキワラシの話』種類・別名表(1)
『炉辺叢書第三編』の見開き。座敷童子の種類・別名表が完結し、出現した場所と家名の表が始まる
佐々木喜善『奥州のザシキワラシの話』種類・別名表(2)
佐々木喜善『奥州のザシキワラシの話』種類・別名表(1): 佐々木喜善『奥州のザシキワラシの話』の種類・別名表の前半。呼び名と姿が土地によって一様でなかったことを示す。
佐々木喜善『奥州のザシキワラシの話』種類・別名表(2): 種類・別名表の後半と、出現場所・家名表の冒頭。座敷童子の伝承が多様な呼び名だけでなく、具体的な土地や家とも結びついて記録されたことが分かる。
佐々木喜善『奥州のザシキワラシの話』(『炉辺叢書第三編』、玄文社、1920年)、国立国会図書館デジタルコレクション。Wikimedia Commons経由、Public Domain。
Public Domain。国立国会図書館所蔵資料の公開スキャンをWikimedia Commonsから取得。

同書末尾の『ザシキワラシの種類及別名表』と『出現の場所及家名表』は、呼び名、姿、現れる場所が一様でなかったことを視覚的に示す。蔵にいるクラワラシ、坊主頭の老婆とされるザシキバッコ、腰の曲がった老翁とされるザシキジッコ、細長い手だけを見せるホソデやナガテなど、童の姿から遠く見える例まで同じ調査の中に並ぶ。座敷童子という名は、一体の固有キャラクターより、家の内側で感じられる多様な怪異を束ねる呼び名として働いてきた。

家の建築と土地ごとの異伝

1924年の地域記録にも、姿と由来の揺れがよく現れる。盛岡地方のクラワラシは、土蔵にいて赤い小袖を着た美しい子どもが、ときに踊ると記録される。赤い衣服の子という像には確かな地域例があるが、これを東北全域の標準的な姿にすることはできない。遠野の男児、山口の見えない物音、盛岡の蔵の子は、それぞれ別の家と土地に属する話である。

岩泉町の新築時に童形の木像を座敷の床下へ埋めるという話は、座敷童子を死んだ子の霊だけでなく、建物の成り立ちや大工への畏れとも結びつける。迫町のウスゴロを幼児死と結びつける説明は推測の形で記され、花巻には男女や夫婦の座敷童子、外へ出る時に馬になるという話もある。地域例を比べるほど、座敷童子は固定した容貌より、家の内側に滞在する不可思議なものとして輪郭を持つ。

現代へ続く宿の伝説

金田一温泉の緑風荘の槐の間は、座敷童子が現れると伝えられる現代の場所である。二戸市の案内も、金田一温泉に座敷わらし伝説の残る宿があることを紹介する。ここで語られる亀麿の伝説は、『遠野物語』第17・18話と同一の出来事ではない。それでも、建物に人ならぬ存在が宿り、そこで起こる幸不幸へ人が意味を見いだす感覚を、現代の宿泊文化の中に伝えている。

遠野の早期記録、東北各地の異伝、現在の宿の物語を、それぞれの土地と時代に置いて読むと、座敷童子は単純な幸運のマスコットではなくなる。見えた子ども、見えない物音、家を去る童女、蔵の赤い小袖、床下に埋められた木像、宿に伝わる亀麿。それらを一つの姿へ押し込めず、家ごとに異なる記憶として受け取るところに、この怪異の深さがある。

妖怪設定

この区画は物語を楽しむための当サイト独自の設定です。史実・考証ではありません。

妖怪タイプ
伝統妖怪
カテゴリ
住居・器物
レアリティ
伝説
性格
一定しない。子どもの姿を見せる例も、姿を見せず物音だけを残す例もあり、地域によって親しみ深さ、不気味さ、圧迫感の語られ方が異なる。
相性
一律の対人相性は語られていない。古い家の記憶や、土地ごとに異なる伝承へ静かに耳を傾ける人には、その多様な輪郭が見えやすい。
能力・特技
子どもの姿、または物音・気配として現れると語られる遠野の代表的伝承では、宿る家の富貴と結びつけられる去った後の家運の衰えと結びつけられる話がある地域により蔵・座敷・勝手・床下など異なる屋内空間に現れる地域ごとに異なる姿や名称をとる
弱点
共通する弱点は伝えられていない。弓で射れば去る、粗末に扱えば必ず去るといった条件は、座敷童子全体に共通する伝承ではない。
生息地
東北地方の旧家・屋内。座敷が著名だが、地域により蔵、勝手、土間、床下などにも結びつく。

出典・参考文献

8
  1. 遠野物語佐々木鏡石述・柳田國男著(聚精堂, 1910年) [一次文献]第17話は男児の姿、姿の見えない物音、座敷童子が宿る家の富貴を記し、第18話は二人の童女が家を去った後の山口家の衰亡を語る。
  2. 奥州のザシキワラシの話(炉辺叢書第三編)佐々木喜善(玄文社, 1920年) [一次文献]佐々木喜善が幼少時の記憶、採集談、各地への照会、比較資料を整理した調査集。巻末に種類・別名と出現場所・家名の表を収める。
  3. ザシキワラシの話佐々木喜善(『郷土趣味』5巻2号、郷土趣味社, 1924年) [民俗採集記録]盛岡地方の土蔵に現れ、赤い小袖を着た美しい子どもが時に踊るというクラワラシの地域例を収める。
  4. ザシキワラシの話(岩泉町・童形の木像の例)佐々木喜善(『郷土趣味』5巻2号、郷土趣味社, 1924年) [民俗採集記録]岩泉町で、家の新築時に大工が童形の木像を座敷の床下へ埋めると座敷童子が現れるという地域例を記録する。
  5. ザシキワラシの話(迫町・ウスゴロの例)佐々木喜善(『郷土趣味』5巻2号、郷土趣味社, 1924年) [民俗採集記録]迫町のウスゴロについて、幼児の死との関連を推測の形で伝える地域記録。
  6. 金田一温泉二戸市(岩手県二戸市, 現行) [自治体公式資料] 参考資料金田一温泉と、座敷わらし伝説が残る宿を紹介する二戸市の公式案内。
  7. 施設のご案内・槐の間座敷わらしの宿・緑風荘(緑風荘, 現行) [施設公式資料] 参考資料槐の間を、亀麿くんが現れたと伝えられる奥座敷として紹介する緑風荘の公式案内。
  8. ザシキワラシの話(花巻・男女と夫婦の例)佐々木喜善(『郷土趣味』5巻2号、郷土趣味社, 1924年) [民俗採集記録]花巻地方で、座敷童子には男女の区別があり、夫婦でいる家や、外へ出る時に馬になるという話を記録する。

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