基本説明
座敷童子(ざしきわらし)は、岩手県や青森県をはじめ東北地方に伝わる、家のなかに棲みつく子どもの姿の妖怪である。多くは五、六歳ほどの童で、赤らんだ顔におかっぱ頭、絣(かすり)や赤いちゃんちゃんこを着た姿で、座敷や奥の間にふいに現れるという。人をさらったり害したりすることはほとんどなく、夜に廊下を走る足音や、誰もいない座敷で笑う子どもの声として気配を見せる。
座敷童子の最大の特徴は、その家の運と固く結びついている点にある。座敷童子が棲みつき、その姿を見ることのできる家は富み栄え、逆に座敷童子が去った家はたちまち没落する、と固く信じられてきた[1]。それゆえ座敷童子は、ただの子どもの幽霊ではなく、家の盛衰をつかさどる守り神のような存在として、畏れと親しみをこめて語られてきた。
民話・伝承
座敷童子の名を世に広めたのは、柳田國男が明治43年(1910)にまとめた『遠野物語』[1]である。そのなかに、土淵村の旧家・山口孫左衛門の家にまつわる有名な話がある。ある日、村人が見慣れぬ二人の娘に出会い、どこから来たのかと問うと「孫左衛門の家から来た、これから別の家へ行く」と答えた。座敷童子が去ったのである。はたしてまもなく、孫左衛門の一家は庭の梨の木のそばに生えた毒キノコを食べ、主人から下男下女まで二十人あまりが一日のうちに死に絶え、外で遊んでいた七歳の女の子だけが生き残ったという。座敷童子の去った家がいかにあっけなく没落するかを、この話は鮮やかに語っている。
『遠野物語』に話を伝えたのは、遠野出身の佐々木喜善である。彼はのちに座敷童子だけを集めた『奥州のザシキワラシの話』[2](1920)を著し、東北各地の数多くの目撃譚や呼び名を書きとめた。
座敷童子に会える宿として名高いのが、岩手県二戸市の金田一温泉にある旅館緑風荘[3]である。ここには南北朝のころ、落ち延びてきた一族の六歳の子・亀麿(かめまろ)が病で世を去る際、「末代までこの家を守る」と言い残して座敷童子になった、という伝えがある。とくに「槐(えんじゅ)の間」によく現れるといい、童子を見た客は幸運に恵まれるとして、全国から泊まり客が絶えない。平成21年(2009)の火災で建物は全焼したが、中庭の亀麿を祀る祠だけは焼け残り、平成28年(2016)に再建された。
座敷童子の呼び名や姿には地域差が大きい。岩手の内陸ではザシキボッコ、土蔵に棲むものをクラボッコと呼び、宮沢賢治も『ざしき童子のはなし』にこの名を用いた。河童が家に上がりこんで座敷童子になった、という土地もあり、水辺の精霊と家の精霊は近しいものと考えられていた。
座敷童子 一問一答
A:岩手県や青森県など東北地方に伝わる、家に幸福をもたらす子どもの姿の妖怪です。
古い家の座敷(客間)に棲み、姿を見た家は栄え、去った家は衰えると信じられています。
A:岩手県二戸市の金田一温泉をはじめ、東北各地の古民家や旅館に伝承が残ります。
子どもの足音や笑い声、座敷で遊ぶ気配などが「座敷童子がいる証」とされてきました。
A:年の頃は5歳から10歳ほど。
赤い頬におかっぱ頭、古風な着物姿で、男女どちらともつかない姿として描かれることが多いです。
A:幸運が訪れるとされます。
座敷童子を見た家は家運が上がり、代々繁栄すると伝えられます。
しかし、童子がその家を離れるとたちまち衰退するとも言われます。
A:怖くはありません。
いたずら好きで、夜に障子を開けたり、玩具を動かしたり、茶碗を並べたりと子どもらしい遊び心を見せます。
怒らせても害はなく、家に笑い声が絶えないこと自体が吉兆とされます。
A:おもちゃやお菓子を供えると喜ぶと言われます。
また、家を清潔に保ち、家族仲良く暮らすことが最大のおもてなしです。
童子は「人のあたたかさ」を感じる家を好むのです。
A:はい。東北地方の旅館や古民家では、今も「座敷童子を見た」という話が絶えません。
特に岩手の緑風荘(金田一温泉)や青森の青荷温泉などでは、
「見た人が幸せになった」というエピソードが宿の名物となっています。
A:アニメや漫画、ゲームでも「かわいい妖怪」「家を守る精霊」として登場します。
恐ろしい存在ではなく、懐かしさや郷愁を呼び起こす日本的な幸福の象徴として人気です。
コレクション収録
この妖怪は以下のコレクションに収録されています:
徹底解説
この版では、福の神という明るい顔の裏にある、座敷童子のもう一つの相に目を向ける。
座敷童子には、棲む場所によって格の違いがあると語られてきた。奥座敷に現れる色白で美しい上位のものは「チョウピラコ」と呼ばれて喜ばれる一方、土間や臼(うす)の下を這いまわる下位のものは「ノタバリコ」「ウスツキコ」と呼ばれ、どこか薄気味の悪い存在とされた[4]。座敷童子は、家のなかの清らかな上座と、土に近い暗がりとの両方にまたがっているのである。
この土間や臼の下という場所が、座敷童子の暗い起源説と深く関わる。かつて飢饉に苦しむ東北の貧しい村では、育てられない赤子を「間引き(まびき)」「子返し」と称して死なせ、墓地ではなく家の土間や竈(かまど)のそばに埋めることがあったという。座敷童子とは、そうして家のなかに葬られた子の霊なのではないか――佐々木喜善は、座敷童子を圧し殺されて家のうちに埋められた子どもの霊だと述べたと伝わる[2]。可愛らしい福の神の姿は、村の暮らしのもっとも痛ましい部分を覆い隠す薄皮でもあった。
それでも人々は、この子らを憎むのではなく、家を守る神として祀ってきた。柳田國男は座敷童子を、仏を守る護法童子が家の守り神へと姿を変えたものと見、折口信夫は、外から訪れて家に幸いをもたらす来訪神(まれびと)や祖先の霊の系譜に位置づけた。死んだ子への悔いと、家の繁栄への願いとが一つに溶け合ったところに、座敷童子という不思議な存在は立っている。
妖怪設定
この区画は物語を楽しむための当サイト独自の設定です。史実・考証ではありません。
- 性格
- 無邪気で人懐っこく、住みついた家とその家族を慈しむ。気に入られれば富をもたらすが、ないがしろにされると黙って去ってしまう。
- 相性
- 家族や古いもの、家そのものを大切に慈しむ人
- 能力・特技
- 棲みついた家に富と繁栄をもたらす子どもの姿や足音・笑い声で気配を見せる家の盛衰を左右する意に染まねば家を去る
- 弱点
- 粗末に扱われる・ないがしろにされると去る
- 害そうとする者(弓で射るなど)からは離れる
- 家そのものが絶えると行き場を失う
- 生息地
- 古い民家の座敷・奥の間, 土蔵, 土間や臼の下
岩手の家守る童・座敷童子についてさらに詳しい情報や診断結果については、こちらをご覧ください。
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