といれのはなこさん
三階女子トイレ三番目の少女・花子さん
霊・亡霊1980年代の学校怪談、1990年常光徹『学校の怪談』で全国化
戦後校舎建築と「閉ざされた水場」。基本説明では文献初出と全国分布を辿ったが、徹底解説ではなぜ「学校・トイレ・少女」という組合せが現代怪談の中核に座ったかを掘り下げる。戦後日本の小学校建築は1950年代から鉄筋コンクリート三階建てが標準化し、一階に職員室、三階に高学年教室、トイレは各階の片端という配置が定型化した。三階のトイレは教師の目から最も遠く、休み時間以外は無人になりやすい空間で、そこに日常と非日常の境界が走る。児童 (特に女子児童) にとって厠は身体性が露出する場所であり、同時に共同空間内で独りになる場所でもある。常光徹はこの「学校空間の周縁」を花子さん怪談の地理的基盤と位置づけた。
「三」という数の符牒。三階・三番目の扉・三回ノックという三重の「三」は偶然ではない。日本の民俗的呼出儀礼 (丑の刻参り七日、三度の声がけ、三度回りの墓巡り) に共通する「三という閾値数」が現代怪談にも持ち越されたものと読める。児童は無自覚にこの伝統的な呼出構造を学校の中で再演している。花子さん遊びが「ただの遊び」ではなく擬似的な召喚儀礼として機能する理由はここにある。 1970年代に小学校で流行したコックリさん遊びの儀礼形式が、 1980年代の花子さん遊びへ連続して受け継がれたという指摘もある。
赤の色彩と「赤マント」の系譜。花子さんは赤いスカートや赤いつなぎ姿で描かれることが多い。戦後日本の少女表象における赤は (一) 血や初潮等の身体性、 (二) 学校制服の標準色から外れる異物感、 (三) 戦前怪談「赤マント」 (青い紙か赤い紙か問う声) との混淆という三層を持つ。 1939年神戸初出とされる赤マント怪談 ── トイレで赤い紙と青い紙のどちらが欲しいかを問う声 ── は花子さんと姉妹関係にあり、戦前から戦後への怪談系譜の連続性を示す。北海道・東北の花子さん異伝に赤マント要素が強く混入するのも、戦前怪談の残響が戦後校舎に移行した証である。
「ハナコ」という名の無名性。花子さんは「ハナコ」という昭和期に最も一般的な日本女性名を持つが、個別の生前歴は語られない ── これが彼女を「無数の名もなき女子児童」の集合代名詞として機能させる。戦時死亡説、震災死亡説、殺害説のいずれも具体的個人を欠き、むしろ「学校という空間が女子児童を呑み込んできた歴史そのもの」を擬人化したとも読める。民俗学者宮田登は『妖怪の民俗学』 (岩波書店、1985) で、戦後の学校怪談には「無名の死者を共同体が事後的に祀り直す」機能があると論じた。
1994-95年メディア展開の細部。 1994年関西テレビ版『学校の怪談』オムニバスでは「花子さん」が単話として制作され、同年8月のポニーキャニオン VHS『ほんとにあった!!学校の怪談』にも収録された。 1995年7月1日公開の松竹『トイレの花子さん』 (松岡錠司監督、主演·豊川悦司) は連続殺人事件と花子さん伝説を組み合わせたミステリ・ホラー、同年7月8日公開の東宝『学校の怪談』 (平山秀幸監督) はジュブナイル冒険ホラーと、同夏に並走した二作の作風は対照的である。東宝版は1996・1997・1999年と続編が作られ、シリーズ全4作で計約30億円超の興行収入を上げた。
現代の地縛少年と二次創作の重層。あいだいろ『地縛少年花子くん』 (2014年連載開始) は累計2000万部を突破、 2020年TVアニメ化、 2022年舞台化されている。ここでの「花子くん」は明るく面倒見の良い金髪の地縛霊で、原型の少女霊像とは完全に切り離されている。ジェネレーションZにとって「花子さん」は怖い少女霊である前に可愛い男子キャラクターとして第一義的に認知される ── 怪談の二次創作が一次怪談そのものを上書きする現代現象の好例である。