妖怪図鑑

日本の妖怪大百科

62 妖怪|14 カテゴリ|1/3 ページ
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住居・器物
  • 青行燈

    青行燈

    名妖

    あおあんどん

    百物語の鬼女・青行燈

    住居・器物東京都

    鳥山石燕が視覚化し、後世に決定的な影響を与えた「百物語の極点に現れる鬼女」としての解釈版である。このバージョンにおける青行燈は、単なる驚かしの妖怪ではなく、怪談という「恐怖の儀式」を司るゲームマスターであり、集まった人間の心理的限界を試す審判者として機能する。 彼女は白装束を纏い、長く乱れた黒髪の間から鋭い角を覗かせ、お歯黒の口元に不気味な笑みを浮かべている。その姿は「般若(嫉妬で鬼と化した女性)」の面を彷彿とさせる。周囲に散らばる裁縫道具や手紙が示す通り、彼女は「どこからかやってきた怪物」ではなく、百の怪談を語るうちに剥き出しになった参加者たちの「疑心暗鬼」「嫉妬」「恨み」といった負の感情が、青い行燈の光のなかで一点に凝結し、もっとも恐ろしい「鬼女」の姿をとって顕現したものである。 百本目の火が消え、完全な暗闇と静寂が訪れたその瞬間、彼女は参加者たちに対し「さあ、本当の怪異(地獄)を見せてやろう」と囁く。妖怪図鑑の枠を超え、人間の内面的な狂気と恐怖のメカニズムそのものを妖怪化してのけた、江戸の怪奇文化の洗練の極致とも言える存在である。

  • 垢嘗

    垢嘗

    名妖

    あかなめ

    夜の風呂場に潜む垢嘗

    住居・器物文献・絵巻発祥(『古今百物語評判』『画図百鬼夜行』)。在地伝承・出現地不詳

    石燕の図像や江戸の版本に基づく典型像。ざんぎり頭の童子に似て、鉤爪の足と長い舌を持つ。人を避け、人気の絶えた夜に現れ、風呂場に溜まった垢や水垢を舐め取り、痕跡として湿った舌跡や異様な臭いを残すとされた。直接の害は稀で、むしろ住人に清掃を促す存在として理解される。

  • 麻桶の毛

    麻桶の毛

    珍しい

    あさおけのけ

    阿波加茂社の神桶毛・麻桶の毛

    住居・器物徳島県

    阿波の古記録に拠る像。麻桶に納められた毛が神体の一部または神威の顕現として振る舞い、社の秩序を乱す者を拘束する。自立して徘徊するより、社域内での発動が中心と解される。毛は静かに伸び、複数に裂けて標的一人ずつを絡め取る描写が核で、見物人を無差別に襲うよりも、穢し・盗みなどの行為に反応する点が特徴。水木しげるは「麻桶毛」の名で巨大な毛塊として図像化したが、実伝承では容貌より機能の記述が濃い。信仰実践と禁忌遵守を促す社内規範の象徴として理解されることが多い。

  • 足洗邸

    足洗邸

    珍しい

    あしあらいやしき

    本所七不思議の足洗邸

    住居・器物東京都

    江戸本所における屋敷付喪的な怪異像として、天井から単独の巨大な足のみが出現し洗浄を求める特徴を持つ。人語で命じ、儀礼的行為としての「洗い」によって収束する点は、家内での穢れ祓い観念と親和的である。一方で正体の特定は避けられ、鬼神・怪物・動物変化・屋敷神の転態など多義的に語られてきた。脅威でありながら、盗人を踏みつける守護の側面が付随する型も知られ、祈祷で無理に祓うと荒ぶるという話型は、無闇な退散よりも応対作法を重んじる都市怪談の性格を示す。地域伝承では、屋敷替えで止む、女性が洗わねば引っ込まないなどの差異があるが、いずれも足のみ出現・洗えば退くという核が保たれる。

  • 安宅丸

    安宅丸

    珍しい

    あたけまる

    御座船の付喪神・安宅丸

    住居・器物東京都

    将軍の御座船として名高い安宅丸が、解体と転用を経て名残の霊威を帯びた存在として語られる民俗的像。船体の壮麗さと人々の畏敬が、器物に魂が宿るという観念と結びつき、材を粗略に扱えば怪異が起こると戒めとなった。具体の顕現は物音や夢告、家人への憑きものなど間接的で、場所や語り手により細部は異なる。史実の船歴と伝承が入り混じるため、妖怪譚としては象徴的・教訓的な性格をもつ。

  • 油赤子

    油赤子

    稀少

    あぶらあかご

    行灯油を嘗める油赤子

    住居・器物滋賀県

    本バージョンは、石燕の図像とその脚注が引用する江戸期随筆を基礎に、怪火譚の人格化としての赤子像を最小限に解釈する。核は「油盗みの火」であり、赤子姿は石燕の造形的示意と見るのが妥当である。行灯油は当時の生活必需で、寺社の供油は殊に尊ばれた。油を盗む振る舞いは宗教的・倫理的禁忌に触れ、死後に迷う火として語られた。後代の解説書には、火の玉が家に入り赤子となって油を嘗めるとする再話が見られるが、地域固有の口承の実例は限られ、広域に通有する定型は確認しにくい。従って本バージョンでは、怪火の発生(辻や社寺境内)、赤子像の顕現(行灯前で油を嘗める仕草)、再び火となって去る、という三段の型を提示しつつも、典拠未詳の細部は避け、象徴性(供物の油を穢すことへの戒め)を前面に置く。

  • 雨降小僧

    雨降小僧

    珍しい

    あめふりこぞう

    雨師に仕う侍童・雨降小僧

    住居・器物石燕『今昔画図続百鬼』、中国雨師の侍童設定、画集発祥

    鳥山石燕の図像を基調に、雨師に仕える侍童としての性格を前面化したバージョン。中骨を抜いた和傘を頭巾のように被り、手に提灯を持つ姿で現れる。出自は民間の口承よりも版本に根差し、黄表紙では小間使い的に登場する。雨と貴人奉仕の観念が重なり、小さ子神系の従者像として理解されてきた。雨そのものを呼ぶ明示的な神格は持たず、あくまで雨の権能を司る存在への従属が示唆されるに留まる。描写は一つ目・笠・提灯など時期や本によって揺れがあり、確定的な統一像はない。土地固有の来歴は不詳で、江戸の出版文化に支えられて広まった点が特徴である。

  • 板鬼

    板鬼

    珍しい

    いたおに

    棟より伸びて圧す・板鬼

    住居・器物『今昔物語集』の板の鬼、特定伝承地なし、説話発祥

    『今昔物語集』の記述に拠り、名称は後世の整理で「板鬼」とする。主体は板そのもの、もしくは板に宿った怪異として扱われ、形は建物の棟や格子から突き出す板状。動機や意思は語られず、結果として眠る者を圧殺する点が核である。平安期の宮廷・貴族邸宅では、夜間の宿直や門警が重要で、怪異譚は規律維持の教訓を帯びやすい。本例でも、武具を携える二人を避け、無防備な寝所を襲った流れが「怠りは死を招く」という倫理に結びつく。器物に宿る怪異という性格上、付喪神的理解とも接点はあるが、古物化や自立成長の説話は伴わず、特定の一枚が場に応じて出没する一過性の現象として語られる。追跡や捕縛の記録はなく、現出と消失が迅速で、痕跡を残さない点も特徴である。

  • 一反木綿

    一反木綿

    名妖

    いったんもめん

    薩摩夜空の絞め布・一反木綿(民間伝承版)

    住居・器物鹿児島県

    後年のアニメや漫画で描かれた「目や口を持ち、方言を喋る親しみやすい妖怪」というポップカルチャーの意匠を完全に剥ぎ取り、鹿児島県大隅半島に伝わる最古の民間伝承に最も忠実な「原教旨的恐怖」を再現した解釈版である。このバージョンの一反木綿は、人間との意思疎通が一切不可能な、完全なる「顔のない(Faceless)沈黙の暗殺者」として描かれる。 その恐怖の核は、圧倒的な「無音」と「異質さ」にある。夕暮れ時の薄暗い畦道や、人気のない夜の林縁において、それは羽ばたき音も足音も立てず、まるでただの白い布切れのように空から滑空してくる。そして、標的の頭上から音もなく降り立ち、冷たく湿った布の感触とともに、人間の顔全体を覆い尽くし、首に何重にも巻き付いて急速に窒息させるのである。目も鼻も口もないただの長い布であるため、受害者は相手の感情を読み取ることも、命乞いをすることもできず、ただ暗闇の中で視界と呼吸を奪われるという究極の「幽閉恐怖」を味わうことになる。 さらに、単なる「動く布(器物の怪)」ではないことを示す、非常に凄惨なエピソードが付随している。夜道でこの怪異に襲われ、息が絶えそうになった男が、腰に差していた脇差(短刀)を抜き放ち、顔に巻き付いた布を無我夢中で切りつけた。すると、布は一瞬にして闇の中へかき消えたが、男の手元に残された刀の刃には、べっとりと温かい「生血」がこびりついていたという。この「切れば血を流す」という生々しい物質的な対決譚は、一反木綿が単なる風の悪戯や布の妖怪ではなく、正体不明の「血肉を持った異形の捕食者」であることを強く示唆しており、田舎の暗闇に潜む根源的な恐怖を見事に体現している。

  • イペタム

    イペタム

    珍しい

    いぺたむ

    アイヌの血食う妖刀・イペタム

    住居・器物北海道

    本バージョンは各地のアイヌ伝承に見えるイペタム像を整理したもの。刀は自律的に鳴動し、石や革を「食う」と表現される行為で飢えを示す。抜けば血を見るまで収まらない、あるいは自ら飛来して人を斬るといった超常性が語られる。祟りは家々やコタンを脅かし、持ち主の意思を超えて災いを招くため、祭祀や禁忌による管理、あるいは水域への沈置によって封じられる。旭川・上川では底なし沼に投じたのち刀形の岩が顕れる説話が結びとなり、鎮魂と地名・景観の由来譚が結び付く。沙流では音を真似て賊を退ける機知譚が併存し、恐名そのものが抑止力として働いた様相がうかがえる。釧路桂恋の異名譚は、禁忌侵犯と加害の記憶を刀名に刻み、災厄物としての記憶化を示す。関連類型として人食い槍イペオプや護身刀ソウサムシペの語りがあり、凶刀観と武器観が体系的に存在したことを示唆する。創作的脚色を排し、各地の記録に即した妖刀像として再構成する。

  • 否哉

    否哉

    稀少

    いやや

    水面に老顔映す美女・否哉

    住居・器物石燕『今昔百鬼拾遺』、東方朔の怪哉故事に擬えた創作

    鳥山石燕の図像および付記に基づく理解に徹し、後世の脚色を控えて再記する。否哉は水辺に佇む女の後ろ姿として表され、水面には老人の相貌が映る。名は東方朔の「怪哉」を踏まえた語りで、石燕が寓意的に造形した可能性が高い。若さと老い、美貌と醜相、表と裏の反転を一枚の画面で対置し、人の見目に迷う心を戒める意匠と読まれてきた。確かな口承譚は乏しく、図像解釈の範囲で性格づけられるにとどまる。呼称「いやや/いやみ」は資料により異なり、意味は「否」「いや」に通じる拒絶・反撥を示唆するともされるが、文献上の確定はない。

  • うわん

    うわん

    名妖

    うわん

    廃屋でうわんと叫ぶ・うわん

    住居・器物出自不詳 ── 江戸期妖怪絵巻にのみ見える廃屋の音怪

    江戸期の妖怪絵巻に拠る再構成。鉄漿を施した人物風の顔貌、三本指の手を掲げ、廃屋や塀越しに現れて「うわん」と叫ぶ図像的特徴を踏まえる。人に直接の加害が明示された古伝は見当たらず、主な挙動は出没と威嚇。地方語の呼称類似や屋敷背景の多用から、住居に宿る怪異として理解される場合があるが、確証はなく描写は簡素。創作色の強い後世説話(応答で退散、命を奪う等)は本体記述からは分離して扱う。

  • 雲外鏡

    雲外鏡

    稀少

    うんがいきょう

    鏡に浮かぶ怪の貌・雲外鏡

    住居・器物石燕『百器徒然袋』の絵姿先行の付喪神。具体の地名・在地説話に結びつかない

    本バージョンは鳥山石燕の図と文言を基礎に、照魔鏡観念との結び付きを重視する。鏡面には怪の貌が浮かぶが、必ずしも外に現れた妖怪を写すのではなく、鏡そのものに宿った霊が姿を取ると解される。付喪神譚の系譜上、長年用いられた器物が霊性を帯びるという通念に合致し、持ち主の扱い次第で機嫌を変えると語られる場合がある。近世の版本挿図に依拠するため、具体の出没譚や被害談は少なく、夜分に仄暗い座敷で鏡を覗くと異相が映る、という類の一般的怪談枠で伝えられる。後世の狸姿や見世物的能力付与は映画・児童書由来とされ、古典的像とは区別される。

  • 絵馬の精

    絵馬の精

    珍しい

    えまのせい

    社寺絵馬堂の宿り霊・絵馬の精

    住居・器物京都府

    奉納絵馬に宿る霊的存在として各地の社寺縁起や怪談に現れる型。出現は薄暮や夢中が多く、姿は奉納者の願意や絵柄に影響されると解される。老人像は教示・戒めを与える役を担い、女像は誘い・示現として現れることがある。神霊そのものではなく、奉納物に宿った霊性が神域の力を受けて顕れるという解釈が一般的。無闇に持ち帰る、汚す、火に投じるなどの行為を忌み、丁重な返納や焼納を好むとされる。遭遇は瑞兆とも畏れともなり、扱い次第で吉凶が分かれる。

  • 襟立衣

    襟立衣

    稀少

    えりたてごろも

    鞍馬僧正坊の僧衣・襟立衣

    住居・器物石燕『百器徒然袋』、鞍馬山僧正坊の襟立衣と夢想、付喪神

    鳥山石燕『百器徒然袋』の意匠を基調とした再現版。僧衣はくすんだ褐色で重ねが厚く、襟は面前に垂れて嘴めく影をつくる。手には数珠を取り、前には香を焚く具を据える。動作は緩やかで、歩むたび衣擦れが鳴り、香の匂いが淡く漂う。天狗に結びつく示唆は図像の文言にとどまり、直接的な翼や長鼻といった特徴は持たない。付喪神としての自立性を保ち、破れや継ぎ目にも意志が宿ると受け取られる。信仰具への礼を失した場所には現れず、粗略に扱われた法衣や道具の近くで兆しを示すとされるが、害をなすというより畏れを促す存在として理解される。

  • 煙々羅

    煙々羅

    名妖

    えんえんら

    囲炉裏の薄羅煙・煙々羅

    住居・器物出自不詳 (絵姿先行・無形怪)

    石燕の図像に基づき、薄布のように幾重にも重なる煙が人面を結ぶ相を強調した解釈。害をなすより、家内の気の偏りや火の扱いの戒めを示す存在として語るのが民俗的整合性にかなう。一定の姿を保たず、風や温度で形を変え、視た者の心持ちに応じて面相が現れては消えるとされる。

  • 送り拍子木

    送り拍子木

    珍しい

    おくりひょうしぎ

    夜回りに従う拍子木・送り拍子木

    住居・器物東京都

    本所七不思議の一項として伝えられた拍子木の怪異に準拠。実体を持つ妖怪としてより、音の現象に付与された怪異名として理解される。夜回りの一定リズムに追随する形で現れ、曲がり角や水辺、雨天時に顕著とされる。目撃像は乏しく、振り返ると気配のみ残ると語られる。地域の生活と治安維持の習俗(夜回り)に結び付いた都市型怪談で、同系列の「送り提灯」と対をなす。過度の擬人化は伝承に見られず、音が「送り」になる点が特色である。

  • 長冠

    長冠

    稀少

    おさこうぶり

    保身固執の冠・長冠

    住居・器物石燕『百器徒然袋』、冠の付喪神、漢籍故事からの創作

    石燕本の図像・詞書に基づき、冠が自立して行儀正しく歩むかのように描かれるが、その由来は権威に固着した心への諷刺にある。冠は本来、礼と位を正す器であるが、利己のためにそれを外さぬ者には、器が主を呪い、形を得てさまようと解釈されることがある。実見譚や怪異譚は乏しく、主に絵や書の中で言外の戒めとして語られる存在で、沓頬と対に挙げられ、疑われる所作や身の置きどころをわきまえる教訓を担う。芳年など後代の絵師もこれを踏まえ、百器夜行の隊列に冠の精を添えた。近世好事家の間では、冠や笏など礼具が古びると精が宿るとする付喪神観の一例として扱われた。

  • 朧車

    朧車

    稀少

    おぼろぐるま

    朧夜に軋む車争い・朧車

    住居・器物京都府

    鳥山石燕の図像と江戸期解釈に基づく朧車の像。半透明の牛車が朧夜に現れ、簾の位置を巨大な顔が塞ぐ。背景には平安期の車争いなどの遺恨があるとされ、個人の名指しや特定事件に直結させず、祭礼や見物の場で生じた社会的緊張が器物に宿った怪異として表象される。百鬼夜行の列に加わる存在としても理解され、音(軋む車輪)と姿(顔を持つ牛車)の二重の徴で人を驚かす。直接の加害は必ずしも語られず、恐怖と不吉の徴しとして現れ、目撃者に畏れを抱かせ退かせる類型が多い。器物怪の性格上、古い車や祭礼具が舞台となり、場所取りや見物の混乱が語りの誘因となる。過度な具体化は避けられ、朧夜と車音が出現の記号として伝えられる。

  • 貝児

    貝児

    稀少

    かいちご

    貝桶から這う這子・貝児

    住居・器物石燕『百器徒然袋』、貝桶の付喪神、絵巻発祥

    鳥山石燕の図と短い詞書を基点に、貝合わせや嫁入道具としての貝桶の来歴を踏まえて解釈する系譜。実見譚はないため、付喪神一般の枠内で、長年仕えた器物に情が宿るという民俗観を重ねる。姿は小児風で、這子人形との連想が鍵となる。夜更け、静かな座敷で貝桶の蓋がわずかに開き、幼子がのぞくように現れるとされるが、害は乏しく、家財を粗略に扱うと姿を隠すとも言われる。

  • 片輪車

    片輪車

    珍しい

    かたわぐるま

    京東洞院の覗き戒め・片輪車

    住居・器物京都府滋賀県

    京の東洞院に出没したと伝わる片輪車のうち、特に言の葉をもって人心を戒める性を強く帯びた変種。延宝の頃、都人が夜歩きを好み、物見高く口さがなる風習を厭い、炎の輪ひとつとなって路上を横行する。姿は牛車の片輪のみ、檜の輻は煤けて赤く灼け、輪の中心には顎骨張った男の顔が据わる。眼は灯籠の火のごとく揺らぎ、歯は櫛の歯のように白く、しばしば小児の片足を噛み含んで現れる。出でて第一声に「我を見るより我が子を見よ」と吐くが、これは脅しの句であると同時に、家内を顧みよという直言で、応じて内に走れば未然に難を避ける例も稀にある。だが好奇の心で覗き見れば、噂が噂を呼ぶ前に、その家の幼子へ奇禍が及ぶ。片輪車が咥える足は、遠方の誰彼のものではなく、覗き見の家の子と縁付けられるのがこの変種の怖ろしさで、輪の火が門戸の隙より細く差し入り、寝間にいる子の脚気のごとく血を吸い、裂け目を作るという。口上片輪車は、輪入道と混同されやすいが、嘲笑や戯れよりも戒告を旨とし、声の一句が事の起こりと収まりを決する点で異なる。かつて東洞院沿いの女房が戸の隙より見たとき、輪は家前で止まり、顔は門戸に鼻先をつけ、句を吐いて去った。女房が急ぎ座敷に走れば、子はまだ浅手で、祈祷と湯薬で癒えた。以降、家々は落日の鐘よりのち、格子を固く閉し、内へ灯を低く掛け、口の端で怪を語らぬことを約した。これにより出没はやや減じたが、祭礼や物詣での賑わいが増す折にはまた現れ、行灯の影を踏むように転がり来る。口上片輪車は名指しの噂を何よりの餌とする。人が「かたわ車」と三度囁けば、輪の火はその家の軒端に舌を伸ばし、格子の隙を探る。ゆえに古老は名を避け、「片輪の火」「輪の声」と婉曲に語ったという。とはいえ、和歌や願文で門を固めれば、詞の力を尊ぶこの変種は足を止める。文言が子を思う情に満ち、句が整えば、輪は顔を歪めつつも咥えたものを落とし、火花だけを残して去る。噂を重ねる町では強く、言葉を慎み家を顧みる町では弱まるという、都人気質を映す怪異である。

  • 片輪車

    片輪車

    珍しい

    かたわぐるま

    甲賀の歌応え・片輪車

    住居・器物京都府滋賀県

    甲賀の山裾と湖風の通い路に出没するという片輪車の変種で、寛文の頃より村人に語り伝えられた。炎は篝火のように静かで、焦げた漆黒の輪がひとつ、夜の土塀沿いをかすめる。輪の中心には女の面が浮かび、眉目は凛として古雅、鬢は風に乱れず、口はわずかに笑むとも、嘲るにも似る。これが村の戸前を巡るとき、たちまち家々の灯は揺れ、寝静まる子の名を遠くから呼ぶ声がするという。もっとも畏れられたのは姿そのものより「見目」と「噂」で、夜半に扉の隙から覗き見る者、あるいは翌朝に面白半分で語る者に禍が及ぶ。禍は大仰ではなく、家内の子が忽然といなくなる、乳の出が止む、稲架の稲が片側だけ湿るなど、家の片端に欠けを生じさせる。これを里人は「片(かた)を奪う」と言い習わした。されどこの片輪車は無道の怪ではない。人の側が礼を尽くせば理に応ずる。ある夜、覗き見の罪を悔いて戸口に短歌を貼る女があり、片輪車は翌晩それを高らかに詠み返し、「やさしの者かな」と言って子を返したと伝える。ここに甲賀里返しの片輪車の本質がある。すなわち、夜の禁忌を破った者を諌め、言葉の力で秩序を繕う存在である。村境の道祖神や辻の祠の役目が薄れた折、代わって夜警のように現れ、出歩く者の足を引き留め、家々に戸締まりと沈黙の作法を思い起こさせる。顔が女相となるのは、子の出入りを司る産の神への古い畏れが重ねられたためとも、甲賀の里で女手が家を守る夜が多かったためとも言われる。輪そのものは古い牛車の片輪で、軸木の焦げ目に梵字めいた筋が走り、火は照らすが熱をもたらさぬ。もし人に姿を見透かされ、その名残を面白がって語られれば、片輪車は「所在がありがたし(所在が知れた)」としてその地を去る。ゆえに一度の出現で長逗留せず、噂が鎮まればまた路傍の闇に紛れる。輪入道との混同もあるが、本種は嘲笑よりも戒めに重きがあり、捕らえた子を必ず返すのを矜持とする。歌、祝詞、静かな戸口の祈りに敏く、人の言葉の端正さを好むため、近在では夜更けに声高に語らぬこと、戸の隙を作らぬこと、子の名を呼び交わさぬことが家伝として残った。こうして片輪車は、災いをもって礼を教え、礼によって災いを解く、甲賀里の陰なる守りと見なされてきた。

  • 金槌坊

    金槌坊

    稀少

    かなづちぼう

    鳥顔で槌振る・金槌坊

    住居・器物松井文庫『百鬼夜行絵巻』、槌振り妖怪、絵巻発祥(八代は所蔵地)

    松井文庫本『百鬼夜行絵巻』や国立歴史民俗博物館等所蔵の化物絵巻に見える図像に準じ、鳥貌で金槌を高く掲げた姿として再構成する。名称は資料に従い「金槌坊」ないし同型「大地打」との関連を注記するに留め、行状・来歴は未詳とする。槌という器物性から付喪神的理解も可能だが、史料に明文はなく断定しない。姿態は行進の一員として描かれる例が多く、百鬼夜行図像の反復表現の一つとして位置づけられる。後代の比喩的解釈(用心深さ・卑下の寓意)は参考見解として扱い、伝承本文と混同しない。

  • 紙舞

    紙舞

    珍しい

    かみまい

    紙片自ら宙を舞う・紙舞

    住居・器物藤沢衛彦が複数の話を統合した創作、特定発祥地なし

    紙舞は独立した実体というより、家内で紙類が自発的に舞い散る怪異の呼称として後年に整理された概念である。典拠とされる藤沢衛彦は神無月の出現とするが、その挿絵は『稲生物怪録』の一場面の流用であり、原史料自体は特定の月に限定しない。昭和以降の民俗・怪談書で、証文や原稿が舞い上がる事例が「紙舞」と名づけられ紹介されるが、実見談としての信憑性や地域分布は確定していない。従って本項では、住居・器物にまつわる不可解な動作(紙の自走・浮遊)を示す総称的妖怪像として扱い、固有の姿形や明確な起源地は「不詳」とする。伝承上は人畜に害をなす描写は少なく、驚愕・嘲弄の性格を帯びる程度にとどまる。

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