神霊・神格中国『爾雅』『説文解字』の邪気払いの幻獣、蜀中産、渡来(夢食いは日本付加)
「枕獣の獏」という名は、この獣が何より枕もとのお守りとして親しまれてきたことから来ている。ここでは、夢を食べるという話よりも、枕そのものに描かれた獏に注目したい。獏枕とは、箱枕の横に獏の絵や「獏」の字を書いたり、蒔絵で獏をあしらったりした枕のことで、頭をのせて眠れば一晩じゅう悪いものを寄せつけないと考えられた。矢野憲一の枕の研究によれば、獏枕はただの飾りではなく、眠っているあいだという一番無防備な時間を守るための、いわば実用のお守りだった。
獏の姿には、もとをたどると二つの流れが混じっている。一つは『説文解字』や『爾雅』の注が伝える、熊に似た黒白まだらの体で銅や鉄、竹まで食べるという姿。これは中国・四川にいた本物の獣(おそらくパンダ)がもとになっている。もう一つは白居易が屏風の絵に寄せた文の「鼻は象、目は犀、尾は牛、足は虎」という姿。日本の絵師や百科事典は、この二つを合わせて獏を描いた。白黒まだらの熊の体に長い鼻と短い足、という見慣れた姿は、その二つが一つになった結果である。
獏が描かれたのは、枕やお札だけではない。神社やお寺の建物にも、獏の彫刻がよく見られる。屋根を支える木鼻や蟇股(梁の上の山形の部材)に獏や貘が彫られ、火事や災いを遠ざける役目を負っていた。枕もとの獏が眠りを守るように、建物の獏は家を守る。どちらも「悪いものが入ってくる境目に獏を置く」という同じ考え方で、枕にも建物にもあらわれている。
獏はよく白沢という別の霊獣と取りちがえられるが、ここではその違いもはっきりさせておきたい。白沢は人の言葉を解し、世のあらゆる妖怪を知っているとされる獣で、本来は獏とは別ものである。混同のきっかけは、白居易が獏について「世間ではこれを白沢と呼ぶ」と書き添えた一文にあった。どちらも「邪気を払う獣」という点が似ていたため、絵の上でも入れちがいが起き、「獏王」と呼ばれる像が実はもとは白沢だった、という例まで知られている。獏と白沢は、役目は似ていても由来の違う別々の獣として分けて考えるのがよい。
こうしてみると、枕獣の獏は、夢を奪う化け物でも人を襲う妖怪でもない。眠るときの枕もと、家の出入り口といった「悪いものが忍びこむ隙間」に置かれた、お守りのような番人である。『和漢三才図会』が獏の姿と魔除けの力を広く世に伝えたのと合わせて、人々は枕に、お札に、社寺の梁に獏を描き、悪い夢や災いをずっと見張らせてきた。「枕獣」という呼び名が映し出すのは、この静かな見張り役としての獏の顔である。