伝説
伝統妖怪

黄泉醜女

よもつしこめ

カテゴリ
神霊・神格
性格
黄泉国の死霊神格として伊邪那美の意志を全うする忠実な追手。 古代語「シコ」 の本義に従えば「強く堅く恐ろしい女鬼神」 であり、 単純な悪役ではなく冥府の秩序を担う神格的存在
起源
黄泉国 (神話) / 黄泉比良坂伝承地 (現·島根県松江市東出雲町揖屋)
  • 黄泉比良坂伝承地(島根県 松江市東出雲町揖屋)黄泉国と現世の境界伝承地
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基本説明

黄泉醜女 (ヨモツシコメ) は日本最古の神話書『古事記』 (712 年) と『日本書紀』 (720 年) に登場する黄泉国の女鬼神である[1]。 古事記では「予母都志許売」、 日本書紀では「泉津醜女」 「泉津日狭女 (ヨモツヒサメ)」 と表記が異なり、 日本書紀は「八人のヨモツヒサメ」 と複数形での言及を伝える。 死者の国に下った夫·伊邪那岐命 (イザナギ) が、 妻·伊邪那美命 (イザナミ) の腐爛した姿を見てしまった事に伊邪那美が激怒し、 伊邪那岐を追跡するために遣わした冥府の追手である。 八雷神 (ヤクサノイカヅチ)·黄泉軍 (ヨモツイクサ) と並ぶ三段の追手の一段を担う。 伊邪那岐は黒鬘 (くろみかづら) を投げて葡萄に変えてシコメに食わせ、 湯津爪櫛 (ユツツマグシ) の歯を折って投げて筍に変えて再度足止めし、 最後は黄泉比良坂 (ヨモツヒラサカ) で桃の実三つ (オオカムヅミノミコト) を投げつけて撃退した[1]。 記紀神話における桃の魔除け信仰の起源説話である。

民話・伝承

古事記·日本書紀の対比黄泉醜女は『古事記』 上巻 (712 年成立) の伊邪那岐命の黄泉国訪問段に「予母都志許売」 として登場する。 同様の場面は『日本書紀』 巻第一·神代上·第五段一書第六 (720 年成立) にも記され、 表記は「泉津醜女」 「泉津日狭女」 となる。 日本書紀の「ヨモツヒサメ」 は「八人」 とされ、 醜女が単数ではなく複数の女鬼神の総称である可能性を示唆する。 平安期以降の注釈書·中世神道書はこの表記の異同·人数の異同を巡って多様な解釈を生み出した。

「シコメ」 の語源と解釈。 「シコメ」 の「シコ」 (志許·醜) は単に「醜い·不細工」 を意味するのではなく、 古代日本語で「強さ·恐ろしさ·堅さ」 を含意する語であった事が学術的に指摘される。 「シコメ·シコヲを他界·死と密接な関係を持つ存在」 とする学説も提示されており、 「黄泉醜女」 は「黄泉国の (強く恐ろしい) 女鬼神」 と読むのが古代的にはより正確である。 中世以降の説経·絵解で「容貌の醜い鬼婆」 像が固定したのは、 シコの古代的意味 (強さ·恐ろしさ) が後世に「不細工」 一義へと縮減した言語史的変化を反映する。

追跡譚と魔除け器物の起源伊邪那岐が黄泉醜女から逃れる際に投じた三段の器物 ── 黒鬘 (葡萄に変化)·湯津爪櫛の歯 (筍に変化)·桃の実三つ ── はいずれも後世の魔除け·呪具の起源となった。 とりわけ桃は宮廷儀礼·陰陽道·端午節句·桃の節句で繰り返し用いられる魔除けの代表器物となり、 伊邪那岐神話に起源を持つ事が古来意識された。 中国道教·陰陽道の桃信仰 (桃木剣·桃符·桃供) との文化的接続も指摘され、 黄泉醜女追跡譚は東アジア魔除け文化の日本版集約地点として読み直せる。

桃を讃える神格化 ── オオカムヅミノミコト。 古事記では桃の魔除け効果を讃えて、 伊邪那岐がその桃に「オオカムヅミノミコト (意富加牟豆美命)」 の神名を与えた事が記される。 これにより桃は単なる果実ではなく神格として日本神道の体系に組み込まれ、 後代の桃太郎説話·桃の節句·桃を象った呪具の宗教的根拠となった。 神話の中で具体的な植物·動物·器物に神名が与えられるパターンは、 古代日本神話の自然神格化思考の典型である。

黄泉比良坂 ── 現·島根県の比定地。 伊邪那岐がヨモツシコメ·黄泉軍を最終的に撃退した「黄泉比良坂 (ヨモツヒラサカ)」 は、 古事記では「葦原中国 (アシハラノナカツクニ) と黄泉国の境」 と説明される異界の通路である。 現代では島根県松江市東出雲町揖屋の「黄泉比良坂伝承地」 が比定地として広く受容され、 観光地·神社·祭礼の中心地となっている。 神話地理を現代の観光資源·地域文化資源へと再生させる流れの好例で、 出雲国造の本拠地·熊野大社·神在月伝承等と並ぶ「日本神話の聖地」 として注目される。

現代文学·サブカルチャーでの再生。 戦後の女神転生シリーズ·『終末のワルキューレ』·『鬼滅の刃』 等の現代日本のサブカルチャー作品で、 黄泉醜女·黄泉軍·伊邪那美·黄泉比良坂のモチーフは繰り返し用いられている。 とくに 2010 年代以降の日本神話再注目の流れの中で、 「日本最古の女鬼神」 「死者の国の追手」 という属性が現代キャラクター造形の素材として高い親和性を持つ。 古代の宗教文献から現代のゲーム·アニメ·漫画へという、 二千年を超える文化変容の象徴的存在の一つである。

古事記·日本書紀が描く創世から英雄譚までの十二柱

記紀神話の世界

西暦 712 年成立の『古事記』 と 720 年成立の『日本書紀』 が描き出した古代日本神話の核心を成す十二柱。 創世から国生み·神生み·三貴子分治·岩戸隠れ·神逐·ヤマタノオロチ退治·出雲国経営·国譲り·天孫降臨·神武東征·ヤマトタケル白鳥伝説までの一連の物語は、 古代日本の宇宙論·宗教·政治·文化の根源を体系的に語る。 父神イザナギ·母神イザナミの夫婦から始まり、 黄泉国の悲劇 (ヨモツシコメ)·三貴子 (アマテラス·ツクヨミ·スサノオ) の誕生と分治·ヤマタノオロチ退治·出雲の大国主神·国譲りの建御雷神·天孫降臨の瓊瓊杵尊·道案内の猿田彦命·悲劇的英雄ヤマトタケルまで、 神話の物語順で並べた cluster。 本居宣長·折口信夫·松前健·瀬川拓郎等の文献学·比較神話学の研究を経て、 二千年を超えて日本人の宗教·政治·文化に持続的影響を与え続ける古代神話世界の核心。

徹底解説

記紀神話における異形神の位置。 基本説明では古事記·日本書紀の記述に触れたが、 徹底解説では黄泉醜女が記紀神話の体系内で占める「異形神」 の位置を掘り下げる。 記紀神話の神格は (1) 高天原系 (天津神·清浄神格)、 (2) 葦原中国系 (国津神·土着神格)、 (3) 黄泉国系 (死霊神·異形神) の三層に大別される。 黄泉醜女は (3) の系統に属し、 同様に伊邪那美 (黄泉国に身を置いた女神)·八雷神·黄泉軍·黄泉醜女が一つの体系を形成する。 記紀神話は単純な善悪二元論ではなく、 「生·清浄·光」 と「死·穢·闇」 の三層構造を持ち、 異形神は冥府の秩序の一翼を担う必要不可欠な存在として配置される。

シコの語源論 ── 古代日本語の意味場。 「シコ」 を「醜さ·不細工」 と読むのは中世以降の縮減的解釈で、 古代日本語の「シコ」 は「強さ·堅さ·恐ろしさ」 を含意する豊かな語である。 同根の「シコブチ (磯渕)」 「シコフネ (磯船)」 等は岩磯の堅さを表し、 「シコメ」 は単に「醜い女」 ではなく「堅く強く恐ろしい女鬼神」 と理解されたと考えられる。 古代神格の名は「視覚的特徴」 ではなく「霊力·機能」 で命名される傾向が強く、 黄泉醜女は「死を司る恐ろしい力を持つ女鬼神」 として位置づくべきである。 中世以降の絵解で固定された「皮膚が腐爛し牙を剥く醜い鬼婆」 像は、 古代神話の本来の像とは異なる後世的再造形である。

桃の魔除け信仰の東アジア比較伊邪那岐が黄泉醜女撃退に桃の実を用いた挿話は、 東アジア魔除け文化の代表的事例として比較宗教学の素材となる。 中国道教では桃木剣·桃符·桃印·桃供等の桃を用いた邪鬼除けが体系化され、 朝鮮·ベトナム·モンゴル等の東アジア圏に広く展開した。 日本の宮廷儀礼 (追儺·端午節句·桃の節句) で繰り返し用いられる桃の呪力は、 古事記の伊邪那岐神話と中国道教の桃信仰が複層的に絡まり合って形成されたものである。 古代日本が中国大陸·朝鮮半島の宗教文化を受容しつつ独自の体系を構築する過程の、 典型的事例である。

追跡譚という説話型。 死者の国から脱出する英雄が追手から逃れるために魔除け器物を投じて変化させる ── という追跡譚は、 世界神話学的に「逃走呪物型」 (Magic Flight) と呼ばれる広域分布の説話型である。 ギリシャ神話のオルフェウスとエウリュディケ·東ヨーロッパ民話のヤガ婆物語·北米先住民の創世神話等にも同型の説話があり、 古代人類の冥界観·脱出説話の普遍的構造を示す。 日本の伊邪那岐·黄泉醜女説話は、 この世界的説話型の東アジア最古の文献記録の一つとして比較神話学的価値が極めて高い。

黄泉比良坂の地理学 ── 出雲信仰圏との関係黄泉比良坂 (ヨモツヒラサカ) の現代比定地·島根県松江市東出雲町揖屋は、 出雲国造の本拠地·熊野大社·神在月伝承等と並ぶ古代出雲信仰圏の核心地域に位置する。 出雲は古事記·日本書紀において高天原·葦原中国·黄泉国の三層神話の交点として描かれ、 「黄泉への入り口」 が出雲に置かれた事は決して偶然ではない。 出雲が古代日本における「死·異界·根の堅州国 (ネノカタスクニ)」 の信仰的中心地であった事を反映しており、 大国主神·素戔嗚尊·伊邪那岐·伊邪那美の神話群がこの地域で交差する古代信仰地理を読み解く鍵となる。

中世以降の縮減と現代再注目。 中世の説経·絵解·能楽·浄瑠璃で黄泉醜女は「皮膚が腐爛し牙を剥く醜い鬼婆」 像に固定され、 古代神話の本来の「強き女鬼神」 という意味場は失われた。 しかし 2010 年代以降、 日本神話再注目の流れの中で、 古代語学·神話学·考古学の知見を踏まえた再評価が進んでいる。 ゲーム『女神転生』 シリーズ·漫画『終末のワルキューレ』·アニメ『鬼滅の刃』 等の現代サブカルチャーは、 古代神話の素材を現代的に再造形し、 結果として若い世代に黄泉醜女·黄泉軍·黄泉国の神話的世界を再び馴染ませる役割を担っている。 古代から現代までの文化史的循環の象徴的事例である。

「日本最古の妖怪」 という位置づけ。 黄泉醜女は西暦 712 年の『古事記』 という日本最古の現存書物に登場する女鬼神であり、 単に「平安期以降の妖怪」 とは異なる「日本神話原典に記される異形神」 という独自の格を持つ。 鬼·天狗·河童等の中世以降に成立した妖怪体系の前段階、 古代の神 (カミ) と妖怪 (ヨウカイ) の境界が未分化だった時代の存在として、 妖怪学の起点を遡る重要素材である。 「神なのか妖怪なのか」 という二項対立を解体し、 古代日本の異形神格の豊かな多層性を考察する好個の出発点となる。

妖怪設定

この区画は物語を楽しむための当サイト独自の設定です。史実・考証ではありません。

性格
黄泉国の死霊神格として伊邪那美の意志を全うする忠実な追手。 古代語「シコ」 の本義に従えば「強く堅く恐ろしい女鬼神」 であり、 単純な悪役ではなく冥府の秩序を担う神格的存在
相性
古事記·日本書紀の文字を辿る神道·古典学徒、 桃·葡萄·筍を魔除けとして大切にする者、 出雲·黄泉比良坂等の神話聖地を巡る者と縁が深い。 死·穢·闇への畏怖を保つ者と古代的に共鳴する
能力・特技
黄泉国から葦原中国への追跡魔除け器物に阻まれて足止めされる (葡萄·筍を貪り食う)八雷神·黄泉軍と協働した追討桃の実三つで撃退される神格的脆さ死霊神格としての黄泉国守護古事記·日本書紀の文字に宿る神話的力
弱点
桃の実 (オオカムヅミノミコト)·黒鬘から生じる葡萄·湯津爪櫛の歯から生じる筍·黄泉比良坂の千引石 (チビキイワ) による黄泉国封印·阿弥陀念仏·古典学的祓い清め
生息地
黄泉国·黄泉比良坂 (現·島根県松江市東出雲町揖屋伝承地)·古事記·日本書紀の本文·出雲国造圏の聖地·現代の神社祭礼·女神転生等のサブカルチャー作品空間

古事記の冥府追手·黄泉醜女についてさらに詳しい情報や診断結果については、こちらをご覧ください。

出典・参考文献

2
  1. 古事記太安万侶((現存最古の日本神話典籍), 和銅 5 年 (712)) [古典文献] 参考資料和銅 5 年 (712) 太安万侶が献上した日本最古の神話典籍。上巻にヤマタノオロチ退治譚を収め、形態描写・八塩折之酒の罠・天叢雲剣出現・須佐之男とクシナダの結婚・須賀の歌等を具体的に記す。國學院大學古事記学センターによる校訂本文・現代語訳が公開されている。
  2. 日本書紀舍人親王ら((日本最古の正史), 養老 4 年 (720)) [古典文献] 参考資料養老 4 年 (720) 完成の日本最古の勅撰正史。第一巻第八段に八岐大蛇退治譚を収め、本書とともに一書 (異伝) を複数並べる本書スタイルが特徴。安芸国の可愛之川 (江の川) を発祥地とする異伝等、出雲と他地域の伝承接合の痕跡を残す。

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