神格
伝統妖怪

八岐大蛇

やまたのおろち

カテゴリ
神霊・神格
性格
山系一帯を体とし、毎年娘を求めて川を下る
起源
出雲国斐伊川流域 (現・島根県雲南市・出雲市)
  • 斐伊川流域 (八岐大蛇退治伝承地)(島根県 雲南市木次町)素戔嗚による八岐大蛇退治伝承の地
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基本説明

ヤマタノオロチ(八岐大蛇)は、 『古事記』上巻 (和銅 5 年・712) および 『日本書紀』第一巻第八段 (養老 4 年・720) に伝わる、出雲国の斐伊川 (古名肥河) 上流に棲んだとされる巨大な蛇神である。須佐之男命に退治される神話の中核モンスターとして知られるが、単なる悪鬼ではなく、 (a) 出雲の地の霊 (ヲロチ = 峰の精霊)、 (b) 治水・洪水神話の暗喩、 (c) 古代鉱物資源 (砂鉄・たたら) の神格化、 (d) 在地信仰のヤマト政権編入の象徴、 (e) 三種の神器の起源神格 ── を併せ持つ多層的存在として読まれている。古事記は形態を「彼の目は赤加賀智 (= ホオズキ) の如くして、身一つに八頭八尾を有り。亦其の身に蘿 (こけ) と檜・椙生ひ、其の長さは谿八谷・峡八尾に度りて、其の腹を見れば悉く常に血爛れり」と描写し、谷 8 つ・峰 8 つに渡る山系規模の蛇身として示す。須佐之男は八塩折之酒を満たした八つの酒船と八重垣の罠でオロチを酔わせて十拳剣で斬殺し、中央の尾から都牟刈大刀 (= 草薙剣・天叢雲剣) を得る ── これが三種の神器の武の象徴となり、皇統に継承された。退治後の須佐之男は櫛名田比売 (クシナダヒメ) と結婚し、出雲の須賀の地に宮を建て、日本最古の和歌とされる「八雲立つ出雲八重垣妻籠みに八重垣作るその八重垣を」を詠む。 雲南市内には約 50 か所のヤマタノオロチ伝承地が記録され、八本杉・天が淵・八雲塚・尾留大明神旧社地等が点在、 石見神楽の演目「大蛇」 として現代に至るまで上演され続けている。

民話・伝承

古事記原文と退治の細部『古事記』上巻 は、高天原での乱行で追放された須佐之男命が出雲国の肥河 (現・斐伊川) 上流の鳥髪 (現・島根県奥出雲町鳥上) に降臨し、老夫婦の足名椎 (アシナヅチ) と手名椎 (テナヅチ)、末娘の櫛名田比売に出会う場面から始める。老夫婦は「高志之八俣遠呂智 (こしのやまたのおろち)」が毎年来て娘を喰らい、 8 人いた娘のうち 7 人を既に失い、今や末娘の番だと泣く。須佐之男は「醸八塩折之酒、亦作廻垣、於其垣作八門、毎門結八佐受岐 (やさずき)、毎其佐受岐置酒船、毎舩盛其八塩折酒而待」 ── 何度も繰り返し醸造を重ねた強酒「八塩折之酒」を八つの酒船 (酒桶) に満たし、廻垣 (めぐらしの垣) を立てて八つの門を設え、各門に棚を組んでそこに酒船を置いた。オロチは八つの頭をそれぞれ酒船に突き入れて飲酒し、酔って眠ったところを須佐之男が十拳剣 (とつかのつるぎ) でずたずたに斬る。中央の尾を斬る際に剣の刃が欠け、異と思って裂くと尾の中から都牟刈 (つむがり) の大刀が現れた ── これが草那芸之大刀 (くさなぎのたち)、後の天叢雲剣であり、須佐之男は高天原の天照大御神に献上した。結末として須佐之男はクシナダヒメを娶り、出雲の「須賀 (すが)」の地に宮を建て、日本最古の和歌とされる「八雲立つ出雲八重垣妻籠みに八重垣作るその八重垣を」を詠む ── 雲南市大東町の須我神社はこれを「日本初之宮」と称し祭神とする。

日本書紀との異同『日本書紀』第一巻第八段 は「八岐大蛇」と表記し、大蛇の眼は「赤酸醤 (あかかがち) のごとし」、身一つに八頭八尾、松柏を背に生し、 8 丘 8 谷の間に蟠る、と古事記とほぼ同形態を記す。退治の方法も「醸八醞之酒 (やしおりのさけ)」を 8 つの槽に満たすという点で一致する。ただし日本書紀は一書 (異伝) を複数並べる本書スタイルで、ある一書では素戔嗚尊は出雲ではなく安藝国の可愛之川 (えのかわ、現・広島県の江の川) の川上に降りたとし、老夫婦の名も「脚摩乳・手摩乳 (あしまづち・てなづち)」、妻の母を「稲田宮主簀狹之八箇耳」と異なる記述で伝える。これは出雲と安芸の伝承との接合を示唆し、古代神話の地方間調整の痕跡と読める。興味深い点として、ヤマタノオロチ退治譚そのものは『出雲国風土記』 (天平 5 年・733) には記されていない ── 風土記には大原郡・飯石郡に須佐 (須佐能袁命の地名起源)、樋社 (現・斐伊神社系統) などの記載はあるが、八岐大蛇の物語は不在で、これは記紀神話と出雲在地伝承の系統差を示す重要論点である。

形態論と「八」の聖数。古事記の描写細部は学術的解読の対象となる。「赤加賀智 (あかかがち)」はホオズキ (酸漿) の実 ── 真っ赤に熟したホオズキの艶やかな赤を眼に重ねる。「蘿 (こけ)」は苔・蔦類、背に苔と檜・杉が生えるという描写は古木の樹海そのものを連想させ、オロチが山系一帯の地霊であることを示唆する。「八谷・八尾」の「尾」はここでは峰 (山尾根) を意味する古語 ── 谷 8 つ・峰 8 つにまたがる蛇身。「八岐」は「八方に岐 (わか) れる」の意で、頭が八方に分岐した蛇である。「八」が物理的数か、古代日本語の「多数を表す聖数」かは古代神話学の論点で、単純な 8 とは限らないとする説もある。「腹は常に血で爛れている」という不気味な描写は、後述の砂鉄製鉄神話説では「鉄穴流し (かんなながし)」で川底が赤く染まる現象の神話化として読まれる。

諸説 ── 治水・製鉄・侵略・溶岩流。ヤマタノオロチの神話学的解釈には複数の系譜がある。 ① 氾濫河川神話説 (治水神話説): 斐伊川 (古名肥河) は急峻な中国山地から平野に出る急河川で古代から頻繁に氾濫した。蛇行する川筋を「八岐」と見立て、オロチ退治を治水事業の神話化と読む説。 出雲観光協会等の在地史認識でも主流の一つ で、学術側で松前健・三品彰英らがこの線で論じたとされる (具体的論文の典拠は要追跡)。 ② 製鉄民集団征服説 / 鉄文化神話説: 奥出雲は古代から砂鉄の宝庫で、たたら製鉄の本拠地。砂鉄採取の鉄穴流しで川底が赤く染まる現象、製鉄炉の赤い火、斐伊川流域の鉄集団 (オロチ) を中央権力 (スサノオ) が征服した史実の神話化 ── 草薙剣がオロチの尾から出現することがこの読みを補強する。 ミツカン水の文化センター『水の文化』 54 号 が在地推進派の論として整理する。 ③ 越からの侵略者説: 梅原猛は『神々の流竄』(集英社、 1970) 等で「高志 (こし) 之八俣遠呂智」の「高志 (越)」 = 越国 (北陸) からの侵略者と読む。ヒスイ生産地の越の豪族が出雲を侵犯した史実の神話化と捉えるが、学界での受容度は限定的。 ④ 寺田寅彦の溶岩流説: 物理学者・寺田寅彦は随筆中でオロチの形態は火山の溶岩流を連想させると述べた ── 出雲には古代の火山活動痕跡あり。学界主流ではないが、自然現象神格化の一視点として参照される。 ⑤ 生贄譚の比較神話学的位置: オロチが毎年 1 人ずつ娘を喰らうという構造は、世界の竜退治神話 (ペルセウスとアンドロメダ、ジークフリート、中国悪龍譚等) と共通の生贄譚の構造を持ち、大林太良等が比較神話学的に位置づけたとされる。

雲南市の伝承地ネットワーク出雲在地伝承では雲南市内に約 50 か所のヤマタノオロチ伝承地が記録されている。主なものに ── 天が淵(雲南市木次町湯村): オロチの棲家とされる斐伊川の淵、「蛇帯」と呼ぶ青赤縞の石が大蛇の足跡。 八本杉(雲南市木次町里方): 須佐之男が斬ったオロチの 8 つの頭を埋め杉を植えた地、現存樹は明治 6 年植替。 印瀬の壺神(雲南市木次町西日登): 八口神社境内、八塩折酒を入れた 8 つの壺の一つと伝承。 釜石(雲南市木次町寺領): 八塩折酒を醸した竈の跡。 河辺神社(雲南市木次町上熊谷): クシナダヒメの出産地、「熊谷」の地名起源。 温泉神社(雲南市木次町湯村): 足名椎・手名椎を祀る神岩。 佐世神社(雲南市大東町下佐世): 須佐之男が木の葉を挿して舞った地。 須我神社(雲南市大東町須賀): 須佐之男が「八雲立つ」と詠み宮を建てた「日本初之宮」、和歌発祥の地。 草枕山(雲南市加茂町神原): 酔ったオロチが枕にした山。 尾留大明神旧社地(雲南市加茂町三代): オロチの尾から天叢雲剣が現れた地。 八俣大蛇公園(雲南市木次町新市): 須佐之男が箸の流れを見つけた地。関連社として 須佐神社(出雲市佐田町須佐) はオロチの骨とされる物を納める伝承を持ち、 八重垣神社(松江市佐草町) は祭神を須佐之男命・稲田姫命としオロチから逃れるためクシナダヒメを隠した「鏡の池」を縁結びの聖地とする。雲南・出雲・松江の三市にまたがるこの伝承地ネットワークは、ヤマタノオロチ神話が後世まで地理的記憶として継承されたことを示す。

石見神楽「大蛇」 ── 現代神楽の花形石見神楽の演目「大蛇」 は島根県西部・石見地方の郷土神楽の代表作で、多くの神楽公演の最終演目として上演される花形である。明治期に舞手で神官の植田菊市が提灯式の蛇胴を考案し、石州和紙と竹のみで構成した軽量・自在に伸縮する蛇胴を開発したことで、現在の様式が成立した。通常 4 頭、大舞台では 8 頭以上が登場する大スケールの演出で、須佐之男と大蛇の戦いを激しい立ち回りで再現する。並行して出雲神楽 (出雲地方の社家神楽) も「大蛇」演目を持ち、 安芸十二神祇神楽 (広島県) でも「大蛇」は定番演目、 備中神楽 (岡山県備中地方) でもオロチ退治を扱う ── 山陰山陽地域に広く分布する地方神楽の中で、八岐大蛇退治は最も人気の高い演目枠を占めている。

現代受容 ── 怪獣映画・ゲーム・アニメでの再造形。戦後特撮映画では 1994 年東宝『ヤマトタケル』(監督大河原孝夫、特撮川北紘一) が魔王ヤマタノオロチを「キングギドラを超える特撮史上最大の怪獣」として登場させ、高嶋政宏主演、 GLAY のメジャーデビュー曲を主題歌に据えた。ゲームでは カプコン『大神』(2006) でヤマタノオロチが主要ボスとして登場 ── イザナギに封印されアマテラスが解放する展開で、 8 頭それぞれに属性 (炎・雷・風・毒・闇等) を持つ造形となった。 NetEase『陰陽師』、妖怪ウォッチ (S ランク妖怪「オロチ」として実装、元人間が憎しみで妖怪化した独自設定)、『FGO』、キングダムハーツ II 等のゲームでもオロチが反復登場し、戦後ポップカルチャーで日本神話の代表モンスターとして地位を確立している。海上自衛隊護衛艦「いずも」のロゴにオロチ意匠が使われ、光岡自動車「オロチ」(2006-2014) や出雲伝統野菜「出雲おろち大根」等、ブランド名としても流通している。

関連神格と系譜。オロチ退治は単独の神話ではなく、ヤマト政権の起源神話の核心部分を占める。 足名椎・手名椎(アシナヅチ・テナヅチ) は出雲の在地神格 (国神) で、大山津見神の子とされる。オロチ退治後、須佐之男により「稲田宮主須賀之八耳神」と命名され宮の管理者となる。 クシナダヒメ(奇稲田姫・櫛名田比売) は稲田の精霊で、須佐之男によって櫛に変えられ髪に挿される ── 「クシ」と「櫛」の語呂合わせ。退治後、須佐之男と結婚し八嶋士奴美神 (大国主の先祖) を生む。大国主神は出雲国造の祖とされ、オロチ退治はその国造家の祖神話的起源の一節となる。 天叢雲剣 = 草薙剣は三種の神器の武の象徴として、ニニギ → 倭姫命 (伊勢神宮斎宮) → ヤマトタケル → 宮簀媛 → 熱田神宮 と継承された。ヤマトタケルが東征で野焼きを脱した故事から「草薙剣」と再命名された経緯は、オロチ神話と日本武尊神話を結ぶ神話的紐帯である。壇ノ浦の戦い (1185) で形代が海中に没し、現形代は伊勢神宮からの献上品とされる。ヤマト政権への土着信仰の組込みという文化人類学的視点では、ヤマタノオロチ退治は 出雲在地信仰がヤマト政権の神話体系に組み込まれた象徴的事例として読まれ、国譲り神話と並んで出雲の中央編入の構造を体現する。

古事記·日本書紀が描く創世から英雄譚までの十二柱

記紀神話の世界

西暦 712 年成立の『古事記』 と 720 年成立の『日本書紀』 が描き出した古代日本神話の核心を成す十二柱。 創世から国生み·神生み·三貴子分治·岩戸隠れ·神逐·ヤマタノオロチ退治·出雲国経営·国譲り·天孫降臨·神武東征·ヤマトタケル白鳥伝説までの一連の物語は、 古代日本の宇宙論·宗教·政治·文化の根源を体系的に語る。 父神イザナギ·母神イザナミの夫婦から始まり、 黄泉国の悲劇 (ヨモツシコメ)·三貴子 (アマテラス·ツクヨミ·スサノオ) の誕生と分治·ヤマタノオロチ退治·出雲の大国主神·国譲りの建御雷神·天孫降臨の瓊瓊杵尊·道案内の猿田彦命·悲劇的英雄ヤマトタケルまで、 神話の物語順で並べた cluster。 本居宣長·折口信夫·松前健·瀬川拓郎等の文献学·比較神話学の研究を経て、 二千年を超えて日本人の宗教·政治·文化に持続的影響を与え続ける古代神話世界の核心。

関連する妖怪

伝承の上で深く結びつく妖怪たち。

徹底解説

「ヲロチ」という古語 ── 蛇単体ではなく「峰の精霊」。 本項冒頭で多層性に触れたが、ここでは「オロチ」という日本語そのものの古語的意味に踏み込む。「オロチ (遠呂智・大蛇)」の語源には「ヲ (峰・尾) + ロ (接尾) + チ (霊威ある存在を表す古語)」とする説がある (古語辞書系の通説、学術的確証は要追跡)。つまり「ヲロチ」は本来「峰の霊」「峯の主」を意味し、単なる蛇ではなく、山・水・地の精霊として位置づけられる。 『古事記』 の形態描写「身に蘿と檜・椙生ひ、谿八谷・峡八尾に度る」 ── 谷 8 つ峰 8 つに渡る山系規模、苔と檜・杉を背に生やす ── は、ヤマタノオロチが古木の樹海そのもの、山系一帯の地霊であることを示唆する。これは縄文時代からの蛇神信仰の系譜に連なる ── 縄文土器の蛇形装飾 (中部・関東出土)、弥生期の銅鐸文様にも蛇紋がある。 『古事記』崇神天皇段 に明記される 大物主神 (三輪山、大神神社) は蛇身の神として倭迹迹日百襲姫命と「美麗壮夫」から「小蛇」への変身譚で語られ、ヤマタノオロチと並ぶ古代日本の蛇神二大表象を成す。各地の「大蛇 (オロチ)」系伝承 ── 諏訪の甲賀三郎、越後の弥彦の大蛇、阿蘇の健磐龍命の大蛇退治等 ── は、ヤマタノオロチ型の竜退治譚として日本各地に展開しており、ヤマタノオロチはその総代表に位置する。

砂鉄製鉄神話説の細部 ── 「腹は血で爛れる」の解読。 本項冒頭で諸説の一つとして触れた製鉄民集団征服説をより深く論じる。奥出雲は古代から砂鉄の宝庫で、たたら製鉄の本拠地として知られる。製鉄技術は「鉄穴流し (かんなながし)」という工程で、山を切り崩して土砂を水路に流し、砂鉄と他の土砂を分離する。この工程で川底が赤い土と鉄分で染まる現象が観察される ── 『古事記』のオロチ形態描写「其の腹を見れば悉く常に血爛れり」 は、この赤く染まった川底の神話化として読める。さらに製鉄炉の赤い火、たたら職人集団の独立的社会、製鉄民の渡来系移住の歴史等が、「斐伊川流域の鉄集団 = オロチ」「中央権力 (スサノオ) による征服」という構造の神話化を成立させたとされる。 草薙剣がオロチの尾から出現するという記述は、製鉄民が産出した良質の刀剣を中央権力が獲得したという史実の象徴化として読めるため、この説の説得力を強化する。 ミツカン水の文化センター『水の文化』 54 号 が在地推進派の論として整理し、荒神谷博物館館長藤岡大拙、たたら研究の角田徳幸 (島根県立古代出雲歴史博物館) 等が論述している。谷川健一 (民俗学者、 1921-2013) は『青銅の神の足跡』(集英社、 1979) 等で金属神信仰を体系的に論じ、鉱物資源神話の文脈にオロチを置く論調の射程を準備した (具体的箇所の典拠は要追跡)。

「八」の聖数論と物理的描写の境界。「八岐 (やまた)」「八頭八尾」「八谷八尾」「八塩折之酒」「八佐受岐」「八つの酒船」「八雲立つ」 ── ヤマタノオロチ譚は徹底的に「八」を反復する。これは物理的に 8 という数字に厳密に縛られているのか、古代日本語で「多数を表す聖数」として用いられているのかは古代神話学の論点である。上田正昭等は「八は多数を意味する聖数」説を採るとされ、単純な 8 とは限らないと読む立場がある (具体的論文の典拠は要追跡)。一方で、須我神社の和歌「八雲立つ出雲八重垣妻籠みに八重垣作るその八重垣を」は明確に「八重垣」を物理的に立てる ── ここでは「八」は構造的・儀礼的な「重ね」の表現として機能する。つまり「八」はオロチ神話において (a) 多数を象徴する聖数として、 (b) 構造的反復 (八重・八岐・八頭等) を成立させる組成原理として、二重に働いていると整理できる。この聖数操作は『日本書紀』第一巻第八段 (= オロチ譚) の章番号自体にも反映している可能性があるが、これは編纂者意図の解読として推測の域にある。

出雲在地信仰のヤマト政権編入 ── 神話の政治構造。ヤマタノオロチ退治は単なる勧善懲悪譚ではなく、 出雲在地信仰がヤマト政権の神話体系に組み込まれた象徴的事例として読まれる。出雲を象徴する蛇神 (= 在地神格) を、高天原系の須佐之男が征服 (斬殺) し、その尾から皇統三種の神器が出る ── これは出雲の宝物が皇統に編入された政治的構造の神話化である。オロチ譚と並んで、大国主神 (オロチ退治の血脈から生まれる) の 国譲り神話 が同じ構造を持つ ── 大国主が「国を譲った」結果、出雲は中央の支配下に入る。つまりヤマト政権の起源神話の核心部には、「出雲という強力な在地勢力をいかに編入したか」という政治的問題系があり、ヤマタノオロチ退治はその第一段階 (征服)、国譲りは第二段階 (合意) として配置されている。 出雲国造家 は須佐之男の流れを汲むとされ大国主の祭祀を担い、オロチ退治はその国造家の祖神話的起源の一節となるため、「征服神話」でありながら出雲側の祭祀的記憶としても継承された ── ここに在地と中央の二重の継承装置がある。ヤマトタケル神話・国譲り神話と並んで、ヤマタノオロチ退治を読むことで、日本古代神話の編成原理が立ち上がる。

石見神楽『大蛇』の現代的継承 ── 神楽が観光になる石見神楽の演目『大蛇』 は、ヤマタノオロチ神話が現代まで地域文化として生き続けていることを示す代表事例である。島根県西部・石見地方の郷土神楽は本来神社の祭礼に奉納する神事だったが、戦後は観光資源化が進み、各地の神楽団が定期公演を行うようになった。演目『大蛇』は石見神楽の中でも最も派手で人気の高い演目で、通常は最終演目として上演される。明治期に舞手・神官の植田菊市が考案した提灯式の蛇胴 ── 石州和紙と竹のみで構成し、軽量で自在に伸縮する ── が現在の様式の基礎を作り、通常 4 頭、大舞台では 8 頭以上が登場する大スケール演出が可能になった。須佐之男と大蛇の戦いを激しい立ち回りで再現し、観客は神楽の中で 1300 年前の神話を体感する。並行して 出雲神楽(出雲地方の社家神楽)、 安芸十二神祇神楽(広島県)、 備中神楽(岡山県備中地方) でも「大蛇」は定番演目で、山陰山陽地域に広く分布する地方神楽の中で八岐大蛇退治は最も人気の高い演目枠を占めている ── これは古代神話が現代に至るまで身体的・視覚的に継承される稀有な事例である。

妖怪設定

この区画は物語を楽しむための当サイト独自の設定です。史実・考証ではありません。

性格
山系一帯を体とし、毎年娘を求めて川を下る
相性
酒に弱く酔いを嫌わず、鉄を懐に抱く者と相剋
能力・特技
山系一帯の身体で八谷八峰に渡る八つの頭で同時に呑み喰らう毎年若い女を求めて川を下る尾の中に都牟刈大刀 (天叢雲剣) を蔵する
弱点
八塩折之酒 (繰り返し醸した強酒) に酔う, 十拳剣で斬られる, 須佐之男命の戦略に欺かれる
生息地
斐伊川流域 (現・島根県雲南市・出雲市), 山系の谷と峰, 古代の鉱物資源地, 鉄穴流しの行われる川底

🔮妖怪相性診断

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出典・参考文献

9
  1. 古事記太安万侶((現存最古の日本神話典籍), 和銅 5 年 (712)) [古典文献]和銅 5 年 (712) 太安万侶が献上した日本最古の神話典籍。上巻にヤマタノオロチ退治譚を収め、形態描写・八塩折之酒の罠・天叢雲剣出現・須佐之男とクシナダの結婚・須賀の歌等を具体的に記す。國學院大學古事記学センターによる校訂本文・現代語訳が公開されている。
  2. 日本書紀舍人親王ら((日本最古の正史), 養老 4 年 (720)) [古典文献]養老 4 年 (720) 完成の日本最古の勅撰正史。第一巻第八段に八岐大蛇退治譚を収め、本書とともに一書 (異伝) を複数並べる本書スタイルが特徴。安芸国の可愛之川 (江の川) を発祥地とする異伝等、出雲と他地域の伝承接合の痕跡を残す。
  3. 出雲・雲南市のヤマタノオロチ伝承地出雲観光協会・雲南市((出雲観光ガイド・雲南市公式), 現代) [現代資料]雲南市公式観光案内で、市内約 50 か所のヤマタノオロチ伝承地を網羅。天が淵・八本杉・印瀬の壺神・釜石・河辺神社・温泉神社・佐世神社・須我神社・草枕山・尾留大明神旧社地・八俣大蛇公園等が記載される。在地に継承されたオロチ神話の地理的記憶を一次に近い形で示す。
  4. 石見神楽 演目「大蛇」石見神楽社中((島根県西部・郷土神楽), 明治期 - 現代) [現代資料]島根県西部・石見地方の郷土神楽の代表演目。多くの神楽公演の最終演目として上演される花形。明治期に舞手・神官の植田菊市が考案した提灯式の蛇胴 (石州和紙と竹) が現在の様式の基礎。通常 4 頭、大舞台では 8 頭以上が登場する大スケール演出で、須佐之男と大蛇の戦いを激しい立ち回りで再現する。
  5. 水の文化 54 号 (特集: たたら製鉄と斐伊川)ミツカン水の文化センター(ミツカン, 2016 年) [学術書]ミツカン水の文化センター発行の雑誌『水の文化』 54 号でヤマタノオロチ神話と砂鉄製鉄の関係を整理。荒神谷博物館館長藤岡大拙、たたら研究の角田徳幸 (島根県立古代出雲歴史博物館) 等の在地推進派の論をまとめ、鉄穴流しで川底が赤く染まる現象がオロチ「腹は血で爛れる」描写と重なる読みを提示する。
  6. 映画『ヤマトタケル』(1994)大河原孝夫 (監督)・川北紘一 (特撮)(東宝 (高嶋政宏主演), 1994 年公開) [現代資料]1994 年公開の東宝特撮映画。監督大河原孝夫、特撮川北紘一、高嶋政宏主演。魔王ヤマタノオロチを「キングギドラを超える特撮史上最大の怪獣」として登場させた。 GLAY のメジャーデビュー曲を主題歌に据え、戦後ポップカルチャーでオロチを巨大モンスターとして再定義した代表作。
  7. ゲーム『大神』(2006)カプコン(カプコン (PlayStation 2 / Wii), 2006 年) [現代資料]カプコンが 2006 年に発売したアクションアドベンチャーゲーム。アマテラスを主人公にした和風世界観で、ヤマタノオロチが主要ボスとして登場。 8 頭それぞれに属性 (炎・雷・風・毒・闇等) を持つ造形で、戦後ゲーム文化で日本神話を視覚化した代表作。
  8. 熱田神宮 (草薙剣を奉斎)熱田神宮((三種の神器の一・草薙剣 = 天叢雲剣の継承神社), 古代 - 現代) [現代資料]ヤマタノオロチの尾から出現した天叢雲剣 (草薙剣) を奉斎する尾張国の式内社。ヤマトタケルが東征で野焼きを脱した故事から「草薙剣」と再命名された経緯を伝え、現形代を奉斎する。三種の神器の武の象徴として皇統に継承されたオロチ起源の神器を現代まで守る。
  9. 出雲神話ゆかりの地出雲神話振興協議会((出雲神話 ゆかりの地公式), 現代) [現代資料]出雲神話の伝承地を網羅した公式案内。雲南・出雲・松江の三市にまたがる関連社 (須佐神社・八重垣神社・須我神社・斐伊神社・稲田神社・八口神社・熊野大社等) を整理し、ヤマタノオロチ神話が地理的記憶として継承された経路を示す。

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