神格
妖怪

牛頭天王

ごずてんのう

カテゴリ
神霊・神格
性格
強面の異形 (牛頭) の風貌ながら、 蘇民将来説話で示される慈悲と恩義の両義性をもつ気質。 一度恩を受けた者の子孫を末代まで疫病から守る義理堅い性格。
起源
八坂神社·祇園社 (現·京都府京都市東山区祇園町、 656 年高麗使伊利之創建説·869 年祇園御霊会) / 廣峯神社 (現·兵庫県姫路市広嶺山、 伝総本宮·733 年創建) / 津島神社 (現·愛知県津島市神明町、 東海地方の牛頭天王信仰中軸) / 須我神社 (現·島根県雲南市大東町、 素戔嗚との習合·須佐之男発祥地)
  • 八坂神社 (祇園社)(京都府 京都市東山区祇園町)牛頭天王信仰の中軸、 656 年高麗使伊利之勧請説、 869 年祇園御霊会開創、 明治改称後の現名
  • 廣峯神社(兵庫県 姫路市広嶺山)733 年聖武天皇勅命創建·牛頭天王総本宮説·吉備真備関与説あり
  • 津島神社(愛知県 津島市神明町)東海地方の牛頭天王信仰中軸·尾張津島天王祭 (日本三大川祭)
  • 須我神社 (素戔嗚発祥地)(島根県 雲南市大東町須賀)素戔嗚命と稲田姫の最初の宮居伝承地、 牛頭天王 = 素戔嗚同一視の文化的源流
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基本説明

日本独自の尊格で、 インド·中国·朝鮮など海外ではその存在は確認されていない。 起源には祇園精舎 (インド) 守護神説·朝鮮半島由来説 (牛頭山·渡来人由来)·素戔嗚との習合説などが並立する。 中世以降は素戔嗚命との同一視が定着し、 『備後国風土記』 逸文の蘇民将来説話 (武塔神=牛頭天王が貧しい蘇民将来兄弟に試され、 茅の輪を授けて疫病から守る譚)の主神として、 疫病退散信仰の最大神格となった。 京都八坂神社 (旧·祇園社、 656 年高麗使伊利之創建説·869 年祇園御霊会開創) を中心に、 祇園祭 (日本三大祭の一·869 年起源)の主神格として広く崇敬された。 明治神仏分離 (1868) により全国の牛頭天王社·天王社·祇園社は強制的に素戔嗚命を主祭神とする神社に改称されたが、 「天王さん」 「祇園さん」 の通称と疫病退散·茅の輪くぐりの民俗は今も続く。

民話・伝承

牛頭天王 (ごずてんのう、 別名·武塔神 = ムタウノカミ) は日本独自の尊格で、 インド·中国·朝鮮など海外ではその存在は確認されていない。 起源についてはいくつかの説が並立し、 確定していない: ① 祇園精舎 (古代インド·祇樹給孤独園精舎) の守護神という仏教伝来由来説。 「牛頭」 はインド摩竭陀国 (マガダ国) の「牛頭山 (ゴシールシャ、 Gośīrṣa)」 由来とする説。 ② 朝鮮半島の「牛頭山 (수두산·スドゥサン)」 由来説で、 渡来人 (高麗使) を経由して日本に伝わったとする説。 ③ 古代日本の渡来神·農耕神を仏教·道教風に再解釈した習合神格とする説。 いずれも決定的証拠はないが、 渡来系の影響と素戔嗚命との習合は中世以降の主流説である。

信仰の中軸となる物語は『備後国風土記』 (8 世紀初頭成立·現在は逸文のみ残存) の蘇民将来説話である。 武塔神 (= 牛頭天王) が南海に住む竜王の娘を娶りに出かける途中で、 備後国 (現·広島県東部) の蘇民将来 (そみんしょうらい)·将来兄弟の家に宿を求めた。 兄·巨旦将来 (こたんしょうらい) は裕福だったが宿を貸さず、 弟·蘇民将来は貧しいながら粟飯で歓待した。 数年後、 武塔神は娘の生んだ子らを連れて再訪し、 蘇民将来に「茅の輪を腰につけて『我は蘇民将来の子孫なり』 と唱えれば疫病を免れる」 と告げて去った。 翌日、 巨旦将来一族は全員疫病で死に絶え、 蘇民将来一族は茅の輪のおかげで生き残った ── これが「蘇民将来子孫之門符」 (茅の輪·門符を家の入口に貼る習俗) の起源となり、 現在まで全国の祇園社·天王社で茅の輪くぐり·門符配布が行われる。

京都·八坂神社 (旧·祇園社·感神院·祇園感神院) は牛頭天王信仰の中軸である。 社伝には複数説があり、 ① 斉明天皇 2 年 (656 年) に高麗 (高句麗) 使·伊利之 (いりし) が牛頭山のスサノオを勧請した説、 ② 奈良期に円如·南都の僧が牛頭天王を勧請した説、 ③ 貞観 11 年 (869 年) の疫病大流行に際して朝廷が祇園に祈祷を始めた説 (これが祇園御霊会の起源) などが並ぶ。 平安期には朝廷の二十二社に列せられ、 祇園社·感神院として朝廷·貴族·京都市民の最重要信仰拠点となった。

祇園祭 (ぎおんまつり) は牛頭天王 (= 素戔嗚) の疫病退散祭祀として 869 年に開創された日本三大祭の一つである。 869 年 (貞観 11 年) に京都·全国で疫病が大流行した際、 朝廷が祇園社に祈祷を命じ、 当時の国数 66 か国に相当する 66 本の鉾を作って疫神を集めて祓い、 神泉苑 (現·京都市中京区) に送って退散させたのが起源 (これを「祇園御霊会」 と呼ぶ)。 中世·近世を通じて発展し、 室町期には山鉾巡行·屏風飾り·宵山が定着、 現在の 1ヶ月 (7 月) にわたる京都の夏の風物詩となった。 2009 年にユネスコ無形文化遺産登録。

他の主要牛頭天王信仰拠点としては、 廣峯神社 (現·兵庫県姫路市広嶺山、 733 年伝創建) が牛頭天王の総本宮を称し、 京都祇園社は廣峯から勧請されたとする説を伝える (ただし両者の本末関係には諸説あり)。 津島神社 (愛知県津島市) は東海地方の牛頭天王信仰の中軸で、 天王祭 (尾張津島天王祭) は日本三大川祭の一つ。 全国に「天王」 「八雲」 「祇園」 「素戔嗚」 を冠する神社が無数に存在し、 牛頭天王信仰の広がりを示す。

明治維新 (1868) の神仏分離令により、 牛頭天王は仏教系の称号として禁止され、 全国の牛頭天王社·天王社·祇園社·感神院は素戔嗚命 (スサノオノミコト) を主祭神とする神社に強制改称された。 京都祇園感神院は「八坂神社」 へ、 各地の天王社も「八坂神社」 「素盞嗚神社」 「須佐之男神社」 「氷川神社」 「祇園神社」 等に改称された。 しかし庶民の間では「天王さん」 「祇園さん」 の通称が温存され、 茅の輪くぐり·蘇民将来子孫之門符·祇園祭などの民俗習俗は連続している。 現代の疫病·コロナ禍 (2020-) では祇園祭·茅の輪くぐりが再注目され、 牛頭天王の疫病退散神格としての記憶が呼び覚まされた。 民俗·宗教史的に「神仏習合の最大の犠牲者」 と位置付けられる神格である。

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徹底解説

牛頭天王 (ごずてんのう、 別名·武塔神 = ムタウノカミ) は日本独自の尊格で、 インド·中国·朝鮮など海外ではその存在は確認されていない。 起源にはいくつかの説が並立し、 学術的に確定していない: ① 祇園精舎 (古代インド·祇樹給孤独園精舎、 釈迦が法を説いた精舎) の守護神という仏教伝来由来説で、 「牛頭」 はインド摩竭陀国 (マガダ国) の「牛頭山 (ゴシールシャ、 Gośīrṣa)」 に発する栴檀香木の出産地で、 ここに「牛頭天王」 という守護神が祀られていたとする説。 ② 朝鮮半島の「牛頭山 (수두산·スドゥサン)」 由来説で、 古代朝鮮の渡来人 (高麗使) を経由して日本に伝わったとする説 (朝鮮の建国神話で檀君 = 단군 が降臨した牛頭山との関連)。 ③ 古代日本の渡来神·農耕神 (牛は農耕の象徴) を仏教·道教風に再解釈した習合神格とする説。 いずれも決定的証拠はないが、 渡来系の影響と中世以降の素戔嗚命との習合は主流説である。

信仰の中軸となる物語は『備後国風土記』 (8 世紀初頭成立·現在は『釈日本紀』 所引の逸文のみ残存) の蘇民将来説話である。 武塔神 (= 牛頭天王、 ムタウ = 古代インド大自在天 = Maheśvara 由来説あり) が南海に住む竜王の娘を娶りに出かける途中で、 備後国 (現·広島県東部) の蘇民将来 (そみんしょうらい)·将来兄弟の家に宿を求めた。 兄·巨旦将来 (こたんしょうらい) は裕福だったが宿を貸さず、 弟·蘇民将来は貧しいながら粟飯で歓待した。 数年後、 武塔神は八柱の御子を連れて再訪し、 蘇民将来に「茅の輪を腰につけて『我は蘇民将来の子孫なり』 と唱えれば疫病を免れる」 と告げて去った。 翌日、 巨旦将来一族は全員疫病で死に絶え、 蘇民将来一族は茅の輪のおかげで生き残った ── これが「蘇民将来子孫之門符」 (家の入口に貼る護符) と「茅の輪くぐり」 (夏越の大祓·6 月晦日の祭祀) の起源となり、 現在まで全国の祇園社·天王社·伊勢神宮で行われている。

京都·八坂神社 (旧·祇園社·感神院祇園社·祇園感神院) は牛頭天王信仰の中軸である。 社伝には複数説があり、 ① 斉明天皇 2 年 (656 年) に高麗 (高句麗) 使·伊利之 (いりし) が牛頭山のスサノオを勧請した説 (もっとも有力)、 ② 貞観 18 年 (876 年) に円如·南都の僧が牛頭天王を勧請した説、 ③ 貞観 11 年 (869 年) の疫病大流行に際して朝廷が祇園で祈祷を始めた説 (これが祇園御霊会の起源) などが並ぶ。 平安期には朝廷の二十二社 (中七社) に列せられ、 祇園社·感神院として朝廷·貴族·京都市民の最重要信仰拠点となった。

祇園祭 (ぎおんまつり) は牛頭天王 (= 素戔嗚) の疫病退散祭祀として 869 年に開創された日本三大祭 (青森ねぶた·阿波おどりと並ぶ) の一つである。 869 年 (貞観 11 年) に京都·全国で疫病が大流行した際 (貞観の大疫)、 朝廷が祇園社に祈祷を命じ、 当時の国数 66 か国に相当する 66 本の鉾を作って疫神を集めて祓い、 神泉苑 (現·京都市中京区·神泉苑東寺真言宗) に送って退散させたのが起源 (これを「祇園御霊会」 と呼ぶ)。 中世·近世を通じて発展し、 室町期には山鉾巡行·屏風飾り·宵山が定着、 現在の 1ヶ月 (7 月) にわたる京都の夏の風物詩となった。 2009 年にユネスコ無形文化遺産登録 (山·鉾·屋台行事の一として)、 京都観光資源の頂点を成す。

他の主要牛頭天王信仰拠点としては、 廣峯神社 (現·兵庫県姫路市広嶺山、 733 年聖武天皇勅命創建·吉備真備関与説あり) が「牛頭天王の総本宮」 を称し、 京都祇園社は廣峯から勧請されたとする説 (= 廣峯本宮説) を伝える。 ただし京都祇園·廣峯·津島·八坂の各社が本末関係を巡って中世~江戸期に長く論争したため、 学術的に「総本宮」 は未確定。 津島神社 (愛知県津島市) は東海地方の牛頭天王信仰の中軸で、 天王祭 (尾張津島天王祭、 8 月) は日本三大川祭の一つ。 全国に「天王」 「八雲」 「祇園」 「素戔嗚」 「素盞嗚」 「氷川」 を冠する神社が無数に存在し、 牛頭天王信仰の広がりを示す。

明治維新 (1868 年神仏分離令·1872 年修験道廃止令) により、 牛頭天王は仏教系の称号として禁止され、 全国の牛頭天王社·天王社·祇園社·感神院は素戔嗚命 (スサノオノミコト) を主祭神とする神社に強制改称された。 京都祇園感神院は「八坂神社」 へ、 各地の天王社·祇園社も「八坂神社」 「素盞嗚神社」 「須佐之男神社」 「氷川神社」 「祇園神社」 「素戔嗚神社」 等に改称された。 しかし庶民の間では「天王さん」 「祇園さん」 の通称が温存され、 茅の輪くぐり·蘇民将来子孫之門符·祇園祭などの民俗習俗は連続している。 現代の疫病·コロナ禍 (2020-) では祇園祭·茅の輪くぐりが再注目され、 牛頭天王の疫病退散神格としての記憶が呼び覚まされた。 民俗·宗教史的に「神仏分離の最大の犠牲者」 と位置付けられる神格である。

妖怪設定

この区画は物語を楽しむための当サイト独自の設定です。史実・考証ではありません。

性格
強面の異形 (牛頭) の風貌ながら、 蘇民将来説話で示される慈悲と恩義の両義性をもつ気質。 一度恩を受けた者の子孫を末代まで疫病から守る義理堅い性格。
相性
疫病退散·健康祈願·夏祭り愛好者と高相性。 茅の輪くぐり·蘇民将来子孫之門符の習俗を持つ家系。
能力・特技
疫病退散 (蘇民将来子孫之門符·茅の輪)祇園御霊会の中軸 (御霊鎮め)夏疫·夏越大祓 (茅の輪くぐり)農耕·牛畜の守護渡来文化と素戔嗚との習合
弱点
明治神仏分離で名称剥奪、 多くの天王社で素戔嗚命に強制改称された経緯あり。 「天王さん」 「祇園さん」 の通称が消えると本来神格の記憶も薄れる。
生息地
八坂神社 (京都祇園) を始め全国の天王社·祇園社·八雲社·須佐之男社·廣峯神社·津島神社等数千社。

祇園·疫病退散の最大神格·牛頭天王についてさらに詳しい情報や診断結果については、こちらをご覧ください。

出典・参考文献

8
  1. 牛頭天王·日本独自尊格説近世~現代宗教学·民俗学(神道·神社史·民俗·古典, 現代) [宗教·民俗·神仏習合史]インド·中国·朝鮮など海外では存在が確認されない日本独自の尊格。 起源は祇園精舎守護神説·朝鮮牛頭山説·渡来神習合説など複数並立、 学術的に確定していない。
  2. 牛頭天王·素戔嗚同一視 (中世~)中世神道·神仏習合(神道·神社史·民俗·古典, 平安後期~) [宗教·民俗·神仏習合史]平安後期から「牛頭天王 = 素戔嗚」 とする神仏習合説が定着。 京都祇園社の祭神も中世以降は牛頭天王 = 素戔嗚として一座祭祀。
  3. 蘇民将来説話 (『備後国風土記』 逸文)奈良期成立 (現·『釈日本紀』 所引逸文)(神道·神社史·民俗·古典, 8 世紀初頭) [宗教·民俗·神仏習合史]武塔神 (= 牛頭天王) が蘇民将来兄弟に試され、 茅の輪と『蘇民将来子孫』 護符で疫病から守る譚。 茅の輪くぐり·夏越大祓の起源。
  4. 八坂神社 (祇園社·感神院) 創建縁起社伝·『八坂神社縁起』(神道·神社史·民俗·古典, 656·869) [宗教·民俗·神仏習合史]斉明天皇 2 年 (656) 高麗使伊利之による勧請説、 869 年祇園御霊会開創。 平安期に朝廷二十二社 (中七社) 列、 京都最大級の祇園祭の中軸。
  5. 祇園祭 (祇園御霊会·869 年起源)朝廷·京都市民(神道·神社史·民俗·古典, 869~) [宗教·民俗·神仏習合史]869 年貞観の大疫流行時に朝廷が祇園社に祈祷を命じ、 66 本の鉾で疫神を集めて神泉苑に送った祇園御霊会が起源。 日本三大祭、 2009 年 UNESCO 無形文化遺産。
  6. 明治神仏分離·牛頭天王禁止明治政府·神祇官(神道·神社史·民俗·古典, 1868~) [宗教·民俗·神仏習合史]明治神仏分離令により仏教系称号「牛頭天王」 禁止、 全国の牛頭天王社·天王社·祇園社·感神院は素戔嗚命主祭神に強制改称。 京都祇園社は「八坂神社」 へ。
  7. 廣峯神社·牛頭天王総本宮説社伝·廣峯神社·吉備真備関与説(神道·神社史·民俗·古典, 733 年伝創建) [宗教·民俗·神仏習合史]兵庫県姫路市広嶺山、 733 年聖武天皇勅命創建·吉備真備関与説あり。 「京都祇園は廣峯からの勧請」 とする廣峯本宮説を伝えるが学術的に未確定。
  8. 津島神社·東海牛頭天王中軸社伝·津島神社(神道·神社史·民俗·古典, 平安期~) [宗教·民俗·神仏習合史]愛知県津島市、 東海地方の牛頭天王信仰の中軸。 尾張津島天王祭 (8 月) は日本三大川祭の一つ。 中世以降は織田氏·豊臣氏·徳川氏の崇敬を受けた。

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