基本説明
江戸期の妖怪絵巻に図像のみが伝わり、解説文をもたない謎めいた獣形の怪。佐脇嵩之『百怪図巻』[1](元文2年・1737年)をはじめとする「化物尽くし」系の絵巻に古く描かれ、のち鳥山石燕『画図百鬼夜行』[2](安永5年・1776年)の「陰」の巻にも収められた。肥えた牛のような巨躯の上半身に、前肢へ一本ずつ伸びる太く鋭い鉤爪を備え、地に這いつくばる姿で表される。いずれの絵巻でも下半身は土に没するか省かれ、全身像は判然としない。名の由来も性質も本文に記されず、しばしば隣の図「おとろし」と対をなして並べられることから、後世には恐怖そのものを形にした獣と解されることもある。ただし、これは図像の配置から想像された解釈にすぎず、近世の文献に確たる典拠を欠く点に注意を要する[3]。読みは「わいら」のほか「わいわ」とも伝わるが、語義・名義ともに確定した説はなく、石燕も命名の由来をなにも語っていない。
民話・伝承
わいらには、行状や害益を語る具体的な口承が古記録に一切残らない。絵巻類はこれを山中に現れる怪物の図として掲げるのみで、何をする妖怪なのかを説明しない。後年の児童向け妖怪図鑑には「山中に棲む」「人を襲う」「翼をもち、雌雄で体色が異なる」といった記述が流布したが、これらは近代以降に書き足された創作と考えられ、確かな原典は確認されない[3]。山田野理夫『おばけ文庫』には、常陸国の医者・野田元斎が山中でモグラを掘り喰らうわいらに出会ったとする逸話が載るが、これも著者による創作の色が濃いとみられる。別系統の化物尽くし絵巻では、同じ鉤爪の怪が「牛かわず」と改名され池に棲むと添え書きされる例もあるが、他資料による裏づけはない。つまりわいらは、まず絵姿だけが先行し、そのうえへ物語が後世それぞれの手で継ぎ足されていった「図像先行の妖怪」の典型といえる。石燕に先立つ佐脇本の段階で既に解説を欠いていたことは、この怪が口承ではなく絵師の筆の連鎖のなかで命脈を保ってきたことを物語る。鉤爪を構えて沈黙する図像そのものが放つ無言の不気味さこそ、この妖怪の核心なのである。
コレクション収録
この妖怪は以下のコレクションに収録されています:
徹底解説
18〜19世紀の妖怪絵巻に基づく、解説文を伴わない像を再構成した準拠版。巨大な獣体の上半身のみが画かれ、左右の前肢に一本爪の大鉤を有する。体色は作例により暗緑から土色まで幅があるが一定せず、両生類的に見える作例もある。名称は恐れを意味する語義との連想が指摘され、『百怪図巻』『画図百鬼夜行』では「おとろし」と並置される。行動、生態、善悪は記されず、山間の不気味な存在として提示されるに留まる。民間伝承の具体像は未詳で、後代の補説は史料的裏付けに乏しいため採らない。
妖怪設定
この区画は物語を楽しむための当サイト独自の設定です。史実・考証ではありません。
- 性格
- 不詳(畏怖を喚起する存在)
- 相性
- 不詳
- 能力・特技
- 太い一本鉤爪で掴む・引き裂く(図像的特徴)暗所での潜伏(推測不能につき限定的に留保)
- 弱点
- 不詳
- 生息地
- 山中, 不詳
出典・参考文献
3- 1
百怪図巻 — 佐脇嵩之(福岡市博物館(DNPアートコミュニケーションズ画像提供), 元文2年(1737年)) [古典図像]佐脇嵩之『百怪図巻』所収の産女図。元文2年(1737年)。 - 2
鳥山石燕『画図百鬼夜行』前篇陰之巻「絡新婦」 — 鳥山石燕(国立国会図書館デジタルコレクション, 安永5年(1776)初刊/文化2年(1805)求版本) [古典籍・一次図像] 参考資料19コマ左頁に、女体へ蜘蛛脚を重ね、多数の小蜘蛛を配した「絡新婦」図がある。能力を説明する詞書や、琵琶を奏でる場面はない。 - 3
妖怪事典 — 村上健司(毎日新聞社, 2000) [古典文献]
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