風神(ふうじん)

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基本説明

風を司る日本神話の神格。主祭神はで、『古事記』『日本書紀』ともに伊邪那岐·伊邪那美の間に生まれた神と記す。図像学ではが決定版で、緑色の鬼神姿でを両手で広げ持つ造形が以後の標準となった。雷神 (= 建御雷神/雷公) と一対で描かれ、嵐·豊穣·疫病·風送り (病送り) を司る両義神格として全国に信仰された。主要祭祀地は (奈良県三郷町、古代から国家祭祀の風神祭の本宮)、伊勢神宮内宮別宮·風宮、諏訪大社等。

民話・伝承

日本神話における風神の正体はである。『古事記』 (712) 上巻に、伊邪那岐·伊邪那美が国土を生んだ後の神生み段で「風神·志那都比古神を生んだ」と明記される。『日本書紀』 (720) 巻第一第五段では級長戸辺命·級長津彦命とも書かれる。名の「シナ (息長)」は「息·風」を意味する古代語で、「ツ (の)」「ヒコ (彦·男神)」の合成、すなわち「息の長き男神」 = 風そのものの擬人化である。古代日本の農耕社会では、台風·野分は稲作の死活問題で、風神祭は国家祭祀の最重要儀礼の一つだった。 (大和国生駒郡三郷町立野南、古名「龍田風神社」) は『日本書紀』天武紀 4 年 (675 年) 条にすでに勅祭の風神社として登場、古代律令制下では神祇官の四時祭の一つ「龍田風神祭」が毎年 4 月·7 月に行われた (『延喜式』 (927) 神名帳所載)。中世以降は伊勢神宮内宮別宮·風宮 (風日祈宮)、諏訪大社、越前剣神社等で風神信仰が引き継がれた。図像学的には、が決定版である。二曲一双の金地屏風に右隻·風神 (緑色の鬼神·風袋持)、左隻·雷神 (白色の鬼神·連太鼓持) を対峙させた構図で、以後の尾形光琳 (1700 年代)·酒井抱一 (1800 年代) ら琳派絵師が忠実に模写し、現在の風神図像の標準を成した。風神が両肩に担ぐ「風袋 (ふうたい)」はとされ、シルクロード経由で中央アジア·中国を経て日本へ伝来した図像である。民俗信仰では、風神は嵐·野分という災厄神の側面と、麦秋·稲秋に吹く順風という恵み神の側面の両義性をもつ。江戸期にはが東北·北関東で行われ、流行性感冒を擬人化した疫病神としての面も顕在化した。近代では宮沢賢治『風の又三郎』 (1934) が東北地方の風神童子伝承を題材としており、文学化された風神信仰の代表である。

妖怪カード1

風神 を様々な画風のカードで

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徹底解説

である。『古事記』 (712) 上巻の神生み段で「次に風の神、名は志那都比古神を生みき」と明記され、『日本書紀』 (720) 巻第一第五段の一書では級長戸辺命·級長津彦命と複数の異称で登場する。神名の「シナ (息長)」は古代日本語の「息·風」を表す語、「ツ (の)」+ 「ヒコ (彦·男神)」 = 「息の長き男神」、すなわち呼吸·風そのものの擬人化である。

だった。所在地は大和国平群郡 (現·奈良県生駒郡三郷町立野南) で、生駒山地から大和盆地へ吹き降ろす颪 (おろし) 風が直撃する地点に立つ。『日本書紀』天武紀 4 年 (675 年) 条にすでに「龍田の風神」を祀る記事があり、律令期には神祇官の四時祭として「龍田風神祭」が毎年 4 月 (新嘗祭前の風祈) と 7 月 (台風期前) に勅祭された。『延喜式』 (927) 神名帳に龍田神社四座 (天御柱命·国御柱命を主神とする) として正式登載され、国家祭祀における五穀豊穣の風神として最重要視された。中世以降は伊勢神宮内宮別宮·風宮 (風日祈宮)、諏訪大社 (建御名方神を祀るが風神の側面も持つ)、越前剣神社、出雲の佐太神社等が風神信仰を引き継いだ。

図像学的決定版はである。二曲一双の金地屏風に、右隻に風神 (緑色の鬼神·裸身に虎皮の腰布·両肩に風袋を広げて担ぐ)、左隻に雷神 (白色の鬼神·連太鼓の輪を背負う) を対峙させ、間の空白に緊張を生む構図は江戸初期琳派の到達点とされる。以後の尾形光琳 (1700 年代)·酒井抱一 (1800 年代) は宗達原作を忠実に模写した『風神雷神図屏風』 (光琳作·東京国立博物館、抱一作·出光美術館) を残し、これらが日本における風神像の図像的標準を不可逆に固定した。

風袋 (ふうたい) という風神の持物はを起源とする。古代ギリシャの北風神ボレアスは両肩から風袋を広げ持つ姿で描かれ、これがアレクサンドロス東征以降の中央アジア·ガンダーラ仏教美術に取り込まれ、シルクロード経由で中国 (敦煌莫高窟·風神像)·朝鮮を経て日本に伝来した。サンスクリットのヴァーユ (Vāyu、風神) も同じ系譜にあり、密教の十二天では「風天 (ふうてん)」として神格化される。宗達の風袋造形はこの長大な伝播の最末端で結晶した日本独自の到達点である。

民俗信仰の領域では、風神は両義神格の特徴が顕著である。嵐·野分·暴風雨を呼ぶ災厄神 (悪風神) の側面と、麦秋·稲秋に田畑を吹き渡る順風を司る恵み神 (善風神) の側面が並存し、祭祀ではその両面を鎮め·祈る二重構造を取った。 が東北·北関東·北信越に広く分布し、流行性感冒 (インフルエンザ) を擬人化した疫病神としての側面が顕在化した。これは現代の保健衛生意識の前史としても重要である。近代文学では、宮沢賢治『風の又三郎』 (1934) が東北地方の「風の三郎様」 (盛岡近郊や三陸沿岸に伝わる風童子伝承) を題材化し、風神童子の信仰系譜を全国に知らしめた。戦後はゲーム·アニメ·漫画で「風神雷神」の対構造が定着 (例: スクウェア『ファイナルファンタジー』シリーズ風魔王、ジブリ『風立ちぬ』題材、各種風神召喚物等) して、国宝『風神雷神図屏風』を起点とする図像系譜が現代サブカルチャーまで継承されている。

妖怪設定

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妖怪タイプ
神々
カテゴリ
神霊・神格
レアリティ
伝説
性格
寡黙にして偉大、災厄と恵みを併せ呼ぶ気質。
相性
旅行安全·航海安全を願う者、麦秋·稲作の豊穣を願う者、流行性感冒の疫病送りを行う者と高相性。
能力・特技
風袋による嵐召喚順風による五穀豊穣疫病送り (風邪神送り)雷神との対演 (嵐·豊穣の二神舞)
弱点
風袋を粗末に扱うと暴風や台風で報復される。雷神と分離して単独で祀ると気が弱まるとされる。
生息地
龍田大社·伊勢神宮風宮·建仁寺·諏訪大社·全国の風除け·風祈り神社。

出典・参考文献

5
  1. 志那都比古神 (級長津彦命) 神名 — 『古事記』 (712)·『日本書紀』 (720)(伝統文献·美術·民俗, 奈良期) [宗教·民俗·美術史]風神の正体。 伊邪那岐·伊邪那美の神生み段に登場。 名の「シナ (息長)」 は古代語「息·風」 + 「ヒコ (男神)」、 呼吸·風そのものの擬人化。
  2. 俵屋宗達『風神雷神図屏風』 (国宝) — 俵屋宗達(伝統文献·美術·民俗, 1620 年代頃) [宗教·民俗·美術史]二曲一双·金地屏風·京都建仁寺旧蔵·1952 年国宝指定。 右隻風神 (緑鬼·風袋)·左隻雷神 (白鬼·連太鼓) の対峙構図。 江戸初期琳派最高傑作。
  3. ヘレニズム風神 (Boreas) 図像の伝播 — シルクロード美術史(伝統文献·美術·民俗, ヘレニズム期~) [宗教·民俗·美術史]古代ギリシャ北風神ボレアスの風袋造形。 アレクサンドロス東征→中央アジア·ガンダーラ→中国敦煌→日本に伝来、 風神図像の起源。
  4. 龍田大社·国家風神祭祀史 — 『日本書紀』『延喜式』神名帳(伝統文献·美術·民俗, 675 年~) [宗教·民俗·美術史]大和国平群郡 (現·奈良県生駒郡三郷町立野南)。 古名「龍田風神社」、 天武紀 4 年 (675) に既出。 律令期の神祇官四時祭「龍田風神祭」 (4·7 月) を司る。
  5. 風邪の神送り (藁人形民俗) — 東北·北関東·北信越民俗誌(伝統文献·美術·民俗, 江戸期~近代) [宗教·民俗·美術史]流行性感冒が広まると、 藁人形を風神に見立て、 笠·提灯·鉦·太鼓で村境·川辺に送り出す習俗。 風神の疫病神化を示す民俗事例。

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下図は風袋を担ぐ緑鬼·風神の診断評価図です。各項目の値が高いほど、その特性が強く表されていることを示しています。