大煙管おおぎせる
夕河で煙を差し出す狸
夕焼けの川沿いで、笠をかぶった狸が長い煙管をこちらへ差し出す。火皿から白い煙がほどけ、屋台の灯りと水面の揺れの間にゆっくり漂う。 阿波の青石瀬に出る大煙管狸は、舟を止めた者に煙草を所望した。詰め切れなければ転覆もあるというから、その手つきの愛嬌ほど信用できない。
作品を見る蜷川実花・川内倫子・篠山紀信の系譜を引く、現代日本の夏祭り写真。Cinestill 800Tの夜景発色、提灯の暖橙、まだ青みの残る西の空。屋台の煙、浴衣の藍、金魚の朱。賑やかな宵宮の片隅に、人ごみと同じ温度で佇む妖怪。
大煙管おおぎせる
夕焼けの川沿いで、笠をかぶった狸が長い煙管をこちらへ差し出す。火皿から白い煙がほどけ、屋台の灯りと水面の揺れの間にゆっくり漂う。 阿波の青石瀬に出る大煙管狸は、舟を止めた者に煙草を所望した。詰め切れなければ転覆もあるというから、その手つきの愛嬌ほど信用できない。
作品を見る青竜せいりゅう
石垣の角に身を預け、青い鱗の竜が横顔を落としている。背後の櫓と提灯はにぎやかなのに、刺のある角と長い髭だけが夕闇の冷たさを残す。 東方を守る四神の青竜は、春と木気を帯びる瑞兆でもある。祭りの入口で誰も呼び止めず、ただ通りの流れを測っているようだった。
作品を見る青鷺火あおさぎび
川べりの屋台と提灯を背に、鷺の頭をした浴衣姿が振り向く。肩の飾り羽と袖口には青い光が点り、水面の反射まで同じ色を拾っている。 夜のサギが青白い火に見えたという青鷺火の話そのままに、人混みから少し離れた水際で静かに立つ。目が合うと、祭りの音だけが遠くなる。
作品を見る玉藻前たまものまえ
提灯の明かりが続く参道で、白い装いの女が振り返り、狐の耳といくつもの白い尾を夕闇に広げている。鳥居の奥へ人波が流れ、横顔だけが静かだ。 玉藻前は鳥羽院に寵愛された才色兼備の美女で、その正体は白面金毛の九尾の狐と伝わる。見破られ那須へ逃れ石となる前の、まだ誰も疑わない一瞬に見える。
作品を見る偽汽車にせきしゃ
夕焼けの駅の軒下、提灯が灯るホームに獣の顔をした影が立ち、黒いうちわを下げている。線路の向こうでは、煙を吐く蒸気機関車の灯がぼんやり近い。 偽汽車は、鉄路に現れて直前で消える幻の汽車として語られた。狐や狸、狢の化け業ともされるが、この横顔は脅かしたあとで煙に紛れる気配を残す。
作品を見る手の目てのめ
石灯籠の明かりの横で、黒い衣の座頭が腰を下ろし、顔を両掌で覆っている。掌の中央だけがこちらを見返し、提灯の列と浴衣客は背後でぼけていく。 鳥山石燕が描いた手の目は、顔ではなく手のひらに眼を持つ。荒れ野の月夜ならまだしも、祭りの参道で黙って窺われると、通り過ぎた後の背中が落ち着かない。
作品を見る燈無蕎麦あかりなしそば
夕焼けの屋台脇で、黒い毛並みの男が暖簾の前に立つ。行灯は明るく、丼と急須が並び、赤い車輪が足元に沈む。 燈無蕎麦は本所七不思議のひとつで、灯の消えた蕎麦屋台に火を入れると不幸が来るという。点いているほど、寄りにくい。
作品を見る枕返しまくらがえし
石畳の祭り道で、角のある小さな坊主が大きな枕を抱えて振り返る。茶の浴衣と下駄、背後の提灯が妙にきちんとしている。 枕返しは眠る者の枕を返し、頭と足の向きを入れ替えるともいわれ、病や死の前触れとして畏れられた。抱かれた枕は、誰の寝床へ戻るのか。
作品を見る震々ぶるぶる
鳥居の影と提灯の列を背に、青ざめた女が浴衣の襟元を片手で押さえている。伏せた目、ひびのような肌、濡れた髪が夕闇の中で冷えて見える。 震々は不意の恐れが首筋へ走る瞬間に取り憑くとされたもの。臆病神、ぞぞ神とも呼ばれ、理由のない寒さだけを残していく。
作品を見る後神うしろがみ
石灯籠の影で、灰色の浴衣の女が濡れた長髪を背後の手でつかんでいる。片目だけが大きく開き、屋台の灯りへ進む参道を横から見返す。 後神は人の背に現れ、後ろ髪を引いてためらいを増やす怪。臆病神ともされるその手つきは、帰る一歩だけを重くする。
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