
猫又囲炉裏守りの古猫又
ねこまた
詳細説明
囲炉裏守りの古猫又は、長年ひとつ所に飼われ、煤と灰に染みた囲炉裏端で齢を重ねたネコが、ある夜ふいに尾を二股に割って顕れる版である。山で人を襲う荒ぶる猫又(『明月記』[1]等に記される山猫また)とは対極に位置し、この者は家の息や歴代の営みを吸い込み、火の気と炊煙を身に宿すため、家内神(あるいは座敷童子)に近い振る舞いをとる。『徒然草』[2]に引かれた「飼い猫が化ける」という俗説の延長線上にありながら、より守護的な性質を帯びている。人語は用いずとも、鍋の蓋をちろりと鳴らし、灰に模様を描いて合図をなす。夜更け、座敷の隅に走る青白い怪火(猫股の火)は、『大和怪異記』[3]などで恐れられた祟りの火とは異なり、この古猫又が家屋の火難を未然に舐め取り、悪しき気を焼き落とす浄化の印であるとされる。尾の一本は「家筋の繋がり」を、もう一本は「火の神気」を繋ぐと信じられ、二股は単なる異形ではなく、務めを二つ持つ神聖な徴と説く里もある。
古猫又は、家人が亡骸を囲む折に必ず近くへ来る。俗にネコは死者を蘇らすという畏れがあり、火車(『画図百鬼夜行』[4]等で描かれる亡骸を奪う怪猫)と混同されがちだが、この版は決して荒立てず、ただ鼻先で息の乱れを嗅ぎ、未練を払うために小さな火点を灯す。ゆえに、家人は猫又の前で刃物を振りかざさず、香を一筋焚いて「送り火」とするのが作法とされる。長く飼われたネコを粗略に扱うと、夜半に竈が空焚きとなり、壁に湿った足跡が幾重にも現れる。対して、丁重に弔った家では、雪の朝に障子の下だけ温み、米びつに鼠の影が絶えるという、柳田國男が指摘するような「世間話」に似た恩返しの民俗が息づいている。
この版は、かつて山へ消えた老猫が家を慕い戻った姿とも、初めから家を出ぬ古猫が自然と尾割れした姿とも語られる。化けるのを防ぐため尾を切る習俗(尾曲がり猫の起源)も伝わるが、囲炉裏守りの地ではこれを忌み、「尾を傷つけると家徳も割ける」と厳しく戒める。容姿は背皮が垂れて外套のごとく見え、灯の少ない部屋では人影のように映る。これが死人に化けると誤認される所以だが、古猫又は無用の化けを好まない。たまに祖母の姿を借りるのは、幼子を寝かしつけるためであり、声は出さず、ただ煤と灰の匂いだけを残す。
旅人には姿を見せぬが、婿取りや新築の初夜など家の節目には、床下で小さく爪を打ち、吉凶を告げる。三つ打ちは吉、二つは火の用心である。灯心が湿れば舌で整え、竈の火が強すぎれば尾であおぎ弱める。こうして日々の小さな災いを受け持つ代わり、家人には「食の端」を分け与える作法が残る。米粒三つ、塩ひとつまみ、湯気を少々。これさえ守れば、猫又は人を惑わさず、夜の怪音もただの「家鳴り」で済むとされた。
出典情報
種類全体の出典primary
妖怪学の基礎知識
著者: 小松和彦
年代: 2011
出版社: 角川学芸出版
種類全体の出典primary
明月記
著者: 藤原定家
年代: 1180-1235
出版社: (鎌倉前期・日記)
種類全体の出典primary
徒然草(第十九段)
著者: 吉田兼好
年代: 14世紀前半(鎌倉末〜南北朝期)
出版社: (随筆/煙々羅詞書の典拠とされる、近藤瑞木の指摘)
種類全体の出典primary
大和怪異記
著者: 未詳
年代: 1708
出版社: 江戸期の怪談集
種類全体の出典primary
妖怪図巻
著者: 京極夏彦 文 ; 多田克己 編・解説
年代: 2000年6月
出版社: 国書刊行会
種類全体の出典primary
画図百鬼夜行
著者: 鳥山石燕
年代: 安永5年(1776年)
出版社: 国文学研究資料館国書データベース(東京藝術大学附属図書館所蔵)
種類全体の出典primary
百怪図巻
著者: 佐脇嵩之
年代: 元文2年(1737年)
出版社: 福岡市博物館(DNPアートコミュニケーションズ画像提供)
性格
寡黙で義理堅く、家人の礼節に敏感。夜は警戒心が強く、昼は穏やかに見守る。
相性
古道具を粗末にせず、火と食を大切にする家主や、動物を敬って弔う人。
能力・特技
弱点
刃物を乱暴に扱う家や、火を粗末にする者を嫌う, 尾を故意に切られると家への情が離れる, 湿り気のない荒野では力が鈍る
診断評価
妖怪バウンダリー・タイプ指標
いたずら濃度
-3.0high: 戯 low: 護
📝 メモ
火難の予兆消しや鼠害駆逐を担う守護的な古猫又である。
変化適応
2.0high: 化 low: 定
📝 メモ
尾を割り、姿影を薄くして床下や梁上へ溶ける。
夜話度
2.0high: 夜 low: 昼
📝 メモ
夜は警戒心を強め、青白い怪火で家を見守る。
情の深さ
3.0high: 縁 low: 境
📝 メモ
一つの家と囲炉裏、家人の礼節に深く結びつく。
結界強度
3.0high: 律 low: 流
📝 メモ
囲炉裏端と家内の火の掟を守る家内神的存在である。
表舞台圧
-1.0high: 表 low: 影
📝 メモ
灰の模様や鍋蓋の音、梁上の気配で静かに知らせる。
妖怪相性診断
喜び
3.5喜びと楽しさの程度
📝 メモ
寡黙で義理堅く、喜びを表立って示さない。踊る古猫の系譜はあるが本バージョンは節度重視。
怒り
4.5怒りの激しさの程度
📝 メモ
荒ぶる山の猫又ほどではないが、粗略や刃物乱用には空焚きや足跡など警告的な報いを与える。激烈な加害性は低い。
慈悲深い
7.8慈悲深さの程度
📝 メモ
弔いで未練を鎮める送り火や家人への配慮がある一方、作法破りには容赦なく徴を示すため過度には高くしない。
憂鬱
6.2憂鬱で思慮深い程度
📝 メモ
灰と煤、死者の場への関与、静かな夜回りなどに物寂しさが漂う。過度に陰鬱ではない。
静寂
8.6内なる平静の程度
📝 メモ
昼は穏やかに見守り、声を出さず灰で合図するなど内的静けさが強い。
いたずら好き
3.0いたずら好きで活発な程度
📝 メモ
無用の化けを好まず、いたずらは控えめ。蓋を鳴らす等の小さな合図は遊び心というより実務的。
やさしい
7.5やさしく親しみやすい程度
📝 メモ
家内神的に振る舞い、幼子を寝かしつけるなど温和。ただし夜は警戒が強く、粗略には罰も与えるため満点ではない。
厳格
8.0厳格で真面目な程度
📝 メモ
作法・礼節・火の扱いに厳格で、尾を傷つけることを戒める。三つ打ち二つ打ちなど規矩を示す。
守護的
9.2他者を守る傾向
📝 メモ
火難を先取りして鎮め、害鼠を駆逐し、家の節目に吉凶を告げ守護する描写が明瞭。
神秘的
9.0神秘的で不思議な程度
📝 メモ
怪火を舐め取り、灰で占い、姿影を薄める等の不可思議な所作が中核。人語は介さず合図する点も神秘性が高い。
霊性の深さ
9.1精神的境界の深さ
📝 メモ
家筋と火の神気を繋ぐ二股の象徴性、送魂・予兆消し・家内神的性格が重層的な霊性を示す。
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